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ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION:WONDERFUL PEOPLE#2

 ジョージはたまたまあの悍ましい邪教事件で動物の生け贄が増えた理由を察し、興奮のあまり現場の街デリントン・フォレストへと来てしまった。そして彼はこの小さな街の異様さと直面する。

登場人物

ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



1975年4月:マサチューセッツ州、デリントン・フォレスト


 この町もかの悪名高きセイレム魔女裁判が起きた頃はまだ普通の街だった。アメリカが独立して暫く――恐らくは1800年代後半から、徐々に街は寂れ始めた。街は人も(まば)らになり、町は州全体の産業転換からも取り残された。農業以外には目立った産業もなく、町の住人のほとんどは同じ店で買い物を済ます有り様だった。寂れ始めると同時に、この地には暗澹たる何かが立ち込め始め、寄り付く人もほとんど無かった。陸の孤島とでも言うべきこの農村の、未開の森の中で何やら怪しい儀式が執り行われているとの噂が遥々ボストンやケンブリッジ、そして皮肉にもセイレムでもそうした噂が立ったものだった。だが確固たる証拠も無く、単なる噂として放置された――だが20世紀に入った頃、怖い物見たさにデリントン・フォレストを訪れて行方不明になった若者がいたという。当時の新聞にも載っており、ジョージもボストンに来てからそれを確認した。

 町はクオビン貯水池の西岸にあり、近隣の町が貯水池に沈む中、この不気味な町は沈まずに残った。第二次世界大戦、朝鮮戦争、アメリカ中に広がった各種権利運動、ケネディ大統領やキング牧師の暗殺事件、そしてついこの間終わったヴェトナム戦争など、世間の流れからは完全に隔絶されているのではないかと思われた。

 しかしここ何十年かは町もかつて程は閉ざされたものでは無くなり、長閑(のどか)な田舎として見直され始めた。相変わらず訪れる人とて疎らだが、だがかつて程は奇妙で忌むべき噂話が近隣の人々の話題に挙がる事はなくなった――ある意味では、忘れ去られているとも言えた。

 そんな中青天の霹靂がごとく突如起きたあの邪教事件は、この町がかつて世間にどのような印象を持たれていたかを否が応でも掘り越したのであった。最初の事件はたまたま上空を通り掛かった空軍機パイロットの報告が発端であった――森の中の広場で怪しげな人集りが集会を。眉唾と思われたが警察が怠そうに現場へ踏み込んだところ、そこにはつい数十分前までは大勢の人間がいたであろう、生乾きのじめじめとした土や草を踏み潰した無数の足跡があり、春の草木の匂いに混じって奇妙な匂いも立ち込めていた。警官達は何事かと思い匂いの出処を探った。匂いの出処へと近付くにつれそれが段々と人間の匂いであるような気がし始め、そして視線の先には悍ましいものが転がっていた。それは元は人間であったらしく、石で作られた祭壇らしき段の上に仰向けで横たわっていた。既に息はなく、亡骸の周囲は霜が降っていた。亡骸そのものも冷凍された牛肉がごとき惨状で、人間に対して行われるべきではない冒瀆的な行為である事は疑いようもなかった。あまりに悍ましいため、警官達は声さえ出せず暫しその亡骸と同様に凍り付いていた。


 ジョージはあの時感情に突き動かされてこの街へとやって来た事を後悔した。彼はホテルの部屋で見た、皿が割れる事を想定して安い皿を使うというニュース内容を見て、一連の事件で動物の数が増えた事に意味があると気が付いた。そのような儀式に意味があるとして、人間の生け贄は貴重だからその代用品として動物の生け贄を使おうとしたのではないか。それはいい発想ではあったが、しかし結局のところ事件が次にいつ起きるのかまではわからなかった。なのにここへと来てしまった――事件現場の森に近い街へと。

 一本の通りが南北に走っていた。道路の名は知らぬなれど、恐らくこれこそがこの町の大通りであろう。しかして通りの両側に並ぶは一般的なアメリカの田舎町とは異なり、煉瓦などを用いた平たい屋根で間隔を空けずに立ち並ぶ家屋ではなく、築何十年も何百年も経っているような、傍目にもそれとわかる補修跡が見られる不恰好な木造家屋が立ち並んでいた。古ぶしき駒形切妻屋根は屋根板が所々欠落し、間に合わせの板で補修していた。それら不格好な家屋はニューイングランドの田舎というよりは、大都会の荒廃したスラムであるかのようであった。空はどんよりと曇って鈍い金属の表面がごとき色合いをしており、不愉快な生暖かい風が通りを蝕むかのように吹いていた。風に吹かれて家屋がぎいぎいと音を立て、どこからともなく黴の悪臭が仄かに漂って来た。つんとした黴臭さに、通りへ足を踏み入れようとしていたジョージは思わず手で口元ごと覆った。右手で鼻と口を抑えたまま彼はこの暗澹たる有り様の集落を見渡した。通りはせいぜい200ヤード程度であり、5分もあれば街の全てを見て回れそうであった。

 しかしな、と彼は苦笑を浮かべた。幾ら天気が晴れ空ではないとは言っても、誰も人通りがないのも随分不気味なものだな。西側を見ると立ち並ぶ家屋のすぐ向こうには胸のむかつくような黒々と生い茂った森が広がっており、東側は家屋の向こう20ヤードに寒々しいクオビンの水面(みなも)が空と同じような色をして広がっていた。あの広大な森の奥地にこそ、追い求めた真相が…。

