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通過点に立つ

掲載日:2026/02/05

第1章 寒さの中で一日が始まる

朝は、音よりも先に冷えに気づかされる。

目を開ける前から、今日は寒い、と体が知っている朝だった。

布団の中でじっとしていると、カーテンの向こうにある冬の気配が、

少しずつこちらににじんでくる。

すぐには起き上がれない。

起き上がる前に、一度、ゆっくり息を整える。


昔は、目が覚めたらそのまま立ち上がれた気がする。

今はそうはいかない。

無理をすると、その日のどこかで必ず無理が返ってくることを、

体が先に覚えてしまった。

時計を見ると、六時を少し過ぎていた。

五時に起きられたらいい、と前から思っている。

思ってはいるが、毎日そうできるわけでもない。

それでも、慌てるほどの時間ではなかった。


台所へ行くと、空気がひんやりとしている。

家の中で、朝いちばん冷たい場所だ。

靴下を履き、スリッパを出し、腹に薄いカイロを貼る。

それだけで、体が少し前に動きやすくなる。


弁当の支度を始める。昨夜の残りを温め、卵を焼く。

特別な工夫はない。何度も繰り返してきた手順が、

考えなくても自然につながっていく。


洗濯機を回すと、低い音が部屋に広がる。

その音を聞くと、なぜか気持ちが落ち着く。

回っている。止まっていない。

それだけで、今日は大丈夫だと思える。


子どもたちは、まだ眠っている。

起こすまでの少しの時間を使って、床に落ちているものを拾い、

布団を畳み、窓をほんの少しだけ開ける。

冷たい空気が入り、部屋の輪郭がはっきりする。


完璧ではない。けれど、困るほど散らかってもいない。家は今のところちゃんと機能している。コーヒーを淹れる。湯気が立ち上がり、冷えていた台所に、わずかな温度が戻ってくる。一口飲むと、肩の力が少し抜けた。


五時に起きられなかったことを、今日は深く考えないことにする。

できなかったことより、できたことを思い出す。

起きた。用意をした。洗濯を回した。それでいい。

朝はそれだけで、ちゃんと役目を果たしている。


第2章 送迎と説明会

車のエンジンをかけると、低い振動が足元から伝わってくる。

冬の朝の車は、少し機嫌が悪い。暖気を待つあいだ、フロントガラスの向こうで、

白っぽい空がゆっくりと明るくなっていく。

子どもを乗せ、シートベルトの音を確認する。

「忘れ物ないか」

そう聞くと、だいたいは

「大丈夫」

という返事が返ってくる。

その言葉を半分信じて、半分は信じない。

信じすぎないことも親の仕事だと思っている。

ハンドルを握る。運転は嫌いではない。考え事をしすぎなくて済むからだ。

信号、標識、前の車。注意すべきものがはっきりしている時間は、頭の中が静かになる。

学校の前で子どもを降ろす。


手を振るでもなくいつもの流れでドアが閉まり、子どもは人の流れに溶けていく。

その背中を少しだけ見送る。今日は説明会がある。一度家に戻り、時間を見てまた出かける。こういう行き来が、一日の中に自然に組み込まれていることに、いつの間にか慣れてしまった。校舎は冬の空気をそのまま抱え込んだような匂いがする。


上履きに履き替え、廊下を歩く。同じような年齢の親たちが、同じような表情で集まっていた。隣に座った人と、天気の話を少しだけした。花粉がもう飛び始めているらしい、風が強かった、そんな当たり障りのない言葉を交わす。説明は淡々と進む。

資料をめくり、重要そうなところに線を引き、「あとで確認しよう」と思いながら聞く。全部をその場で理解しなくていい、ということも、経験でわかっている。終わると、少し肩の力が抜けた。


大きな問題はなかった。知らなかったことも、致命的なものではない。

校舎を出ると、 外の空気が少しだけ柔らかく感じられた。

「無事に終わった」

それだけで、今日はひとつ進んだ気がする。


車に戻り、シートに体を預ける。ハンドルに手を置いた瞬間、また次の役割に切り替わる。

送る。聞く。確認する。派手な出来事はない。

けれど、こうして一つひとつを通過して、今日も、家の時間は前に進んでいる。



第3章 準備という名前の確認

午後の光は、思っていたよりも短く、カーテン越しに入ってくる日差しには、もう春の気配がわずかに混じっているように感じられるのに、部屋の空気だけは、まだ確かに冬のままだった。


