第八章 屈辱と痛みとそして守られることの安心感と
授業を終えて教室を出たときだった。
石造りの回廊に、数人の男の影が立ちふさがった。見慣れぬ顔――保守派の取り巻きたちだ。
「女教師殿はっけーん!」
「ほら、監査の前に、一度話をしておきたいと思ってね?」
私は微笑を崩さずに答えた。
「正式な要件でしたら、書面でお願いします」
だが男の一人が足を滑り込ませ、進路を塞ぐ。
「書面より、直接の方が早いだろ?」
「……下がってください。警備の騎士を呼びますよ」
毅然とした声を返した瞬間、腕をつかまれ壁際に押し付けられた。
「女が教師など烏滸がましいなぁ。署名はもう集まっているんだ。お前は降りるしかない」
「結婚でもすれば丸く収まる。嫁ぎ先ないだろうしさ、俺が夫になってやろうか?」
「さっさと結婚して子を産んでいれば、こんな場に立つこともなかった」
笑い交じりの声が、耳元に降りかかる。
腕を振りほどこうにも、力の差は歴然。肩が痛み、息が詰まる。
(力じゃ敵わない……。…それでも、それでも、屈しない。私は――)
必死に視線を逸らさず睨み返す。
「……脅しで私を退けられると思ったら大間違いです。女だからって黙る気はありません」
男が唇を歪め、さらに腕に力を込めた。
そのとき、回廊を巡回していた騎士が姿を現す。
「何をしている!」
男たちは舌打ちをして散り散りに逃げ去った。
私は壁に背を預け、震える手を押さえた。
(悔しい……怖かった……でも、負けない。私は教師なんだから)
◇
数日後、保守派からの監査の宣告があった。
広間の中央に分厚い署名簿が置かれた。
大臣が冷ややかな声で告げる。
「王宮にて女性教師は前例がない。保守派貴族からの反対署名がこれだ。教育に女性を据えるのは不適切」
ざわめきが広がる。
私は下腹の鈍く重い痛みに耐えながら立ち上がった。
(ああ…よりによって、こんな日に……でも、負けられない)
「淑女教育は道楽ではありません。夫の仕事を理解し、共に支える力を育むもの。歴史においても、王妃の不在を侍女や夫人方が補った例が多く残っています。
女性の学びは国を支える礎になるのです!」
「詭弁だ」
「女が政務に口を挟むなど、秩序を乱す」
もう一度、声を張ろうとした瞬間。
下腹部の痛みが波のように押し寄せ、足元が揺れた。
机に手をつきながら必死に言葉を探すが、頭がぼんやりして痛みに身体が震えて声にならない。気を抜くと気を失いそうだった。
(まだ言わなきゃ……でも……)
大臣の嘲笑が響いた、そのとき――。
「それ以上の侮辱は、聞き捨てならない」
鋭い声が広間を切り裂いた。扉が勢いよく開かれる。
リドル、サイラス、レイス、リアン――四人が揃って姿を現す。
リドルが真っ直ぐ進み出て、署名簿を睨み下ろす。
「先生は妹たちを導いた。この国のより良い未来を見せてくれる人だ」
サイラスが冷徹な眼差しで言葉を重ねる。
「彼女の授業で、妹は外交の基礎を学んだ。今後我々一族の力となることは明白。これを“道楽”と断じるなら、あなたが歴史を知らぬ証左です」
レイスは机に拳を叩きつけ、低く告げる。
「…貴殿の子息らは紳士的な教育がなっていないようだな。騎士団にも報告が上がっている。女を軽んじ、力で捩じ伏せようとする――そんな真似をする男に、淑女を語る資格はない。俺は騎士として断言する」
リアンは杖を掲げ、光を広げる。
「生活魔法も魔法史も扱える教師なんて、この国に彼女しかいない。
彼女を否定するのは、この国の魔法界発展の未来を否定するのと同じだ」
四人の声がそれぞれ広間を震わせた。
私は下腹の痛みと気を失いそうになる身体に冷や汗をかきながら、その姿に胸が熱くなる。
(私の考えに、理解を示してくれる人はいる……。私、一人じゃない)
けれど、署名は机に残り、問題は終わっていない。それでも、彼らの声に背を押され、私は静かに決意を固めた。
(次こそ……自分の声で。王に伝える。母が夢見た“女性が学べる未来”を)
震える手をぎゅっと握り、顔を上げた。




