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ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION:WONDERFUL PEOPLE#5

 デリントン・フォレストでの悍ましい体験から生還し、疲れ果てたジョージは拠点にしているボストンのホテルでひとまずゆっくりと眠るつもりであった。しかし眠る直前に彼と契約したリヴァイアサンが姿を現す。

登場人物

ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。

〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズ…強大な悪魔、リヴァイアサンの一柱。



ジョージがデリントン・フォレストで邪教を目撃してから数時間後:マサチューセッツ州、ボストン


 あらゆる意味において、ジョージは今日一日の体験によって本当に疲れた。あのような体験は今まで無かったし、あるいはあのビスマーク基地で一緒に飲んだ後の新人ヒーローでもあるケイン・ウォルコットならば、かような凄まじい体験をしてきたのかも知れなかった。ジョージは軍で厳しい訓練を受けて、肉体の基礎的な部分から作り変えられていた事に心から感謝した――でなければ今頃歩く事さえできずにふらふらしているはずだ。ホテルへと戻り、それからロビーに立ち並ぶ電話コーナーへ向かい、『ここを使え』と指定されている電話機の受話器を取って電話をかけた。今朝と同じ男が出た――この電話に連中が何を細工しているのかなどは知りたくもなかった。ジョージは日中に起きた事を全て話した。一瞬だけ躊躇ったが、よくよく考えれば特ダネというか下手すると国家の危機であったためか、真っ先にあの恐らくCIAだと思われる連中の連絡先へと掛けたのだ。そういうところを見るに、彼はまだ新聞記者というより軍人か何かのようでもあった。恐らく既に現場からはあの邪教めいた連中は立ち去っているだろうが、しかし彼は恐怖に耐えながら張り込み続けたお陰で、連中が英語で話していた時に――普通の会話は英語であった――次の儀式の日時を聞き出しており、場所まではわからなかったが、もしかすれば次は国かヒーローが儀式を阻止してくれるかも知れなかった。

 全てを話して電話を切り、自分のボスに電話するかどうかを悩んだ。疲労に耐えて電話しようかと思ったが、やはり嫌になって電話機から立ち去った。彼は己の職務怠慢を今は笑う気にはなれなかった。同時に、あの地へと赴いたのが自分ではなくモートであったらどうなっていたかを想像し、身を震わせた。今日契約した悪魔は己がジョージにデリントンの忌まわしいものどもをけしかけたと言っていた。もしかすると普段はあそこまで攻撃的ではないのかも知れないが、あの近辺では以前行方不明者の噂が立っていた。もしもそれが嘘でなかったら、あの人間もどきどもは誰にも操られていない普段でさえ余所者に何をするかわかったものではなかった。


 ホテルを出ると既に日没近く、オレンジと水色の混ざった色合いの空の下でビル群がオレンジ色に染まって輝いていた。ボストン近辺は晴れ渡っており、チャールズ川には早とちりな照明の光が宝石のようにきらきらと散りばめられていた。4月とは言えどもニューヨークよりも緯度が高いため、まだまだ寒々しいものであった。だがあのデリントン・フォレストなる辺鄙で排他的で、命の危険にも関わるような場所から比べれば、ここは随分暖かな場所に思えた。ジョージは白い息を登らせながらホテル近くの、ボストンで滞在し始めてからよく行くようになったレストランへ足を運んだ。ハノーヴァー通りを歩いて彼はもう少し小さな通りへと逸れ、そしていつもの店へと入った。店内は写真その他で木張りの壁が埋められ、奥の方にあるカウンター席にも何人か座っていた。店内はそろそろ混み始めるが、ジョージは迷わずカウンター席へと座りに行った。彼は来始めて最初の頃、さっさと己がNYの人間だという事を話し掛けてきた地元の常連に打ち明けた。からかいや野次を躱していると、気が付けば彼らはヤンキースと赤い靴下の闘士達のいずれが今シーズンでよりよい結果を出すか、果てはそのいずれが優勝するかという話を、声は大きいながらも平和的に交わしたものであった。このレストランは食事半分飲み半分のようなコンセプトで作られているから、音楽も結構音量が大きいし、客の声も大きかったが誰もそれを気にしてはいなかった。

 ジョージは席に着くなり知り合った地元の常連達と他愛の無い会話をして、今日は仕事でマサチューセッツの内陸部まで日帰りで行っていたと話した。さすがにあのデリントン・フォレストに行っていたという事、及びそこでのお寒い武勇伝や恐怖体験までは話す気になれなかったので、適当に脚色した。牡蠣や魚の料理を食べてビールを飲み、今日一日の災厄を振り落とした。



深夜:マサチューセッツ州、ボストン、安ホテル


 眠るとあの悪夢を見る可能性がある。そう、廃校の悪夢を。しかし今日は精神的にも肉体的にも相当疲れたため、ひとまず今日は休もうと考えてジョージが眠ろうとしたその時、クラーケンズ・パームで感じたのと同じ感覚が彼の心に広がった。部屋に不思議な香りが広がった――あの時は洪水のごとき視覚情報処理で精一杯であったから、それを嗅いでいた事さえ気が付かなかった。

 そして再びあの悍ましさと美しさの入り混じった実体の躰がずるりと空間から這い出た。明らかにあの時よりも縮小しており、物理的な大きさなどは自由自在であろうと思われた。あまりにも恐ろしく、それでいてどこまでも美しい、そのようにして矛盾した要素を併せ持つこの強大な悪魔は、かくしてジョージの前へと日に2回も現れたのであった。

「驚いて心臓が飛び出すかと思ったが」

 ジョージは胡散臭そうにしてベッドから半身を起こした。

〘そういえばお前の種族は睡眠が必要か。それは悪い事をしたな〙

 悪魔に2回も謝られた男として自慢できそうだな、と彼は心の中で皮肉った。

「まだ何か?」

〘契約者よ、お前は夢を見ているだろう〙

 ジョージはどきりとした。悪魔はあの夢を知っているのか?

