鉄球で野球はできない
俺達は姿を消した敵本隊の行方を追っていた。首都の避難完了まであと二日は必要なはずだ。その前に首都を攻撃されると甚大な人的被害が出てしまう。
敵を見つけるためには戦闘に不向きな長距離索敵陣形を取らざるを得ない。無傷の戦いは不可能だ。
マァルとの戦いで深傷を負ったアルデは、死への恐怖で戦闘不能に陥っている。俺はアルデの側についていたいと思いつつ、軍の指揮をとっている。
マァルは自分を四天王と名乗った。つまりマァル同等の敵があと三人いることになる。この状況であのクラスの敵四人を相手にするのは厳しい。
兵達は昨夜の戦いと、姿の見えない敵への警戒で疲弊している。我が軍は圧倒的不利な状況にある。
半日ほど索敵したが敵の姿を捉えることはできなかった。時間ばかりが過ぎる。この後の敵の出方は...?
「俺は魔王だからわかるけどさ」
べリアルが言う。
「狙いは首都陥落よ、やっぱ。
そーなると、長距離攻撃魔法で首都を焼き付くしたあとで本隊が都入りってするだろうな」
「となると、長距離攻撃魔法の部隊と制圧用の部隊の二つに敵は別れているって事か」
「多分な。んで、長距離攻撃の部隊は出来るだけ開けた場所に展開してるはずだし、準備に時間がかかるからそう遠くには行ってねぇと思う。
本隊は首都に直進してるだろうな。こっちの部隊にゃ今から追っても追い付けねぇだろうな」
「なら、先に叩くべきは...」
「そりゃ、近い方よ」
「判った。べリアルは転送魔法で先に都に戻ってくれ」
「あいよ。んで、アルデはどーするよ?」
俺は少し悩んだがべリアルにアルデを託した。
「サーシャは俺と一緒に敵魔法部隊を見つけ出して叩く。バランは俺が操作する。マークIIは転送できないからここで解体廃棄だ」
魔王軍の高位魔導士が転送結界を作る。その様子を確認して俺はサーシャと索敵を開始した。
「サトシ様、この辺りで開けた場所と言えば心当たりがあります。そこへ参りましょう」
流石は神官、高学歴なだけあって国の地理には詳しい。俺はサーシャの後ろについて荒野を走った。
一時間ほどで俺達は敵魔導士軍団を発見した。サーシャは戦闘形態に合体している。俺もバランと合体した。普段アルデを乗せているコックピットは俺には少し狭く感じた。
「サーシャ、行くぞ」
「はいっ!」
俺達は敵に向かってスラスターを全開にした。敵影が近づく。
敵と俺達の間に直径3メートルほどの鉄球がひとつと、無数の小さな鉄球が落ちていることに気付いた。
「なんだあれは?」
次の瞬間、小さな鉄球が礫のように飛んできた。バランの装甲に無数の傷が入る。
「あたしぁ四天王が一人、磁界のキリク。
この鉄球で貴様らを擦り殺してやろう」
大きな鉄球が喋る。いや、大きな鉄球に見えたのは分厚い鎧だ。あまりにも分厚くて球体に見えるんだ。
「死ぬがいいよ、ネズミども」
再度無数の鉄球が襲いかかる。鉄球はまるで意思を持っているかのように的確に襲ってきた。しかし、バランシリーズに致命傷は与えられない。
「なるほど、やつの言う通り『擦り殺す』つもりか!
ならばその前に倒すまでだ!」
俺はバルカンをキリクに叩き込む。サーシャも双剣で敵を斬りつけた。しかし、キリクの分厚い鎧の前に効果はなかった。その間にもキリクの操る鉄球は俺たちの装甲を蝕む。
「まずい、このまま時間を稼がれると都が焼かれてしまう!」
ほんの数百メートル先では敵の魔導士が魔方陣を構築していると言うのに、手も足も出ない。
一か八か俺はキリクに背を向け、魔方陣を破壊すべく走った。
「逃がしゃしないよ」
鉄球が俺の背中を叩きつける。凄まじい衝撃に体制が崩れた。
「そろそろ頃合いかね。お前達やってしまいな」
キリクの指示に魔導士達が一斉に印を切る。
魔方陣が赤く輝き巨大な火柱が天を衝いた。
「やらせないっ!」
サーシャが魔導士に突撃する。全身の輝きは目を覆うほどだ。
「逃がさないと言ったろうね」
鉄球がサーシャを襲う。
「サーシャ行けぇぇぇぇ!」
俺は渾身の力を振り絞り、鉄球を全身で受け止めた。バランがギギギときしむ。
俺が倒れたのと同時に背後で魔導士たちの叫び声が聞こえる。
サーシャが敵魔導士を倒したのだ。
「ふむ、やるじゃないかね。
この調子じゃ半分程度の威力しか出なかったろうね」
「これで憂いは無くなったな......。後はお前を倒すだけだ」
「あたしゃ無駄なことは嫌いでね。
ここらで失礼するよ」
キリクはそう言うと護符を取り出し自分の体に張り付けた。
巨体が空に浮かび、キリクは空の彼方へ飛んでいった。
「サトシ様、ご無事ですか?」
サーシャが駆け寄る。
「あぁ、俺は大丈夫だ。それより長距離攻撃魔法は......?」
「申し訳ありません、完全には止められませんでした」
「そうか......」
今頃都は火の海だろう。多くの死者が出たに違いなかった。
「早く都に戻らないと......」
俺達は疲れきった体で都へ急いだ。




