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短編

前世の記憶を持つ悪役令嬢は運命を書き換える

作者: 九葉

私の名前はリリア・ノートン。ロザリア王国の名門貴族の令嬢であり、王立魔法学院の生徒である。

そして、私は前世の記憶を持っている。


前世の私は日本の普通の女子大学生だった。特別な才能もなく、特別な美貌もなく、ただ平凡に生きていた。そんな私が交通事故で命を落とし、気がついたときには乙女ゲーム「永遠の誓約」の世界に転生していた。しかも、主人公を虐める悪役令嬢として。


「リリア様、今日の授業資料をお持ちしました」


朝の日差しが窓から差し込む中、侍女のメアリーが部屋に入ってきた。彼女は私の幼い頃からの世話役で、この世界での数少ない理解者だ。


「ありがとう、メアリー」


私は微笑みながら資料を受け取った。メアリーは少し驚いたような表情を浮かべた。そうだ、原作のリリアなら「遅い!」と怒鳴っていただろう。でも、私はそんな悪役令嬢にはなりたくない。


原作の「永遠の誓約」では、リリア・ノートンは婚約者である第一王子アレン・グランツフェルトを巡って、平民出身の転校生エマ・ウィンターフィールドを徹底的に虐める。そして最終的には、アレン王子に婚約を破棄され、国外追放という悲惨な結末を迎える。


私はその運命を変えるために、前世の記憶を頼りに行動を改めていた。エマへの嫌がらせをやめ、アレンとの関係改善を試みている。しかし、原作と異なる私の行動に周囲は困惑し、特にアレン王子は私の突然の変化に疑念を抱いているようだった。


「リリア様、今日は年次試験の日ですね。緊張されていますか?」


メアリーの言葉に、私は深く息を吐いた。そうだ、今日は魔法学院の年次試験だ。原作では、この試験でリリアがエマを妨害し、大きなトラブルになる日だった。


「大丈夫よ。むしろ楽しみにしているわ」


私は微笑んだが、心の中では不安が渦巻いていた。原作通りにならないよう、慎重に行動しなければ。


学院に到着すると、すでに多くの生徒たちが集まっていた。試験会場の前で、私は彼を見つけた。アレン・グランツフェルト。銀色の髪と鋭い青い瞳を持つ彼は、周囲の生徒たちと一線を画す存在感を放っていた。


「おはよう、アレン」


私が声をかけると、彼は無表情で振り返った。


「リリア。今日は試験だが、準備はできているか?」


彼の冷たい口調に、私は少し傷ついた。原作のリリアは彼に対して高圧的な態度を取っていたから、彼の冷たさも無理はない。関係を修復するには時間がかかるだろう。


「ええ、もちろん。あなたこそ、首席の座を守れるかしら?」


私は軽く冗談を言ったつもりだったが、アレンの表情は変わらなかった。


「当然だ。では、試験会場で」


そう言って彼は立ち去った。彼の背中を見送りながら、私は溜息をついた。この関係を変えるのは、思ったより難しそうだ。


試験会場に入ると、すぐにエマの姿が目に入った。彼女は緊張した様子で席に着いていた。原作では、この試験でリリアはエマの魔法を妨害し、彼女を失敗させる。でも、私はそんなことはしない。


「みなさん、静粛に」


試験官の声が響き、試験が始まった。課題は「自分の得意とする魔法の応用」。各自が自分の魔法を使い、与えられた課題をクリアする実技試験だ。


私の番が来た。原作のリリアは火の魔法が得意だったが、実は私には別の才能があった。それは「記憶の魔法」。過去の記憶を映し出す特殊な魔法だ。しかし、それを使えば私の秘密がバレる危険性もある。だから、私は控えめに火の魔法を使うことにした。


「ノートン令嬢、あなたの番です」


私は深呼吸して前に進み、火の魔法で課題の氷柱を溶かした。平凡な出来だったが、及第点は取れるだろう。


次はエマの番だった。彼女は光の魔法の才能を持っているが、まだ制御が完全ではない。彼女が魔法を唱え始めると、光の球が不安定に揺らめき始めた。このままでは失敗する。原作通りの展開だ。


そのとき、私は決断した。周囲に気づかれないよう、小さく「安定」の補助魔法を唱えた。エマの光の球が安定し、見事に課題をクリアした。彼女は驚いた表情を浮かべ、そして喜びに満ちた笑顔を見せた。


しかし、その瞬間、私は鋭い視線を感じた。振り返ると、アレンが私を見つめていた。彼は何かに気づいたのだろうか。私は平静を装い、彼に微笑みかけた。彼は眉をひそめ、何も言わずに視線を外した。


