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夕暮れの二人、あるいは何かの物語の始まり

掲載日:2015/11/13

 それは冬も間近のある秋の夕暮れのこと、一人の少年が夜の一歩手前の道を歩いていた。

 少年は高校からの帰路、幾度となくため息を繰り返していた。その足取りは重く、普段なら二十分もあれば自宅に着くはずがその時間を使ってすら半分も達していなかった。

 秋の風は冷たく彼の体にまとわりつき、思わず学校指定の上着を強く握った。マフラーのおかげで、首周りは寒さを防いでいたものの、首にまとわりつく感覚がまるで首吊りのロープのように感じて仕方がなかった。

 彼は高校生にしては小柄で、普段も無口なことから目立たない人間だったけれども、その顔を下に向けて歩いていたため、もしもそのときの彼を見たものはさらに小さな印象を受けただろう。けれども、夕闇に染まりつつある道には彼以外誰もいなかった。

 そして眼鏡の下の瞳は混乱の色を浮かべていた。事実彼はそのときどうすればよいのかわからない状態だった。


 少年の両親は共働きで、まだ帰宅してもいない時間だった。それが寂しくないといえば嘘にはなるものの、決して家族仲は悪くなかった。逆にいえば義理の父とも上手くいき、まるで血を分けた本当の親子のように尊敬をして愛してもいた。義理の父も再婚、母とは違って死別した前妻との間に二人の子ども…少年からすれば義理の兄と姉がいたのだけれども、二人も少年のことを邪険には扱わず多少のからかいはあるものの兄弟仲も良好で何だかんだで二人とも好きだった。それこそ時間帯的に帰宅しているであろう二人に自分の悩みを打ち明けたいほどに…けれども、彼は慎重な性格で確信が持てないことを相談する気にはなれなかった。

 彼の悩みは同級生のことだった。とはいってもそれは決していじめといった類いのものではなかった。決して嫌われてはいないものの、特に目立つこともない少年は友人こそいたものの誰にも気にも留められないような存在だった。

 彼が抱いていた悩みは、同級生が同じクラスの女子生徒を殺害したという妄想を抱いてしまったことだった。


 何となく気持ちを落ち着けるために小さな公園にあるベンチに腰を掛けて、ぼんやりとオレンジ色に染まる空を見上げた。幼い頃はどこまでも広く思えた公園も、今となってはみすぼらしい狭い公園にしか見えなかった。けれども、そんな場所に彼がたどり着いたのは子ども心にそこが様々な冒険の場所を生み出した場所であり、秘密基地であり心のよりどころだったからかもしれない。

 視線はぼんやりとしていたものの、その頭の中では様々なピース、漏れ聞いた言葉や新聞や雑誌の情報、それに同級生との付き合いなどから得たものが一つ一つ正しい場所に収まる感覚を覚えていた。それらが絡み合い、一見筋が通らないようなことにも一つの道筋が見えてきたとき彼の頭に浮かび上がるのは幾度となく頭を悩ませる同級生殺人事件の真相といえるかもしれないことだった。

 彼は別に推理小説を込んでいたわけではなく(逆に彼は殺人の登場しないファンタジーものの愛読者だった)なぜその考えが浮かんだのか本人にすらわからなかった。ただ、それ以外の仮説を組み立ててみようとしても矛盾が生じたり、筋が通らなかったりして必死に他の推論を出そうとしてもすべては論理的に消去されてしまい、残ったのは一つだけだった。

「まったくどうすればいいっていうんだ」

そう呟くと彼は顔を両手で覆ってしまった。


 「こんな時期に、外にいると風を引くわよ」

突然彼に掛けられた、穏やかながらも何かしら引きつける声に驚いて少年は顔をあげた。そこには柔和な笑みを浮かべた老婦人が立っていた。

「あ…」

突然のことに少年は何と返事をしていいのかわからなかった。その老婦人の顔は通学や買い物をしているときによく見かける顔で、名前こそ知らないものの見知った顔であるともいえた。とはいえ、それまで会話をしたこともない人間であり、他人といっても間違いはなかった。

