最終章 夢を抱いて花は咲く〜求婚?婚期?前向きに検討させていただきます〜
謁見の間を出た瞬間、空気が一気に軽くなるのを感じた。
王に直談判し、論戦を重ね、有益性を説いた結果――王宮として女性教育を正式に支援するとの勅許を得たのだ。
扉を閉めた途端、四つの影がすぐに取り囲む。
「先生!」
「……っ、無事で」
「よくやったな」
「本当に……君は」
それぞれの声に胸がじんと熱くなる。私はにっこり笑って、指でVサイン。
「やりました! これで淑女教育も、女子校の夢も現実になります!」
◇
次の瞬間、ぐいっと腰を抱き寄せられた。
リドルだ。少年らしい小柄な身体からは想像もできない力で、腕がしっかりと背に回る。
「本当に……怖かったんだ。先生がいなくなるんじゃないかって。……君は僕にとって、ただの教師なんかじゃない」
胸元に顔を埋めてしまう彼に、思わず頬が熱くなる。
「もう、大げさですわ。私はここにいますもの」
けれどその無邪気な返しに、リドルの心臓は痛いほど跳ねていた。
◇
サイラスはそっと私の手を取った。
震えるほど冷えた私の指を両手で包み込む。
「……よくあの場で立ち続けましたね。あんな痛みに耐えて……」
「女の子ですもの。ちょっと体調が悪い日もありますわ」
「っ……」
眼鏡の奥で眉を震わせ、彼はためらいがちに自分の外套を肩に掛け直してくれる。
「……二度と、無理はしないでください」
「ありがとうございます、サイラス様」
にっこりと微笑んだ瞬間、彼の耳まで赤くなり、指先に力がこもった。
◇
レイスは黙って立っていたが、急に片腕を伸ばして私を引き寄せた。
背中が石壁にぶつかり、彼の大きな影が覆いかぶさる。
「無防備すぎる。……あんな場で、男たちに囲まれて……」
「だって、教師ですもの。逃げるわけには――」
「違う」
低く唸る声。彼の胸板に押し込まれるようにして、息が詰まる。
「守られるべき時は、守られろ。……俺に、守らせろ」
鋭い瞳がすぐそこにあり、私はただ頷くしかなかった。
◇
最後にリアンが近づいてきた。
その瞳は赤く滲むほど真剣で、震える手で私の頬に触れる。
「君があの場で無理をして、もし倒れていたら……僕は一生許せなかった」
「でも、無事ですわ。ほら」
「無事じゃない」
彼は杖を掲げ、治癒の光を掌に灯す。私の手首に残っていた赤い跡を、丁寧に撫でるように癒した。
「次、勝手に怪我をしたら……僕がそばを離れない。ずっと一緒にいて、守る」
「まあ……ありがとう。頼もしいですわね」
無邪気な笑顔を向けられたリアンは、胸を押し潰されるように息を呑む。
◇
「……あの、皆様?」
四人の視線が一斉に重なり、熱を孕んだ沈黙が落ちた。
「「「「結婚してくれ」」」」
「…………え?」
謎の大合唱に私はぽかんと目を瞬かせる。
「えっと……皆さん、本当にお優しいのね。でも授業の準備があるので失礼しますね!」
逃げるように裾をつまみ、教室へと駆け出した。
背後で重なる声は切実で、それぞれに違う温度を持ちながらも、ただ一人を求めていた。
◇
日常は続く。
少女たちは少しずつ成績を伸ばし、自信を見せるようになった。
「先生、私、将来は外交の茶会を仕切ってみせます!」
「私、護衛の立ち位置なら誰より考えられる!」
「記録を残して出版します!」
「お菓子係は私です!」
その声を聞き、私は胸を熱くした。
(……これなら、女子校の夢もきっと叶う)
◇
屋敷に戻れば、父は今日も頭を抱えている。
「エリス……婚期が! こんなに求婚の手紙が来ているのに!」
机には山積みの手紙。差出人は――宰相補佐、騎士団長、筆頭魔導師、そして王子。
「まあまあ、お父様。そんなことより明日の授業です!」
笑ってかわし、馬車に飛び乗る。
王宮の塔が夕陽を浴び、金色に輝いている。
(私は、きっと母の夢を叶える。女の子たちが学び、羽ばたける未来を――)
その胸に、恋のざわめきと新しい時代への希望を同時に抱きながら。
エリスは誰とくっつくのか、それともずっと夢に爆走し続けてくっつかないのか。
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