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夜にしか鳴らない風鈴

作者: 満欠 間
掲載日:2026/08/18


カサカサと乾いた音が鳴る。

手に収まる丸みのある透明なガラス、指に絡ませ無理やり音に出してみた。

想像と違う音だった。

「母さん、これ本当に風鈴?」

「そうよ。おばあが大切にしてたもんよ」

「ふーん。チリーンって鳴らんけど」

「あんたが無理やり鳴らそうとするけんよ」

そうか、自然のものは人工的なものには反応しないのか。

「ふーん」

ドタドタと歩くたび軋む床の先、大きな窓の上に風鈴をつけてみた。

小さなクラゲのように風になびいて

ゆらゆらと浮遊している。

上から見下ろす風鈴が少しだけ見守ってくれているような気がした。

日に当てられた丸いガラスはキラキラと輝く。暑くて汗ばんできた額、

うなじはもうかなり湿っていた。

風の中を泳ぐのは温かいのだろうか、それとも冷たいのだろうか。

抵抗せずありのままでいる様子は

心の空白を自然と空けてくれるような余裕さえ感じた。

アイスが食べ終わりふと我に帰ると

やっぱり揺れてはいるが音が鳴っていないことに気づいた。

「母さーん」

「何ー?」

「やっぱり鳴らんよ。この風鈴」

「えー?」

軋む音を連れて背後に母が来ていた。

「本当だ。鳴らんねぇ。

あんたのせいじゃないんやね」

「ほら言ったじゃん。

私のせいにせんといて」

「そういえば、おばあが変な話しとったことあったなあ」

「何それ?」

「おばあが言うには、この風鈴には不思議な力があるみたいで、

夜の23時にしか鳴らん言うとったわ」

「なんでじゃろ。ほんまかね」

おばあが亡くなる前はもう

誰が目の前にきても誰のことかわからなくなっていた。

母のことも、私のことも、自分のことも。

それでもずっと

娘も孫もみんないい人で大切で素敵だ。

感謝してる。会いたいと何度も

天井のもっと先の方を見つめながら微笑んで話してくれていた。

綿のパジャマに着替え、部屋に戻ると

風鈴はその場をただ気持ちよさそうに浮遊していた。

湿気が少しだけ冷たくなった風が、眠気を誘う。


チリンー

全身は硬直からほどけ、まとわりついた湿気の不快感から目覚めた。

時計を見ると夜中の一時。

じっとりと重い布団を剥ぎ取り、電気紐へ手を伸ばす。

指先がほんのり温かい何かに触れた。

人肌ぐらいの、風ではない膜のような弾力すら感じた。

「誰…?」


勢いを増した湿り気は朝日と共に私を起こしてきた。


「おはよう」

「…おはよう」

「どしたん」

「いや、昨日うなされて。

そしたら風鈴がなったんよ、突然。

その音で起きて、びっくりして。

時計見たら一時で、全然二十三時じゃないやんって。

もう怖くて、電気つけようおもて、電気紐に手伸ばしたら

人の肌ぐらいの温度がフワってそこにあってん。

気が付いたら朝やったわ」


「なるほどな」

「何?なるほどって」


「いやいや、なんでもあらへん」


台所から覗く母の横顔は

引きつった口角で不適な笑みを浮かべていた。

包丁を叩く音がやけに響く。


あの時の暖かさが背中にいる気がして

振り返る。

そこには仏壇と、いつもより微笑んだ祖母の写真が立っていた。

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