キャリーケースを出す。押し入れの奥から引っ張り出すと、少しだけ、旅行の匂いが残っていて、それは使われるのがほんの数日であることを知っているからこそ、しまわれている時間のほうが圧倒的に長いという事実を、静かに思い出させる。

床に広げてファスナーを開けると、中は空っぽで、その空白を前にしたとき、不思議と気持ちが落ち着くのを感じる。


リストを見る。紙に書いた文字は、頭の中で考えているよりもずっと信頼できて、下着、靴下、パジャマと、一つずつ揃えてはたたみ、順番に中へ入れていく。

ジップロックに分けながら、「これはここ」「これはこっち」と、声には出さず、心の中でだけ指示を出し続ける。足りないものを探すよりも、すでに揃っているものを確認するほうが、いつの間にか身についていて、それは不安をこれ以上増やさないための、ごく小さな工夫だった。


体調のことを考える。風邪をひかないだろうか、きちんと眠れているだろうかと、本人よりもこちらのほうが、どうしても先回りして気にしてしまう。

できることは限られている。だからこそ、できる範囲で整える。

服があること、着替えられること、困ったときにすぐ出せること、それだけを確実に用意する。

キャリーケースの中は整然としていて、その様子を見ていると、胸の奥が少しだけ静かになる。


リュックは、まだ空けておく。学校から帰ってきてから詰めるものがあり、教科書を出して必要なものと入れ替える、その段取りは、もう頭の中では終わっている。

ファスナーを閉めると、その音がきれいに一直線に伸びていき、それだけで「たぶん大丈夫だろう」と思える。祈る、というほど大げさな気持ちではない。ただ、無事に行って、無事に帰ってきてくれれば、それでいい。


キャリーケースを立て、玄関の隅に置くと、出番を待つその姿が、少しだけ頼もしく見えた。

準備は、だいたい終わった。あとは体調を崩さないこと。それだけは、誰にも代えられない。

家の中は静かで、この静けさの中で、また一つ、時間がきちんと整えられていく。


第4章 決めてしまう人たち

電話は、こちらの都合を待ってはくれない。洗濯物を取り込もうとしていた、その手を止めたところで鳴り、表示された名前を見てから、ほんの一瞬だけ呼吸を整えて出た。

実家からだった。屋根の修理のこと、見積もりのこと、そして、もう決めた、という報告が、間を置かずに続く。


「一旦、保留にしてって言ったんだけどな」と思いはしたが、それを声に出すことはせず、言ったところで時間は戻らない、という感覚のほうが先に立った。

私の親は、決めてしまう人だ。迷うよりも早く安心したい。先延ばしにする不安より、確定させることで得られる安堵を選ぶ、その感覚が、今では少しわかる気もする。しかし、保留にしてほしかった。


金額を聞く。六十万に届くかどうかで、決して安くはないが、法外というほどでもなく、以前に頼んだことのある業者だという点が、判断をほんの少しだけ軽くする。

それでも、自分の中には、「確認」という作業が、まだ終わらずに残っていた。


姉の顔が浮かぶ。連絡をしなければならないし、説明もしなければならないし、おそらく削れるところはないか、と聞かれるだろうことも、簡単に想像がつく。

正直に言えば、面倒だ。だが、それを引き受ける役割が、いつの間にか自分になっていることも、もう否定できなかった。


クーリング・オフ、という言葉を思い出す。八日間という期間は、逃げ道というよりも、何かあったときのための保険のような存在だ。

業者にメールを送る。事務的に、対象かどうかだけを確認する文章を書いてみると、感情を入れない文面は、思っていたよりも簡単に形になった。

返事は早かった。期間内であれば可能、という短い一文を読んだだけで、胸の奥に残っていた小さな棘が、すっと抜けていくのがわかった。


姉に連絡をする。事実を並べ、クーリング・オフがあることを添え、「何かあれば対応する」と書き加えたその一文は、相手のためであると同時に、自分自身を落ち着かせるための言葉でもあった。

