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ギターと聖霊と彼女と奴らと(仮)  作者: セント・トミーの息子
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ピーク ア ブー

 体内に収まりきらず、ムロブチの全身から汗のように吹き出る不気味なオーラ。

 それは那由他が知っている言語で形骸化するなら、増殖する悪意無き恐慌。

 それによって、正常であった身体も精神も魂も全てが歪なものになっていく。

 那由他は、それに心当たりはあった。だが、言語として出てこない。

 一概にそれを特定することは無理だからだ。

 完全に取り除くことも、恐らく無理だろう。

 しかし、止めることは不可能ではない。

 そして、ムロブチに限って言えば、どこを狙うか、その見当はついていた。


「オォォォガガガギギギギギギギイイィィィィ!」


 ピーカブーに構えていた腕を更に持ち上げ、視線手前で両腕を水平に構える。

 視界を更に狭めたのは、那由他の直感的行動だった。

 フェイントもなしに突っ込んでくる巨体。そして、その速度は今までの攻撃の中で一番速い。

 だが、絞った視界のお陰で、情欲と狂気に歪んだ顔が見えた。

 それは、那由他の2メートル手前で急激に方向転換。リノリウムの床はとうとう耐え切れず、下のコンクリートまでが砕けて四散する。

 だが、今度は見逃さなかった。


「那由他ぁ!」


 思わず発した光の叫び声。

 ムロブチの踏み込みの軌跡――リノリウムとコンクリートの破片が舞い散る中、少女に覆いかぶさるようにして立つ巨体、ムロブチ。

 その黄ばんだ犬歯が、那由他の右腕に深々と食い込んでいた。

 途端に目の前が暗くなる光。その闇が、怒りへと変化して行く間もなく、

「……大丈夫や」

 呟いて、光を見ていたのは、不敵で獰猛さを失わない瞳。闇がすっと晴れていくのを体感した。

 那由他はやられていない。


「首根っこ狙いたかったんやろ?残念やったな。腕じゃ」

「や、もうひひほえあうあえあお。あっあううえうあういああああいおえ……ジュルルル」

(じゃ、もういちどねらうだけだよ。やっぱ吸血は首からじゃないとね) 


腕を咥えたまま発した直後、

「えおッ!」

 何か異変が起きていた。ムロブチの動きが一瞬止まる。次いで、那由他の口から何かが漏れた。

 ヘッヘッヘッヘッヘ……。

 笑みだ。


「離れへんやろ?やっぱあたしの想像通りやな」

あ……あい(な、なに)?」

「蚊が刺してきよったとき、患部に思い切り力込めたら、毛細血管が締まって口吻が抜けんようになるんやてな。最後の一言が迂闊やったで。血を啜るやて?赤い目に牙で血を啜るゆうたら、おのずとおまえが何モンやってばらしてるようなモンやんけ」

「ふ……ふぐう……」

 狼狽するムロブチを眼光鋭く見つめ、

「都市伝説やと思てたけど……まさか、吸血鬼で試すことになるとは知らなんだなぁ。何が吸血鬼じゃ、デカい蚊みたいなもんやんけ」

 ニヤリと笑い、左手を握り締める。

「今度は固定しとるから外すことないど、ボケ!!」

 噛まれた右腕を引きながら放った左ストレートがカウンターでムロブチのテンプルに吸い込まれていく。

 だが、那由他の足から、急に接地感が抜けた。

 ――なに。

 言葉を発する間もないまま、転がっていたP箱に叩きつけられる那由他の身体。


「や、ういやいひひひいうあえあお!」

(じゃ、無理やり引きちぎるだけだよ)


 那由他を咥えたままムロブチが頭を振って何度も那由他を床へと叩きつける。その姿は、モッシュピットの嵐の中、騒乱に荒れまくるギグで狂喜するヘッドバンガーズのようにも見えた。

 小さな身体が床に叩きつけられるたび、四散するリキュールの瓶、プラスティックの破片。

 そして、血煙。

「く……っそ!いっ……たいやんけ」

 那由他の全身から血の嵐が吹いていた。

アアエエ(はなせえ)!!!!!!」

「死んでも放すけぇ!!!!!」

 呼応して叫ぶ那由他。だが、その意識は失血と全身の痛みで消し飛びそうだった。

「おどれみたいなクズに負けるくらいやったら、バラバラになってでも刺し違えたる!」

「おっあいあいえおいえ!おうあいあんえおああああいんあああえ!」

(勿体無いけど死ね!僕は死姦でも構わないんだからね)