試験が終わり、廊下で私はエマと鉢合わせた。


「あの、リリアさん...」


彼女は恐る恐る私に話しかけてきた。原作では、リリアは彼女を罵倒するところだ。


「何かしら、エマ?」


「さっきの試験、ありがとうございました。助けてくれたのはリリアさんですよね?」


彼女の言葉に、私は少し驚いた。気づかれていたのか。


「気のせいよ。あなたの実力だわ」


私はそう言って立ち去ろうとしたが、彼女は続けた。


「でも、確かに誰かが補助魔法を...リリアさん、私に対する態度が変わりましたね。どうしてですか?」


私は立ち止まり、彼女を見つめた。純粋な瞳が私を見返している。


「人は変われるものよ。それだけ」


そう言って、私は歩き去った。背後でエマが「リリアさん、ありがとう!」と呼びかける声が聞こえた。


その日の夕方、私は学院の古書庫で過ごしていた。ここなら誰にも邪魔されず、前世の記憶と向き合える。私は「記憶の魔法」を使い、前世の記憶を小さな光の球として浮かび上がらせた。日本での生活、家族、友人...懐かしい記憶が次々と現れる。


「その魔法は何だ?」


突然の声に、私は驚いて魔法を解除した。振り返ると、そこにはアレンが立っていた。


「ア、アレン...どうしてここに?」


「お前を探していた。さっきの試験でエマを助けたのはお前だろう?」


彼の鋭い視線に、私は言葉に詰まった。


「なぜそんなことをした?以前のお前なら、彼女を妨害していたはずだ」


「人は...変われるものよ」


「突然変わるものか?お前は最近、まるで別人のようだ。一体何があった?」


彼の問いに、私は言葉を選びながら答えた。


「私は...自分自身を見つめ直したの。今までの自分が間違っていたと気づいたのよ」


アレンは眉をひそめ、一歩近づいてきた。


「本当のことを言え、リリア。お前は何を隠している?」


彼の鋭い視線に、私は思わず本音を漏らした。


「私は...本当の私じゃないの」


その言葉に、アレンの目が見開かれた。


「どういう意味だ?」


「説明しても信じないでしょうね。私自身、信じられないのだから」


アレンは黙って私を見つめ、そして言った。


「学院の舞踏会まであと三日だ。そこで話を聞かせてもらおう」


そう言って、彼は立ち去った。私は深い溜息をついた。舞踏会...原作では、リリアがエマを陥れようとして失敗し、アレンに公衆の面前で婚約破棄される場面だ。今度こそ、運命を変えなければならない。


---


舞踏会の日が来た。私は緊張しながら準備を整えていた。今夜、アレンに真実を話すべきか。彼は信じてくれるだろうか。


「リリア様、本当にお美しいです」


メアリーが感嘆の声を上げた。鏡に映る自分は、確かに美しかった。青いドレスが私の金髪と青い瞳を引き立てている。でも、この美しさは本当の私のものではない。前世の私はこんなに美しくなかった。


「ありがとう、メアリー」


私は微笑んだが、心は不安で一杯だった。


舞踏会場に到着すると、すでに多くの貴族や学院生が集まっていた。エマの姿も見える。彼女は質素だが可愛らしいドレスを着ていた。原作では、この舞踏会でリリアはエマのドレスにワインをこぼし、彼女を辱める。そして激怒したアレンが婚約破棄を宣言する。