返ってきた返事は短く、「いいんじゃない?」という、それだけだった。

拍子抜けするほど、あっさりしていて、けれど、その軽さに、確かに救われた。

電話を切ったあと、しばらく何もせずに座り、疲れたな、と思うと同時に、ちゃんとやった、とも思う。


実家のことには、終わりがない。

親が元気なうちは続き、元気でなくなっても、形を変えて続いていくのだろう。

それでも今日は、一つ、区切りがついた。

完全に納得したわけではないし、最善だったかどうかもわからない。

それでも、必要な確認はして、伝えるべき人には伝えた。

それで十分だと、自分に言い聞かせる。


玄関の隅にキャリーケースが立っていて、さっきまで胸に残っていた重さが、少しだけ薄れる。

二つの家を行き来しながら、それでも今日、どちらも崩れなかった。それだけで、今日は、よしとする。


第5章 夜に浮かぶもの

一日の終わりは、何かが明確に終わった瞬間として訪れるというより、家の中の音が少しずつ削がれていき、気づいたときにはもう始まってしまっている、そんな過程の中に静かに紛れ込んでいる。

食器を洗う。弁当箱や水筒、フライパンといった、ほとんど毎日同じ顔ぶれのものを前にしながら、それでもその日の疲れ具合や心の余白によって、手を伸ばす順番や水の勢い、無意識に選ぶ動きがわずかに変わっていることに、洗い終わる頃になってから気づく。


お湯に手を浸すと、昼間に体の奥へ溜め込んでいた冷えが、ゆっくりと、しかし確実にほどけていき、その変化があまりにも穏やかなために、何年経ってもこの感覚だけは嫌いにならずに済んでいるのだと思う。

浴室のほうから、家族の気配が水音や足音となって伝わってきて、それを聞きながら、今日は無理に急がなくてもいい、と心の中で決める。少しくらい遅くなっても、何かが壊れたり、取り返しのつかないことが起きたりはしない。


最後に自分も風呂に入り、湯気に包まれると、一日分の出来事が次第に輪郭を失い、考え事はいくつも浮かびはするものの、どれも今すぐ掴まなければならないものではないと判断できる程度には、頭も体も緩んでいる。


風呂から上がる頃には家の中はすでに静まり返っていて、時計を見ると想像以上に時間は進んでいるが、なぜか焦る気持ちは湧いてこず、そのまま外に出る。


夜の空気は冷たく、頬に触れると昼とはまったく別の顔をしていて、見上げると月があり、派手ではないが、そこに留まり続けること自体が役割のような、安定した光を放っている。


星もいくつか見える。全部を数えようとは思わず、ただ、この空が今日も変わらず続いているという事実だけで、もう十分だと感じる。


少し前、国際宇宙ステーションがこの空を横切っていったことを思い出す。ほんの一瞬だけ視界に現れ、何事もなかったように消えていったその光景が、理由もなく記憶に残っている。あんなふうに、誰かの人生の中を一瞬だけ通り過ぎ、役目を果たして、音も立てずに離れていく存在があって、自分もまた、誰かにとってはそういう位置にいるのかもしれない、と、結論を出すでもなく、ただ思う。


家に戻ると、暖かさが少し遅れて体に追いついてくる。

寝る前に今日一日を振り返ってみても、大きな達成感があるわけではなく、胸が高鳴るような出来事も特にない。実家のことも、修学旅行の準備も、家のことも、どれも終わってはいなくて、すべてが途中のままだ。


それでも、朝が始まり、昼を越え、夜まで辿り着いたという事実だけは残っていて、今日は確かに家は回ったのだと、胸の中で一度だけ確かめてから目を閉じる。

明日も、おそらく似たような一日が来るだろうが、それを悪いことだとは思わない。

夜は、静かに、そして確実に、続いていく。


第6章 続いているという感覚

朝が来る、それだけのことなのに、カーテン越しの光を感じた瞬間、何か特別な理由があるわけでもなく、少しだけ胸の奥が緩むような安心が生まれる。


何かが解決したわけではなく、状況が好転したとも言えず、昨日の続きがほとんど形を変えないまま、包装もされずに、そのまま目の前に置かれているだけなのだが、それでも自分はそれを拒まず、黙って受け取る。

以前は、「まだ終わっていない」という感覚そのものが重く、首の後ろにじわじわと圧をかけてくるようで、意識しないようにしても、どこかでずっと引っかかっていた。


けれど今は、それを「続いている」と、ほんの少しだけ言い換えることができて、その違いはわずかな言葉の選択に過ぎないはずなのに、意味が変わったわけでもないのに、なぜか呼吸だけは前より楽になっている。


