33 兄と再会5
それから晩餐を楽しみながらリーゼルは、リーンハルトのこれまでの行動を聞いた。
ラウレンティウスはアカデミー時代のリーンハルトの先輩で、数少ないリーンハルトの理解者だったのだとか。
「私も幼い頃はよく女の子に間違えられたので、リーンの気持ちを少しは理解しているつもりです」
アカデミーを退学した後も密かに連絡を取り合っていたようで、皇宮で働けるか悩みを打ち明けたところ、『男』として鍛える手助けとして留学を勧められたのだとか。
「初めからそう言ってくれたら良かったのに」
「あの時の僕は、責務から逃げている気持ちが強くて……。皆には言い出せなかったんだ……」
それについてはもう責めるつもりはない。とにかく誤解がとけてよかった。
「それにしても、見違えたわ」
留学の成果か。リーンハルトは立振る舞いからして、前よりも堂々としている。
「すべて殿下のおかげだよ。――僕のせいで、リーに苦労をかけてしまってごめんね」
「私のほうこそ、リーンのことを何も知らずにいたわ。自分を変えようと努力するなんて素敵よ」
「リーに褒められると嬉しいな。これからはもう苦労はかけないから。少しでもリーへのお礼になると良いんだけど」
「お礼……?」
こてりと首をかしげると、リーンハルトはサプライズでも仕掛けるように、ラウレンティウスとアイコンタクトをしてから、リーゼルへと笑みを浮かべる。
「今度はリーが留学しなよ。とても素敵な場所なんだ」
(えっ。私が留学?)
「待ってリーン。どういうこと……?」
「殿下がリーを招待してくださるんだ」
「でも、私には侍従のお仕事が……」
「それは僕が戻ったからもう必要ないだろう?」
「あ…………。そうよね……」
大事な話とは、このことだったようだ。
リーンハルトが戻ったのだから、リーゼルの役目は終わり。それが自然な流れのはずなのに。
兄は留学へ戻るとばかり考え、リーゼルも侍従の仕事を続けられると思い込んでいた。
戸惑うリーゼルの向かいで、ラウレンティウスが真剣な表情を浮かべた。
「それにリーゼル嬢は、しばらく国を離れたほうが良いでしょう。理由は存じませんが、今は女装という形でリーゼルを演じておられますし、下手に双子が揃うと話が複雑になってしまいます」
そうだ。リーンハルトが戻った今、リーゼルは速やかに首都から去らなければ、双子が入れ替わっていたことに気づく者が出てくるはず。
もともと、リーンハルトの不在がバレぬよう、リーゼルが男装していたのだ。予定どおり、秘密を知られる前に首都を去るべきだ。
(けれど……)
「せめて、陛下に事情を話せませんか? 陛下はとてもお優しい方なのです。正直に話せばきっと理解してくださると思います」
今まで見てきたディートリヒはそういう人だった。リーゼルは罰を受けるだろうが、だまし続けて後で知られるよりは誠実なはずだ。
「リーの気持ちはわかるけど、それだとラース殿下にご迷惑をかけてしまうよ。僕は殿下の庇護下にいたんだから。陛下にはいずれ、僕からしっかりと説明するから、リーは安全な場所にいてくれないか」
「それだとリーンが全ての責任を負うことになってしまうわ。リーンはちゃんと手続きを取ったのに、私が余計な真似をしてしまったのよ……」
「それはリーのせいではないだろう。リーは頼りない僕の代わりに、家門を守ろうとしてくれたんだから。これは次期当主として、僕が負うべき責任なんだ。これくらい対処できなければ、家門を守ることなどできないだろう?」
「でも……」
兄に全てを押し付けてしまうことに納得できずにいると、ラウレンティウスが笑みを浮かべる。
「リーンだけで対処できない事態になれば、私も手伝いますから。彼のやる気を信じてみませんか?」
リーゼルは兄をかばうことばかり考えていたが彼は、兄が後継者として相応しい行動が取れるよう手助けをするつもりのようだ。
リーゼルをかくまうというリスクを負いながら。
「殿下はなぜ、私たちのためにそこまでしてくださるのですか……?」
「リーンハルトとの友情もあるけれど――」
そこで言葉を終わらせたラウレンティウスは、リーゼルを眩しそうに見つめた。
その頃。皇宮の晩餐室では、ディートリヒとサーム国王女との晩餐がおこなわれていた。
けれどディートリヒは気もそぞろで、会話がまったく弾んでいない。
ため息をついた王女は、席から立ち上がった。
「申し訳ございませんが、お先に失礼いたしますわ」
「急にどうしたんだ?」
「どうしたのは、ディートリヒ皇帝のほうです。ずっとうわの空ではございませんか」
指摘されてやっとディートリヒは、自分がリーンハルトのことばかり考えていたことに気づかされる。
今ごろラウレンティウスと楽しく食事しているかと思うだけで、胸が締め付けられる思いだ。
「すまない……」
落ち込んでいるような謝罪を受けて、王女は面白そうなものでも見るように笑みを浮かべる。
実際、滅多に見られない面白い状況だ。獣人たちに恐れられているあの絶対的支配者が、何かに心を乱されているのだから。
「本日の晩餐では、昨夜のご令嬢をご紹介いただけるのかと楽しみにしておりましたのよ。けれど、陛下の片思いのようですわね。噂によると、ラウレンティウス王太子が、外出中だとか」
「そこまで知っていて、からかうつもりか……」
ディートリヒにはすでに、諦めにも似た暗い雰囲気が漂っている。
「皇帝は運命の番を求めておられますが、人間の私からすると、努力なしにそのような相手を得られるとは思えませんわ。特別な相手こそ、がむしゃらに頑張って、必死に繫ぎとめないと」
「私のように」と王女は胸を張って笑みを浮かべる。
彼女は没落伯爵家の息子を愛したがゆえに国中から結婚を反対されたが、廃業寸前だった伯爵家の織物事業を見事に再建させた。今回の協定が上手くいけば国王から結婚の許しが出るのだとか。
人族には『運命の番』という感情はないらしいが、彼女にとっては伯爵家の息子が運命の相手と思えたのだろう。
それに比べて。とディートリヒは自分を恥じた。
運命の番の感情にばかり頼って、リーンハルトの気持ちを探ることばかり考えていた。
自分の中にははっきりと、リーンハルトを求める感情で溢れているというのに、この気持ちを伝える努力もしてこなかった。
明日、リーンハルトに気持ちを伝えよう。
この気持ちのせいでリーンハルトを傷つけてしまったことを、謝罪しなければ。
リーンハルトにはさらに嫌われるかもしれないが、気持ちを伝えないままこの恋を終わらせたくない。
「王女の助言に感謝する」
「ふふ。陛下の恋が成就したあかつきには、織物の関税をさらに下げてくださいね」
ちゃっかりしている王女に、ディートリヒは感心にもにたため息をつく。
「まったく。愛の力は強いな」





