表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/37

03 兄がいなくなりました2


 それから一か月間は、慌ただしく準備が進められた。

 皇宮での仕事着としてあつらえたリーンハルトの衣装は、リーゼルのサイズに合わせて全てお直しに出した。

 リーゼル自身も、男性の礼儀作法を学び、一か月間でダンスの男性パートも踊れるまでに仕上がった。


 そして出発当日の朝。

 リーゼルは下着姿で鏡を見つめていた。


「まさか、腰を絞るためのコルセットを、胸を潰すために使うとはね……」


 決して豊満ではないその胸も、最近はそれなりに成長したというのに。わざわざ潰さねばならない日が来るとは。

 こんな時はリーンハルトを恨みたくもなるが、いない相手に文句を言っても仕方ない。


「スレンダーなお嬢様も素敵ですわ。どうか気を落とさずに……」


 メイドのエマが、遠慮気味にコルセットを絞めながら、慰めてくれる。彼女も年頃の女性。この気持ちを共有してくれるようだ。


「そう言ってくれると嬉しいわエマ。遠慮せずに、もっときつく絞って」

「はい。お嬢様……」


 エマのほうが悲しそうなのが、だんだんおかしく思えてきて、リーゼルはふふっと笑みをこぼした。気持ちを理解してくれる優しい使用人のためにも、完璧に男装しなければ。


 そう自分に言い聞かせながらリーゼルは、リーンハルトが三年前に着ていた服を着こんだ。仕事着はお直しに出したが、普段着はリーンハルトのお古がちょうど良いサイズだった。

 胸を絞ったおかげで、試着した時は女性っぽく見えていたラインも、すらりと男性的に見えている。


「どう? 私、カッコイイかしら?」


 そう尋ねてみると、エマは「はい。あの……」と困ったように口ごもる。


「リーゼルお嬢様は、リーンハルトお坊ちゃまとよく似ていらっしゃいますので、その…………。可愛いです」


 それを聞いたリーゼルは、きょとんとした顔になる。それから顔を見合わせた二人は、同時に笑い出した。


 そう。リーンハルトは可愛いのだ。

 男性に使う言葉ではないのは承知しているが、かっこいいよりも可愛いが似合う人だった。

 女性らしさを捨てることに少しだけ後悔を感じているリーゼルにとっては、気分が楽になる言葉だ。


 おかげでリーゼルは決心がついた。


「ねえ、エマ。髪の毛を肘の上くらいまで切ってくれないかしら」

「お嬢様……。大切に伸ばしておられましたのに、よろしいのですか……?」

「いいのよ。腰まで伸ばしている男性はさすがに珍しくて目立つもの」


 出発当日まで決心がつかずにいたが、髪を半分くらいに短くしたところで、女性としての自分が消え去るわけではない。エマの先ほどの一言が後押しとなった。


 エマに髪を切ってもらってから、短くなった髪を後ろで一本に束ねると、よりリーンハルトらしくなった。

 これでどこから見ても、男性に見えるはずだ。





 邸宅の外へと出ると、出発の準備を整えた馬車が並んでいた。

 馬車の前で待ち構えていたのは、幼馴染のカイ・アイヒ。彼はリス獣人で、リーゼルと同じく十八歳になったばかり。

 薄茶のふわっとした髪と、黒い瞳はくりっとしていて可愛いが、それを本人に言うと非常に嫌がられる。

 シャーフ家の執事であるアイヒ男爵の長男で、リーゼルと同じく皇宮で働く予定だ。


 リーゼルが現れると、カイを含めたその場にいる使用人全員が、リーゼルに注目した。急に雰囲気が暗くなる。


「リーゼルお嬢様、髪の毛を……」


 カイは心底悲しそうに目尻を下げながら、リーゼルのもとへとやってきた。カイだけではない。出発の準備をしていた使用人たち皆が、悲しそうな目でリーゼルを見つめる。


 全身が美しく手入れされているリーゼルの存在は、使用人たちにとって誇れるもののひとつだった。リーゼルには擦り傷ひとつ付けたくなくて、大切にお世話してきた。

 それなのに、このような男装をさせることになってしまい、彼女が大切にしていた髪まで切ることになってしまった。


「皆、あまり悲しまないで。髪はまた伸びるもの。それよりも今は、領地の存続のほうが大切よ。皆、どうか首都でも、私の支えになってね」


 リーゼルがそうお願いすると、使用人たちは一斉に頭をさげた。


「もちろんでございます。リーゼルお嬢様のお役に立てるよう使用人一同、心を込めてお仕え致します」


 カイは使用人を代表してそう述べた。彼はいずれ父親の役目を引き継ぎ、シャーフ家の執事となる身。本当ならばリーンハルトとともに首都へ行き、主従の絆をより深める予定だった。


 このような事態となってしまい、伯爵家の娘として申し訳ない気持ちでいっぱいなる。

 けれど、このような先行き不安定な伯爵家に、彼らはまだ誠意を持って仕えてくれている。彼らのためにも、失敗は許されない。


「リーゼル。早速、次期当主の風格が出てきたな」

「お父様」


 リーゼルの両親も、見送りのために邸宅の外へと出てきた。どうやら、今のやり取りを見ていたようだ。


「あなた。悪い冗談はよしてくださいよ。リーゼルが困ってしまうわ」

「しかし本当に惜しい。リーゼルが爵位を継げたならな……」


 父の心から残念そうな言葉に、使用人たちも項垂れる。これから先、この領地はどうなってしまうのか。不安が尽きないのはリーゼルも同じだ。


「リーゼル。カイ。この作戦には、領民の命がかかっている。どうかよろしく頼む」

「立派に役目を果たして見せますわ、お父様」

「お任せ下さい旦那様。リーゼルお嬢様は、私が必ずお守り致します」

「二人とも、身体にだけは気をつけてね」


 両親と別れのハグをしてから馬車に乗り込み、皆に見送られながら馬車は出発した。

 少しでも皆を安心させたい。リーゼルは馬車の窓から顔を出して、とびきりの笑顔で皆が見えなくなるまで手を振り続けた。



 馬車は、敷地から公道へと向かうポプラの長い並木道を進んでいく。この時期はポプラの綿毛が、雪のように舞い飛んでいる。このようなのどかな領地の風景ともしばしのお別れだ。

 リーゼルが感傷に浸っていると、向かい側に座っているカイが「はあ……」と溜息をつきながら姿勢を崩した。


「ふふ。お疲れ様カイ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