 意識が消し飛びそうになる中、その視界の端に一瞬入ったもの。

 那由他は全身の力を振り絞り、それを掴んだ。


イエエエエァァァ(死ねええええ)!」

「おどれの業、あたしが清算さしたるわァ!」


うぃあぃいいい(串刺しいいい)!」

 ムロブチがひっくり返った椅子の脚めがけて那由他を打ちつけようとしたそのときだった。


 ムロブチの動きが止まった。

 那由他の動きも止まっていた。

 光は2人を凝視する。その目に入ったのは――


「あ、あい……あいいいいい……」


 那由他の左手が掴んでいたもの――割れたビール瓶。

 それが那由他の右腕をも裂いて、ムロブチの歯茎に突き刺さっていた。

「……独鈷杵(どっこしょ)ゆうにはちょっとガラ悪いけどな、あたしがお前の根性を鍛えなおしたる。これもまともに成仏するための精進や思て観念せぇ!!!」

 叫ぶと同時に、自分の右腕のに当たることも構わず、ムロブチの口蓋めがけて欠けたビール瓶を突き立てる。


「アギャアアアアアアアアアアァァァァ!!!」

「うるさいわ!少々血が出たくらいでギャアギャアワメくな!女は毎月お前よりぎょおさん血ぃ出しとんのじゃ!見掛け倒しの腰抜け!」

 あまりの光景に両手で耳を閉じ、顔を背けていた光と生穂は漂っていた血の臭気が少し収まっていることに気づいて那由他のほうへと視線をやる

 悲鳴が収まっていた。

 歯茎から生えていたはずのものを全て周囲に撒き散らし、仰向けに倒れるムロブチ。

 真っ赤に染まった口からブクブクと赤いあぶくが立っていた。

 意識は完全に無かった。

 その傍らで全身に血を帯びて肩で呼吸する那由他。

 その右腕は、左手に握る凶器とムロブチの牙でズタズタになっていた。

 那由他は左手に握っていた瓶の破片を床に落とす。膝に手をつき、複雑な表情でムロブチを見下ろした。

「はぁ……はぁ……さ、さすがの吸血鬼とやらも、キバ全部抜かれたら無力やろ……」

 なおも不敵な笑みを崩さず吐き捨てる那由他だったが、光はその凄惨な光景に全身が震える。

 直後、那由他の足からガクリと力が抜けた。

 ……!

 だが、駆け寄って、その身体を支えられたのは、崩れる直前、目に見えそうな勢いで全身に張り詰めていた那由他の気が、一気に抜けたからだ。

「ヘッ……おおきに。男に抱きかかえられたんは初めてや。あたしの初めてウバってからに……あんた、ラッキーなやっちゃで、ホンマ……」

 微笑んだ。ここに来て初めて見せた、歳相応の、悪戯っぽい、愛くるしい微笑だった。

 光は胸中に湧いた抱きしめたくなる想いを必死で追いやった後、両腕の中で疲労に目を瞑る存在に驚く。

 ……軽い。

 この軽くて小さくて幼い少女が、今さっきまで展開していた凄惨な殺し合いの当事者であるなど、誰が信じるだろうか。目撃していた光本人ですら、信じられなかった。と同時に、ただの霊能力者ではない何かをも感じた。

「な、那由他ちゃん!」

 遅れてカウンター奥の控え室のドアから顔を出したのは生穂。その目に涙が一杯浮かんでいた。

 チッ……那由他は小さく舌打ちし、

 ……せっかくええ役回ってきた思たらもう終わりか……小さく呟いた後、

「堅苦しい言い方やめぇ言うてるやろが!ちゃん付けで呼ぶな!呼び捨てでええんじゃ!」

 声を張り上げた。同時に、包んでいた光の腕を半ば強引に引っぺがし、立ち上がり、

「だから、任せとけ言うたやろ……あたしはあんなんに負けへんわい」

 いつもの不敵な笑みに浮かべると、親指を立てた。

 生穂は那由他に駆け寄ると、その顔を見つめ、

 ……!

 力いっぱい抱きしめる。

「……よ……よよ、よかった……本当に」

 大きな瞳からぼろぼろとなみだがこぼれた。

 那由他は、肩を震わせて自分を抱きしめる生穂の温もりを感じながら頬をかき、

「今日はやたら人に抱きつかれる日やな……」

 照れくさそうに視線を泳がせる。

 その姿に思わず微笑む光。涙腺に熱いものがこみ上げたが、先ほどの那由他の言葉に、それをぐっと我慢する。

 それは、ほんのひと時訪れた安堵。荒みかけていた心に少しだけ暖かいものを感じる光。だが、


「ムロブチだけじゃやっぱり駄目だったねギギギギギギ……新たに力を得たのにホント駄目なやつだギュビビビ……」

「奴は身体が大きいだけの見掛け倒しだからグググゲゲゲゲ……おまけに欲深だブギビビビ……」

 

 崩れた入り口から、赤い目で3人を見下ろしていたのは2人の男。光はその顔を鮮明に覚えている。

「お、おまえら……さっきの……」

 ライブハウスを襲撃した3人。ムロブチ以外の2人。

 ガマガエルのような顔をした痩身の男と総髪の肥満だった。

不本意ながらR15タグとバイオレンスタグを入れました。さすがに今回はアウトかなと。

あと、本人、書いてる途中でバンドマンの話であることをすっかり忘れていたので、ちょっとだけバンドものっぽさを入れました。

効果を発揮していたら幸いです。自分で読み返しているとあんまりでしたけど……。

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