表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION:WONDERFUL PEOPLE#7

 悍ましい廃校の中で、ジョージはここには確かに重要な秘密があるのだという事を、徐々にではあるが感じつつあった。しかし先へと進む毎に更なる怪異が彼を襲う。

登場人物

ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



1975年4月下旬:ニューヨーク州、ブロンクス、クーパー小学校


 教室を出てジョージは弾丸を再装填し、タオルで額の汗を拭い、そしてあの悍ましい粘液じみた物質が跡形も無く蒸発してくれた事を神に感謝した。極限の状況で殴り合ったものだから、その目や鼻が痛む程の異臭でさえ無視せざるを得なかった。とは言え、墓場からの死デス・フロム・ザ・グレイヴのような事態は無論の事、そうでなくとも今後に支障が出るような結果だけは避けたかった――服にべっとりと付着したグロテスク極まる粘液のような何かなどは特に。

 廊下は相変わらず静まり返り、ひんやりとしているにも関わらずどこか生暖かい空気が満たしていた。ここはやはり尋常の人間が立ち入るべき場所ではなかった。それ故かくなる時こそ、あの呪われるべき悪魔から授かった人ならざるものの力が頼もしく思えるのだ。悪魔に頼るという行為は明らかに危険に思えたが、それでもあのわけのわからない名状しがたいものから一方的に踏み躙られて殺される結果よりは遥かにましに思えた。

 そこでふとジョージはあまり思い出したくもない事実を思い出してしまった――可及的速やかに目的を達成して脱出せねば、彼が外に出た頃には校内の何倍もの時間が過ぎ去っているだろう。会社の同僚達、そして希望をくれたネイバーフッズ。彼らとの時間がずれてしまうのは、どこかとても恐ろしい事であるように思えた。ならば急がねばなるまい。まだ具体的な場所まではわからないが、リヴァイアサンの力によってジョージは旅の終着点の核心がこの学校の奥深くにある事を朧気ながらも感じる事ができた。


 廊下の先では上階が崩壊し、朽ち果てた瓦礫や垂れ下がった天井によって先に進めなかった。壁と垂れ下がった天井の隙間へと躰を滑り込ませようかと考えたが、ジョージの鍛えられた肉体はそこを通る事叶わなかった。そして力技でそれらを退かすのも試したが不可能であった。別の道を探さねばならない。崩落地点から最寄りのドアを開けた。錆びてぎいぎいと嫌な音がするドアで、聴いているだけでもいらいらさせられた。ドアを開けるや否や闇がそこに広がっており、廊下の心許ない明かりが中へと光を投げ掛けていた。懐中電灯を、と思った瞬間ジョージは己が懐中電灯を持っていない事に気が付いた。一体どこで? そういえば、あの死闘を演じた教室で懐中電灯を置き忘れていた。予備を使ってもいいが、どうせ戻れるのでそのまま彼は引き返した。再びあの教室に入った時に己が先程の死闘について何か感慨を(いだ)くかどうかを考えた。しかし実際には大して何も思わなかった。強いて言えば、くたばれ、と。ただそれだけであった。

 懐中電灯は床に転がっており、あの名状しがたいものが暴れた際に落ちたと思われた。それらにさえ気が付かず、そしてかようにして置き忘れるなれば、己は意外と緊張していたのではないかと彼は自嘲した。教室を出て鬱陶しいドアの音を背後に廊下を歩き、そして先程入ろうとしていた闇の中へと再び足を踏み出そうとした。左手で持った懐中電灯で前を照らし、そしてブローニング拳銃を油断無く前方や怪しい箇所へと向けた。光に照らされた部分からするに少し広い部屋であるらしく、先程の教室よりも広かった。元がどのような学習室であったかは想像もできない。例によって壁は塗料がぱりぱりと剥げてまるまっており、金属製の箇所があれば例外無くぐずぐずに錆びて腫れていた。脱色したかのように全体的な色合いは薄く、木の部分もあまり状態がよくなかった。暗い中やむなく懐中電灯で照らすという視界の制限される状況はどうにも心が落ち着かず、一刻も早く自分の知らないもの――例えば懐中電灯の光の外側に広がるまだ見ぬ箇所――を既知として塗りつぶさんと躍起になった。もしかすればまだこの状況の恐怖を克服できていないのかも知れなかった。1分程探索して別のドアを発見し、それが半開きのままになっているのが見えた。その先へ進むとそこは部屋と部屋の間にある小さな準備室であるらしかった。明かりを向けると小さな机か棚かよくわからない木の上に、汚れや腐敗で墓所に葬られた死者のごとき有り様と成り果てた、等身の低い少女の人形が無造作に置かれていた。まるで呪われているかのごとく無惨で、その形相は自然のものと思えぬ程に悍ましい。彼はお気の毒にと呟いて次の部屋へと入った。次の部屋は最初の部屋より小さく、簡単に次の扉を見付ける事ができた。そしてそれは位置的に考えると崩落した廊下の先へと進めるはずであった。懐中電灯の光を向けると、壁には生徒が張ったであろうぐずぐずに崩れ果てた紙の残骸が見えた。それは絵であるらしかったが、凝視すると経年劣化でグロテスクに歪んだ、稚拙な技巧で描かれた何者かの顔がジョージを悪意に満ちた目で睨め付けているように見えた。考え過ぎだな、と彼は頭を振り、そして己は確かにカウンセリングを受けるべきかも知れないと上の空で考えた。

