表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/25

ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION:WONDERFUL PEOPLE#3

 デリントン・フォレストに住む人々は明らかに異常で、そして敵意を持っていた。逃げるジョージは遂に取り囲まれて…。

登場人物

ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



1975年4月:マサチューセッツ州、デリントン・フォレスト


 背後を走りながら振り向くと、まだ誰もいなかった。既に50ヤード以上走り、このまま問題なく行けそうな気がした。これが小説であればつまらない展開だな、とジョージは思った。別に軍で働いていた頃も、トラブルを追い求めていたわけではないし、穏便に解決するのが最善であった。しかし再び前を向いて1秒後にガラス引き戸が開くような音が聴こえ、ぎょっとして振り向いた。もし銃を持っていれば厄介なため、彼は少し走る速度を落として背後を確認し続けた。今となっては寒さに備えてコートを着て来た事が馬鹿馬鹿しく思えた。

 それは最初、ただ引き戸が不恰好な腕によって外側へと開かれているところしか見えなかった。やがてホラー映画の悪趣味で稚拙な怪物のように、ゆっくりとした動作でグロテスクな雰囲気を纏った人間――恐らくはそのはずなのだが――が出て来た。その無表情な顔は初めから彼の方を向いており、そして田舎臭い暖色系の服は改めて見るとより草臥(くたび)れているかのように思えた。幸い最も危惧していた、銃の類は持っている様子ではなかった――少なくとも長銃は。

 そこでジョージはふと、己の視力がよい事を神に感謝した。視力が悪ければ、この距離だとインクが滲むように像がぼやけるらしい。


 いざ己の身に厄介事が降り掛かってみると、やはりそれは鬱陶しい事この上無かった。これはフィクションなどではなく、純然たる現実として彼の身に降り掛かった実在する脅威であるから、そのようなものが嬉しいはずなどなかった。

 だがもう少しで通りの南端、古ぶしき建物が途切れるというところで前方の家々から厭わしい音と共にずるりと這い出たるは、背後にて機械的なぎこちない動作で動く化け物じみた男の同類に他ならなかった。あまりに驚愕したため、ついジョージは足を止め、通りに面した家と家の間から逃げようかなどと考えた。心臓が早鐘を打ち、心は音を立てて凍り付こうとしていた。普通であればこの程度の事でここまで恐怖を感じはしない。

 そして彼を更なる恐怖の深淵へと突き落とさんとして、グロテスクなやり方の追い討ちが襲い掛かった。ジョージが右手側へ逃げようとすると、家の裏手からずるりと別の人間もどきが這い出た。振り返って逆側へ逃げようとすると、それを嗤笑するがごとく同じように別の人間もどきが姿を現した。時間とは刻一刻と過ぎ去るもので、彼が動揺してこれからどのような手を打つべきか必死に考えていた数秒足らずの時間で、包囲網は既に10ヤードのところまで迫っていた――そしてその後もじわじわと。


 気が付けばいつの間にか敵――と呼ぶ他無かった――は7人に増え、大体等間隔を取りながら彼の周囲を取り囲んで静止した。ジョージは己の犯したミスが多い事を認めつつ、それはそれとしてこの状況を打破する手段を考えた。相手は全員男で、()せ返るような黴臭と名状しがたい悪臭とを()い交ぜにしたグロテスクな香りを隠そうともせずに放ち、薄い陽光の下では隔離病棟にでも押し込められていたのではないかという程に病的な肌色の不気味さが目立った。肌は例外無しにかさかさで最低限の手入れさえ見られず、禿げている者もいたがその禿げた頭でさえ萎びたように肌が荒れていた。年齢は全員が30代から50代と見られ、うち3人は30代、40代が3人と50代らしき者が1人いた。40代の内2人はかつてかなりの色男であった事が想像できる名残りをまだ微かに持っていたが、しかしてそれらがいかよう(・・・・)な過程や体験を経て、かようなまでに著しく毀損されたのかまでは到底想像もできなかった。ただ一つ言える事は、これら全員が悍ましいまでに無表情で、眼窩の中で虚ろに濁った彼らの目には、どのようなベールであろうと覆い隠せぬ明白なる強い敵意を滾らせ、まるで何かの合図でも待っているがごとく、それら人間もどきはジョージの周囲で不気味な音を立てながら呼吸していた。蕭然(しょうぜん)としたこの田舎街で、よもやかくも慄然たる悪意の化身どもに囲まれようとは、()に恐るべき事態であった。

 このままでは殺される可能性が高く、否が応にも彼の心にじりじりと焼けるような焦りを生み出した。この尋常ならざるものどもは本当に人間なのか? 人間と何か名状しがたい怪物が交配した結果生まれた、一見そこまで異常ではないなれど、実質的には面妖な畸形の落とし子達なのではないか? いずれにしても、これら畸形の落とし子達は、現実の脅威として立ち塞がっていた。改めて周囲を窺うと、こうして牙を剥いている形を持った絶望達は無表情ではあったが、しかし莫迦にしているかのような笑みを浮かべているような気がした。普通ならばここで絶望し殺されるのを待つだけだろう。

