ロレンフス襲来
「10日後に大公ロレンフスが参上する」という先触れがザルガンドロ伯領に届いたのは帝国歴222年4月だった。
大公が来る!
ワルヴァソン公のように先触れもなく訪問されても驚くが、先触れがあってもやはり驚かされる。「歓待などは無用」とのことだが、「左様ですか。そうします」というわけにはいかない。ザルガンドロ伯領は上を下への騒動となった。
そして10日後。
ロレンフスがやって来た。随員は付家老のプルテワイト副伯ら10人しかいない。非公式の訪問ということで、最小限に抑えたのだろう。
「突然の来訪、さぞ迷惑であろう。まずはお詫びする」と言って、ロレンフスはザルガンドロ伯に対して丁重に礼をした。
ロレンフスの金髪は生まれつきややクセが付いており、緩い曲線を描いている。肩にギリギリ届かない程度の長さで、顔を動かすたびにフワリと揺れる。瞳は薄い灰色だが、見る角度や明るさによって緑色にも青色にも見えることがある。顔立ちは、弟のムルラウが中性的で美女にも見えるのに対してロレンフスは男性的で、父である皇帝の若い頃によく似ていると言われる。
「察しは付いていると思うが、今日は大公妃、いや皇妃の候補者であるご令嬢と話がしたいと思って参った。皇妃にふさわしくないと判断したら、私から縁談の交渉を終了する」
「このことを皇帝陛下はご存じで?」
「一方的に宣言しておいた。ザルガンドロが欲しいだけなら相手は私でなくてもよかろう。ご令嬢が皇妃たり得る人物でなければムルラウをあてがうまでのこと」
ロレンフスが無表情でザルガンドロ伯に答えたとき、応接室に入ってきたカレナーティアがロレンフスに語りかけた。
「大公殿下が私の夫たり得る人物でなかった場合はいかがなりましょうか」
ロレンフスは、無表情のままカレナーティアに向き合った。カレナーティアを見てもロレンフスの表示は変わらなかったが、ザルガンドロ伯は嘆息した。
カレナーティアは、親がひいき目に見ても美しいとは言えなかった。180セル近い身長は女としては大き過ぎた。肩幅も広く、可憐には見えない。えらが張っている点も、帝国ではあまり好まれない特徴だった。ザルガンドロ伯の苦悩の一端が、カレナーティアの容姿だった。
「なるほど、ザルガンドロ伯女殿に見初めていただく必要があるということか。道理だ」
ロレンフスは、ザルガンドロ伯の城館に来て初めて愉快そうに笑った。
「婚姻前の男女がこうして直接言葉を交わすのは異例中の異例。この好機を互いに活用しようではないか」。ロレンフスはそう言ってカレナーティアに着席を勧めた。
「ティーレントゥム家とカーンロンド家に言い寄られて、ザルガンドロ伯が苦境にあることは理解している。いまだに結論が出ていないということは、この場で改めて伯爵のご意向を尋ねても意味があるまい。では、ザルガンドロ伯女殿はどちらにつくべきだと思われるか?」
ロレンフスは迂遠なことは言わず、本題を本人に直接ぶつけてきた。
「カレナーティアとお呼びください、大公殿下。私も率直にお答え致します。私は皇妃たることを望みます」
「ほう。カレナーティア殿は皇妃の地位をお望みか。それは虚栄心からか? 権勢欲か?」
ロレンフスの瞳に、一瞬だけ侮蔑の念がよぎった。カレナーティアはそれを見逃さなかったが、無視してほほ笑んだ。