表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/37

04 兄がいなくなりました3

「ほんと疲れた……」


 先ほどまでの忠臣のような姿はどこへやら。これが彼の素の態度だ。

 執事とは、邸宅にいる使用人たちととりまとめたり、主人の補佐をする重要な役職。カイは、リーゼルとリーンハルト以上に厳しく育てられた。


 そのため人前では完璧な態度を保つが、双子の前でだけは幼馴染らしく素の姿を見せてくれる。

 彼の秘密の正体を知っているようで、リーゼルもリーンハルトも彼のこの態度を気に入っていた。


「それにしても、リーもお人好しだよな。リーンのためにこんなことまでするなんてさ」


 カイはいつも、リーゼルのことを「リー」、リーンハルトのことを「リーン」と呼んでいる、これも三人だけの愛称だ。


「仕方ないわ。リーンは繊細な子だもの。田舎領主は務まるとしても、皇宮の官吏は荷が重いわ。私たちがもっと早くに、気づいてあげるべきだったのよ」

「リーンはアカデミーも無理だったしな……」


 貴族の後継者となる者の多くは、首都にあるアカデミーへ通う。

 三年前にリーンハルトとカイもアカデミーへ入学したが、リーンハルトが馴染めないという理由で、二人は早々に領地へと戻ってしまった。

 結局は家庭教師を雇う羽目になったので、リーゼルも一緒に学ぶことができた。それがなければ、男装して官吏になるなんて大それたことは不可能に近い。


「首都の貴族って、そんなに怖いのかしら……?」


 家庭教師の授業は熱心に受けていたリーンハルトはきっと、勉強が嫌なわけではなく、アカデミーの人間関係に馴染めなかったのだろう。

 詳しい理由は、聞けずじまいとなっているが、首都に行けばその理由がわかりそうだ。


「うーん。リーンにとっては恐怖だっただろうな。リーも同じ目に遭いそうで心配だよ。絶対に、俺から離れないでよ?」


(もしかして私、いじめられてしまうのかしら……)


 リーンハルトよりは怖がりでないと自負しているが、あの両親あってこその娘だ。

 リーゼルはぷるぷると震えながら、一生懸命に首を縦に振った。






 その頃。皇宮でも、新人官吏を迎え入れる準備が進められていた。

 叙任式の準備に、配属先の検討会。そしていつも土壇場になってやってくる、厄介な書状への対応など。


「陛下。複数の家門から嘆願書が届いておりますが、いかがいたしましょうか」

「目を通そう。無下に断ると、また圧政だの、恐怖政治だの、言われるからな……」


 ディートリヒはため息をつきながら、補佐官のレオン・ツィーゲから手紙の束を受け取った。

 この時期に貴族から送られてくる手紙といえば、だいたいは官吏についての嘆願だ。


 肉食獣人家門からの嘆願は、『より良い役職に就けてほしい』といった野心に溢れたものが多いので断りやすい。

 けれど問題は、草食獣人や小動物系の雑食獣人家門。彼らは皇室の種族である狼族が怖いがために、何かと理由をつけては官吏になることを避けたがる。


 そもそも種族によって不平等が生じないように、このような制度が始まったというのに。肝心の保護したい種族が乗り気ではないことに、ディートリヒはいつも(いきどお)りを感じている。

 それでも彼らの恐怖も理解してやらねばならないので、できる限りは要望に応じているが――


「後継者変更のため、今年は辞退したい? この家門は去年も同じ内容の嘆願書を送ってこなかったか?」

「こちらの家門は多産ですから……。息子だけでも十人いるとか」

「言い訳にしか聞こえないが、仕方ないな。受理してやれ」

「承知いたしました」

「次は、息子が小心者なので官吏を辞退したい? これを認めたら制度を作った意味がない。却下だ」


 次々に手紙を仕分けていくディートリヒは、ある嘆願書に目を留めた。


「次は、後継者本人からの嘆願書のようだ。官吏になれるだけの度胸をつけるため隣国へ留学したいので、皇宮入りを一年遅らせたいそうだ。すでに留学先に滞在しているのでそちらに返事をほしい。罰は戻ってから受ける。と」

「珍しい嘆願ですね。どちらの家門ですか?」

「シャーフ伯爵家のリーンハルト卿だそうだ」


 名前を聞いたレオンは思い出したように、「ああ」と呟く。


「確か三年ほど前に、アカデミーで有名になった令息ですね」

「ほう。それほど優秀なのか?」

「優秀といいますか……」


 レオンは周りを気にするようにしながら、ディートリヒに耳打ちした。


「――なるほど、それで度胸をつけたいと。これは応援してやらねばな」






 十日の旅を終え、リーゼルとカイの一行は首都へと入った。

 ティア帝国の首都は、シャーフ家の領地がある地方とは別世界のようだ。都会的な建物に、オシャレなお店。そして何より驚いたのが、人の多さだ。


「カイ。今日はお祭りなのかしら? 広場に露店がたくさん見えるわ」

「あれは、毎日おこなわれている市場だよ」

「市場のお店があんなにたくさんあるの? 食べ物以外のものもたくさん売っているわ」

「首都にはさまざまな品が集まるからね。あとで見学しに行こうか」

「ええ。そうね……」


 リーゼルはこれからのことで頭がいっぱいだったが、首都には田舎には無いさまざまな楽しみがあるはず。

 いつか首都へ行ってみたいと願っていたが、思わぬ形で現実となった。

 けれど、未だにリーンハルトは行方不明のままであり、リーゼルには失敗は許されない。

 そんな不安な状況では、楽しめそうにない気がする。 


 再び窓の外の賑わいを眺めていると、カイが急に御者へと呼びかけて馬車を停止させた。


「どうしたのカイ?」

「ちょっと待ってて」


 そう言って馬車から降りて、とあるお店へと入っていた彼は、しばらくすると何かを携えて戻ってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