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ギターと聖霊と彼女と奴らと(仮)  作者: セント・トミーの息子
5/11

ブラックマジック ウーマン

高校生が主人公のお話を書いていると、自分自身の当時のことを思い出してしまいます。

私が当時、バンド活動に明け暮れていた頃、周囲には、変な人たちがたくさんいました。

その中には、社会に適応できず、若くして鬼籍に入られた方も何人かいます。

この話のキャラクター(特に那由他)は、そういう人たちに対するリスペクトと追悼の想いを込めて書いています。

でも、書き出すと、ご覧のようなバカ話になります(笑)

きっと、当時、物凄く楽しかったんだと思います。色気はまったくない高校時代でしたが……

「どや、大体理解できたけ?」


 上品にちょこんと椅子に座る生穂の前で、拘束衣を脱ぎ捨てた那由他が大股を広げて両腕を背もたれにひっかけ、椅子にふんぞり返っていた。

「は、はい。わ、私が今おかれている状況は、大方……」

 両手を膝の上できちんと揃えて頷く生穂。那由他はあきれたような目で生穂を見つめ、

「あんなぁ……なんやねん、あんたのその言い回し。もうちょっと砕けてしゃべれへんのか。あたし、そういう堅苦しい言葉嫌いや」

「ご、ごめんなさい……」生穂が俯いた直後、

「あんたはちょっと砕けすぎ。大体、何なのその格好。今ってまだ春でしょ?あんたのそれ、夏の露天商のオッサン丸出しじゃないの。それに、タンクトップにハーフパンツにビーサンは1万歩譲って許せても、そのアタマいかれた配色はなによ?」

 首をかしげて目を細める――これはレグバ。視線の先には、軍用カーゴをぶった切っただけのハーフパンツ以外は、すべて赤と緑と黄色のトリコロールに身を包んだ那由他がきょとんとした顔をしていた。

「なんでやねん、ええやろが。ラスタカラーで統一しとんのや。ラスタマンの春服じゃ、これは」

 那由他はそういうと、上記3色で絞り染めされたタンクトップの襟を軽くつまんで見せる。どこぞの大手本屋チェーンの宣伝マンのようなその姿に呆れたようにため息をつくと軽く頭を振るレグバ。

「……まぁ、それはもういいわ。それよりもこれから先の話よね。あんたも、とりあえずそれでいいわね?」

 自分の首元を見ながら確認するレグバ。直後、「う、うん」と小さく頷く生穂。が、急に目を細めると、

「それにしても、あんた乳ないわね~。どうりで胸元が軽いと思った……だから、こんな体線見えにくいボケたワンピース着てるわけね。あ~あ、こんな貧乳女の体の中にいると思ったら悲しくなってくるわ……」