 ドアを開けるとその先から不快な湿っぽい空気が流れ、ジョージは思わず眉間に皺を寄せた。再び照明の生きている廊下へと出たが、そこは至る所の壁が罅割れ、ところどころの罅割れから下向けて胸をむかつかせる苔が生えていた。廊下には得体の知れない肉のようなものが群生しており、ここが一体どのような場所なのか想像するのは難しかった。飛び散った内臓のようにも見えたが、あるいは引き伸ばされた筋繊維のようでもあった。地獄めいた廃校だとは思っていたが、今やそれ以上に悍ましい場所であるとさえ思えた。何かの生臭い匂いが充満していたが、考えても仕方が無いと思い、ジョージは迂回した崩落した箇所の先へと歩き始めた。10ヤード程進むとと曲がり角があった――正確には直進している方の廊下が、横向きパイプを縦に並べたタイプのシャッターで塞がれていた。シャッターの向こう側から何かが体当たりでもしたのか、異様な力で彼のいる側向けて歪んでいた。ジョージはそれを見た後角を曲がったが、その瞬間シャッターの向こうから得体の知れない何かの鳴き声が聴こえた。思わず振り向いたが、しかしそれどころではないので更に先へと進んだ。思えばこの小学校の窓はどれも打ち付けられて塞がれ、ここはとんでもない閉鎖空間であった。曲がった先でも錆びた教員机が積み上げられ、静かに行くなら迂回すべきだと思われた。最寄りのドアを開けると女子トイレであり、壁が壊れてその先に進めそうであった。相変わらず苔と錆のコントラストが悍ましく、ここは酷く不快であった。今すぐこの穴蔵から出たいところではあったが、そうもいかない。このまま進めば詳細不明だが明らかに重要な何かを見付ける事ができるのだ。

 とっくに使えなくなった、茶色と紅色の中間の色へと変色した便器や倒れた衝立(ついた)てに目をやりつつ先に進もうとしたところ、前方から強い衝撃を感じてジョージは反対側の壁まで押された。左頬がぬるぬるとした感触に襲われ、まさか出血したのかと思ったが、それはあの気持ちの悪い苔の感触であった。ジョージは苛立ちを抑えようとしながら突進して来た相手に目を向け、汚れ放題で異臭を放つ服を着た人間だと気が付いた。ひとまずパイプで相手の背中を強打すると、さすがに痛かったらしく飛び退いた。相手は髭をぼうぼうに伸ばした黒人の男で、わけのわからない言葉を口にしながら虚ろな目で敵意を向けていた。そしてその男の服や皮膚に、あの得体の知れない肉らしきものが付着していた。明らかに正気ではなく、恐らくこのような場所に相応しい、既に人間以外の者へと変異させられた何かだと思われた。だが相手は人間であり、しかも恐らく自分の意思に反してこうして怪物へと成り下がっている。それをリヴァイアサンに供するのは、あまりに惨たらしいとさえ思えたので、ジョージはなんとか殺さずに済むよう努めた。再び襲い掛かった相手の肩をパイプで強打し、怯んだ隙に腹と脚を本気で蹴った。死にはしないにしても蹲り、汚らしい廃校の便所の床に倒れるその姿にはさすがに同情した。息はしているが気絶したらしかった。


 そのようにしてジョージは暫く進み、その過程で人間に戻れるかも知れない発狂者達を10人打ち倒した。20分程経ち、やがてジョージは広いロッカールームへと辿り着いた。いつの間にかプールの近くまで来ていたらしかった。ロッカールームは例によって苔と汚れと散乱した雑多な塵芥(ごみ)、そして気持ちの悪い肉のようなもので悍ましく歪められていた。耳を澄ますとあの鳴き声が聴こえた――そしてそれはゆっくりと歩いていた。悪臭は更に強まり、ジョージは身近なロッカーに張り付いてしゃがむと身を潜めた。腐敗したベンチに人間の足をグロテスクな尺度で戯画化させたものがべちゃりと乗り、そして他の足もべたべたと汚らしい音を立てて動いていた。それはジョージに気付かぬまま彼の横を通り過ぎたが、その姿は複数の脚部を持ち、不恰好な触腕か内臓が躰に巻き付いていた。頭部は歪み、濁った目が何個もある畸形であり、口は絵画の悪魔のごとく大きくて恐ろしかった。関節が捻じ曲がった隻腕を不規則に動かして歩き、どことなく人間に見えた――そこでふとジョージは、相手が人間と神か何かの混血であり、その姿が何故あの心臓じみた肉塊の神や彼が契約したリヴァイアサンなど、美しい異形の実体達のようには美しくないのかを理解できた。それはすなわち、人間やその程度のレベルの生物の肉体や精神が、異形の神との混血に耐えられないのだ。もしもこの星の〈人間〉と同じ姿の〈神〉なれば、混血もまだ妥当ではあろうが、もしも両者の姿があまりにも掛け離れている場合、その窮極的な美しさを再現できず、ただただ混血の結果両者の特徴を受け継いだ継ぎ接ぎで不恰好な落とし仔となるのだ。あるいは神話に出てくる美しい混血の半神とて、単に表層的な美のみを受け継いでいるだけなのやも知れなかった。

 だが一つだけ言えるとすれば、この混血らしき怪物は明らかに悪意や敵意を持ち、ジョージは悪意から得た超人的感覚でそれらをひしひしと感じ取っていた。この怪物が先程の人々を狂わせていたのは間違いなかった。なればこそ貴様もまた、あの恐ろしいまでに美しい〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズの晩飯にしてやろう。

 ジョージは核心へと近付いている事を感じながら怪物へと襲い掛かり、両者は古びたロッカールームで激闘を繰り広げる事となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