第13話 光の時代
まだミラの体力は完全には戻りきっていなかった。
そのため、ガルンは彼女を背に負い、地の底の胎をゆっくりと登っていった。
ミラは背負われることを恥じて頬を赤らめたが、ガルンはそんなことは気にも留めず、確かな足取りで闇を進んだ。
やがて二人は、裂け目の入り口から地上へと姿を現した。
日が落ちかけた薄闇の中、聖地を見張っていた男たちは息を呑む。
「お、おい……まさか、逃げた生贄の家族と……
生贄を逃した者か……?」
木槍が揺れ、恐れと疑いが入り混じる。
だがガルンは疲れた声でそれを断ち切った。
「だとしたらなんだ。そんなことはどうでもいい。
光の御方より――病を退ける薬と、神託を授かってきた。」
見張りたちは嘲るように言った。
「影の神の裂け目から出てきて、そんな話を誰が信じられるか。」
ガルンはミラをそっと降ろし、静かに告げた。
「お前たちも見張りならば知っているだろう。
この娘は重い病に伏していた。
だが今はこうして立っている。それが何よりの証だ。」
その言葉に、見張りの一人が顔を曇らせた。
「……確かに、生贄の妹は死の病に罹っていたと聞いた。
あの病で生き延びた者はいない。
もし回復したというなら……本当なのかもしれん。」
疑念は消えなかったが、しかし否定もできず、彼らはガルンとミラを長老たちのもとへ連れていくことにした。
集落の中央広場に焚き火が焚かれ、すぐに長老たちが集められた。
村人たちもその噂を聞きつけ、ざわめきながら輪を作った。
そして審問が始まる。
ガルンは語った――
光の御方の事、病を治す薬、そしてミラの回復。
だが長老たちは首を振った。
「言葉だけでは、そのような話は到底信じられぬ。」
ガルンは一歩前に出て言った。
「ならば――病に伏す子らにこの薬を飲ませてみればよい。
もし五日経っても治らぬなら、その時は私の命を差し出そう。」
その覚悟に、最年長の長老が応じた。
「……そこまで言うのなら、まず、そなた自身に毒味をさせた後、何人かの病の子らに薬を試させよう。
だが逃げられては困る。汝には結果がでるまでの間、檻に入ってもらう。」
ミラはそれを聞き狼狽えたが、ガルンは優しく言った。
「大丈夫だ、ミラ。
それよりもお前は、村の皆に神託を伝えるんだ。
そしてお前の兄と交わした約束を守れ。」
ミラは涙をこらえ、頷いた。
ガルンは毒味のために薬を飲まされ、そのまま檻へと入れられた。
今度はミラが長老たちの前に立ち、深く息を吸って話し始めた。
「光の御方から……病の拡がりを抑える方法も授かっています。」
彼女はルウナから聞いたことを、一つひとつ丁寧に語った。
そこには難しいことは何ひとつなかった。
村人たちはその話を聞き、”ものは試し”とばかりに動き始めた。
長老たちは、二人の話を聞いた後、”長老と従者殺し”に関する審問をひとまず棚上げにし、数日の間、薬を飲んだ子供たちの様子と、村の病の様子を注視することにした。
その間、ガルンは檻の中に、ミラにも厳重な監視が付くこととなった。
翌日、監視の目はあったが、ミラは兄に託された約束を無事に果たした。
母の亡骸を抱きしめ、太陽の光が降り注ぐ丘へと運ぶ。
ミラは土を掘り、母をそっとそこへ横たえ、祈りを捧げた。
「母さま……
兄さまの想いとともに、光のもとへとお返しします。」
涙が土に落ち、その場所は静かな光に包まれた。
そして――
その次の日、薬を飲んだひとりの子の熱が下がった。
三日目には、重篤だった子が目を開いた。
四日、五日と経つうちに、薬を与えられた子供たちは次々と回復していった。
長老たちは悟った。
「……この薬は、本物だ。」
五日目、ガルンはすぐに檻から解放され、長老たちは深く頭を下げた。
「此度のそなたへ対する非礼を詫びる。
そなたは――光の神より薬を授かりし真の英雄だ。」
ガルンは、薬が本物だと分かってくれればそれでいい、早く他の病める者にも薬をと語った。
また、ミラが村人たちに伝えた神託の方も、徐々に効果を発揮し始めていた。
病に罹る者が日を追うごとに少なくなっているのは明らかだった。
本当に我々は影の呪いから救われはじめている――。
人々は涙を流し、光の神へと祈りを捧げた。
その日から、ガルンは薬を携え村を救ったことで“光の英雄”と讃えられるようになった。
そしてミラは、神の声を伝える者として“光の巫女”と皆から仰がれるようになった。
村が落ち着き始めた頃、ガルンは決意していた。
この先、イオルとルウナの場所を、誰にも荒らさせはしないと。
そこで彼は、長老や村人たちにこう語った。
「私は死者の門を開けることができる。
だが――門をくぐれるのは、光の御方に選ばれ、死の世界から黄泉がえった“光の巫女”と共にある者だけだ。
巫女と共に入らぬ者は、死の世界に囚われ、二度と戻れぬ。」
その作り話は、恐怖と敬意をもって集落全体に受け入れられた。
こうして集落には新たな伝承が生まれ、死者の門はガルンとミラだけが扱える“聖域”となった。
その後も二人は、地の底で時を止めているイオルへ密かに食料を運び、ルウナの存在も守り続けた。
時にルウナから得た助言を、光の巫女として人々に伝えることもあった。
季節がゆっくりと巡るうち、この”光の巫女が死の国から黄泉がえった”という噂は、山を越え、谷を越え、遠い地にまでも広がっていった。
「死者の門は光へ通じる」
「巫女は光の神の声を聞く」
「この地には、闇を祓う力が宿る」
そんな言葉が風に乗り、光を求める人々が次々と集落へと集まってきた。
最初は数人がやってきた。
次第に十人、百人と増え、やがて周囲には新たな家々が建ち始めた。
焚き火の煙は絶えることなく、祈りの声は朝と夜に響き、この地には、いつしか 信仰と祭祀を中心とした原初の文明と呼べるもの が芽生えていった。
ミラは祈りを届け、ガルンは人々を守り、
二人はやがて結ばれて、光の神の伝道者となった。
二人の名はその後も“光の時代”の象徴として人々の間で語られていく。
しかし、その栄光の影で――
誰も気づいてはいなかった。
地の底に、時を止めたままの二つの光が静かに息づいていることを。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ギョベクリテペ遺跡にインスピレーションを受けて、この遺跡に纏わる架空の神話を書いてみたいなと思い作品にしました。
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