 そんな心を見透かしたかのような穏やかな声で老婦人はつづけた。

「あなたは何かしら悩みを抱いているみたいね…それも恋だとか家族だとかそんな身近なことではなく…何かしら人の生死に関わることを。わたしはね、あなたみたいな瞳を人の何人も見たことがあるからわかるの。ねえ、あなたの抱いている疑惑をわたしに話してみない?ええ、認めるわそれが好奇心からきたことだということを…でもね、話すことによって何かしら解決の糸口が見えるかもしれないし、多少のアドバイスをできるかもしれないわ」

普段の少年ならそんな言葉に不信感を抱いていただろうし、また何よりも突然話しかけてきた人間には警戒心を抱いていただろう。けれども不思議なことに、彼はその老婦人に関して何かしらの魅力と、安心感のようなものを抱いていた。

 老婦人の声は穏やかな一定のリズムを刻んでいるかのようで、特に特別なことを話しているわけではないのに心の底にゆっくりと、着実に響く不思議な魅力を含んでいた。

『まるで催眠術に掛けられているようだ』

彼の心のうちにそう呟いた。そしてそれは事実間違えていなかった。

 気がつけば彼は口を開いていた、自分が抱く悩みと、その元となった推理を。


 そもそものきっかけ、微妙な時間のずれから始めて事件直前の会話と事件後の会話の矛盾など、頭の中で組み立てたことを次から次へと見知らぬ老婦人に夢中になって話していた。

 それは不思議な感覚だった…不可解なことが一つの筋道を通って、パズルを組み立てて全体像を浮かび上がらせるような快感がどこからともなく生まれていた。

 やがてすべてを話し終えたときにまず感じたのは安らぎだった。そしてそれから自分は見ず知らずの相手に妄想を垂れ流してしまったことに気づいてだんだんと居心地が悪い気持ちになっていった。けれども老婦人はすべてを見抜いているような雰囲気をまぜながら、いくつもの質問を繰り返してきた。

 時間の正確性などとともに、一見つまらないようでいて実は重要なことなどなど、ありとあらゆる質問mんに対して少年は一つずつ答えていた。

 最後の質問を終えたとき、老婦人は静かに微笑んだ。少年本人は気づいていなかったものの、すべての質問に彼は矛盾なく答えそしてそれが彼の推理を裏付けているということに。

 そして少年に尋ねた。

「ねえ、あなたはどうするつもり?」

彼は下を向いたまま、小さな、小さな声で口を開いた。

「どうしていいのか、わからないのです。だって、ただの妄想にしか過ぎないし、証拠も何一つないのです…何よりも誰も僕の言葉に耳を貸すはずがないから…」

眼鏡の下の瞳には、もはや光はなかった。

 老婦人は一瞬そこに何かしらのものを認めた…それが何なのかはっきりつかめなかったものの、彼女の心の中にひとつの想いが浮かんだ。それがどこに向かうかわからないものの、これを逃すと二度と得られないかもしれない奇跡の機会なのだと本能的に感じた。