「ちょ!ちょちょちょっとどこ見て……お、おまけに、最後の一言ヒドい」

「そういや……感度はどうなの?ケッケッケ、貧乳の方が感じるってマジ?」

「や、やややめてよ!もう、やだぁ!」

 顔を真っ赤にしながら、ワキワキする自分の両手からかばう様に脇を締める生穂≠レグバ。

「おまえら、ええ加減にせぇよ!一人レズとか訳わからんことしなや。話進まへんやろが!」

 うんざりといった体の那由他。瞬時にレグバ≠生穂の瞳が値踏みするかのように那由他を見据え、

「……あんたはあるとかないとかそういう問題じゃないわね。まさしく洗濯板。昭和のおばあちゃん大喜びって感じよね」

「ちょ、おどれ……生穂!何ぬかすんじゃ!」

「わ、わたしじゃないもん……ち、ちちちがうもん!」

 必死に頭を振る生穂。


「忙しい3人?だね~……笑っていいのか困ったらいいのか、あたしどうしたらいい?」


 突然、背後からかかった声。夏澄が困り果てた顔に苦笑を浮かべて2(+1)人を見ていた。

「おお、カスミン。ええとこ来た!あたしの援護したってぇや。仲間やん!」

「……それってあたしも洗濯板ってこと……」

 しばしの沈黙。笑顔のまま、屈辱に頬をひかつかせる夏澄だったが、切り替えるように深呼吸すると、

「ふぅ……っていうか、今それどころじゃないでしょ?これから先の話するんだよね。もうすぐおにいちゃんも帰ってくると思うし、ちょっとでも今後のこと考えないと……」

 それから何か言いたげな那由他を無視し、生穂に向き直る。

「えと……どう?って言い方もおかしいんだけど、今の状況って理解できた?」

「う、うん。い、一応は。そ、そそそれよりも六価ちゃんは?」

 カウンターの奥、リキュール棚の脇に置かれた椅子に座ったままうなだれる六価の方に視線をやる生穂。いつもゆるふわにセットしていたウェーブヘアは山姥のごとく乱れ、付け睫毛は半分取れ、ライブに備えていたのか、いつにもましてバッチバチだった化粧は、涙と汗で流れて幼児の落書きのようだった。

 夏澄は、何かを言いかけた生穂を制するように顔を皆の中心に寄せ、小さく呟く。

「……見たとおりだよ。まだ相当参ってるから、とりあえず、現状の話は伏せておいたほうがいいかも。こんなおかしな状況、成り行きを見てたあたしでも完全に把握できてないし……控え室にずっといるとあの子も余計気が滅入ると思って、とりあえずここに連れてはきたけど」

「そう……かわいそう、六価ちゃん」

 心底悲しそうに呟く生穂を見て、異常な状況下にもかかわらず、生穂の本質はまったくぶれていないことに、思わず嬉しくなって微笑を浮かべる夏澄。

「とりあえず、今、気つけに熱いコーヒー飲ませてる。えっと……みんなは?」

 夏澄の言葉の意味を悟った生穂が、

「あ、わ、私、紅茶。銘柄は何でもいい」

「アブサンは……こんなシケたとこにはないわな。チャイのハシシ入りでええで」

「アブサンもハシシもないってば!もう!なゆちん、ちょっとは健全な発言してよ!」

「牛乳の代わりにココナッツミルクで頼むで~」

「そんなのあるかどうかわかんないよ!」

「なかったら豆乳でもええわ。ハシシは忘れんといてや〜」

「もう! だから、ないってば」

 那由他の追加注文に呆れながらも、カウンターの方へと消えた夏澄。その背中を見送ってから、レグバ≠生穂が感心したように、

「あのコ、意外と根性据わってるわよね……。この状況、一番冷静に対応してるのって彼女だけじゃないの?」


「カスミンか?まぁ……そうやな」


 どこか遠くを眺めながらこたえる那由他に、不思議そうな表情を浮かべるレグバ≠生穂。

「何よ、今の間?」

「うん?」

 那由他は、はぐらかすように視線を泳がすと、

「見た目どおりの娘とちゃうねん、カスミンは。多分、あたしらン中では、一番、人生の修羅場知ってるコやで」

「うん……か、か夏澄ちゃんは確かにそう。み、見た目は幼くて可愛いけど、わわ私、同い年だと思ったことないもの。すごく年上の人みたいに感じるときが今まで何度もあったから」

「ま、詳しくはあたしの口から言わんけど、同い年で学校行きながら店も切り盛りして、部活で部長までやって、人にいつも気ぃ遣て、それでも、愚痴一つ聞いたことないわ。それに……」


「……それにって、なんだ?店を切り盛りって……」


 思わず声のほうを見上げる那由他。入り口のドアの前に、雨でずぶぬれになった光が息を切らせていた。

「なんやねん、光。さっきからカスミンといいあんたといい、突然現れるなぁ……ええ加減にしてや、心臓に悪いわ」

 光の顔を見た途端、先ほどのキスを思い出したのか顔を真っ赤にして目をそらす生穂。

 その顔をチラ見し、つられるように顔を赤くする光。軽く咳払いをすると、カウンターの六価の姿を見つけて、少し微笑む。


「六価……もう大丈夫なのか?」

「……あんま大丈夫じゃ……ないけど。とりあえず怪我はないから……あと、さっきはありがとう。でも……その身体……大丈夫、なの?それに、さっきから生穂もなんか変だし……」


