第四章 騎士団長の心臓はもう限界です!〜生徒たちはラブコメを見守り隊〜
中庭に集まった生徒たちはわくわくと期待に胸をふくらませていた。
「今日は護身術の基礎です。“下がる勇気”と“助けを呼ぶ声”。殴ることではなく、逃げることを学びましょう」
「楽しそう!」
ミリアが飛び跳ね、
「声……がんばります」
エリナが緊張気味にノートを開く。
「……観察大事」
アナベルは羽根ペンを握り、
「わくわくします!」
リディアは裾をつまんでにっこり。
そのとき――中庭の門が静かに開く。
短く刈り上げた赤毛に、分厚い外套を羽織った軍服姿の男が現れる。背は高く、気配は鋭い。
「先生。妹が世話になっている」
「まあ、ようこそ!(たぶん)ミリアさんのお兄さまですね?」
「……近衛騎士団長、レイスだ」
挨拶をした瞬間――マントの下から「みゃあ」。
「……今のは…?」
「風だ」
「絶対猫!」
ミリアが食い気味に叫ぶ。
「毛が……見えてます!」
リディアの瞳が輝く。
マントがもぞりと動き、もう一声「みゃああ」。
レイスは観念したようにマントを開いた。
そこには小さな子猫が胸元で丸まっていた。
「……雨樋の下で震えていて捨て置けなかった」
「わぁ、かわいい!」
生徒たちの声が弾ける。
私は思わず言った。
「抱き方がとてもお上手ですね!慣れていらっしゃるのね」
レイスの耳が、赤く染まった。
「に、似合わないと思うが、その、好きなのだ」
私は困惑して首を傾げる。
「…似合う、似合わないって…あるのかしら。可愛くて小さい動物は大抵の人が好きですわよ?」
レイスの全身が赤く染まった。
◇
「では本題に入りましょう。
まずは“下がる”練習です。団長、相手役をお願いできますか?」
「……承知した」
彼が前に出た瞬間、空気がぐっと引き締まる。
「真正面に固まらず、斜め後ろへ。
はい、肩は上げずに――」
私はそっと彼の腕に触れて直した。
「……こうです」
「……っ」
わずかに肩が震え、息が詰まる音がした。
「先生、距離近っ……」
リディアが小声で。
「……お兄さま、耳が真っ赤」
エリナが呟く。
「記録に残すべき」
アナベルがさらさらと書き、
「わぁ〜なんか、いい感じ〜」
ミリアがにやにや。
私はそれに気付かず、解説を続ける。
「少し下がると逃げ道が生まれやすい。
大事なのは“力で勝つ”ではなく“備えて逃げられるタイミングを見つける”。皆さんもやってみましょう!」
◇
練習が進む途中、子猫が箱からぴょんと飛び出した。
「きゃっ」
小さな体がよろよろと植え込みに突っ込もうとした瞬間――レイスと私は同時に思わず身を乗り出し、私はレイスごと抱きとめた。
子猫を胸に抱き込み勢い余ってレイスの胸板に当たる。
「……大丈夫。ほら、捕まえました!」
私はにこりと笑って無意識に子猫とレイスをぎゅっと抱きしめていた。
「――――っっ」
レイスの心臓が、大砲のように跳ねた。
彼の耳も首筋も真っ赤に染まり、息が乱れる。
「先生……ええ……」
リディアが絶句。
「完全に……抱きついてます」
エリナが真顔で。
「お兄、固まってる……!」
ミリアがくすくす。
「この一件は詳細に記録を」
アナベルが淡々とメモ。
私は生徒たちの視線などまったく気にせず、子猫を撫でながらにこにこ。
「無事でよかったですねえ!さあ、“声を出す練習”に戻りましょう!」
◇
授業が終わり、生徒たちはそれぞれの子猫を可愛がっていた。
レイスは視線を揺らしながら、短く言う。
「……妹を頼む」
「ええ、もちろん」
「……感謝する」
猫を抱え、去っていく背中はいつものように堂々としている――はずだったが、歩幅は微妙に乱れていた。
(強い人って、意外と優しいのね)
無自覚に微笑む私を、生徒たちは「恋の始まりかな♡」と生暖かい視線で見守り続けていた。