私はその運命を変えるために、エマから距離を置くことにした。しかし、そんな私の計画は早くも崩れ始めた。


「リリア・ノートン」


声をかけてきたのは、ヴィクトリア伯爵令嬢だった。彼女は原作でもリリアの取り巻きの一人で、エマを虐める共犯者だ。


「何かしら、ヴィクトリア」


「あなた、最近おかしいわ。あの平民の女の子に優しくするなんて。貴族の誇りはどうしたの?」


彼女の言葉に、周囲の貴族たちが注目し始めた。これは良くない展開だ。


「誇りと残酷さは別物よ。私は必要以上に他人を傷つける必要はないと思うの」


私の言葉に、ヴィクトリアは嘲笑した。


「まあ、なんて聖人ぶり。でも、あなたが変わったのには理由があるんでしょう?もしかして、アレン王子があの平民に心を奪われていることに気づいて、作戦を変えたの?」


その言葉に、私は言葉を失った。原作では確かにアレンはエマに惹かれていく。それは変えられない運命なのだろうか。


「違うわ。私はただ...」


言葉を続ける前に、ヴィクトリアが不意に私のドレスにワインをこぼした。


「あら、ごめんなさい。手が滑ったわ」


彼女の目は笑っていなかった。これは明らかな挑発だ。周囲からは笑い声が聞こえ始めた。


「大丈夫よ」


私は平静を装ったが、心臓は早鐘を打っていた。このままでは原作と同じ展開になってしまう。


そのとき、エマが近づいてきた。


「リリアさん、お手伝いします」


彼女は自分のハンカチを差し出した。その優しさに、私は感謝の言葉を口にしようとした。しかし、ヴィクトリアが割り込んできた。


「平民の分際で、貴族に手を出すな!」


彼女はエマを突き飛ばした。エマはバランスを崩し、近くにいた給仕の持つ飲み物の盆に倒れ込んだ。飲み物は彼女のドレスに降りかかり、彼女は床に倒れた。


会場が静まり返る中、私は咄嗟にエマに駆け寄った。


「大丈夫?怪我はない?」


私はエマを助け起こした。彼女は驚いた表情で私を見つめていた。


「リリアさん...」


「ヴィクトリア、あなたがしたことは許されないわ」


私は怒りを込めて言った。ヴィクトリアは嘲笑を浮かべたまま、こう言った。


「まあ、悪役令嬢のリリアが正義の味方に変身?笑わせないで。あなたの本性は誰もが知っているわ」


その言葉に、私は凍りついた。悪役令嬢...そう、それが原作での私の役割だった。でも、今の私はそうではない。


「人は変われるものよ、ヴィクトリア。過去の私とは違う」


「嘘つき!あなたはただ、アレン王子の気を引くために演技しているだけ!」


彼女の声が会場に響き渡った。そのとき、人々の間から一人の男性が現れた。アレン・グランツフェルトだ。


「何が起きている?」


彼の声に、会場が静まり返った。ヴィクトリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、アレンに近づいた。