 たどたどしくはあったが、この事態が起こってから初めて口を開いた六価に、夏澄と生穂は安堵のため息を吐いた。新入部員の光に対して意地を張るだけの気力はまだ残っているようだった。

 光は六価の質問にどうこたえていいかわからず、一瞬、視線を泳がせた後、ばつが悪そうに頭をかく。

「あ~……うん、あんまり詳しくは聞くな。俺も深くは考えないようにしてるから。とりあえず、今のところは俺も生穂も大丈夫だ」


 ――いまのところは。

 

 その言葉に、悲しそうに俯く生穂と複雑な表情を浮かべる那由他。状況を把握できず、怪訝な顔をした六価に、光は愛想笑いを返す。

 話を打ち切るように那由他に向き直ると、

「それよりも、さっきの話ってなんだ?もしかして今のことと何か関係があるのか?」

「なんでもないわ。カスミンはああ見えてけっこうな苦労人やで、って話をしてただけや」


「誰が苦労人なの?」

 その言葉と同時に、トレイにティーカップを載せた夏澄がカウンターから出てきた。そのまま、全員がいるテーブルに手馴れた手つきでカップを置いていく。光はその姿を見ながら、ゆっくりと階段を降り、椅子に腰掛けた。

「別に、あたし苦労なんてしてないよ。生活は何とかなってるし、仕事もあたしがやってるのなんてお客さんの対応と事務処理だけだし、学校は楽しいし、バンドも出来るし、苦労なんて言ったら罰が当たっちゃうって。ハイ、この話はこれでおしまい。あ、おにいちゃんおかえり~」

 話を打ち切るように笑顔を浮かべて、光の前にも湯気の立つカップを置いた。

「コーヒーでよかった……よね?」

「うん、ありがとう。でも、俺が帰ってくるタイミングよくわかったな」

 感心したように言う光に、

「愛の力……かな?」呟くようにもらして舌を出す。

「だぁから、からかうなって!」

 顔を赤くする光にアハハと白い歯を見せ、自分の分のティーカップをテーブルに置く夏澄。

「で、さっきの話の続き。これからどうするの?」

 切り替えるように真面目な表情で那由他を見つめる夏澄。那由他はティーカップのチャイを一口すすると、

「とりあえず、今から、ヘキサグラムの中心に行こかなとあたしは思ってる。こんだけ時間経ってるのに、ポリ公は来ん、救急車も来ん、こら、もう、完全な異常事態や。となると、他の誰かは当てにならんわ。どっちにしろ、中心になんかあるのは確実やし……そういや、光、外の様子はどうやった?」

「あ~……そこまで言われたんなら特に説明も出来ないけど、那由他の言ったとおりだ。人気がまったくなかった。何か、街が丸ごと寝静まったみたいだった。失礼承知で、何軒か店とか民家とか覗いてみたけど、誰もいなかった」

 ギターケースに仕舞い込んでいたタオルを取り出し、頭を拭きながら答える光。その横で眉間にしわを寄せ腕を組んだレグバ≠生穂が、

「なるほどね……やっぱ結界の中にいるんだわ、あたしたち。でも、あんたたち全員ここにいるのも気になるし、なんかおかしいのよね。他の被害者ってどうなの?意識あるの?」