「いいわ、わたしが手伝ってあげる」

「え…?」

そのしっかりとした声に少年は思わず顔を上げてしまった。その意味することが理解できなかったのだ。

「わたしはこう見えても、そうね”警察関係”につながっている人を知っているの。だから、そこであなたがその考えを話す機会を作ってあげるわ」

「でも、どうして…?」

「わたしだって子ども時代はあったの…そしてその時代には誰だって少年探偵団といったものに憧れるものなのよ。まあ、今の時代はどうだかわからないけれどもね」

その最後の呟きは皮肉を含んでいるように感じた。

「善は急げというけれども、もう夜も間近だからつづきは明日にしましょう。明日のこの時間にまた会えるかしら?」

「え…えぇ、明日のこの時間ですね。大丈夫です」

老婦人の声は穏やかそのもので強制など一切していないのに、そこには拒否することを許さない力を秘めていた。

「じゃあ、またこの時間にね。約束よ」

そして老婦人は自らの指を差し出した。少年は慌てて自らの指を、その年老いた指に絡めた。

「約束よ…もう遅いから気をつけてね」

「はい、あなたも…気をつけてくださいね」

そして彼は背を向けて歩き出そうとした。

「あ、ちょっと待って」

その一言に彼は後ろを振り向いた。

「あなたの名前を聞くのを忘れていたわ」

「僕の名前ですか?僕の名前は、小林…小林芳雄です」

「そう、小林…くんね」

「あの、あなたの名前を伺ってもいいでしょうか?」

その質問に老婦人は悪戯っぽい笑みで答えた。

「それは今は秘密よ、語るべきときがきたら教えてあげるわ」

すると強い風が吹き、、小林は思わず目をつぶってしまった。そして開いた先には誰もいなかった。まるで誰もいなかったかのように。

 「幻…だったの…かな?」

けれども指に絡んだ感覚は未だに暖かく、先ほどまでのことが現実であることを証明していた。

「明日…明日になればすべてわかることだ」

そして家族が待つ家に向かって足を進めた。その足取りは先ほどまでと違い軽いものだった。


 ○


 彼女の心はそれまで乾いていた。輝かしき青春は過ぎ去り、それと同時に誇り高き犯罪者も消えうせてしまい後には無粋で残酷なだけの現実的な殺人者しかいなかった。

 若き日に彼女は誇りを持ってスリルを楽しみ、場合によってはいわゆる正義側の手助けさえ行っていた。けれども基本的に彼女は闇の側の存在だった。ルールを設け、その中でいかに困難を解決するか…それが彼女にとっての娯楽だった。

 けれども彼女は優秀すぎた。そのためにいくら頭を働かせようと簡単に物事は進み、やがては刺激が薄れてきていた。一度強いスリルを感じてしまった彼女はもはや元には戻ることが出来ず、ただひたすらに心を満たすものを求めて、壊して、盗んでそして傷つけた。だけど、誰も彼女に近づくことすらできなかった。

 もしもそのままであったら彼女の心は壊れ、やがては暴走していただろう。

 しかし幸いなことに闇があれば光が生まれるのは必然的だった時代だった。彼女に挑戦し、またそれだけの実力を持つ者たちが次から次へと生まれたのだ。それは光である者もいたし、また闇である者もいた。はたまた光から闇に転落する者もいれば、逆に闇から光へと引き上げられる者もいた。

 彼ら、彼女ら、少年、少女はたまた青年や老人といったものたちは年齢関係なく、その人生…もしくは命を掛けた真剣勝負のゲームを楽しんでいた。そこにはそれぞれの信念や誇り、中には歪んだり醜いものもあった。それらを巻き込んで時代は進んでいた。

 それがいつの間にか味気ないものに変わりゆき、心もまた荒み誇りなどというものは置き去りにされてしまっていた。

 気がつけば彼女はそれに絶望し、それまで魅力を感じていたものすべてが急に色あせてしまった。そして戦争や時間の流れによって一人また一人とその命を燃やし尽くしていき、やがて彼女は取り残された。愛した人も、愛した存在も失われ今ではほとんど欠片といってもいい状態だった。

 だからこそあの少年の瞳を見たときに心がざわついたのだ。その瞳に写ったものは未だに種でしかなかったけれども、それは光にもまた闇にもなれる可能性を秘めていた。

 そして彼女は決心したのだ、人生最後のゲームとして彼の内に眠っているものを目ざめさせそして育てると。それが光に向かうのか、闇に向かうのか彼女にはわかりはしなかったし、また方向性を強制するつもりはなかった。

 彼女はただ見たかったのだ、それが救いになるにしろ破滅に向かうにしろ自分が育てたものがどう進むのか…

 そして彼女は今は闇に染まった空に向かって呟いた。

「ねえ、これはあなたがくれた贈り物なの?あなたと同じ名前の少年が、あなたやわたしのように誇りを持つかもしれないのよ…どう進むにしても楽しいが起きると思わない?」

 その足取りは少年と同じように軽やかなものだった。

               <終>

今年は江戸川乱歩生誕120年及び没後50年として様々なイベントが行われていますが、ふと自分は子どもの頃図書館にある少年探偵団のシリーズに影響を受けていたことを思い出しました。

そこから思いついたのが今回の物語で、ただただ江戸川乱歩氏の少年探偵団へのオマージュと感謝を込めて描いた物語です。

ちなみに少年の名前ですが、本作品は江戸川乱歩氏の少年探偵団のつながりはなく、ただ単に少年探偵団の団長と同じ名前だった、というよりもこの物語世界でも少年探偵団シリーズが広く読まれ愛されている、という設定です。

なお本作をファンタジーとしたのは、推理的なものがないことと…何よりも自分の中にあるファンタジー的なものを描いたからです。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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