幼なじみたち
カレナーティアは聡明な女性だった。彼女の知性と分別は、帝国の基準に照らしても最上級であると言ってよい。それだけに、父が苦悩する姿に心を痛める一方で、彼の逡巡が歯がゆくもあった。だが、父から意見や希望を求められない限り、自分から意思を表明することもなかった。それは帝国の上級貴族の娘としてふさわしくない振る舞いだからである。
婚姻相手について、求められていないのに父に意見するなど、父を蔑ろにする行為だった。父の家長権を侵害する行為だった。少なくとも、カレナーティアはそう考えた。
家長権という在りようにもカレナーティアは思うところがあったが、家長権に納得できないから無視する、という行為をカレナーティアは是としない。それは大局的に見て無秩序化の肯定だからである。納得できなくても、法や規則は守るべきものだった。あるいは、納得できるように法や規則を変える努力をすべきだ。
縁組については父の決定に従う。
帝国の女性として、彼女の理性が彼女にそう命じている。
ある日、幼なじみのドレングル伯妃ポールメリィ、トレトナー副伯妃メレレーン、ブッベンガイド卿夫人テレテニアがザルガンドロ伯領にやって来るという知らせが来た。帝国でいま最も注目されている女性の一人であるカレナーティアをからかいに来るのだという。3人らしい理屈を付けているが、彼女らなりにカレナーティアを気遣っているのだ。
3人は、ザルガンドロ伯と同じくワルヴァソン・グライスに属する貴族の娘である。そのため両親はワルヴァソン公国の中心都市デルゲゾルムに行く機会が多く、それに同行した娘たちは頻繁に顔を合わせていた。領地に居るのは家臣ばかりだから、「同性・同格・同世代」の相手は貴重だった。性格はバラバラだったが、4人は意気投合した。4人全員がそろう機会は減ったが、交流はこうして今でも続いている。
「カレナーティア、お久しぶり。思ったより元気そうね」と言って、ポールメリィはカレナーティアに抱き付いた。それをメレレーンとテレテニアがニコニコしながら見守る。
ポールメリィはゲミターラック伯の娘で、インゼルロフト3世の四男(故人)の子、ドレングル伯ヴァル・カーンロンド・ザルカーノスに嫁いだ。つまり、カレナーティアがプエリーエン伯と結婚した場合は義理の従姉妹になる。
メレレーンはオウントローゾ伯の娘で、ワルヴァソン公国に隣接するトレトナー副伯ヴァル・セメイレイス・ゴレンボルと1年前に結婚した。
テレテニアはファルカーメイス家の分家の娘、つまりカレナーティアの親族で、現在はザルガンドロ伯領の貴族ヴァル・ブッベンガイド・スカラーデンの妻になっている。ザルガンドロ伯領に居るのでカレナーティアと会う機会は他の2人よりも多い。
「みんな、よく来てくれました。天気もいいことだし、お庭でお話ししましょう」
こうして4人は、ザルガンドロ伯の城館の中庭にある東屋に移動した。
「で、大公と公爵、どっちをお望み?」
出された茶に手も付けず前置きもなく、ポールメリィは本題に入った。彼女は迂遠なことが大嫌いだった。「いつものことだ」と言わんばかりに、テレテニアは肩をすくめた。
「望みと言っても……どちらにもお目にかかったこともないし」
選択権などないと思っているカレナーティアにとって、意味のある質問とは思えなかった。
「プエリーエン伯にはお目にかかったことがあるわ。筋肉質の武人形の方よ」と、体格のよい男が好みのメレレーンが目を輝かせた。夫のトレトナー副伯は痩せ形なので、彼女は「筋肉が足りない」といつも嘆いている。
「大公殿下は帝都でお見かけしたことがあるわ。遠くからだったけど」と、ポールメリィはうっとりした顔で語った。ロレンフス大公は美男として有名だった。
「で、筋肉と美男、どっちが好み?」と、ポールメリィが畳みかける。「さすがにその表現はお下品では?」とメレレーンはたしなめてから、「でも筋肉はいいわよ」と付け加えた。
「そういう問題ではないでしょう」と、カレナーティアはため息をついた。「相変わらず困った人たちね」などと言いつつ、気の置けない友人との久しぶりの会話を楽しんでいた。
「大体ね、『女は……』とか、カレナーティアは古いのよ。もっと主張しなさい。主張」
ポールメリィは眉間に縦皺を寄せてカレナーティアを睨んだ。彼女は、カレナーティアがこのまま飼い殺しにされて婚期を逃すのを心から心配している。カレナーティアは賢い。このままザルガンドロ伯領で埋もれさせるのは惜しい。
「帝都ではね、女ももっと自己主張してるわよ。やりたいこと、やるべきことを見つけて活躍している方も多い。ケルテボント伯のご令嬢なんて、いろんな男性をとっかえひっかえよ」
「『やるべきこと』がそれなの?」
「ちょっと例を間違えたかもしれない」
昔から迂闊なポールメリィの悪い癖が出た。彼女は口を尖らせて目を逸らした。
「カレナーティアはね、もっと視野を広げるべきなのよ。ザルガンドロ伯領にこもってるからそうなるの」と、テレテニアはおっとりした口調で言った。口調は柔らかいが、彼女は人の急所を直撃することがある。
ただし、この批判は少し酷というものだ。基本的に、貴族の令嬢が単独で領地を離れたりすることはない。親や夫に従うのが原則だ。テレテニアたちは既に結婚しており、夫の上京について行く機会がある。婚家の家風にもよるが、結婚後は自由度も高くなり、家臣さえ付いていれば単独で遠出することも許されるようになる。彼女らの見聞が広がったのは結婚後のことであり、結婚前の行動範囲はカレナーティアと大差はなかった。