31 兄と再会3
「リーゼル嬢。そろそろ帰ろうか」
(珍しく陛下が不機嫌だわ。お二人の間に何かあったのかしら?)
「ですが、せっかく招待してくださったのに……」
わざわざ準備してくれたラウレンティウスに申し訳なく思いながら視線を向けると、彼はすでに諦めたような表情で笑みを浮かべる。
「リーゼル嬢がお気になさらないでください。少し意見の食い違いがあっただけですから」
「そうですか……。帝国まで訪問してくださったのですから、私もおもてなししたかったのですが……」
ディートリヒのお客様であり、隣国でリーンハルトを世話してくれている恩人でもある。このまま感謝も示せないまま別れるのはしのびない。
「それなら、リーゼル嬢の邸宅へ晩餐に招待してくれませんか? 帝国は久しぶりなので宮殿以外でも楽しみたくて」
(リーンを外へ出す作戦ってこのことかしら?)
「光栄です。ぜひいらしてください」
今夜はゆっくりと本来の目的を果たせそうだ。そう安心していると、ディートリヒがリーゼルの手を握ってきた。
「リーゼル嬢。俺も行く」
それに慌てたのはレオンだ、足早にこちらへと近づいてくる。
「いけません。陛下は今晩、サーム国王女との晩餐がございます」
「キャンセルしてくれ」
サーム国は、帝国の最大貿易相手国だ。確か今回も、織物に関する新たな枠組み設ける予定で、織物に詳しい王女が使節団の一員として赴いた。
そんな大切なお客様との晩餐をキャンセルなどするべきではない。
「陛下いけませんわ。私は大丈夫ですから」
「しかし、見知らぬ男と二人きりにさせるわけには」
(陛下のご友人を「見知らぬ男」だなんて……)
女装がバレぬよう気を遣ってくれるのはありがたいが、ディートリヒがいつにも増して過保護なのは気のせいだろうか。
ラウレンティウスも苦笑する。
「見知らぬとはひどいですね。リーゼル嬢とはもう友人のつもりだったのですが。それとも、私の独りよがりでしたか?」
「いいえ。殿下に友人と思って頂けるなんて光栄ですわ」
リーゼルのその言葉に、ディートリヒはますます表情が曇る。
見かねたカイが、「陛下……。邸宅には私もおりますので……」と声をかけたが。
「……とにかく、帰ろう。リーゼル嬢」
ディートリヒは半ば無理やりに、リーゼルの手を引いてその場を後にした。
「リーンハルト。そんなにあいつが気に入ったのか?」
馬車へと乗り込むなり、ディートリヒはそんな質問を投げかけてきた。
「素敵な方だと思いますが……」
ディートリヒもラウレンティウスとは友人のはず。その友人を褒めたにも関わらず、彼の表情は暗くうつむく。
「だからそのブレスレットを貰って喜んでいたのか」
「お土産のようでしたので有り難く受け取りましたが、いけませんでしたか……?」
高価な宝石がついているわけでもなし、侍従でもこのくらいのお土産はいただいても問題ないはずだが。
「……あいつの訪問はキャンセルして、俺の晩餐へ同行してくれないか」
「侍従としてですか?」
「いや、リーゼル嬢として。他国の王女をもてなす目的とはいえ、あらぬ噂を立てられたくない」
(陛下はもとから、そのご予定だったのかしら。それなのに私が急に予定を決めてしまったから、お困りなのね)
ディートリヒは普段から、運命の番だと誤解されぬよう、女性との距離感にはかなり気を遣っている。
誕生日に関する一連の行事と思えば、リーゼルの役目はまだ終わっていなかったようだ。
「でしたら、王太子殿下もお誘いしてはいかがでしょうか」
リーゼルを誘うくらいだから、貿易関連の話はしないのだろう。ならば賓客の一人でもあるラウレンティウスも誘ったほうが、失礼にならない。
兄と会う時間は減ってしまうが、これも仕事なので仕方のないこと。
侍従として最善の提案をしたと思ったが、ディートリヒは怒りを抑えるような表情をリーゼルへと向ける。
「リーンハルトはそんなにあいつと一緒にいたいのか?」
「私はただ失礼にならないよう……」
(一緒にいたいってどういう意味……?)
あいつが気に入ったのか。
ブレスレットをもらって喜んでいるのか。
あいつと一緒にいたいのか。
女装がバレないように心配しているというよりは、疑っているような言葉。
この姿のせいで気づけずにいたが、これではまるで女性に対する扱いだ。
「陛下……。まさか、私が王太子殿下を好きになったとお思いですか?」
「…………」