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影の神と光の大地  作者: 遊歩人
10/13

10話 うつる病

ルウナの長い告白が静かに終わり、光の殻の脈動だけが、地の底の胎の奥で微かに揺れていた。

イオルは胸の奥に沈んだ重い思いを抱えたまま、しばし言葉を失っていた。


静寂が深く降り積もる。

やがて、光の中からふと柔らかな気配が広がった。


――新たな訪問者が来られたようですね。


ルウナの声が、風が髪を撫でるように満ちた。


イオルははっと顔を上げ、通路の奥を見つめた。

足音が近づき、影が揺れる。

やがて姿を現したのはガルンだった。


「ガルン! 無事だったか!」


イオルの声に、ガルンは肩で息をしながら頷いた。


「何とか見つからずに、そなたの母様を家まで運ぶことが出来た。

約束通りここへ参った。……イオル、お前も無事でなによりだ。」


そう言うと、ガルンは光の殻へと向き、深く頭を垂れた。


「あなたが……イオルが言っていた光の御方か。

確かに伝承にある“影の神”の姿とはまるで違う。

あなたは、我らに救いの手を差し伸べて下さると伺った。

どうか……我らに慈悲の光を。」


その瞬間、ガルンの頭の内側に、澄んだ水面のような声が触れた。


――私があなた方の力になれるかは、正直まだ分かりません。

――けれど……やれるだけのことはやってみます。

――イオルの心と共鳴した時、あなたが彼を幾度も救ってきたことが見えました。

――お優しい方なのですね。


ガルンは息を呑み、思わず周囲を見回した。

声はどこからも聞こえず、ただ頭の内に静かに響いていた。


「……身に余るお言葉です。」


その声は震えていたが、深い敬意が滲んでいた。


ガルンはイオルへ向き直る。


「イオル……妹は、見つからなかったのか?」


イオルは苦しげに眉を寄せ、静かに答えた。


「見つかった。今、光の御方の守護の者に診てもらっている。

しかし病に冒されていて……状態はあまり良くない。」


ガルンはその言葉を重く受け止め、しばし目を伏せた。

そして深く息を吐き、静かに言った。


「……そうか。だが――見つかったのだな。」


ルウナの気配が、二人の間にそっと降りてきた。


――お二人の絆は、とても強いのですね。


その声は優しく、どこか切なさを含んでいた。


直後、光の殻の奥で淡い光子が瞬き、微細な振動が走る。

次の刹那、イオルとガルンの頭の内側へ、言葉ではない“何か”が流れ込んだ。


それは音でも光でもない。

遠い星々の記憶がほどけていくような、複雑で静謐な思考の波――

ルウナが人工知性体から受け取った情報が、彼女を介して二人の意識にも触れたのだ。


イオルは不安げに眉を寄せ、ガルンも光の殻を見つめて息を呑んだ。


ルウナは光の揺らぎをまといながら、静かに告げた。


――ミラの身体を調べた結果が届きました。

――あなた方の種族は、私たちの文明では“ルミナ型生命体亜種”と分類されました。


「……ルミナ型……?」


――はい。あなた方の身体構造や血液の流れは、私たちの記録にある“ルミナ型”に近い特徴を示しています。

――そのため、ミラの症状を理解するための手がかりとして、その分類を用いました。

――ただ、今回の解析は、あくまで“似た症状を持つ病”との照合にすぎません。


光の殻がふっと揺れ、ルウナの声がわずかに沈む。


――ミラの症状は、私たちの文明で“多くの者に広がる病”として記録されているものに近い反応を示しています。

――高い熱、衰弱、皮膚の黒変……これらは、何かが身体の内側で増え、広がっている時に見られる兆候です。


イオルは眉をひそめた。


「……広がる? 病が……身体の中で広がるとは?」


――病には、身体の中で“増えるもの”が原因となる場合があります。

――そして、その“増えるもの”は、別の者へ移り、さらに広がることがあります。

――あなた方の言葉にはまだ無い概念かもしれませんが……私たちはそれを“うつる病”と呼びます。

――ミラの症状は、その“うつる病”に近い反応を示しています。

――しかも……毒性が強い。


周囲の空気が重く沈んだ。


――そして……病を運んだ可能性のあるものも見つかりました。

――ミラの衣服に、小さな吸血生物が多数付着していました。


イオルは驚きに目を見開く。


「衣服に、小さな吸血生物?……もしかしてサルクトゥ?……あの跳ねる虫のことか……?」


ガルンも低く唸る。


「最近、村でも増えている……だが、噛まれると痒いだけの虫だと思っていた……」


――サルクトゥという生物なんですね。その生物が、病を運んだ可能性があります。

――しかし、サルクトゥはあくまで“運び手”である可能性が高いです。

――おそらく……元となる病を抱えている“別の生き物”が存在しているような気がします。


イオルとガルンは同時に息を呑んだ。


――吸血生物は血を吸う際、他の生き物から“病の種”を受け取り、それを別の者へ運んでしまうことがあります。

――最近、あなた方の周囲で“数が増えた生き物”はいませんか?

――普段より多く見かけるようになった、あるいは行動が変わった生き物とかでも構いません。


ガルンが腕を組み、眉を寄せる。


「……増えた生き物……。サルクトゥ以外で、そんなものが……」


しばし考え込んだ後、はっと顔を上げた。


「……いや、待て。ヤルブ、かもしれん。」


イオルも驚いたように目を見開く。


「ヤルブ……確かに。ここ数年で急に増えた。森でも村の近くでも、前よりずっと見かけるようになった……

まさか……ヤルブが病の元を……?」


ルウナの光が静かに脈動した。


――可能性はあります。

――ただし、まだ断定はできません。

――ですが……”増えた生き物”が病の源となる例は、私たちの記録にも多く残っています。

――その生き物には注意した方が良さそうですね。


イオルは震える声で問うた。


「……その“うつる病”というのは……治る見込みがあるのか?」


ミラの姿が脳裏に浮かび、胸が締めつけられる。


淡い光がふっと揺れ、ルウナの声が二人の意識にそっと触れた。


――結論から言えば……治る可能性はあります。


イオルの瞳が揺れ、ガルンが小さく息を吐いた。


――幸いなことに、私が“修復”されていく過程で、

――私を治していた人工知性体が、さまざまな“治療のための物質”を生成していました。


光が柔らかく脈動し、殻の内側に反射する。


――その中に、あなた方の身体に“適合しそうなもの”がありました。

――身体の中で増える“病の種”を抑えるために使われる物質です。

――“病を弱らせる薬”といったところでしょうか。


イオルの胸に、かすかな光が差し込む。


――まだ確実とは言えません。

――ですが……うまくいけば、その薬を飲むことでミラの病は治まるかもしれません。


ガルンが震える声で呟いた。


「……本当に……治る可能性が……?」


――はい。

――あなた方の身体は“ルミナ型生命体”に近い構造を持っています。

――その分類に基づいて照合した結果、この薬が“働く可能性”が高いと判断しました。

――薬そのものは、すでに準備が整っています。

――あとは……ミラに飲んでもらい、身体がどう反応するかを慎重に見守るだけです。


「……治る希望があるのなら……すぐにでも頼む!」


イオルは声を震わせて言った。


――はい。

――では……ミラに薬を飲んでもらいましょう。

――その後は、彼女の身体の変化を慎重に観察します。

――焦らず、見守りましょう。

――ここからが……本当の“治癒への道”の始まりです。


光の殻が静かに脈動し、周囲の空気にわずかな温もりが満ちた。

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