第20話 Sランクパーティーに……?
ひとまずの決着がついた広間は、さっきまでの喧噪が嘘みたいに落ち着いていた。担架が角を曲がって消え、床の水跡に砂がまかれ、職員がぶつぶつ言いながら拭き取っていく。
ロウはルヴィアから貰った煙草を深く吸い込みながら、片付けの様子をぼんやり眺めていた。
口に含んだ煙は、微かな甘さとともに、胸の奥に張り付いたざらつきを少しずつ剥がしていく。ルヴィアも壁に凭れて膝を片方立てたまま、尾の先で床をとんと叩いた。
「どうする? ロウ」
「う~ん、とりあえずヤサでも──」
探しに行くか、と言おうと思った矢先。
ロウたちに近寄ってくる、ふたつの影があった。
「ロウさん、それからルヴィアさん。少々、お時間をよろしいか」
穏やかな声音が影を薄めた。視線を向けると、ギルドマスターと査定官が連れ立って立っていた。
いつもの灰色の上衣に薄い眼鏡。その後ろには、羽根飾りのない地味な帽子を被ったギルドマスター。どちらの顔にも、単なる事務連絡ではない固さがある。
「話があるから来てほしい」と続けられ、ロウは吸いさしを灰皿に入れた。ルヴィアも肩を竦め、煙草を指先でくるりと回してから弾く。紙筒が光をひとゆらぎさせて、灰皿へと落ちた。
ふたりが通されたのは、広間の奥にある執務棟の更に突き当たり。重い扉に手をかけると、内部の空気が一段濃くなった。
分厚い毛織の壁掛け、深い色の木机、鉄の金具で補強された書庫。窓には厚いカーテンが垂れ、差し込む光は鈍く和らいでいた。床の敷物は年季が入り、踏み心地が沈むように重い。
威圧感、という言葉が正しいのだろうか。長くここに座って権限を行使してきた者のための間。ロウは椅子を示されても座らず、背嚢の紐を肩に残したまま立った。ルヴィアは机の角に尻を預け、退屈そうに爪の先を見ている。
先に口を開いたのは、査定官だった。いつも通り抑制の効いた声だが、言葉の端に焦りにも似た硬さが混ざっている。
「単刀直入に申し上げます。〝マッドドッグ〟が降格した今、このギルドはSランクパーティー不在となりました。町の防衛や高難度依頼の対応、他ギルドとの均衡の観点からも空白は致命的です。そこで……あなた方に、〝マッドドッグ〟の代わりにSランクパーティーとして冒険者ギルドないしこの町に貢献してくれないか、と思っております」
査定官の言葉にギルドマスターが頷き、言葉を継ぐ。彼の声は、査定官よりも少し体温が高い。
「私からも頼みたい。昨日の一件で、皆の目が覚めた。荒くれもんばかりだが、根は悪くない連中だ。あやつらを守れる楯と槍が、どうしてもこの町には要る。どうか、町の人々を守ってやってくれないか」
机上の地図に置かれた文鎮が、陽の筋を鈍く弾いた。
ロウは黙って耳を傾けながら、胸の奥で小さく溜め息を吐く。
町の防衛線と業務均衡のための説明と、暮らしの顔を思い浮かべた願い。そして、その背後にあるもうひとつ──ギルドの懐勘定が、そこにはあった。
Sランクの依頼は高額で、名誉も付いて金や人が動く。唯一のSランクパーティー〝マッドドッグ〟が消えれば、それらの依頼は他所へと流れてしまうだろう。それが、彼らにとっては困るのだ。
調子がいい話だ、と思わなくもない。しかし、裏を返せば、これまで〝マッドドッグ〟が享受していた利点を、今度はロウたちが受け取れる。
Sランクパーティーになれば、生活は安定するだろう。おまけに、名誉と権限までついてくる。
ルヴィアが相棒で、今ロウは〝ドラゴンテイマー〟だ。高難度依頼と雖も、今のロウたちなら大半は押していける。依頼の中には、ドラゴンに関するものもあるだろう。従魔を増やす機会にもなる。いいことづくめだ。
だが、ロウは素直に頷けなかった。
ちらりと隣を見てみる。ルヴィアは、興味がないのか、窓の外の光を目で追っていた。あまり乗り気という感じはしなかった。
メリットの列挙で頷くのは、簡単だ。けれど、それでいいのか、と胸の奥の薄い棘が自己主張する。
「ちょっと、保留させてもらっていいですか?」
ロウが口にしたのは、その一言だった。
ギルドマスターが肩を落とし、査定官が僅かに目を細めた。
しかし、すぐに顔を立て直す。
「もちろんです。急かすつもりはありません。ですが、できるだけ早く返事がほしいのも事実です。来週くらいには返事を貰えますでしょうか?」
「承知しました。なるべく早くに答えを出します」
短く礼を述べ、ふたりで執務室を辞す。
扉が閉まると、濃い空気が背中から滑り落ちた。呼吸が軽くなる。
ギルドのエントランスは、昼時のざわめきを取り戻しつつあった。報酬を受け取りに来た者、依頼を探す者、喧嘩寸前で受付に叱られている者。昨夜一緒に杯を交わした面々が、ロウたちに手を挙げて挨拶を寄越してくる。
「何で引き受けなかったんだ?」
扉際の陰に寄って、ルヴィアが先に口を開いた。
「う~ん……まあ、ちょっと引っ掛かることもあってな。ルヴィアはどうだ? やりたいか?」
ルヴィアはポケットから煙草を一本取り出し、いつものように巻紙の先を浅く咥えて火を点けた。初めの一口を肺に落としてから、ひらりと目を細める。
「従魔のあたしが意見を言っていいのかい?」