 こういう時、物語の主人公達は荒れくれ者達の集うバーかダイナーにでも乗り込んで、余所者が受けて然るべき敵意に満ちた視線を浴びながら、己の知りたい情報を得ようとする――統計を取ったわけではないが大抵の場合、そこから主人公は喧嘩に巻き込まれるものだ。なればこそ己もまた、そのようにして地元の溜まり場へと潜入すべきなのか? 彼は油断無く目を動かして通りの様子を窺った。羽織ってきたイギリスで買った黒いダッフル・コートの開いた右前袖を右手で掴みながら歩き始めると、風は先程よりも冷たくなったように思えた。アメリカの寂れた田舎というのは難儀なものだったなと都会人の彼は思った。彼は通りの南端から北上し始め、最初の家を見遣った。木造建築の白い塗装は色褪せ、剥がれ、築50年以上経っているのではないかと思われた。大風でも吹けば木っ端微塵になっても不思議ではない。地震のようにがたがたと揺れる汚らしい窓の向こうには日光で黄ばんだシルクのカーテンが蓋をしていたし、部屋の中は真っ暗であったため内側は何も見えなかった。

 そうやって歩き続けていると、通りの中頃で西側に恐らくバーらしきものを見付けた。昔の西部劇に出てくるような古ぶしき様式であり、雨風に曝されたアメリカン・ホワイト・オークの外装の上を黒い甲虫が一匹だけ這っていた。そちらに目を惹かれたが、しかして思い直し見るべきものへと目を向けようとした。入り口のドアは上下2枚のガラス張りであったから、彼は歩み寄って内部を見ようとした。中は随分暗いらしく外の決して明るいとは言えない光量でさえガラスはその内部を見えなくさせた。苛立ちを感じつつ更に接近し、ドアに顔を近付けて中を覗いた。するうちドアの隙間から異様な悪臭がする事に気が付き、そして悪態を吐こうとする前に慄然たる地獄絵図の片鱗を垣間見た。というのも薄暗いが見えない事もない内部では、不気味に背を曲げた男達が野暮ったい暖色の服を着て固まっており、ちらりと見える彼らの顔は何故か見るだけでぞわぞわと心が騒ぐものであった。別段異様な形相や造形というわけではないから、皆目見当も付かなかった。挙動を注意深く観察したが、少し動きがぎこちない他は特に見るべき点も無く、薄汚れたグラスで酒をちびちびと飲んでいるのが見えた。あるいは密造酒であるかも知れないが、それは問題ではなかった――彼らはアウトローのような雰囲気でもなく、その姿が発する未知なる不安感の正体は(よう)として知れず、言いようのない恐れがジョージの胸を満たした。彼は本能的にここが危険である事を察した。昔の活劇の悪役のように表面的な恐ろしさは見てとれなかったとは言えど、もっと別種の恐怖が胃をきりきりと締め付けた。逃げよう、彼がそう思った瞬間であった。運命の悪戯か、中にいる男達の一人がドアの方へと振り向いた。ゆっくりとした動作であったというのに、ジョージはその得体の知れない不気味さによって見動きを封じられ、そして目が合った。男は無表情で、虚ろな目は夜の沼のように濁っていた。ただ一つ読み取れた感情は、その目に(たた)えた圧倒的な余所者への敵意であった。何故お前はここにいるのだ?

 ジョージは銃を持って来なかった事を後悔した。というのも、自宅にはブローニングBDA9があるものの、マサチューセッツの州法と照らし合わせてどのような銃の所持が違法か――例えば携帯する事、携帯時に装填済みかなど――を調べるのが面倒で、万が一逮捕されるかも知れない事を考えて持って来なかった。細かな法律はわかり辛く、学生の頃知らぬ内に際どい行動を取っており危うく逮捕されかかった経験を引き摺って苦手意識を持っていた。面倒になるぐらいならと忌避し、面倒にならぬよう持って来ない事にしていたのだが、可能であれば今すぐ銃を取り出してあの悍ましい男に警告したかった。時折射撃場に行って撃っていたが、その際の手の中で強い衝撃を伴って跳ね上がる銃身や手の震え、腹立たしくも嗅ぎたくなる火薬の匂いが恋しく思えた。しかし実際には、どこからともなく漂ってくる黴の悪臭が鼻を刺激し、店内から漏れる正体不明の名状しがたい異臭が胸をむかつかせ、そして目の前の何が異常なのか説明できないが明らかに異常な男が緩慢な動作で立ち上がった。機械のようにぎこちなく、不気味さを更に増した。そして気が付くとゆっくり歩いて来ており、身の危険に直面したジョージはその場を立ち去る事を決意した。世間を騒がせる儀式騒ぎの中枢へと乗り込むつもりが、とんだ思い上がりであった。


 しかし彼は人生経験豊富な方であった。そして愛する息子は目の前で死んだ。それよりも最悪な事が存在するならば、見せてみるがいい。とは言え、今のところ逃走しているのだが。

 最初は振り返る事なく道を戻り始めた。だが左右を見ると、カーテンや鎧窓などで閉ざされた窓の隙間から、敵意に満ちた虚ろな目がちらちらと見えるような気がした。恐怖が生み出した幻覚なのか? 今はどうでもよかった。とにかく走り、厭わしい風が吹く寒々としたこの小さな街から脱出を図った。

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