「うん……全員ひどくやられて倒れてはいるけど、何とか正気ではいると思う」

「このライブハウスだけ……ってことは多分ないわね。恐らく、何らかの条件で選ばれた奴だけが、結界内に存在してるんだわ」

「どういうこと?」

「今、この結界の中にいる奴は全員が関係者。もしかしたら生贄なのかもしれないけどね。これがどういう儀式なのかわからない以上、その辺りを特定するのは無理よ」

「い、生贄って……」

 自分の口から出た言葉に青ざめる生穂。

「どっちゃにしろ、結界の中心に行かな何もわからんわけか……と、カスミン?」

「はい?」突然呼ばれて間抜けた声を出す夏澄。

「地図って探せへんかな?当然やけど、スマホの電波なんかまったく入らんし、位置がわからへんねん」

「えっと……ちょっと待ってて。探してくる」

 慌てて立ち上がった夏澄に、申し訳なさそうに軽く頭を下げる那由他。

「さっきから使て悪いな。カスミンが一番頼りになるから」

「いいよ。あたしは動いてるほうが性に合ってるし」

 カウンターの奥へと消えた夏澄を見送ってから、再び那由他は口を開く。

「いずれにしろ、結界の中央には、さっきの腐れデブ共みたいなんがおるはずや。1匹2匹やったらまだしも、団体で来られたら、ちょっとヤバい。何か武器が欲しいところやな」

「武器って……ナイフとかか?」

「アホ、そんなモンやったらあたしのコブシのほうがよっぽど頼りになるわ。素人の持つナイフなんか一番使いモンにならんがな。ちゃうちゃう、もっと使える武器や。鹿撃ち用のショットガンとか、熊撃ち用のマグナムライフルとか、ハッパとか……」

「あんたって……ホント、下品な上に物騒な幼女ね……」

 呆れたように漏らすレグバ≠生穂。

「幼女ちゃうてゆうてるやろが!まぁ、そんなことどうでもええ。今はとにかく……」

 那由他は軽く周囲を見渡して、短くため息をつく。

「まぁ、日本のライブハウスにそんなもんあるわけないわな……ポリ箱か、銃砲店でも襲うか」

 途端、目の色を変える生穂≠レグバ。

「はは、犯罪は駄目だよ!そ、それに、そんなの使ったら死んじゃうよ!ひ、人殺しも駄目!絶対!」

 那由他は、呆れた瞳で生穂を見ると、

「あいつら、もう既にヒトちゃうがな。それに、さっきの光の話やと、街はもぬけのカラなんやろ?ちょっと借りるだけやったら誰も文句言わんわ。対抗手段も無しで何が出来んねん?力なき正義はただの自己マンやで。あたしは素手でも大丈夫やけど、おまえら、あいつらと素手でケンカなんかできへんやろ?」

「そりゃそうだけど……銃は俺も反対だよ。暴力は、やっぱ好きじゃない」

 頭を振りながら生穂に賛同する光に、那由他は目を細める。

「あんたも甘いこというやっちゃなぁ……メディアの連中の言葉引用して、『弦は剣より強し』とでもほざくつもりか?それは驕りやで。情報の暴力やプロパガンダが通用する相手とちゃうで。見たやろ、あれ、まともなコミュニケーションができる連中か?あんたも下手したら殺されてたんやで?それに――」

 急に唇を吊り上げ、淫靡な目で六価を嘗め回すように見ると、


「生穂とそこの女もな。なぁ?ギギギ」


「ヒッ!」

 舌なめずりする那由他に、体を硬くする六価。先ほどのことを思い出したのか、急に肩を震わせる。

「やめろ、那由他!やりすぎだ!」

 かばうように六価の前に立つと、眉を吊り上げる光。

「わかっとるわ!冗談じゃ。でも、あたしの言うてる事もわかるやろが!」

 声を荒げ、目の前の椅子を蹴飛ばす那由他。椅子はごろごろと転がり、壁に当たった。


 ……。

 返す言葉が誰の口からも出てこない。短い時間ではあったものの、爆発的に吹き荒れた圧倒的で理不尽な暴力。その前になすすべもなく蹂躙された記憶を全員が思い出していた。

「まぁ、銃のことはさておき――」

 静寂を打ち破る声。レグバだった。

「――あたしも完全に把握できていないからなんとも言えないけど、恐らく、この空間って、二つの世界が部分的に重なってる世界よ。だから、あんたたちのいた世界にあったものが丸ごとあるかどうかはわからないわ。あんたの言う武器だってあるかどうか……それに、仮にあったとしても、元のままである可能性なんて保障できないわ」