「アレン王子、この平民の女がリリアに無礼を働いたのです。リリアが注意したところ、逆上して暴れ出したのです」


明らかな嘘だ。私は反論しようとしたが、アレンは私を見つめ、そして言った。


「本当か、リリア?」


その瞬間、私は決断した。もう嘘はつかない。


「違うわ。ヴィクトリアがエマを突き飛ばしたの。私はエマを助けようとしただけ」


私の言葉に、会場からはざわめきが起こった。アレンは無表情のまま、ヴィクトリアを見た。


「ヴィクトリア伯爵令嬢、あなたの行為は学院の規律に反します。明日、学院長に報告します」


ヴィクトリアの顔から血の気が引いた。アレンは続けて言った。


「エマ・ウィンターフィールド、怪我はないか?」


エマは小さく頷いた。「はい、大丈夫です」


アレンはエマに優しい視線を向け、そして私に向き直った。


「リリア、話があるな。庭園に来てくれ」


彼の言葉に、私は緊張しながらも頷いた。これが運命の分岐点になるのだろうか。


庭園は月明かりに照らされ、静かだった。アレンは池の前で立ち止まり、月を見上げていた。


「アレン...」


私が声をかけると、彼は振り返った。


「リリア、お前は最近、まるで別人のようだ。なぜだ?」


彼の問いに、私は深呼吸した。もう隠す必要はない。


「私は...前世の記憶を持っているの」


アレンの表情が変わった。「前世?」


「そう。私は別の世界で生きていた記憶を持っているの。そこでは、この世界は物語だった。そして私は...その物語の中の悪役だった」


私は言葉を選びながら、前世の記憶と、この世界が「永遠の誓約」というゲームの世界であること、そして原作での自分の運命について話した。


話し終えると、アレンは長い沈黙の後、こう言った。


「信じがたい話だ」


「そうね。私自身、最初は混乱したわ。でも、これが真実なの」


「だから、お前はエマに優しくし、自分の行動を変えようとしている?」


「ええ。私は悲惨な結末を迎えたくないの。でも、それだけじゃない。前世の記憶があるからこそ、人を傷つける行為がどれほど愚かなことか分かるの」


アレンは黙って私を見つめていた。彼は信じてくれるだろうか。


「証拠はあるか?」


その問いに、私は小さく頷いた。


「記憶の魔法を見せるわ」


私は魔法を唱え、前世の記憶を光の球として浮かび上がらせた。日本の街並み、車、スマートフォン...この世界には存在しないものの映像が次々と現れる。


アレンは驚きの表情で映像を見つめていた。魔法が終わると、彼は深い息を吐いた。


「これが本当なら...お前は本当のリリアではないということか?」


その言葉に、私は胸が痛んだ。


「私は...分からないの。前世の記憶を持つ私と、原作のリリア、どちらが本当の私なのか」


アレンは静かに言った。


「お前が誰であれ、今のお前がリリア・ノートンだ。過去ではなく、今の行動があなたを定義する」


彼の言葉に、私は涙が溢れそうになった。


「アレン...」


「私はお前の話を全て信じるわけではない。しかし、お前が変わろうとしていることは確かだ。それは尊重する」


彼は一歩近づき、私の手を取った。


「これからどうするつもりだ?」


「私は...運命を変えたいの。悪役令嬢としての結末ではなく、自分の選んだ道を歩みたい」


アレンは小さく微笑んだ。それは私が彼から見た初めての笑顔だった。


「それなら、手伝おう。一緒に新しい物語を作ろう」


彼の言葉に、私の心は温かさで満たされた。これが恋なのだろうか。前世でも経験したことのない感情だ。


「ありがとう、アレン」


月明かりの下、私たちは新たな約束を交わした。運命の物語を書き換えるという約束を。


---


舞踏会から一週間が過ぎた。学院の雰囲気は少しずつ変わり始めていた。ヴィクトリアは学院長から厳重注意を受け、しばらく大人しくしている。エマは相変わらず優しく、時々私に話しかけてくるようになった。


そして、アレンと私の関係も変わった。彼は私の話を全て信じたわけではないが、私の変化を認め、新たな関係を築こうとしてくれている。


「リリア、今日の放課後、時間があるか?」


授業の後、アレンが声をかけてきた。


「ええ、あるわ」


「では、中央庭園で待っている」


彼はそう言って立ち去った。私は期待と不安が入り混じる気持ちで、約束の時間を待った。


中央庭園に着くと、アレンはすでにそこにいた。彼は何かを手に持っていた。


「これを見てほしい」


彼が差し出したのは、古い本だった。「異世界の記憶」というタイトルが付いている。


「これは...?」


「古書庫で見つけた。前世の記憶を持つ者についての記録だ」


私は驚いて本を開いた。そこには、私と同じように前世の記憶を持って生まれた人々の記録が書かれていた。


「これによると、前世の記憶を持つ者は『選ばれし者』と呼ばれ、運命を変える力を持つとされている」


アレンの言葉に、私は本から顔を上げた。


「運命を変える...」


「そう。お前が言っていた『原作の運命』を変えることができるかもしれない」


希望の光が見えた気がした。でも、同時に疑問も湧いてきた。


「でも、なぜ私が選ばれたの?悪役令嬢として...」


アレンは静かに言った。


「それは分からない。しかし、お前には選択肢がある。運命に従うか、それとも自分の道を切り開くか」


彼の言葉に、私は決意を新たにした。


「私は自分の道を選ぶわ。もう誰かが書いた物語の通りには生きない」


アレンは微笑んだ。「それがお前らしい」


その日から、私たちは一緒に「原作」の運命を変えるための計画を立て始めた。エマとも友好的な関係を築き、三人で学院の課題に取り組むこともあった。


ある日、エマが私に尋ねてきた。


「リリアさん、どうして急に私に優しくなったんですか?本当の理由を知りたいんです」


彼女の真っ直ぐな瞳に、私は言葉に詰まった。真実は話せない。でも、嘘もつきたくない。


「エマ、人は変われるものよ。私は...自分の過ちに気づいたの。あなたを傷つけることが、どれほど愚かなことか分かったのよ」


エマは少し考え、そして微笑んだ。


「分かりました。理由はどうあれ、今のリリアさんが好きです。友達になってくれませんか?」


彼女の純粋な申し出に、私は心が温かくなった。


「ええ、もちろんよ」


こうして、原作では敵対していたはずの私たちは友達になった。アレンも私たちの関係を見守り、時には三人で過ごすこともあった。


しかし、全てが順調だったわけではない。ある日、学院の廊下で私は見知らぬ老教授に呼び止められた。


「リリア・ノートン嬢、少しよろしいかな?」


彼は私を人気のない教室に案内した。


「私はマーカス・ウィザード。魔法史の研究をしている。君に興味があってね」


「私に?」


「そう。君は『記憶の魔法』を使えるようだね。それも、前世の記憶を」


彼の言葉に、私は凍りついた。どうして彼が知っているのか。


「心配しなくていい。私も『選ばれし者』の一人だ。前世の記憶を持って生まれた」


彼の告白に、私は驚いた。


「では、あなたも...」


「そう、私も別の世界から来た魂だ。そして、君と同じように『原作』の知識を持っている」


彼は「原作」という言葉を強調した。私は緊張しながら尋ねた。


「あなたは...この世界が物語だと知っているの?」


「ああ。『永遠の誓約』というゲームの世界だ。私は前世でそのゲームをプレイしていた。そして、君は悪役令嬢のリリア・ノートン」


彼の言葉に、私は言葉を失った。彼も私と同じなのだ。


「でも、なぜ私に接触したの?」


マーカス教授は真剣な表情で言った。


「警告するためだ。運命を変えようとすることには代償が伴う。特に、『選ばれし者』が増えれば増えるほど、世界の歪みは大きくなる」


「歪み?」


「そう。この世界は元々、一つの物語として完結するはずだった。しかし、『選ばれし者』が介入することで、物語の流れが乱れる。それが積み重なると、世界そのものが不安定になる」


