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第八章 屈辱と痛みとそして守られることの安心感と

 授業を終えて教室を出たときだった。

 石造りの回廊に、数人の男の影が立ちふさがった。見慣れぬ顔――保守派の取り巻きたちだ。


「女教師殿はっけーん!」

「ほら、監査の前に、一度話をしておきたいと思ってね?」


 私は微笑を崩さずに答えた。

「正式な要件でしたら、書面でお願いします」


 だが男の一人が足を滑り込ませ、進路を塞ぐ。

「書面より、直接の方が早いだろ?」

「……下がってください。警備の騎士を呼びますよ」


 毅然とした声を返した瞬間、腕をつかまれ壁際に押し付けられた。


「女が教師など烏滸がましいなぁ。署名はもう集まっているんだ。お前は降りるしかない」

「結婚でもすれば丸く収まる。嫁ぎ先ないだろうしさ、俺が夫になってやろうか?」

「さっさと結婚して子を産んでいれば、こんな場に立つこともなかった」


 笑い交じりの声が、耳元に降りかかる。

 腕を振りほどこうにも、力の差は歴然。肩が痛み、息が詰まる。


(力じゃ敵わない……。…それでも、それでも、屈しない。私は――)


 必死に視線を逸らさず睨み返す。

「……脅しで私を退けられると思ったら大間違いです。女だからって黙る気はありません」


 男が唇を歪め、さらに腕に力を込めた。

 そのとき、回廊を巡回していた騎士が姿を現す。

「何をしている!」

男たちは舌打ちをして散り散りに逃げ去った。


 私は壁に背を預け、震える手を押さえた。

(悔しい……怖かった……でも、負けない。私は教師なんだから)




 数日後、保守派からの監査の宣告があった。


 広間の中央に分厚い署名簿が置かれた。

 大臣が冷ややかな声で告げる。

「王宮にて女性教師は前例がない。保守派貴族からの反対署名がこれだ。教育に女性を据えるのは不適切」


 ざわめきが広がる。

 私は下腹の鈍く重い痛みに耐えながら立ち上がった。

(ああ…よりによって、こんな日に……でも、負けられない)


「淑女教育は道楽ではありません。夫の仕事を理解し、共に支える力を育むもの。歴史においても、王妃の不在を侍女や夫人方が補った例が多く残っています。

 女性の学びは国を支える礎になるのです!」


「詭弁だ」

「女が政務に口を挟むなど、秩序を乱す」


 もう一度、声を張ろうとした瞬間。

 下腹部の痛みが波のように押し寄せ、足元が揺れた。

 机に手をつきながら必死に言葉を探すが、頭がぼんやりして痛みに身体が震えて声にならない。気を抜くと気を失いそうだった。


(まだ言わなきゃ……でも……)


 大臣の嘲笑が響いた、そのとき――。



「それ以上の侮辱は、聞き捨てならない」


 鋭い声が広間を切り裂いた。扉が勢いよく開かれる。

 リドル、サイラス、レイス、リアン――四人が揃って姿を現す。


 リドルが真っ直ぐ進み出て、署名簿を睨み下ろす。

「先生は妹たちを導いた。この国のより良い未来を見せてくれる人だ」


 サイラスが冷徹な眼差しで言葉を重ねる。

「彼女の授業で、妹は外交の基礎を学んだ。今後我々一族の力となることは明白。これを“道楽”と断じるなら、あなたが歴史を知らぬ証左です」


 レイスは机に拳を叩きつけ、低く告げる。

「…貴殿の子息らは紳士的な教育がなっていないようだな。騎士団にも報告が上がっている。女を軽んじ、力で捩じ伏せようとする――そんな真似をする男に、淑女を語る資格はない。俺は騎士として断言する」


 リアンは杖を掲げ、光を広げる。

「生活魔法も魔法史も扱える教師なんて、この国に彼女しかいない。

 彼女を否定するのは、この国の魔法界発展の未来を否定するのと同じだ」


 四人の声がそれぞれ広間を震わせた。


 私は下腹の痛みと気を失いそうになる身体に冷や汗をかきながら、その姿に胸が熱くなる。

(私の考えに、理解を示してくれる人はいる……。私、一人じゃない)


 けれど、署名は机に残り、問題は終わっていない。それでも、彼らの声に背を押され、私は静かに決意を固めた。


(次こそ……自分の声で。王に伝える。母が夢見た“女性が学べる未来”を)


 震える手をぎゅっと握り、顔を上げた。


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