第一章 淑女教育、合同クラスはじめます!〜なんか私、またやっちゃいました?〜
教室へ足を踏み入れた瞬間、空気が若干ぴりっとした。
(ああ、やっぱり……思われてるよね。“悪役令嬢”って)
王宮の廊下でも散々耳にした。
やっぱり冷たそう、わがままそう、婚約者を泣かせたらしい――そんな噂話。
(まあすっごく悪役令嬢!って見た目よねえ)
ぼんやりため息をつくが、とりあえずこれからだ。
「本日から合同淑女クラスを担当するエリス・ハルストです。よろしくお願いします」
高位貴族の子女の少女たち4人にしっかり笑顔で挨拶をした。
◇
「先生!」
真っ先に手を上げたのは王女リディア。
「リディアはお菓子とお散歩が大好きです!」
「素敵だわ!
では、“お茶会の計画係”を任せてもいいかしら?好きなことを得意に変える学びの近道よ!」
「たくさんやります!」
教室に小さな笑いが広がる。
緊張が少しほぐれた。
◇
「……エリナです」
黒髪をおろした少女が控えめに立ち上がった。
「勉強が苦手で……
皆の足を引っぱると思います」
「そんなことはないわ」
私が即座に首を振ると、彼女は驚いて目を瞬いた。
「エリナの机や棚は教えなくてもとっても綺麗!
整理整頓は立派な淑女の才能よ。皆にお手本をこれからも示してね?」
「……っ、はい!」
ぱちっとウインクをすると色白の頬がぱっと赤くなった。
◇
「ミリアよ!勉強なんて退屈!体を外で動かす方がいい!」
ふんぞり返る赤髪のお転婆娘に、私は軽く笑った。
「いいわね!じゃあ今日は“護身術”を教えましょうか?淑女たるもの、身を守るのも大切よ!どうかしら?」
「え、それもお勉強!?」
「もちろん。世の中の見方は色々よ!貴方の好きな剣が作られた歴史、知ってる?」
「……ちょっと面白そう!」
◇
最後に立ち上がったのは、ノートを抱えた既に才女と名高いという三つ編みのアナベル。
「……考えすぎて、話が苦手で、よく嫌われます」
「とっても素敵なことよ。たくさん答えを出してみて、ゆっくりでもいいから。そして書き止めてあとで見せて!それを見ながらもっとたくさん一緒に考えられるから!」
「……そんな風に、初めて言われました」
彼女の目が少し和らいだ。
◇
私は黒板に大きく書いた。
“学ぶことは、自分で未来を選ぶ力になる”
「これが今日のテーマです」
少女たちは顔を見合わせ、ぱっと笑顔になった。さっきまでの緊張は跡形もない。
◇
休み時間。廊下を歩くと、侍従たちのひそひそ声が聞こえてくる。
「……あの方が、噂の悪役令嬢?」
「でも、生徒たちの様子は……」
(そうよね、まだ私は“悪役令嬢”)
私は心の中で小さく笑った。
(期待値が低くてラッキーよ。新米教師としてじわじわ、確実にこの子達と成長してみせるわ)
初日の教室から漏れる少女たちの笑い声は、王宮に軽やかに響いていた。