「どういうことだ?」

「要するに、何か違うものに変質してる可能性があるってことよ。あんたたちわかってないかもしれないけど、本当は、今起こってることってとんでもない異常事態なのよ」

 声を荒げるレグバを、那由他はジトリと横目で見つめ、

「ちゅうか、調べられへんのかいな?おまえ、門の精霊とかご大層な肩書き持ってるんちゃうんか?」

「それが、さっきから体内で魔力の練成が出来ないのよ。完全な状態で顕現したわけじゃないから、制限かかってるのかもしれないわね」

「使えんやっちゃな~……やっぱ、おどれは肛門の精霊に降格じゃ」

 心底馬鹿にしたような口調の那由他。瞬時に、レグバが眉を吊り上げ、

「この……言ったわね」

「言って何が悪い?悔しかったら魔力使てみぃや、その体で」


 ……ッ。

 悔しそうに、唇を噛むレグバ≠生穂。が、急に、その瞳が閃きの光に輝いた、


「ふん、わかったわよ。使ってやろうじゃないの!そのかわり、あんたも協力させるから!」

「おう、あたしに出来ることやったらなんでも協力したるわ!能書きゃええから、はよやらんかい!」

「いいわよ。やってやるわ!」

 言うが早いか、光に向かって手招きするレグバ≠生穂。

「ちょっと、光!あんたもこっちに来なさいよ」

「な、なんだ?俺かよ?」

 あわてて六価から離れると、レグバ≠生穂のほうへと近づく。数歩近づいたところでかかる声。

「ストップ。そこにじっとしてて。それ以上動くんじゃないわよ」

「な、なんだ。何するつもりなんだよ?」

「ちょっと黙ってなさいよ!」

「おい、光を犠牲にするとかそんな話とちゃうやろな!」

 けん制する様に怒鳴る那由他に、

「しないわよ。いいから黙って見てなさい」

「な、何を……」


 突如、レグバ≠生穂の右手が、光の背中――心臓の上辺り――を思い切り叩いた。

「ウゲッ!」

 思わずうずくまりそうになる光に、

「膝つかないで!女に叩かれたくらいで何?ちょっとはこらえなさいよ、男でしょ」

「くっそ……」

 地につきそうになった膝に力を入れ、何とか踏ん張る光。その直後――


 !


 ――光の足元を中心として、複雑な紋様の円陣が渦を巻いた。


「な、なんだこれ?」

「うるさいわね。行くわよ!」

「ど、どこにだよ?」

 思わず光が発した間の抜けた返事を無視し、右手を上に掲げるレグバ。その手のひらに白い絹糸の束のようなものが見える。それは、白く輝きながら光の背中へとつながっていた。

「ちょっと、次はあんたよ!」

「な、なんじゃ?あたしに何をさせるつもりやねん?」

「協力するって言ったでしょ!いいから早く!」

 那由他は自分の右手を掴んだ左手に思わず、

「ちょ!おまえ手ぇ握んなや、下水女!ウンコつくやんけ!」

「チッ!口の減らないガキねぇ~……今すぐぶっ殺してやりたいけど、今はあんたの協力が要るのよ!」

「わかったわ!協力したるさかい、はよせぇや!」

 レグバは、掴んだ那由他の右手を引き寄せ、光の心臓の上に置くと、

「そのまま2人とも動かないでよ。行くわよ~……開門!」

 叫ぶと同時に、もう一度、光の背中をぶっ叩いた。

「痛って……っと、うぉっ!」

 光の視界一杯が真っ白に輝いていた。

「お、おい!前が見えないぞ。これどうなって……」

「うるさい!もうちょっと我慢して!……次は、連結!」

「な、なんや!?」

 間の抜けた声を出したのは那由他。

「あんたもうるさい」

「ちょちょちょっとまてや!おまえ、まさか!」

 叫ぶ那由他に、ニヤリと口の端を歪め、

「ああ、わかった?そのまさかよ……契約!」

 そのまま深く目を瞑るレグバ。と同時に、3人を白く輝く輪光が包む。輪光はそのまま光度を増していき、やがて完全に3人を取り込んだ。


「な、なんだ?何か吸い込まれる。おぉぉっ!」

「キショいキショい!この感触、なんやねん!」

「な、何かすごいことになってるよ、なんなの、これ?」

「ちょっと、光!生穂!大丈夫なの!」


 ―――――――――――

 !!!!


