開戦、進撃
作戦が始まった。
ソウコウによる民の移動が始まる。3日程度の時間が必要とのことだ。少なくともその期間中は首都への攻撃を食い止めたい。
べリアルの軍は先陣を切り敵と接触する。死霊使いが敵兵の死体を操り敵への先制攻撃に成功した。想定通り敵は首都に向けて長距離攻撃魔法を発動するための魔方陣を構築中だったようだが、死霊軍団の前に混乱状態となり時間が稼げそうだ。
死霊軍団は思った以上に良い働きをしてくれた。と言うのも赤い月の出した犠牲の数が大量だったため、大軍勢を調達できたのだ。大軍勢による襲撃に敵軍は陣形が乱れ、小規模の部隊が多数孤立状態にあるとのことだった。
この好機を逃すわけにはいかない。俺はアルデ、サーシャと一緒に混乱する敵軍の見える高台の岩場に布陣した。
「今のうちにある程度の戦果をあげておきたい。最初の攻撃でできる限り大きな損害を敵に与えたいんだ。サーシャ、対魔法コーティングについて教えてくれ」
「対魔法コーティングについて理解するためにはまず魔法についての概念を理解する必要があります。
魔法とは、無から有を生み出す方式です。例えば火炎魔法ならば熱のないところに炎を生み出しますが、これは術者の意識を周囲の空気と同調し、空気の粒に振動する意思を伝えて熱を生み出します。
同様に守護魔法であれば守護対象の周囲の空間に対してその空間に存在する異物に対して遠ざかるように意思を伝えます。
このような他者に意識を宿す影響力を魔力と呼んでいます」
「無から有を生み出す、か」
「対魔法コーティングというのは、その意思を掻き乱すことで魔法を無効化する技術です。先程例に挙げた火炎魔法であれば、空気に宿した熱の発生意思を掻き乱すことで熱の発生が阻害され、無効となります」
「では火炎魔法ではなく、本物の火ならどうなる?」
「本物の火や嵐であれば、意思の力ではなく可燃物の発火現象なので、対魔法コーティングで無効化することはできません」
「なるほど、実体のあるものであれば効くんだな。なら、この高台にある岩を敵に向かってぶつけたらどうだろう」
「岩を動かすには大きな魔力が必要です。今ここにいる者達だけでは実現できません。敵の頭上に空気中の粒を集めて岩を作り出す方が少ない魔力で実現できます。もっとも、その方法ですと敵に触れる前に岩の組成が崩壊してしまいますが」
「ならこれを生み出すことはできるか?」
俺はカタパルトを検索してサーシャに見せた。
「可能ですわ」
「では、早速作ってくれ」
サーシャが部下の魔導士に指示を出す。しばらくすると大量のカタパルトが現れた。
「これはなんですか?」
サーシャは自分の作ったものが何なのか判ってはいない。
「これはカタパルトと言う投石機だ。こいつで下にいる敵軍に岩の雨を降らせてやろう」
「さすがは知多星。博識じゃのう」
アルデが感心する。
「実体のないものなので何度も使えるものではありませんが、3-4回の使用には耐えると思います」
「十分だ。どうせ相手にこちらの位置がばれれば使えない。投石完了後は全軍物陰に身を潜め、敵を個別に撃破する」
俺はカタパルトに岩を設置するよう指示を出す。
「撃て!」
大量のカタパルトから発射された岩石が敵に降り注ぐ。効果はあった。次々に敵兵が倒れる。三回の掃射の後、俺は兵に身を潜めるよう命令した。
「アルデ、サーシャ、俺たちは打って出るぞ」
「あい判った!」
「承知しました」
俺とサーシャはバイクにまたがり、敵に向かって崖を下った。アルデはバイクモードのバランに乗っている。
敵の生き残りは投石の方角に気づきこちらに向かってくる。その内の一番大きな集団に俺は狙いを定めた。約100人と言ったところか。
敵までの距離100メートル程度に迫ったところでバイクの左手にあるボタンを押す。バイクは唸りをあげてその形を変える。俺の体を機械が包む。俺はバイクと文字通り一体となった。
「合体!バランマークII参上!」
アルデ肝いりの合体機構だ。バランより一回り小さくパワードスーツのようなものだが、人間相手には十分すぎるほどの戦闘力を持つ。サーシャも同じく合体を完了している。サーシャのマシンはデザインが少し異なっており、女性的な曲線を多く備えている。アルデもアルデバランに合体した。
「いくぞ!」
バランマークIIはバルカンの代わりに長剣を装備している。俺は正眼に構え敵に対峙した。高校時代の剣道の授業が役立つとは。真面目に受けておけばよかったなと思いつつ剣を振るう。機械の力と金属の質量が乗った剣は力強く敵を凪ぎ払う。
バランサーシャ専用機は一対の双剣を手にした。バランシリーズは外装は対魔法コーティングされているが、内部は通常空間であるためサーシャの強化魔法の効果は有効だ。
「参ります!」
サーシャは凄まじいスピードで敵に向かった。強化魔法に加え、魔改造によって手に入れた人間離れした身体能力が生み出すスピードは肉眼では追い付けないほどだ。装甲から漏れ出る強化魔法の青白い光が対魔法コーティングで飛び散る様が残像のように見えた。
数分の間に俺たちは敵の集団を倒した。疲労さえ度外視すれば三人で敵の全てを制圧することもできそうだ。俺は次の標的を数百メートル先にいる1,000人程度の部隊に決めた。
マークIIをバイクモードに戻し接敵、再度合体。敵を斬り倒す。サーシャとアルデも同様に敵を血祭りに上げた。敵の魔導士が火炎による砲撃を仕掛けてくるが効果はない。魔導士は鎧を着ていないため一度に複数人を両断することもできる。
結果的にこの戦いで俺たちは5,000人近くの敵を三人で倒した。べリアルの部隊も敵陣近くの高台を制圧。戦場と首都の間に広がる高台は完全に我が軍が制圧し、完全な優位で初日の戦闘は終わった。