 だがそれは魔獣に捧げられる生け贄の羊に任せばよい。恐怖に抗ってはならぬという(ことわり)はないのだ。

「争うつもりはない」

 海兵隊で働いていたジョージ・ランキンは、このまま無惨に殺されるつもりなど全くなかった。それにどうせ死ぬなら、最低でも何人か殺傷してやろう。これ以上踏み込むなら容赦する必要性は皆無だ。

 ジョージの言葉は波紋のように広がったが、しかし彼の発言を受けても無表情な人間もどきどもは何も言わず、そして無表情を通していた風に見えた。だが先程よりも、無表情の嗤笑は明らかに大きくなっていた。

「愚かな真似はするな。こっちはただ立ち去りたいだけだ。あんた達には何も興味は持っていない」

 半分ぐらいは嘘であった。

「私が言っている事がわからないわけじゃないだろう」

 段々と恐怖よりも苛立ちが(まさ)ってきた。バーから来た別の男が中身の入った酒瓶を持っているが、その他は無手であった。その男は彼の背後にいた。

「じゃあな」と言って彼は右足を踏み出したが、その瞬間に周囲の怪物じみた連中は彼を取り囲んだまま彼の進行方向へとずれた――そのように形容するのが相応しい、あまりに非人間的な機械じみた動き方であった。やはりただの人間とは思えない。いつの間にか円の直径は5ヤードも無かった。

「私は忍耐力に自信がある方じゃない。今すぐやめるんだ、さあ。さっさと家に戻れ」

 すると後ろで動きがあるのを感じた。ジョージはほとんど無意識下で動き、あまりにも洗練されていたため、まるでそれは単なる無条件反射のようでさえあった。


 ごぼごぼと怒り狂ったショゴスが立てるような異音がデリントン・フォレストの住人の喉から漏れ、それを言葉と定義するならこれこそがジョージがこの街で初めて聞いた最初の発言であった。接近され背後から振り下ろされた酒瓶を感知し、ジョージは己の頭蓋を叩き割らんとして迫るそれを防ぐために振り向きながら右手で相手の腕を掴み、酒瓶は獲物を捉える事なく静止した。こういうものはスピードと正確さが重要であり、ジョージは昔受けた訓練通りに実践して見せた。酒瓶を持った相手の腕を引き寄せて再び前に振り向き、そして己の右肩へと相手の腕を叩き付けた。手加減無しの本気の腕折り技によってグロテスクな音が鳴り、背後にいる相手の口から苦悶の声がごぼごぼと漏れた。素早さが大切であったから、そのまま肘で相手の腹を殴打しつつ酒瓶を強奪した。腕を折られて腹に強烈な一撃を喰らった男はまるで腹を刺されて死んだかのように倒れ臥した。

 他の連中も襲い掛かって来た――そのぎこちなく非人間的な動きはまるで殺人のための機械だ。しかし戦い慣れしているわけではないらしく、凶暴で力そのものは強いようにも思えるが、肝心の技術が伴っていなかった。ジョージは軍にいた時に己よりも50ポンド以上体重が重く、かつ訓練された相手を打ち倒した経験もあり、この程度は容易なものであった。連携などせず3人が一斉に来たものだからしゃがんで簡単に躱して擦り抜け、仲間同士でぶつかって纏まってしまった内1人を酒瓶で殴り、他の2人の頭と頭を掴んで衝突させた。割れた瓶の破片と酒が飛び散る中、残りの3人も距離を詰め内1人がパンチを繰り出して来たが、それを回避すると相手の足を思い切り踏み、それに一瞬気を取られたところへ頭突きを喰らわせて鼻を陥没させ、地面へと倒れさせた。常人なら全治数週間程度だろうか? かくも容易く仲間達が打ち倒されたものだからさすがに怯んだらしく、これまでは哀れな犠牲者を餌食にして来たのであろうが、今回はそうならなかったのである。そしてその隙を突いて酒瓶のまだ割れてない口付近を残った男の内、左にいる奴へとぶん投げ、それに気を取られて咄嗟に顔面を腕で庇ったその男の腹を思い切り蹴り飛ばした。苦痛により倒れ臥したところへ駆け寄って追撃の拳を顔面に放って意識を刈り取り、背後から襲い掛かった最後の男――一番歳上の髪が寂しい男であった――のパンチの勢いを利用して背負い投げを食らわせ、しかして恐慌状態で更に立ち上がって来たその男に強烈な金的をお見舞いし、怯んだところで膝目掛けて足裏で踏み付けるようなキックを喰らわせて更に痛みを与え、苦悶のごぼごぼとという声を黙らせるように、両手を握り合わせて作った己の拳そのものを鈍器とした右からの薙ぎ払いで頬を殴打し、それによって最後の男ももんどり打って倒れた。誰も立ち上がれず、そしてこれは家から出てこなかった他の連中への警告となったのである。

 もしも私を侵害するなら、その代償は安くない。

「何をやっているんだろうな、私は」

 急にここで起きた事が全て下らない事に思えてきた。当たり前だ、彼は取材に来たのであり、喧嘩をしに来たわけではない。ましてやアクション映画の真似事をして自慢しに来たわけでもない。それでこの有り様たるや、己自身に呆れるのも無理は無かった。人間とは興奮状態から覚めると急に後悔する生き物であるらしかった。額が少し腫れ、手は熱を帯びたようにじんわりと痛んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