ルヴィアは肩を竦めて、茶化すように訊いてきた。
ロウは首を横に振る。
「それは形式的な話だろ? 俺は、ルヴィアを従魔だなんて思ってないよ。相棒だと思ってる」
「そいつは名誉なこった。今度から名札に書かせてもらうよ」
彼女は相変わらずからかうように笑うが、口の端が気まずそうに揺れていた。ほんの少し恥ずかしそうだ。照れ隠しだろう。
それから表情を戻し、少し考えてから、続けた。
「あたしの意見を言っていいなら……あんまり人間の組織には組み込まれたくない、ってのが本音かな」
「理由を聞いていいか?」
「あたしは半竜だからな。もともとどっちの種族からも忌み嫌われる存在だ。今更そのどっちかの組織に肩入れするってのは、どうも釈然としねえ」
言葉を選んでいるのがわかる。角を立てたいわけじゃない。けれど、喉を通らない塊が確かにあった。
村に降りられなかった半竜の少女の過去。薬を得られず、病死した母。考えてみれば、この拒絶は当然だ。
「でも、これはあたしの事情っていうか……半分我儘みたいなもんだ。あんたがやるって決めたなら、あたしはそれに従うよ」
「なるほど」
「それで、あんたは?」
問われて、ロウは視線を受付の天秤へ移した。
秤は静止していた。あの秤は誰の重みを計るのか──そんなことをどうでもいいと思いながら、言葉を探す。
「デメリットはない。むしろ、メリットしかない話だとは思う」
口にしてみると、余計に自分の違和感が浮かび上がる。
Sランクパーティーの看板。金。地位。大きな家。昨日までの『欲しいものリスト』を簡単に塗り潰す提案だ。
それでも、胸の奥の針は、なぜか『違う』と言っている。
「そう言う割にゃあ、あんま乗り気じゃないように見えるけど?」
鋭くルヴィアが訊いてきた。
「まあ、な……強いて言うなら、違和感があるんだと思う」
「違和感? 何の?」
「昨日の、査定官が言ってた言葉を思い出してな」
脳裏で、昨日の彼の声が再生された。
彼は、頭を下げてこう言ったのだ。
『実は……Sランクパーティー〝マッドドッグ〟には以前からメンバー虐待の嫌疑がかかっていました。リナさんからも、その相談を受けており……私としては、早急に対処せねばと思っていたのですが、〝マッドドッグ〟はこのギルド唯一のSランクパーティー。功績が優れていることもあって、色々な圧力がかかり、そこに刃を入れることができなかったのです。そのせいで、今回のような事態を生んでしまいました。本当に、申し訳ない』
要するに、ギルドの事情で、見えていた問題を黙殺してきた、ということである。そして今度は、その黙殺が利かなくなって空白ができたから、埋めてくれ──ギルドの要望は、つまりはそういうことだった。
「まあ、言っちまえば全部あっちの都合だもんな。けったクソ悪い話だぜ。てめーが困った時だけ助けろってな」
「そう。問題を黙殺してたのも向こうの事情、Sランクパーティー不在で困ってるってのも向こうの事情。そこに、俺たちの事情は一切考慮されてないんだ。それが組織に属するってことなのかもしれないけど……それはそれでどうなのかな、って思ってさ」
「かと言って、収入源もなきゃ困るしな」
「そうなんだよなぁ」
言葉はそこで一度途切れた。
結局、答えはすぐには出せそうにない。だからこそ、さっきも咄嗟に一旦保留にさせてくれと言ったのだろう。
「まあ、ちょっと外で昼飯でも食うか」
「ん? あそこじゃねーの?」
ルヴィアは昨日散々飲み散らかした酒場を顎でしゃくった。
ギルドの酒場は、今はちょっと利用したくない。何となく、今後冒険者をやるのかどうか、という境目にいる気がするので、冒険者用の施設を使うことを躊躇してしまうのだ。
「う~ん、今はちょっと外の方がいいかな。他にも飲み食いできるところはあるしな」
「あたしはこのまま出ても平気かい?」
ルヴィアは両手を広げて訊いた。
ギルド内ならもう半竜の存在は既知なので問題ないにせよ、外に出るのはまずいのではないか、と言いたいのだろう。
彼女の姿を覆い隠すローブは背嚢に入れたままだ。ただ、実際これから人間の町で生活していこうっていうのに、姿を隠させるのもおかしい気がした。
「別にいいだろ。というか、むしろ半竜が普通に歩いてることに慣れさせた方が早い。昨日の噂もある程度広がってるだろうしな。なんか言われたら、俺の従魔だと言えばいいさ」
「……それじゃあ、遠慮なく」
ルヴィアは目を丸くした後、口角を上げた。
ギルドの外に出ると、真昼の光が石畳を照らし、露店の客引きの声が伸びていた。焼き串の香り、果物の酸っぱい甘さ、革に塗る油の匂い。
あのあたりの露店で食ってもいいかもしれないな、などと考えていた時だった。ギルドの入り口の石段の陰で、しゃくり上げる声が聞こえてきた。
ふとそちらに視線を向けると、小さな影が二つ。男女の子どもが寄り添って座り込み、目を真っ赤にしていた。
ギルドの扉が開いては閉まり、人の流れがその前で二つに割れていく。誰も、立ち止まらない。
「悪い、ルヴィア。昼飯、少し後回しにしていいか?」
ロウがそう言ってふたりの方へ歩み寄ると、ルヴィアは呆れたように「あいよ」と片方の肩だけ竦めて見せたのだった。




