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第七章 胸の鼓動は隠せない?〜フラグは立ってないし、きゅんきゅんなんてしていません!〜

 王宮の広間の一室。

 白布を掛けた丸テーブルの上には花と菓子が整えられている。


生徒たちは胸を高鳴らせ、落ち着かない様子で椅子に座っていた。


今日の授業は「お茶会の実習」。

そして彼女たちの招待客として現れたのは――よりによって全員、生徒たちの兄だった。


「わぁ……!」「お兄さまいらっしゃい!」

嬉しそうに騒めく少女たち。


(……よりにもよって、招待客が全員お兄さんだなんて。大丈夫かしら…)


私は笑顔を作り深呼吸した。



最初の小さな事件はリディアからだった。

手が当たって砂糖壺を倒してしまう。


「あぁっ!大変!」

「慌てるな」

すぐさまリドルが砂糖壺をさっと押さえた。

私も手を伸ばしていたが、彼は素早く対処した。流石王族、場慣れしている、というところか。


ついでとばかりに妹の口元も拭ってやる。

周囲の少女たちが「わぁ……」と小声を洩らした。


「先生も、手にお砂糖が少し付いていますよ」


差し出された真っ白なハンカチを受け取り、私はにこりと笑う。

「まあ…ありがとうございます。流石です。…なんだか、絵本の中の王子様みたいですね」


私の無邪気な一言に、彼の碧眼がかっと揺れ、耳の先まで赤く染まった。

「……」

言葉を失って視線を逸らす姿に

「お兄さま、顔真っ赤」

とリディアが笑い、場が和んだ。



午後の風が窓からひやりと差し込み、私の肩がわずかに竦む。

生徒の手前「大丈夫」と笑顔を作ったが、震える指先を見咎められた。


「……先生」

低い声に振り向くと、サイラスが眼鏡越しにじっとこちらを見ていた。


「本当に大丈夫ですわ」

「大丈夫ではなさそうな顔色ですよ」

彼は自分の上着を脱いで肩に掛けてくれる。


生徒たちが「きゃー」と小声で弾け、私は思わず少し頬を赤らめた。

「ありがとうございます…」

「……こ、これくらい紳士として当たり前です」

かすかな呟きに、私はにっこり返した。


その瞬間、リディアが「記録! 記録に残さないと」と囁き、アナベルが真剣にノートを広げているのが見えた。



次の事件は単に私自身の不注意だった。

菓子を運ぶ途中でうっかり絨毯につんのめって、ぐらりと体が傾く。

「危ない!」

レイスの分厚い腕が抱き止め、しっかりと掴んだのは――私の胸だった。


「ありがとうございます!助かりました」

お菓子が無事であることに気を取られ気付かないで顔を上げると、レイスは耳まで真っ赤に染まり固まっていた。


「お兄さま……耐性ないからなあ」

ミリアが小声で呟き

リディアが「先生っ……」と口を押さえ、エリナは真っ赤になって俯いた。


私は気付かず、ただ「やっぱり騎士団長って頼もしいですわね」と呑気に笑った。



最後は水差し事件だった。


アナベルが手を滑らせ、水が私の襟元を濡らす。

「先生!」

少女たちが息を呑む。


「大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて次は――」

生徒達を慰めるように笑顔で答えると、魔法の光が輝いた。


温かな風が衣を乾かし、リアンが真っ赤な顔をして目を逸らす。

「……そ、その、君はちょっと無防備すぎると思うよ…」

どうやら下着が透けていたようだ。


真剣な瞳に「ありがとう!」と笑顔で返すと、少女たちは一斉に赤くなった。

「せんせー……」「これ記録していいんですかね」「リアン様まで……」

生徒の囁きに私は首を傾げた。



どうにか授業は終わった。

けれど生徒たちのノートには “先生と兄たちの反応観察日記” の欄が増えていた。


(……観察日記って…私たちは朝顔かなにかなのかしらね?)

私はおかしくなって笑った。



放課後、夕暮れの回廊を歩く。片づけを終えたばかりの私を生徒の兄たちとまたしても遭遇してしまった。


あっと、私が段差に足を取られた瞬間、リドルに腰を抱き支えられる。

意外なほどしっかり掴まれ、少し驚く。

お礼を言おうとおろおろ言葉を探す私に、リドルが目を見開いてから、ふっと嬉しそうに微笑んで言った。


「……先生。私も“男”だから」


少年の顔に大人びた声。何故か胸がきゅんっと苦しくなるほど締めつけられた。



書庫でサイラスに資料を受け取る。

じっと見つめ何故か髪をそっと掬われた。


「……光に透けた髪は、蜂蜜色ですね」


自分の行動に驚いたように我に返り、耳まで赤くして「失礼」と顔を逸らした姿に、胸の奥が甘く痺れなんだこれ!?となる私だった。



裏庭を突っ切っていると、騎士団の練習風景に出会した。

大柄な騎士たちが私に気付き、手を振ってくる。

すでに顔見知りが多くなって少し嬉しくなってぴょんぴょん跳ねながら私も大きく手を振った。


急にそこへズンズンと騎士団の演習場から足早にレイスが歩いてくる。

そして何故か裏庭の出口まで連れて行かれた。


壁際に追いやられ、片腕を突かれ、至近距離で見つめられる。


「貴方は…魅力的だ。騎士たちの中にも、君を狙ってる者もいるかもしれないんだ…こうやって追い詰められたら、か弱い女性は逃げられない…。だから、そんなふうに誰にでも無防備すぎるのは、良くない」


至近距離の熱い瞳に、何も言えずうんうんと頷いた。



帰り道。なんだか色々なことがありすぎてふわふわと馬車までの道を歩いていたらーー私は無様にも転んだ。


「い、いたい…うわぁ…」

膝が血まみれだった。酷い惨状と情けなさにちょっと泣きそうになる。


「エリス!」

後ろからリアンが走ってきた。

はっと私は涙を拭う。

「…転んだだけなの!」

「だけじゃないよ…!血が…!」


手早く詠唱し、リアンから治癒の光が走る。


「貴方は自分に無頓着すぎ。次、怪我をしたら……僕がずっとそばにいて守ることにするからね」


ちょっと怒ったような真剣な声音に、心臓が痛いほど高鳴った。



夜の私室で私は静かに夜風に当たっていた。

けれど、頬の熱は冷めず、胸のざわめきも全く消えない。

「……乙女ゲームはもう終わったんだから、これはフラグじゃないわ」

私は思わず呟いた。

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