 直後、音もなく輪光が弾けた。

 フラッシュのような輝きに麻痺した視界がゆっくりと色を取り戻す。

 光はそこにいた存在に、思わず息を飲んだ。

 ただ、陶然と見とれていた。


 天上の技巧で鞣されたかのような、しなやかで艶やかなエボニーの肌。

 キラキラと輝く銀糸のような髪は長く伸び、その肌を柔らかく包み込んでいた。

 鎖骨から流麗なラインを描く首の上に載る顔は握り拳くらいの大きさしかなさそうで、その真ん中をすっきりと伸びる鼻梁。

 瞬きのたびに音がしそうなほど長い睫毛。それらが覆っている瞳は大きく紫色に輝いている。

 所謂ムラート的な、白人のような顔立ち。

 そして、胸からヒップへと流れるラインは雄大に流れる河川のごとく優雅に流れ、そのまま、野生のヘラジカをも連想させるような四肢へと艶かしく伸びていた。


 そこにいたのは、黒に銀と紫を舞わせたかのような美少女。

 その姿を、皆が口も開かず呆然と見ていた――

 ――が、


「で、おまえ、その服なんやねん?」

 呆れたような口調。那由他だった。

「な、なにがよ?なんかおかしいわけ?」

 黒い美少女は口を尖らす。

「おまえ、それ全然似合ってないで……プレイメイトでも目指してんのけ?」

 目を細める那由他。

「どういう意味よ!人間の年齢で換算したら、あたしもあんたたちと同い年くらいだから、それに合わせただけじゃないの!この世界の同年代って、これ着て男たぶらかすんでしょ?つまり、戦闘服じゃない。これから先は戦いになるんだから、それにふさわしい格好しただけよ」

 那由他が指摘したその服。それは、東部西南高校のものでもなんでもない白いセーラー服。それに身を包んだまま、どこか誇らしげに胸をツンと張る美少女――レグバ。

「どこで得た知識やねん!完全に間違いとは言わんけど、大いに偏見入っとるわ。それにしても、それ、パッツンパツンやんけ。乳と尻がはみ出しかけとるがな。おまけに白て……AVかグラビアのエロいコスプレにしか見えんわ……なぁ、光?」

