カレナーティア
「カレナーティアってさ、昔はもっと尖ってなかった? お兄様を理屈で言い負かしたり」と、メレレーン。
「お父上にもガンガン切り込んでたでしょ。『私はこう思う!』とか。どうしちゃったの?」とポールメリィ。
テレテニアは何も言わなかったが、目が他の2人と同意見であると主張している。
子供のころはカレナーティアが主導して、大人を困惑させるようないたずらを4人でしでかして、小ざかしい理屈を並べていたのだ。そんなカレナーティアだったら、自分で相手を決めて父を理屈で言い負かして縁談を進めそうなものだ。それが、娘が口出しすることではないとしおらしく引っ込み、受動的な姿勢を貫いている。他の3人にとって、今の彼女はカレナーティアらしくなかった。
3人に詰め寄られて、カレナーティアはのけ反った。3人がさらに身を乗り出してカレナーティアの顔をのぞき込んだ。圧が凄い。彼女らがこうなったら、口を割るまで諦めない。
だが、それはあまり触れたくない話題だった。カレナーティアにとっては大きな意味があったが、ありふれた、面白くもなんともない話だ。語ったら、ありきたりな話に3人は落胆するだろう。
テレテニアが、カレナーティアの目を見つめてにっこりほほ笑んだ。テレテニアが怒り出す前兆だ。カレナーティアは観念した。
「よくある話よ」と前置きして、カレナーティアは語り始めた。
3年前のことだ。エッケフォルド副伯という青年貴族が半年ほど、所用でザルガンドロ伯領に滞在した。彼はまだ21歳だったが、当時15歳だったカレナーティアにはとても大人びて見えた。涼やかな容姿と洗練された物腰は、実に好ましかった。つまり、俗な表現を使うなら、彼女は恋をしたのだ。初恋だった。
滞在している間、彼はザルガンドロ伯と領地経営や貴族間の社交・外交、宮廷政治についてぶどう酒を片手に語り合っていた。今にして思えば、不平不満と愚痴を交えた、酒場で行われる政治談議程度だったのだが、15歳の小娘には非常に知的に映った。
エッケフォルド副伯と会話する機会を作ろうとして、彼女は何かにつけて話しかけた。とはいえ「男女の会話」など知るよしもない。そこで彼女なりに考えた政治論をぶちかました。エッケフォルド副伯は、鷹揚な笑顔で応じて彼女の話に耳を傾けていた。
あっという間に半年が過ぎ、エッケフォルド副伯は帝都に出立することになった。彼女は最後に少しでも話をしたいと思って彼に近づいた。すると彼は、覚めた目で彼女を迎えた。
「お会いするのもこれが最後だろうから、忠告しておこう。自分の知識に自信がおありのようだが、それが相手に好ましく映るのか、省みた方がよかろう」
彼はそう言い放つと、彼女の返事を待たずに背を向けて、そのまま去っていった。
自分が人にはどう見えているのか。今まで考えたこともなかった視点を得たことは収穫だったが、それはこれまでの自分の全否定につながった。自分はなんと小ざかしい小娘だったのか。改めてエッケフォルド副伯の様子を思い出してみると、彼はカレナーティアとの会話を全く楽しんでいなかった。作り笑いを顔に貼り付けて、彼女の話に煩わしげに相づちをうっているだけだった。自分の振る舞いを思い出すと、今でも顔が火を噴くように熱くなる。
そして、カレナーティアは沈黙した。勉学は今でも続けているが、自分から知性をひけらかすような真似はしない。求められた場合のみ、最小限の言葉で答えることを心掛けている。
「な、何よ! そのエッケフォルド副伯とやらを連れてきなさい! 許せない!」
ポールメリィが顔を真っ赤にして叫んだ。テレテニアが、面倒くさそうな顔でポールメリィの両肩を押さえて椅子に座らせた。
「で、エッケフォルド副伯は体格が良かったの? 筋肉は?」と言うメレレーンに、「そこじゃないでしょ」とテレテニアが突っ込む。
「つまり、そのつまらない男のせいということ? 馬鹿馬鹿しい!」
ポールメリィはまだ興奮が収まらない。カレナーティアも馬鹿馬鹿しいと思う。だが、心がボキッと折れてしまったのだ。自分の小ざかしさが嫌でたまらなくなってしまったのだ。
「どちらかと結婚するか、どちらとも結婚せずに生きるのかを親任せにしていていいの?」と、テレテニアはおっとりした口調で聞いた。
そうは言うが、ここに居る3人の既婚者は親が命じるままに、顔も知らない相手と結婚したのだ。婚礼の儀式の日に初めて相手と会って、「まあこんなものか」と自分の人生を受け入れた。筋肉量など多少の不満はあれど、それなりの人生を生きている。だが、心の隅に、ほんのわずかだけ、違う生き方や違う相手があったのではないか、という思いが残っている。3人は、その小さな何かをカレナーティアに勝手に託そうとしているのだ。
突然、メレレーンが両手のひらをパンと打ち鳴らした。
「ね、カレナーティア。相手に会ってみない?」