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影の神と光の大地  作者: 遊歩人
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第1話 星が地に触れた夜

まだ夜の空がいまよりもずっと深く、星々が地上へ手を伸ばすように瞬いていた時代。

人類はすでに存在していたものの、文明と呼べるほどの形はなく、影のように揺らぐだけだった。


彼らは火を囲み、岩壁に影を描き、星の光を“天の眼”として畏れていた。


そんなある夜――。


空に、ひと筋の光が落ちてきた。


雷のような轟きもなく、流星のように燃え尽きることもない。

ただ静かに、まるで地上へ帰ってくるかのように光は降りていく。


遠くからそれを見た人々は声にならない叫びを上げ、その光を “天より降りし光の山” として記憶に刻んだ。


光の山の中心から、二つの影が現れた。

人の形をしているが、輪郭は淡く揺らぎ、肌は月光のように透き通り、瞳には深い宇宙の色が宿っている。


彼らは互いに名を持っていたが、その響きは人類の声帯ではうまく再現できない。

ここでは便宜上、アーシャ と ルウナ と呼ぶ。


二体は言葉を使わず、光の脈動や身体の微細な振動、意識の波を重ね合わせて意思を交わしていた。

遠くから見れば、それはまるで舞踏のようだったという。


地表に降り立つと同時に、彼らの宇宙船は地中を解析し、外界の影響を受けにくい場所へ向けて自動的に地下ラボの建設を開始した。

岩盤は音もなく割れ、金属とも岩ともつかぬ光沢の壁が地中へ伸びていく。

その壁は時折、呼吸するように脈打ち、人類が後に “地の底の胎” と呼ぶ空間を形作った。


アーシャとルウナは地球の環境を調査し、生命の起源を探り、微生物の構造を解析していた。

ある日、ルウナは川辺に漂う奇妙な微生物に触れる。


指先から淡い光が散り、微細な繊維のように広がって内部構造を読み取っていく。

だが、その微生物は彼らの文明が想定するどの分類にも当てはまらなかった。


細胞の境界は揺らぎ、内部には複数の核のような光点が生まれては消える。

まるで“形を定める前の何か”のようだった。


次の瞬間、ルウナの光がかすかに乱れた。


アーシャは即座にその異変を察知する。

ルウナの輝きは弱まり、エネルギー循環が乱れ、身体の輪郭が歪み始めていた。


アーシャはルウナを抱きかかえ、地下ラボへ急ぐ。

再生装置に横たえられたルウナの身体は、光の糸がほどけるように揺らぎ続けていた。


装置は細胞を編み直し、エネルギーの流れを整えるはずだったが、低い警告音を発する。


「未知の構造体を検出。

再生プロセスの完全制御は不可能。

対象の変質は進行中。」


ルウナの内部で光が脈打ち、複数の周波数が重なり合い、意識の波が乱れ始める。

アーシャは隔離シールドの前に立ち尽くした。


揺らぐ光の中に広がるのは、“迷い”と“恐れ”の波。

アーシャはそれを受け取り、自らの光が震えるのを必死に抑えた。


そして隔離シールドが閉じる直前――

わずかな隙間から、変質したルウナの姿が見えてしまう。


輪郭は崩れ、光は乱れ、内部ではひとつの意識が保てず、いくつもの思考の断片がぶつかり合っていた。

かつての彼女の面影は、かろうじて残る光の揺らぎの中にしかない。


次の瞬間、施設の人工知性体がアーシャへ冷徹な指示を送る。


「この場所に留まれば、あなたも危険に晒される。

調査データを母星へ持ち帰ることが最優先。」


アーシャの光は大きく揺れた。

ルウナを残して去るという選択は、彼の存在そのものを引き裂く痛みを伴う。


だが、理解していた。

ここに留まれば、自分もまた未知の微生物に侵される。


アーシャは隔離シールドが閉じるのを見届けた。

淡い光の壁がルウナを包み、その姿はゆっくりと闇に溶けていく。


地上へ戻ったアーシャの光は、どこか“涙”のように揺らいでいた。

人類は遠くからその姿を見て、畏れ、跪き、祈りのような声を上げる。


やがて光の舟は静かに空へ昇り、星々の彼方へと消えていった。


その地に残されたのは深い静寂。

しかしそれは恐怖としてではなく、“神が通り過ぎた余韻” として刻まれた。


光が降り立ち、昇っていった地には、やがて少しずつ人々が集まり始めた。

火を携え、獣の皮をまとい、まだ言葉と呼べない声でその地を指し示す。


「天の穴」

「星の落ちた谷」


地中へ続く裂け目は岩のようでありながら金属のようでもあり、時折、脈打つように見えた。


裂け目の奥には、光を吸い込むような黒い扉があった。

触れればわずかに震え、まるで“内側に何かがいる”かのようだった。


人々はその扉を 死者の門 と呼ぶようになった。

天から来た二柱のうち片方の神がこの奥に眠っていると信じられた。


こうして、まだ文明と呼べぬ人類の間に、最初の“禁足地”が生まれた。


時は流れ、季節が巡り、世代がいくつも過ぎる。

人々はこの地を中心に集落を築き、狩りの道具を磨き、火の扱いを洗練させ、原初の文明が芽吹き始めた。


その中心には、いつも 死者の門 があった。


数世紀後――。


太陽がゆっくりと欠け始め、昼なのに空が暗く沈む。

鳥は鳴き止み、獣は巣へ逃げ込んだ。


大地に完全な闇が訪れた瞬間、死者の門の奥からかすかな振動が地を伝う。

人々にはそれが“呻き”のように感じられ、誰もが地に伏して震えた。


日食が過ぎた後、聖地周辺では原因不明の病が広がり始める。

身体が弱り、光を恐れ、夢の中で“影の声”を聞く者が現れた。


人々は囁く。


「死者の門が開いた」

「影の神が目覚めた」

「天の神が帰らぬ妻を呼んでいる」


病は収まらず日に日に広がっていった。

祈りも供物も尽き果て、村には静かな絶望が満ちていった。


そんな中、まだ若く名も知られぬ一人の者が、焚火の輪の中で拳を握りしめる。


「……ならば、私が行こう。

死者の門へ。

影の神に、病を収めてくださるよう願いに行く」


その声は細く、しかし誰よりも確かだった。


人々は息を呑み、長老たちは言葉を失い、夜風だけが若者の決意を運んでいった。

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