「人間は夢を見る種族だからな」と悪魔の言った事に対して皮肉を言ったが、内心は見透かされた事への恐怖や羞恥が渦巻いていた。プライバシーもクソもないなと悪態を()きつつ、ベッドから立ち上がってネロのコロッサスのようなポーズをとって大悪魔と対峙した。その悪魔は彼のそうした動作を寛大に見守り、一段落してから会話を続けた。

〘御託は構わぬ。お前が見ている夢はただの夢ではない。その夢は尋常の悪夢ではなく、お前に重大な手掛かりを与えているのだ〙

「というと?」

〘お前は今日も恐らくその夢を見る事だろう。そしてあるいは、今日の夢でお前が探し求めるものの答えを見付けられる場所が判明するやも知れぬ。

〘お前は知りたいはずだ。あの海峡上空で佇む沈黙の神は一体何者なのか? 何故あそこにいるのか? そしてそれ以来起きているちっぽけでつまらぬ一連の魔術儀式は一体何を意味するのか? 何を起こすつもりなのか? お前が危険を承知で再びデリントン・フォレストか、あそこにいた教団のいそうな場所へと乗り込むならばそれでも結構。お前が途中で死のうと、お前のような訓練された猟犬は少なくない道連れを生むだろうから、お前の生む死と破壊は俺にとっては質素だが美味い食事となるだろう。しかしそれはお前にとってもいい話ではない。俺もお前からは長期的な供給に期待している。そこで、俺はこうしてお前に忠告しているのだ。お前が答えを得られるのは今日の夢屋も知れぬ、あるいは明日の夢やもな。あるいはもっと先である可能性もある。だが俺は忠告しよう、お前は今日から己の見る夢を注意深く観察しろ。俺にもお前の夢の起源はわからぬ――お前が元々そういう能力を持っていた兆候は無いし、何かの影響か干渉ではないかと俺は考えているがな〙

 ジョージは慄然たるリヴァイアサンが喋った内容を、その恐怖と美の入り混じった声に耐えつつ整理した。部屋の上方端っこに顕現した〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズをじっと見据え、その悪魔自身が与えた力によって己が人智を超越した究極的な恐怖――及び美――に耐えられるようになった事を実感しつつ、答えた。

「わかったよ。悪魔というのはもっと隙あらば人間を地獄へ引き摺り込むようなものだと思っていたが」

〘俺は効率的に食事したいだけだとも〙

 見惚れる程美しく悪魔はせせら笑った。



数十分後:ジョージの見る夢の中


 今日もあの学校の夢を見た。廃校の不気味さはデリントン・フォレストと同等のように思え、朽ち果てた校内は不潔で不快極まりなかった。毎日見るわけではないが、既に何度もこの夢を見ていた。正直恐怖と同時に鬱陶しさを感じていたから、ジョージは今まで夢が終わるまで待っていた。しかし今回は違った事をした。悪魔はこの夢に意味があるというような事を言っていた。なればこの学校にも何か意味があるのではないか?

 今現在彼は1階の廊下におり、ここから玄関口まで出れば何かわかるかも知れないと考えた。カラフルなロッカーはぐにゃぐにゃに扉が変形し、中身が物色された形跡が見られた。点滅する暗い明かりは不自然で、ここに何故まだ電気が来ているのかは疑問であった。教室の前を通り過ぎようとすると、中から何やら奇妙な音が聴こえた。ああ、またか…。

 中を覗くと誰もおらず、ジョージは苛立たしそうにドアを蹴破った。もちろん誰もいない。しかしジャンキーがいた頃に使っていたであろう空の注射器がからからと音を立てて転がっており、ジョージは目を動かして辺りを窺った。このポルターガイストには以前の夜ならばかなり怖く思っていたが、今では敵として認識している事に気が付いた。教室内はまだましな方だったのか、白い照明が小さな音を立てて室内を照らしていた。壊れた机や薄汚れた黒板など、荒れ果てた室内の様子がよく見えたが、誰が電気を点けたのだろう? 彼が知る限り、この学校の今見ている状況は既にジャンキーでさえいなくなった後であった。では誰が?

 教室を出て廊下を再び進み始め、どうやらあと数十ヤード行けば外に出られそうだとわかった。窓は誰かが打ち付けた板で尽く塞がれ、まるでナチスのゾンビに備えているかのようであった。そして教室の一件以降は特に何も無く、彼は外に出る事ができた。

 教員の机や棚などが散乱した玄関から苦労して外に出て、何か名前がわからないかと思って周囲を窺った。ふと上を見ると、玄関口の上の物に驚愕した。

 クーパー小学校、ブロンクスにある廃校であった。あの悪魔の言う通りならば、答えはニューイングランドよりもずっと近くにあったのだ。そしてそこは、悪魔の力を得なければならぬ程の危険が待ち受ける、今回の取材の終着点であろうと思われた。


 ジョージは目が覚め、冷や汗をかいていた事に気が付いた。マサチューセッツでこれ以上あの邪教を調べるのは危険だろうから、確かにクーパー小学校の調査は悪い話ではない。今のところ〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズはどうやら嘘を言っていないし、事実あのリヴァイアサンの言うように彼は恐怖を克服できるように変貌しつつあった。今夜の夢であっさりと情報を得られたのは僥倖である――では、悪夢の渦中へと飛び込むとしよう。

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