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05 兄がいなくなりました4


「リーが食べたがっていた、チョコレート味のアイスクリームだよ」

「……これが?」


 田舎領地でも、冬になればアイスクリームを作ることは可能だが、外国から輸入されるチョコレートは非常に貴重。地方では、たまにしか食べられない贅沢なお菓子だ。

 首都には、それをたっぷりと使用したアイスクリームがあると、アカデミー帰りの二人から聞いた。その時から、いつかは食べてみたいと思っていた。


「早く食べてみて。とけちゃうよ」

「あっ……うんっ」


 ぱくっと一口味わってみると、ひんやりとした中にミルクチョコレートの味が広がる。


「わあ! とっても美味しいわ」

「良かった。首都に来たからには楽しまないとね」


 カイはにこりと笑みを浮かべながら、目配せした。

 どうやら、リーゼルの気持ちはカイにはお見通しだったようだ。

 これくらい楽しむ余裕もなければ、同行してくれている皆にも余計に気を遣わせてしまうかもしれない。


「ありがとうカイ。カイも食べてみて。本当に美味しいわ」


 いつもどおりを心がけながら、カイへとアイスクリームを差し出す。しかしカイは、急に姿勢を正して「こほんっ」と小さく咳ばらいをした。


「リーゼルお嬢様。私たちも成人したことですし、男女の礼儀は重視いたしませんと」


 カイに指摘されて気づかされたリーゼルも、慌てて姿勢を正す。


「まあ。私としたことが、大変失礼いたしましたわ」


 貴族としてのマナーを指摘し合う場合は、何故かいつもこのような雰囲気になる。

 リーゼルも令嬢らしく返してから、あら? と首をかしげた。


「今は男装中だから、大丈夫じゃない?」

「余計に駄目だよ……。はあ、この先が心配だ……」


 カイは貴族らしさを捨ててうなだれると、頭を抱えて悩み始めた。




 無事に首都のタウンハウスへと到着した、その夜。


「長旅でお疲れでしょう。本日はごゆっくりお休みくださいませ」

「ええ。エマも疲れたでしょう。早めに休んでね」


 エマとの挨拶を終えて寝室で一人になったリーゼルは、ベッドの上でおもむろに寝間着を脱ぎ始めた。

 そして、ぽふっと羊の姿へと変身する。


「はあ~。やっと気兼ねなく休めるわ」


 人の姿のほうが便利ではあるが、リーゼルは羊の姿でいることも好きだ。このモフモフの毛をまとうと、なんとも心地よい気分になれる。リーゼルにとってはリラックスできる姿だ。

 緊張や恐怖によって動物の姿にならないのは、そういった感情も作用しているのかもしれない。


 リーゼルは寝ころんでモフモフを堪能しながら、改めて寝室を見回した。ここはリーゼルのために用意されていた部屋。

 リーンハルトのためではなく、リーゼルのためにずっと前から用意されていたのだと、タウンハウスの管理人であるマルクが教えてくれた。


 幼い頃から何度も「首都へ行ってみたい」とお願いしても、父はそれを叶えてくれなかった。いつも「子羊(ラム)は美味しいから食べられてしまうぞ」と。

 それが単なる脅しであることくらいは成長とともに理解したが、それでも首都は用心しなければいけない場所だと思っていた。


 けれど今日、カイと一緒に首都の賑わいを見て、それほど怖い場所ではないと実感した。なによりここでは、肉食獣人も、草食獣人も、雑食獣人も一緒に暮らしている。

 怖いと思う獣人に対してはさりげなく距離置き、また捕食者に位置する獣人も相手を怖がらせないように配慮しているように見えた。皆ここでは、トラブルを起こすことなく上手に共存しているようだ。


(リーンはアカデミーの何が嫌だったのかしら……)


 勉強が嫌いではなかった兄は、肉食獣人が怖いのかと思っていたが、ここに住んでいる肉食獣人は領地の山賊とは違い理性的だ。それでも全てではないだろうが。

 もしかしたら、臆病なリーンハルトを脅かすような、悪いクラスメイトでもいたのかもしれない。


 リーンハルトと同学年だった者たちとは、明日の叙任式で会うことになる。

 ついに男装の本番が始まる。気を引き締めていかなければと、リーゼルは決意を新たにしながら眠りについた。




 翌日。

 馬車で皇宮へと到着したリーゼルは、初めて見る巨大な建物に圧倒されていた。

 来る途中からも全体像は見えていたが、近づくにつれて皇宮はどんどんと大きく見えてきて。今では馬車の窓に貼りついて見上げなければ、屋根にある尖塔まで確認することは叶わないほど大きい。


「わあ……ここが皇宮……。皇帝陛下がおられるのね……」

「大きいだろ。怖くなった?」

「大丈夫よっ」


 リーゼルは、両方の手で握りこぶしを作って気合を入れた。

 恐怖よりも今は、とにかく男装がバレないよう気を引き締めなければという気持ちが強い。


 先に降りたカイは、条件反射的にリーゼルをエスコートするため手を差し出した。それを見たリーゼルは「こほんっ」と小さく咳ばらいをする。


「カイ?」

「……っ! 失礼いたしました。リーンハルト坊ちゃま」

「ふふ。それと今日からは同じ貴族の後継者として働く仲間よ。私のことは、リーンハルト卿と呼んでくださいね。カイ卿」

「承知しましたリーンハルト卿」


 カイのささやかな失敗のおかげで、リーゼルは緊張がほぐれた。

 きっと大丈夫だ。カイさえ隣にいてくれたら、必ず二人で乗り越えられる。今までも三人で協力して育ってきた。それが二人に減っただけのこと。


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