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09 叙任式4


 リーゼルが目を覚ますと、心配そうにのぞき込んでいるカイの顔が目に映った。


「リー! 大丈夫?」

「カイ……。ここは……?」

「ここは医務室だよ。陛下の獣姿に驚いて倒れたリーを心配して、陛下がわざわざ運んでくださったんだ」

「陛下が……?」


 リーゼルは次第に頭がはっきりとしてきて、先ほどの出来事を思い出した。

 突然に狼へと変化した陛下が、リーゼルの頬を舐めたのだ。

 どうやら、食べられてしまうかもしれないと恐怖して、気絶してしまったようだ。


(素敵な陛下だと思っていたのに、勘違いするなんて。結局は私も、他の獣人と変わらなかったのね……)


 なぜ陛下が、リーゼルの前であのような姿になったのかは想像もつかない。

 ただ、自分だけは陛下の気遣いに寄り添いたい。そう思っていたのに叶わなかったことが残念でならない。


 そこへ、医務室のドアをノックして入ってくる者がいた。


「目覚めたようですね、シャーフ卿。具合はいかがですか?」


 彼は、控え室で配属先を発表していた官吏だ。わざわざ様子を見に来てくれたようだ。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。もう良くなりました」

「それは良かった。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は陛下の首席補佐官を務めておりますレオン・ツィーゲと申します。気軽にレオン卿とお呼びください」


 主席補佐官にしては随分と気安い人だ。リーゼルは釣られて笑みをこぼした。


「ふふ。農林省の新人が、陛下の首席補佐官様を気軽には呼べません」

「それを連絡しに参りました。シャーフ卿の配属先が変わりまして、陛下の侍従をお願いしようと思っております」

「私が、陛下のお世話を……? 陛下に近しい家門でもないのになぜ……」


 それに先ほどは、無礼を働いたばかり。罰を受けるならまだしもなぜ、重要なポストに据えるのか。


「実は陛下が、シャーフ卿をお気に召したようで。初めは補佐官にとご所望されたのですが。……さすがに新人には、荷が重いでしょう?」


 成人したての地方貴族の後継者には、過分な役職だ。リーゼルは勢いよく首を縦に振る。


「ですから、私が侍従に推薦しました」


 最大限の配慮をしたように、レオンはにこりと微笑む。しかしそれですら、リーゼルには荷が勝ちすぎている。


「ご配慮に感謝申し上げます。ですが私には、侍従も務まるかどうか……」

「せっかくシャーフ卿と一緒に陛下のお世話ができると思って、楽しみにしていたのですが……。レオン卿と呼んでもくれないですし……?」


 ちょっと拗ねた感じで、レオンはリーゼルをチラ見する。首席補佐官ともなると、相手を口説き落とすための手札が豊富なようだ。ますますリーゼルにはついていけない世界。


「リーの心配も分かるけど、陛下のご命令に背くわけにはいかないよ……」


 カイの指摘に対して、レオンは「いえいえ」と首を横に振る。


「アイヒ卿。それは誤解です。陛下はシャーフ卿にお願いしているだけで、こちらは命令ではありません。どうしてもということでしたら、予定どおりに農林省で調整いたします」


(陛下はやはり、お優しい方なのね。もう一度、お会いしてみたいわ)


「あの……。陛下が私をこちらへ運んでくださったそうで。直接、お礼を申し上げることは可能でしょうか?」

「ええ。もちろんですとも。陛下の執務室へご案内します」


 まずは、お礼と謝罪が先だ。そう思いながらリーゼルはベッドから出た。




「陛下。リーンハルト・シャーフ卿をお連れいたしましたよ」


 無遠慮に陛下の執務室へと入るレオンに驚きつつ、リーゼルは彼の後に続いて「失礼いたします」と断りながら入室した。

 執務机で書類仕事をしていたディートリヒは、その声に気がつき顔を上げた。


「シャーフ卿。具合はもう良いのか?」

「はい。陛下が直々に運んでくださったと伺いました。心から感謝申し上げます。それから、陛下に対してあってはならぬ無礼を働いてしまいました。どうか、罰をお与えくださいませ」


 深々と頭を下げると、隣にいたレオンは驚いたように声を上げた。


「シャーフ卿っ。陛下はそのようなつもりなど――」

「待て」


 遮るようにディートリヒが椅子から立ち上がると、リーゼルの前までやってきた。


「謝罪しなければいけないのは、俺のほうだ。あの時はどういうわけか、身体のコントロールができなくて、シャーフ卿に恐怖を与えてしまった。どうか許してほしい」


(えっ?)


 リーゼルの前に影が落ちる。まさかと思い顔を上げてみるとそこには、リーゼルと同じように深々と頭を下げたディートリヒの姿が。


「陛下! 私は大丈夫ですから、どうか頭をお上げくださいませ!」

「しかし、怖かっただろう? トラウマになっていないか心配だ」

「恐怖というよりは、驚いただけですので」


 リーゼルも、自分で不思議なくらいだ。あの時は確かに、食べられる気がして気絶したのに。その相手が目の前にいても、少しも怖くない。


「やはり、卿は俺が思っていたとおりの人物のようだ」

「それは……?」

「レオンから聞いたと思うが、シャーフ卿には俺の侍従になってもらいたいと思っている」

「なぜ私を……」


 リーゼルの疑問を、ディートリヒは柔らかい笑みで返す。


「卿のその態度だ。俺を見ても恐れていないだろう? 今日の叙任式を見ていたなら理解しているはずだ。普通、初対面の者は俺に恐怖する。だがシャーフ卿は、恐れることなく俺を見つめていた。俺に舐められて捕食の危機を感じてからやっと、恐怖心が湧いただろう?」


 そのとおりだ。けれどそれだけの理由で普通は、陛下の侍従にはなれない。

 不思議な状況すぎて頭の整理がうまくできない。

 そんなリーゼルの姿を見たディートリヒは、たじろいだように言葉を続ける。


「いや……。本当に悪かった。いつもはあのようなことはしない。今後も、卿を怖がらせないと誓う。だから……」


 どう考えてもおかしな状況だが、どうやら陛下に気に入られたということだけは理解できる。

 リーゼルは急に職務への不安が消え、嬉しさがこみ上げてきた。


「私は、草食獣人なのに物怖じしないとよく言われるのです。まさかそれを、陛下にお褒め頂ける日が来るとは思いませんでした」

「シャーフ卿。では……」

「至らない点ばかりでご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯務めさせていただきます」


 そう挨拶してから顔を上げてみると、陛下は安心したように微笑んでいた。


「ありがとう。よろしく頼む」




 リーンハルトが執務室を去ったあと。レオンは改めてディートリヒへと声をかけた。


「陛下は随分と、シャーフ卿を気に入られたご様子ですね」


 官吏たちが思うほどディートリヒは冷徹ではないが、かといって頻繁に喜びを表情に出すような性格でもない。


 指摘されたディートリヒは、咳払いしながら緩んでいた表情を引き締める。


「俺を恐れない人材は貴重だろう? レオンもいつも、俺の世話係が不足していると嘆いているじゃないか」


 勢いでリーンハルトをそばに置いてしまったが、誰にも言えるはずがない。


 彼が、番かもしれないと。


 安易に、同性が番だと話してしまえば、番ほしさにとうとう頭がおかしくなったと思われかねない。

 もっと確実な何かが必要だし、リーンハルトの気持ちも確かめなければいけない。


 初めて番と思える者を見つけたディートリヒは、恋を知った少年のように戸惑っていた。


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