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第三章 冷徹宰相補佐の初めての恋のときめき?〜ツンデレって設定だったっけ〜

 授業二日目、朝早くから教室に入ってきた青年は眼鏡をかけた黒髪の真面目そうな人だった。


「王政院・宰相補佐、サイラス=クローデルです。本日より視察を」

「まあ、早くからご苦労さまです。……エリナさんのお兄さまですね?」

「……宰相補佐で結構」


(…なんか見たことある…ような?うーん、まあいいか)



「本日の題は“歴史に学ぶ、淑女の実務”です」

 私は黒板に大きく書いた。


「百年前、王妃が長く政務から離れた時期、宮廷を実際に回したのは――侍女たちと高位貴族夫人でした。

彼女たちは家を守りながら、来賓の接遇、使節の宴会や茶会、席次の取り決め、重臣同士の顔合わせの段取りまで担ったそうです」


「女性の方々が……そこまで?」

リディアが目を丸くする。

「ええ。つまりこの“淑女教育”もただの淑女としての嗜みではなく、政治の土台を支える勉強でもあるの」


 地図を広げ、隣国との貿易路をチョークで示す。


「では問題。隣国の使節を迎える茶会で、侍女長と高位貴族のご夫人方が最も注意した点は?」


「……相手の風習?」

エリナが恐る恐る呟く


「正解。もう一歩――“言葉選び”と“席次”です。宗教や家族制度の違いに触れる語は避けること。相手側の序列を読み違えない。ここを外すと、始まる前から交渉が終わります」



「くだらん」

 背後から低い声。サイラスだ。

「女子供に政治が理解できるものか。余計な知識は婚姻の邪魔になる」


 教室が固まる。

私は微笑みを崩さずにうなずいた。

「はい、ありがとうございますサイラス様。よいご意見です。実際、この国では広くそう考えられています」

「……っ」


「では――その言葉を他国で不用意に口にしたら、どうなるでしょう?」


 私は視線を巡らせ、そっと呼ぶ。

「エリナさん、よかったら答えられるかしら?」


 黒髪の少女は、膝の上の手をぎゅっと握って立ち上がった。

「……“女性を軽んじる国”だと勘違いされて、外交が壊れます」


 短い沈黙。サイラスの表情が固まる。


「その可能性はありますよね」

私はうなずき、黒板に一行書いた。

礼法=外交。知識は盾であり、剣にもなる。


「だから私たちは学びます。形だけでなくその背景――歴史と政治を。どの場でも通じる“たちふるまい”のために」



「……っ」

 サイラスは口を開きかけ、言葉を失った。代わりに、頬がじわりと赤くなる。


「宰相補佐閣下!顔が赤いです!」

リディアが無邪気に指さす。

「なっ……赤くなど――」

「ほんとだー!」

ミリアが笑う。

「緊張、なさっていらっしゃいます?」

と私が首を傾げると、


「……っ!」

 彼は視線をそらし、咳払いで取り繕った。


(…妹の活躍が嬉しかったのかしら?)


 私は資料束を配り直す。

「次は“席次の意味”です。相手国の制度に合わせて、夫人席と文官席の配置を変えると、どんな効果が出るか考えてみましょう」


 アナベルがすぐに手を挙げる。

「夫人席を高官席の隣に置けば高官のご家族と非公式の歓談が始まる効果があると思います。その結果、目的を果たせることも。両者に“家族ぐるみ”という感情が入るから」

「良い視点。そうしたら侍女の動線も合わせて設計してみて」

 エリナは席次表の配布のやり方を再構築し、リディアは歓迎の言葉を考え、ミリアは来賓の安全確認の為の護衛の位置に目を光らせる。


(うん、理解がずっと早いわ。…女性だって、当然“理解”できる)



 終業の鐘。

「先生、歴史上のご夫人方ってすごいですね!」

「席次の作り方、家で練習してみます」

「護衛の立ち位置ももう少し考えたい!」

「今日の記録を読み返します!」


「ええ、また明日」


 生徒を見送った後、背で気配が止まる。

「……ハルスト嬢」

サイラスだ。声がかすかに掠れている。

「先ほどの問い――他国なら侮辱というのは……私が見落としていた」

「いえ!この国の現実でもありますから、良い刺激でしたわ。それに、エリナ様のとっても素晴らしい答えにつながりました!素敵なご兄妹ね」


 彼はわずかに目を見開き、すぐに視線を逸らした。

「……いや、軽率な物言いをした。謝罪する」

「……よろしければ次の“主賓、来賓の挨拶の順番”の授業を一緒に組みませんか?宰相補佐様の実務、私も学びたいので」


 そこで、彼の息がほんの少しだけ乱れた。

 胸元をぎゅぅっと握る。


(なぜだ……鼓動があまりにも、速い!妹への誇らしさ?違う――)

 脳裏に浮かぶのは、教壇で真っ直ぐこちらを見る女の横顔。

(何だ、この――熱は)


 サイラスは背筋を正し、ぎこちなく一礼した。

「……明朝、王政院での実際の席次案を持ってくる。図書庫の閲覧も授業に置いて許可を取ろう」

「ありがとうございます!生徒たち、喜びます」


 彼は踵を返した。足取りはいつもの整然――のはずが、わずかに速いく、つんのめっていた。


(元攻略対象っぽかったけど……問題が起こらなくてよかったわ)

 私は黒板を拭きながら、小さく息をつく。

(“他国なら侮辱”と言った妹の答えに頷いたときの横顔――あれ、少し、可愛かったかも)


 チョークの粉が静かに舞い、窓の外では王宮の白が夕陽にやわらいだ。

 今日の学びを隅に記す。


――淑女の実務は歴史と政治に役に立つ。

――言葉ひとつで場は開くこともある。

――そして、ひとことで、人の心が動くことも。

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