「え?あ、あぁ……」

 呆けた声を出す光に、ニタリと笑うレグバ。挑発するように腰をくねらせ、

「なぁに、あきらぁ?見とれちゃったの?でも、あたしとデートするにはあんたじゃ役不足よ」

「う、うるせぇな!ほっといてくれ」

 からかう声に顔を真っ赤にする光。が、そこに否定の言葉はなく、

「……」

 その様子を見ていた生穂は、何故か不満げに頬を膨らませていた。

「えと……何だかよくわからないけど、生穂の体から出てきたって、こと?」

 背後からかかった声。そこにいた姿に、目を輝かせる那由他。

「おぉ、カスミン。戻ってきたか?」

「あ、うん。これ地図」

「おおきに。さすがはカスミンや。頼りになるわ」

 さほど動じた様子もなく、那由他に地図を手渡す夏澄。

「本当に、いい心臓してるわね~、あんた……」

 感心か呆れか、少し呆けた目で自分を見るレグバに、ん?と不思議そうに首をかしげる夏澄。那由他はフフンと鼻を鳴らし、

「フワッフワのザラメのハートに鋼鉄の心棒。最強の綿菓子、それがカスミンや」

「ちょっと、なゆちん!何気にひどいよ、いまの言葉!綿菓子と思って食べたら鋼鉄の棒でで口の中突くとか言いたいんでしょ!」

「深読みしすぎやって。単純に褒めてるんや。それより続きや。いまの、どうやったんじゃ?」

 唇を尖らす夏澄を軽く手で制して、レグバの方に向き直る那由他。

「そうね。まぁ、簡単に言うと、あんたの体をバイパスにしたわけ」

「それはわかっとる。あたしが知りたいのはその先や。まさか、実体化するとは思てなかった」

「う~ん……少し説明が長くなるけど、いいの?」

「かまわん。わかるように説明せぇ」

 促す那由他。

「えっとね……」

 考え込むように口元に手をやるレグバ。それから、おもむろに口を開く。

「今、あたしの本体って、顕現できずに向こうにあるわけでしょ?でも、光の魂とは契約を通じてつながってるわけ。顕現が不完全だったのは、半分事故みたいな形で召喚されたってのもあったんだけど、存在のキャパシティの問題が関係しているとあたしは考えたわけ」

「あぁ……5、6、7のことやな?」

「そうよ、さすがガキでも霊能力者ね」

「やかましい、ガキ言うな」

「どういうことなの?」

 不思議そうに首をかしげる生穂。

「つまり、この世界の生命体って、数字で現すと5になるの。この世界の神学者は5体満足の5ってのを通説にしているけど、本当は違って、肉体、頭脳、性、心、魂の5つの要素って意味なわけ。で、ここで質問。5のあんたたちになくて、あたしにあるものって何かわかる?」


「魔力やろ。古臭い言い方をすれば、悪魔の尻尾とか、羽根やな」


 即答する那由他。レグバは周囲を見渡し、深くため息をつく。

「……知ってるあんたがこたえたら質問にならないでしょ。まぁ、でも、そのとおりよ。あたしは5じゃなくて、6の存在。要素的に1つ多いのよ。つまり、この世界にはそのままのあたしを受け入れられるキャパはないってこと。繰り返しになるけど、さっき召喚には信仰心が必要だって話をしたでしょ。あたしたちが実体化するとき、普通は一時的にそれが代替になるわけだけど……」

 レグバは一旦言葉を区切ると、周囲をチラと見回して、続ける。

「いくら、霊脈が乱れて霊気がここに充満してるっても、やっぱり、完全な顕現が出来るほどのキャパはないわけ。あたしがちゃんと顕現できなかったのは、多分、それが大きな理由だと思うわ。だから、それを補うために霊脈の力を借りたの」

「なるほど。あたしに手伝えいうたんはやっぱそれか……」

「そうよ。あんたの除霊能力って、霊脈の力でしょ?霊媒体質の奴って、意識的にか無意識にかわかんないけど、霊脈の流れに周期を合わせてるでしょ。さっきのあたしじゃ、直接霊脈に接触する力はなかったから、あんたの魂を介して霊脈の力を引き出した。つまり、いま、あたしと生穂とあんたと光の魂は、霊脈の力で絡み合ってるわけ」

「ほぉ!何かその言い方、ちょっとエロいな。3Pどころか、4Pか。光、喜べ。ハーレムやんけ!」

 嬉しそうに下品に腰を振る那由他。

「よ……」

 真っ赤になる生穂。その姿を見ていた光と目が合うと、さらに赤くなって顔を背けた。光もつられるように顔を赤くし、

「下品なこというなよ、もう!」


 ……で、でも、だ、だだ大人数とかそういうのって、なんとなくいや。


 ボソリと呟いた生穂に、

「なんや、何か言うたけ?」

「な、なんでもないよ、ほっといて!」

 ムキになって否定する生穂を無視し、続けるレグバ。

「つっても、完全な顕現とは違うわ。単純に、身体が分離してるだけで、基本的には生穂の5要素を借りてるもの。分離できない原因はよくわかんないけどね。ただ、これで魔力は使えるわよ」

