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影の神と光の大地  作者: 遊歩人
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第9話 心を集める器

光の殻は、深い湖の底で揺れる月影のように、静かに震えていた。

その揺らぎは、ミラの治療を待つイオルの胸のざわめきと、どこか呼応しているようだった。

やがて、光の奥から、風が草を撫でるような声が満ちた。


――イオル。

――あなたが尋ねてくれた“私たちがなぜこの地に来たのか”という問い……

――それは、私たちの長い旅と、深い罪に触れる話です。


イオルは、静かに頷いた。

その目には、恐れと敬意と、真実を知りたいという意志が宿っていた。


光が淡く脈打つ。


――長い話になります。

――私たちは、進化や自己改良の末に、あなた方よりもはるかに長い時を生きる種となりました。

――身体が弱っても、草が倒れてまた立ち上がるように、自然と編み直される身体を得ています。

――そのため、今では寿命という終わりは、ほとんど訪れません。


光がゆるやかに揺れた。


――けれど……完全な不死という訳ではありません。

――毒を飲めば木が枯れるように、私たちも、知らぬ“異物”を取り込めば、身体がほどけてしまう。

――今の私のように、肉体そのものが崩れれば……さすがにその時は、終わりを迎えます。


イオルはその言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。

永遠に近い命にも、触れてはならぬ死がある――その事実が、どこか恐ろしく思えた。


――長い時を生きるうちに、私たちはあることに気づきました。

――星々は生まれ、燃え、消え……

――その営みは、まるで大きなひとつの身体の鼓動のようだと。

――宇宙そのものが、ひとつの生命なのではないかと。


光がゆるやかに揺れる。


――その宇宙という生命の調和を保つため、私たちは多くの世界を巡るようになりました。

――星々で芽生えた命を観察し、その歩みを記録し、必要があれば、そっと風を送るように進化を助けることもありました。


イオルは、遠い世界の話を理解しきれないまま、ただ耳を傾けた。


――その旅の果てで、私たちは“心”そのものを扱う術も身につけました。

――微かな波のような思いを読み、同じ波を返すことで語り合う……

――やがて私たち自身も、個でありながら、大地の下で根が触れ合う森のように、互いの心が自然と結びつく一つの集合意識体の存在になったのです。


イオルはその比喩に、かすかな理解を覚えた。


――しかし……ある時、私たちは別の世界と出会いました。

――そこに生きる者たちも、私たちと同じように互いの心を結びつけていました。

――けれど、それは自然の根ではなく……

――彼ら自身が作り出した“心を集める器”でした。


イオルは眉をひそめた。

器という言葉なら理解できる。

だが、心を集める器とはどんなものなのか。


――その器には、彼らの思いが絶え間なく流れ込んでいました。

――喜びも、祈りも、怒りも、憎しみも……

――あらゆる思いが、底なしの壺のように溜まり続けていたのです。


光が震えた。


――私たちは、その器に触れてしまいました。

――自然の根に触れるつもりが……

――荒れ狂う潮に手を入れてしまったようなものでした。


イオルの背筋に冷たいものが走る。


――その器は、あまりにも多くの声を抱えていました。

――ひとつひとつは小さな囁きでも、集まれば、雷鳴のような轟きとなる。

――私たちの心は、その奔流を受け止めきれませんでした。

――森が毒を吸って悲鳴を上げるように、集合した心そのものが、拒絶の力を放ってしまったのです。


光が深く沈む。


――その拒絶の波は、器へ戻るのではなく……

――器に心を注いでいた者たち自身へと返っていきました。

――怒り、嘲り、恐れ、嫉み……負の思いが、彼らの頭の中へ、一気に逆流したのです。


イオルは息を呑んだ。


――彼らは狂い、自ら空を裂き、大地を焼き、ついには星々を砕くほどの力を解き放ってしまいました。

――私たちが触れなければ……起こらなかったことです。

――だから、あれは……私たちの罪なのです。


長い沈黙が落ちた。


イオルは震える声で問うた。


「……それは……あなた方が、滅ぼしたということになるのか?」


――意図せずとも、結果的にはそうなってしまいました。


光が、涙のように揺れた。


――その出来事の後、私たちは自らの“心の森”を解きました。

――数多の心を互いに重ねることをやめ、一人きりだったり、私のように大切な者と二人だけなどで、宇宙を巡るようになったのです。


――なぜそれでも私たちは観察を続けるのか。

――犯した罪をどう贖うのか。

――その答えを探しながら。


イオルは胸の奥が締めつけられるのを感じた。

ルウナの声には、深い後悔と孤独が滲んでいた。


「……では、あなたと光の神は……その旅の途中で、この地に来られたのか?」


――ええ。

――あなた方の世界の生命を見つめ、その歩みを記録するために。

――導くためではなく、支配するためでもなく……

――ただ、学ぶために。


光が柔らかく揺れた。


――けれど……”ひとり”となった私は、かつてのように完全ではありません。

――あなた方の痛みや願いに触れると、ただ見つめているだけではいられない気持ちになります。


イオルは静かに目を閉じた。

その言葉は、彼の胸の奥深くに沈んでいった。

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