女性の力
「うまくいったわねぇ」と言って、テレテニアはほっこり笑ってお茶をすすった。機嫌がいいときの笑顔だ。
ポールメリィとメレレーンはそうそう自由が利かないが、テレテニアはザルガンドロ伯領に住んでいるので他の2人よりは会いやすい。
「まさか大公殿下を動かしちゃうなんて」
「私が会いに行くのは無理があるしね」と言って、カレナーティアもほほ笑んだ。
会いに行けないなら、会いに来てもらえばよいのだ。
祝賀会で、ロレンフスについてさまざまな評判を聞いた。果敢な行動力と決断力、そして何より、自尊心が高く他者に後れを取ることを極度に嫌うということだ。
これを利用することにした。
「ザルガンドロ伯爵令嬢はプエリーエン伯と面会し、強い感銘を覚えたとか」
そんな噂をロレンフスが聞いたらどう思うか。
彼はカレナーティアに価値をさほど見いだしていないかもしれない。破談になってもよいと思っているかもしれない。だが、プエリーエン伯が何らかの行動を起こし、自分は無為無策のまま「プエリーエン伯がカレナーティアを獲得した」という形勢になったらどうだろう。プエリーエン伯に負けたという結果を、ロレンフスの矜持が許すだろうか。
カレナーティアはポールメリィ、メレレーン、テレテニアの人脈を使って、帝都で先の噂を流してもらった。彼女たちが直接帝都に行く必要はない。帝都に滞在中の女性たちに手紙を送るだけでいい。噂好きの彼女たちは思うだろう。
「なるほど、今ワルヴァソン・グライスではこんなことが起こっているのか。お・も・し・ろ・い」と。これは茶会や舞踏会の際に座興として供するにふさわしい話題だ。
カレナーティアとしては、失敗したとしても失うものは何もない。後はザルガンドロ伯領で座して待つのみである。
そして、ロレンフスは来た。
カレナーティアの思惑通りに。
女性たちの交遊網に絡め取られて。
ロレンフスが状況を支配することを好むことはすぐに分かった。だからあくまでもロレンフスの意思で来たという体は崩さなかった。ロレンフスは今後も、自分が呼び寄せられたのだとは思わないだろう。
女性の力を活用すれば、大公を帝都からザルガンドロ伯領まで動かすこともできる。これだけのことができるのだ。女性の力をもっと活用すれば、帝国を良い方向に導けるはずだ。カレナーティアは、生涯を懸けてロレンフスを支えてより良い未来を目指すことに決めた。
「大公殿下、私を使って人間のもう半分もより良く支配なさいませ」
ただし、物事は都合良くは進まない。その後、ロレンフスのフェンエルス王国訪問、ロレンフスの領地であるオデファルス公領を中心とした山火事などで諸契約の策定が中断したこともあり、婚約成立にはさらに1年以上を要することになる。
婚約成立を知って、ワルヴァソン公は大層腹を立てたという。怒ったといっても、怒鳴り散らしたり物にあたったりはしない。苦虫を千匹ほどまとめてかみつぶしたような顔をして、「皇帝め、本当に嫌なヤツだ。アイツは昔からおいしいところを横からかっさらうのだ。本当に嫌なヤツだ」とつぶやいたのみである。
ザルガンドロ伯はワルヴァソン公の報復をひどく恐れていたが、ワルヴァソン公からは結婚祝いの金品が大量に届いただけだった。
後年、ワルヴァソン公はこんなことを家臣に漏らしたという。
「ザルガンドロ伯領はともかく、カレナーティアを我が一族に迎えられなかったのは失策であった」
当初は、二大勢力の板挟みになるザルガンドロ伯、自ら話をつけに来たロレンフス、才気あふれるカレナーティアの3人をそれぞれ中心に据えた1章ずつの短いお話だったのですが、カレナーティアを掘り下げているうちに長くなってしまいました。
『居眠り卿とナルファスト継承戦争』『居眠り卿と木漏れ日の姫』では名前しか出てこなかったワルヴァソン公、『居眠り卿と木漏れ日の姫』ではちょい役だったロレンフスも、『居眠り卿と純白の花嫁』で本格的に本筋にからみ始めました。
カレナーティアもまた、そのうち本編に登場することでしょう。