彼の警告に、私は不安を覚えた。


「では、私は何もせずに、原作通りの悲惨な結末を受け入れるべきなの?」


マーカス教授は首を振った。


「そうとは言っていない。ただ、慎重に行動してほしい。大きな変化を一度に起こそうとせず、少しずつ運命を変えていくんだ」


彼の助言に、私は考え込んだ。


「分かったわ。気をつける」


「もう一つ。『記憶の魔法』は強力だが、危険も伴う。使いすぎると、前世と現世の記憶が混ざり合い、自分が誰なのか分からなくなることもある」


その警告は、私の心に深く刻まれた。


教授との会話の後、私はアレンに全てを話した。彼は真剣に聞き、そして言った。


「慎重に行動しよう。でも、お前の選んだ道を進むことは変わらない」


彼の言葉に、私は勇気づけられた。


時は流れ、学院の最終試験の季節が来た。この試験は原作では描かれていなかった部分だ。つまり、完全に未知の領域に踏み込むことになる。


試験の内容は「自分だけの魔法の創造」。各自が独自の魔法を開発し、発表するというものだった。


私は悩んだ末、「記憶の魔法」を基にした新しい魔法を開発することにした。それは「共感の魔法」。自分の記憶や感情を他者と共有できる魔法だ。


試験当日、私は緊張しながら自分の番を待った。エマは光の魔法で美しい幻影を作り出し、高評価を得た。アレンは時間を一瞬だけ止める驚異的な魔法を披露し、審査員たちを唸らせた。


そして、私の番が来た。


「リリア・ノートン、あなたの魔法を見せてください」


私は深呼吸し、魔法を唱え始めた。光の球が現れ、そこに私の感情と記憶の断片が映し出される。それは言葉では表現できない、純粋な感情の共有だった。


審査員たちは驚きの表情を浮かべ、そして感動の涙を流す者もいた。私の魔法は彼らの心に直接語りかけたのだ。


試験が終わると、アレンが近づいてきた。


「素晴らしい魔法だった」


「ありがとう。でも、まだ完成していないの。もっと深く、もっと繊細に感情を伝えられるようにしたいわ」


アレンは静かに言った。


「お前の魔法は、人と人を繋ぐ力を持っている。それは貴重なものだ」


彼の言葉に、私は微笑んだ。


「アレン、あなたに見せたいものがあるの。今夜、星の塔で会えるかしら?」


彼は少し驚いたような表情を見せたが、頷いた。


「分かった。待っている」


その夜、星の塔で私はアレンに「共感の魔法」の完全版を見せることにした。それは私の全ての記憶と感情を共有する、非常に親密な魔法だ。


「準備はいいかしら?」


アレンは静かに頷いた。私は魔法を唱え、光の球が私たちを包み込んだ。


前世の記憶、この世界での記憶、そして私の感情...全てがアレンに流れ込んでいく。彼は驚きと理解の表情を交互に浮かべながら、私の記憶を受け止めていた。


魔法が終わると、彼は長い沈黙の後、こう言った。


「全てを見た。お前の前世の記憶、この世界での葛藤、そして...私への感情も」


私は顔を赤らめた。魔法を通じて、私のアレンへの恋心も伝わってしまったのだ。


「リリア、私はお前が誰であれ、今のお前を愛している」


彼の告白に、私は涙が溢れた。


「アレン...」


「前世の記憶を持つお前も、この世界のリリアも、全てがお前だ。そして、私はそのお前を選ぶ」


彼は私の手を取り、静かに言った。


「運命は変えられる。私たちで新しい物語を紡いでいこう」


月明かりの下、私たちは誓いのキスを交わした。これが私たちの選んだ道。誰かが書いた物語ではなく、自分たちで紡ぐ物語の始まりだ。


私の名前はリリア・ノートン。前世の記憶を持つ悪役令嬢。でも今は、自分の運命を自分の手で切り開く、ただの一人の少女。


記憶の檻の中で咲いた花は、今や自由に風に揺れている。


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