頑張っている、というはっきりした自覚もなければ、無理をしている、という切実な感覚があるわけでもなく、ただ、判断は今日も続き、選び直しや微調整が、特別な出来事としてではなく、日常の音や動きに溶け込むように静かに混ざっている。


誰かの前に立って何かを語るわけでもなく、評価される場面も、表彰される瞬間もないまま、それでも確かに、いくつかの人生が滞りなく進むために、自分が間に立っている時間が存在している。

それは空白と呼んでもいいし、余白と呼んでもいい、自分の名前が刻まれない場所で、歯車同士が引っかからずに回るように、目立たない力を使っている時期なのだと思う。


それを誇るほどのものでもなく、かといって卑下する必要もなく、ただ、そういう時間が今は続いている、という事実だけが静かに横たわっている。

先のことを考えすぎると、視界が急に狭くなり、少し息が詰まる感じがするので、なるべく意識を今日の範囲に留めるようにする。


今日、家は回るだろうか、誰かは無事に戻ってくるだろうか、自分は夜、ちゃんと眠れるだろうか──その程度の問いだけで、十分に満たされる日もある。

この状態は完成形ではないが、仮の姿というほど不確かなものでもなく、途中であり、通過点であり、それ以上でもそれ以下でもない場所に、今の自分は立っている。


明日も、おそらく似たような朝が来て、寒さがあり、台所があり、小さな判断がいくつも待っているだろうが、それを拒まずにいられること、それ自体が今の自分にとっての、静かな成果なのかもしれない。

物語はここで終わらないけれど、無理に先へ進む必要もなく、ただ「続いている」という感覚を確かめながら、今日という一日を受け取っていく。



番外章 十年後の朝

朝は、十年前と同じように、特別な合図もなく、静かに始まる。

目覚ましが鳴る前に目が覚めるのは、いつの間にか完全に習慣になっていて、若い頃のように勢いで布団を跳ねのけることはなくなったが、起き上がるまでに迷いが生じることも、今ではほとんどない。


体は正直で、寒さは以前よりも深く染みるように感じるし、少し無理をすれば、その日のうちに、あるいは翌朝には、きちんと反応が返ってくるので、自然と無茶はしなくなった。

台所に立つと、動線は昔のままで、棚の位置も、調味料の並びも、ほとんど変わっていないはずなのに、そこに流れる音だけが、はっきりと少なくなっていることに気づく。


子どもたちはもう自分で起き、自分で準備をして、自分の時間へと出ていき、声をかける必要も、急かす理由も、この家には残っていない。

それは寂しさという言葉で片づけるよりも、役目が終わったのではなく、別の場所へ静かに移動したのだ、という感覚に近い。


弁当を作る必要はなくなり、洗濯物の量も減り、朝の時間は以前よりずっとあっさりとしているが、だからといって、何もしない朝になったわけではない。

今日の予定を頭の中で確認すると、実家の用事が一つあり、午後には車を出す必要があることが浮かび、運転することだけは、十年前と同じ役割として、今も自分の中に残っている。


ハンドルを握ると、ほんの少しだけ、昔の感覚が体の奥から戻ってきて、あの頃もこうして家と家の間を行き来しながら、小さな判断を積み重ねていたのだと思い出す。

大きな決断は、相変わらず多くはなく、その代わりに、「今は動かない」という選択を選べる場面が増え、それは諦めではなく、待つという行為を引き受けられるようになった、という変化なのだと分かる。

ふと窓の外を見ると、朝の光は十年前とほとんど同じ角度で差し込んでいて、変わったのは景色ではなく、それを受け取る側なのだと、改めて思う。


かつては、一日をどうにか回すことで精一杯だったが、今は、その一日が回っているかどうかを、少し離れた位置から確かめられる場所に立っている。

家は今日も回るが、以前のように必死に支え続けなくても、崩れる気配はなく、それを良いとも悪いとも、あえて判断しようとは思わない。


ただ、ここまで来たのだ、という感覚だけが、余韻のように胸に残る。

コーヒーを一口飲むと、少し苦みが強いが、それでも不快ではなく、むしろ、この時間にはちょうどいいと思える。


朝は続き、人生もまた、特別な区切りを持たないまま、静かに、しかし確かに続いている。

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