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第7話 プチとロウの秘密

 焚き火の残り火はもうほとんど尽きていた。けれど、野営地に残された食糧と酒は、まだ十分にある。

 ロウはそれらの材料を殆ど用いて、ルヴィアに振舞ってやった。

 なに、命の恩人が酒と飯を食いたいと言っているのだ。これくらいして当然だ。

 ルヴィアは鉄鍋に残っていた肉と野菜を平らげると、腹を擦った。


「ふーっ、食った食ったァ。あんた、料理上手いんだな」


 口の端に油を光らせながら、心底満足そうに笑っている。

 ロウは、かつて仲間のために用意していた木の匙を指先で弄びながら、小さく息を吐いた。


「まあ、調理は俺の担当だったからな。もう満足か?」

「ああ。十分楽しませてもらったよ」


 そう言って、ルヴィアは横に置かれていた木杯を手に取った。赤黒い液体を、ごくごくと喉に流し込む。

 彼女が口に含んだ瞬間、芳醇な香りが辺りに漂う。サムソンのお気に入りだった高級ワインだ。

 ロウはそのことを思い出し、どこか胸の奥が皮肉に熱を持つのを感じた。

 サムソンは、今頃どうしているのだろうか? 

 彼はあの三人の中でも、唯一まともにロウを人間扱いしてくれていたように思う。結局はロウたちを見捨てる決断をしたので、同じ穴の狢だったのだろうけども。


(まあ……どうでもいいか)


 もう考えるまでもない。森を抜けられたにせよ、途中でくたばったにせよ、ロウにはもう関係ないのだから。

 五人分あった食糧の大半は、ルヴィアの胃袋に収まった。

 もう少し控えるつもりだったのに、彼女が嬉しそうに平らげる姿を見ていると、つい手が止まらなかったのだ。 久しく忘れていた「人と食卓を囲む感覚」が蘇り、作り甲斐を覚えてしまった。

 もちろん最低限の備蓄は確保してある。森を抜けさえすれば、荷に残された大金もある。食うには困らない。

 問題は──そこまで辿り着けるかどうかだった。


「それで……話をしたいんだが、いいか?」


 ロウは木の杯にワインを注ぎ、自らもルヴィアの正面に腰を下ろした。

 ルヴィアは皿に残った野菜の切れ端をつまんで口に放り込むと、「ん?」と短く応じてこちらを見る。

 黄金の瞳が、焚き火の残り火を映して揺れた。


「どうして、〝半竜のルヴィア〟が俺を助けた? 同胞から頼まれてってのは、誰のことだ?」


 声は自然に低くなった。

 色々なことがありすぎて、結局ここまで訊けずにいた。心の底に澱のように溜まっていた疑問を、ようやく吐き出すことができた。

 ルヴィアは「あー、そうだった」と今思い出したとばかりに額をぽんと叩き、悪戯っぽく笑った。


「食いながら話そうと思ってたのによ。飯があんまりにも美味いもんだから、すっかり忘れてたよ」

「そいつはどうも。喜んでもらえたなら、俺も嬉しいよ」

 

 ルヴィアの杯が空になっていたので、ロウはワインを注ぎ足してやった。ルヴィアは軽く杯を掲げ、『ありがと』と言いたげに、目を細める。

 それが乾杯の合図だと気付き、ロウも自分の杯を掲げて軽く合わせた。木と木が小さく触れ合い、乾いた音を響かせた。


「さて……どれから話したもんかな」


 ルヴィアは一口ワインを口に含んでから、顎に手を当てた。

 色々話すことがあるのだろう。こちらから疑問を提示してやった方が良さそうだ。


「じゃあ、まずは……その〝同胞〟のことから教えてくれ。俺には竜人族の知り合いなんていないぞ」


 ロウが促すと、ルヴィアは「は?」と言いたげに目を丸くした。

 次いで、愉快そうに口角を持ち上げる。


「いるじゃねえか、あそこに。いや、()()っつー方が正しいか?」


 彼女の指先が示したのは、野営地から少し離れた茂みの向こう──リナとプチを葬った墓の方角だった。

 そこで、その意味を解する。


「もしかして、プチのことか!?」

「そういう名前なのか? まあ、あたしはそいつを見てないからわからないが……ただ、あんたの従魔が死の間際に、念を飛ばしてきたよ。あたしが近くにいることに気付いてたんだろうな」