「ほんなら、早速で悪いけど、調べてくれや」

「っと、それはいいんだけど……約一名、まったくついて来れてない奴がいるわよ。いいの?」


「……」

 目を見開いたまま、口をあんぐりとあけて固まっている一人の少女。六価だった。


「ど、どういうこと?なんなの、これ?さっきから一体何が起こってるの?」

 急にパニックを起こす六価。那由他はその姿を一瞥し、若干、他人事のような口調で、

「ま、あんま気にすんなや。ファンタジーのアトラクションみたいなのやと思とき。あのデブの襲撃からがスタートや。ただ、あんたはプレイヤーキャラクターには入ってないから安心せぇ。すべて解決したらちゃんと説明したるさかい、大人しぃ後ついてきたらええ」

「な、なによそれ?……ねぇ、夏澄、生穂、光!これって一体なんなの?教えてよ!」

 状況が把握できず、今にも叫びだしそうな声で3人に迫る六価。

 が、

 

「……………。」


 最初に、異変に気づいたのは、光だった。

「お、おい!夏澄?どうした?」

「え?夏澄……ちゃん?」

 呆然と入り口の階段を見上げたまま固まっていたのは、夏澄。

「ちょっと、夏澄!返事してよ!」

 夏澄の異変に気づいて、その肩を掴んで、強く揺さぶる六価。

「おい!あんま揺らすな!」

 叫んだ直後、何かに気づいたのか、急に固まる那由他。

「お、おい!那由他までどうした?」

 まったく、状況がつかめずに焦る光。

「……まさか」

 那由他はボソリと呟いた後、

「さっきので……制御が解けた?」

「ちょ……那由他!おまえまで何を言って……」

 

 ビシッ……。


 突然、入り口のドアから何かが欠けたような音が鳴った。

「っ!」

「ちょっと、あんたたち!そこ離れて!」

 レグバの叫ぶ声。直後――


 ズウン!


 轟く破砕音。入り口付近から一気に流れ込んでくる白煙。

 ガラガラと音を立てて、崩れた壁の破片が落ちてくる。

「なっ……」

「キャアアアアアアアア!」

「おまえら!入り口から離れェ!」

「夏澄ちゃんは!!」

「六価!夏澄!どこだ?」

「こっちじゃ!あたしが確保した!」

「カウンターの中に飛び込め!早く!」


 ズズズズズズズズズ……。


 パラリと、白い破片が落ちた。

 気づけば、崩落は収まっていた。

 光はゆっくりと目を開ける。

 視界一杯に白煙が広がっていた。

「ゴホ……」隣で聞こえた誰かの咳。

「だ、誰だ?大丈夫か?」

「あ、光くん、ぶ、ぶぶ無事?」

 その声に、光は少し胸をなでおろす。

「生穂か?よかった……他のみんなは?」

「ゲホッ…わ、わわからない。呼んでみたほうがいい?えと……」

「シッ!」

 それを遮る声。那由他だった。

「ちょっとだまってぇ。入り口の方よう見てみぃ、あれや……」

 小さな声に思わず入り口の方へと目を凝らす光。

 白煙の中に、何か赤く光るものがあった。


「ギギギギギギギ……」


 ……まさか?


「ブブヒヒヒヒヒ……グギギギギギギ。重畳。重畳。グブヒヒヒ」


 ……そんな。襲撃は終わったはずじゃ。


 ゆっくりと白煙が晴れていく。

 そして、そこにいたのは――


「ウギュギュギュ……さっきは僕を思い切りブッてくれてアリガト。お礼に来たよ。ウッギッギッギ」


 185センチを超える身長。赤く光る瞳、剥き出した巨大な犬歯。

 那由他に殴られて昏倒したまま仲間に連れ去られたはずの巨漢がそこにいた。

今回も下品、少々危険な表現、多々ありますが、シーン的にはないと判断しているので、15禁にはしていません。

それを言ったら、小学生が性器の名称を連呼することは、すべて倫理に反するのか?という話になってきますので。

これはバカ話ですが、あくまで健全なお話だと思っています(笑)

そのうち、エスカレートするか、指摘等があれば、15禁扱いするかもしれませんが。

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