 ロウは目を見開いた。

 プチにそんな能力があったとは、思いも寄らなかった。いや、そもそも竜族や竜人族とこれまで遭遇したことがなかったのだから、知らなくて当然なのだが。

 信じられない気持ちと同時に、プチらしい気遣いだとも思えた。


「プチは……君に、何て?」


 問いかけると、ルヴィアは少し黙り込んだ。

 木杯の中で揺れる赤い水面をぼんやりと見つめた。炎の残滓がその表面を照らし、揺らめきが瞳に影を落とす。

 そして、小さく呟くようにして、彼女は言った。


「……『ロウを助けて』。それから、『ロウなら君の願いを叶えられる』、だったかな」

「え?」


 心臓を軽く叩かれたような感覚に襲われた。

 自分がルヴィアの願いを叶えられるとは、どういうことだろうか。というか、とてもそんなことができるとは思えない。

 ただ、今話しているのは彼女だ。口を挟まず、彼女の言葉に耳を傾ける。


「竜人族含め、竜族ってのは、死んだら輪廻転生されると言われてる。魂だけの存在になって、また卵になってどっかに生まれるんだとよ。プチドラゴンって言っても、竜族には変わりねえからな。その法則はあいつにも当てはまるのさ。あんたの従魔は、その間際、最後の力を振り絞ってあたしに助けを求めてきたんだ」

「輪廻転生ってことは……ドラゴンは交配から生まれないのか!? 知らなかった……」

「なんだよ、お前。そんなことも知らないであいつの主人やってたのか?」


 ルヴィアは呆れたように鼻を鳴らす。

 ロウは苦笑しつつも答えた。


「ドラゴンの生態は謎に包まれてるんだ。知ってる人間なんて、殆どいない。そもそも、交流できないからな。待てよ……じゃあ、君も卵から生まれたのか?」


 思ったことをそのまま訊ねると、ルヴィアの手がぴたりと止まった。

 次の瞬間、自嘲めいた笑みがその顔に浮かぶ。


「あたしは……人間の腹から生まれた。親父が竜人で、母親が人間。その混血が、あたしだ。だからあたしは……こんな見た目してやがるくせに、竜人族じゃないのさ」


 焚き火の残り火に照らされた横顔は、普段の豪胆さとは違う影を纏っていた。

 ロウは、胸の奥がひやりとするのを感じた。彼女が軽く吐き出したその言葉に、長い年月の孤独と諦念が滲んでいたからだ。


「もしかして……それが、『俺なら叶えられる願い』ってやつに繋がる、とか?」


 思わず問いかけると、ルヴィアはきょとんとした顔をした後、すぐに楽しげに牙を覗かせた。


「……さすが。賢い奴は好きだぜ、あたしは」


 当たっていたらしい。

 ロウは背筋に小さな戦慄を覚えた。今まで『敵』とも『怪物』とも成り得た存在が、どうしてか自分を頼ろうとしている。なんだかそれが信じられなかったし、それが何なのか想像もできなかった。


「でも、どういうことなんだ? 俺は、テイマーの中でも最弱の部類だ。これまでプチドラゴンしか従魔にできなかった。君みたいな強い奴の力になれるなんて、到底思えない」

「それだよ」


 ルヴィアは杯を持った手の指で、勢いよくロウを指差した。

 ロウは眉を顰める。


「それ? それって、どれのことだ?」

「その『プチドラゴンしか従魔にできなかった』ってとこ。訂正してやるよ。普通のテイマーは()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「は?」

「さっき言ったろ? プチドラゴンって言っても、竜族には変わりねえって。竜族も竜人族も、種族としては最高位に位置する存在だ。そんな誇り高い連中が、人間になんざ従うわけがねえ」


 ロウは言葉を失った。

 確かに、ドラゴンを使役したテイマーなど聞いたことがない。ドラゴンの生態が謎に包まれている理由も、そこにあった。


「だが……唯一、その例外がある」

「例外?」

「そう」


 ルヴィアは杯を置き、真剣な眼差しをこちらへ向けた。

 黄金の瞳が、夜の焔を映して光る。

 少しの沈黙の後。彼女はロウに向かって、こう言った。


「それが……あんた。〝ドラゴンテイマー〟だ」

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