29 兄と再会1
翌日。リーゼルとディートリヒは、カイとレオンを伴って離宮へと赴いた。
今日のリーゼルのドレスは、領地から持参したもの。普段は男装のままで生活しているが何かあった時のためにと持ってきてよかった。
ディートリヒには、妹のドレスがたまたまタウンハウスにあったと言い訳してある。
この姿を長く続けると、いろいろとボロがでてきそう。今回で終わりだとありがたいが。
離宮へと到着すると、ラウレンティウスがわざわざ玄関の外まで出迎えてくれた。
「ようこそ。来てくれて嬉しいですリーゼル嬢……と、本当にいらっしゃるとは」
ディートリヒがいることに苦笑い。ラウレンティウスとしては、双子を再会させるための作戦なのだから、困るのも当たり前。
「ああ。せっかくの招待を断るのは申し訳ないので」
しかしディートリヒのほうも、女装中のリーゼルを守らなければという義務で仕方なくついてきてくれたのだろう。
事情を話せぬまま付き合わせてしまい、リーゼルは申し訳なくなる。
同時に、兄と会えるのか心配にもなる。
そんな心配を察した様子のカイが、リーゼルへと耳打ちした。
「適当なところで、お花を摘みに席を立つんだ」
それならばカイを同行させつつ、自然な形でディートリヒから離れられる。リーゼルは小さくうなずいた。
離宮の庭園へと案内されると、そこにお茶会の用意がされていた。思えば皇宮でのお茶会は初めてであり、その相手が皇帝陛下と、隣国の王太子殿下。改めて考えると、贅沢すぎるお茶会だ。
リーゼルは少し緊張しながら席へとつく。
「今日はリーゼル嬢に、自国から持参してきたお茶を振る舞いたくて」
ラウレンティウスが指示して運ばれてきたお茶を見たリーゼルは、緊張が一瞬でとけて好奇心に支配される。
「わあ。赤いお茶ですか?」
「こちらはハイビスカスティーと言って、ハイビスカスの花を使っているのです」
色がよくわかるように、透明なティーカップに注がれており、見た目だけでも南国を感じられるお茶だ。
ラウレンティウスに促されていただいてみると、酸味があり爽やかな味わい。今まで飲んだことのあるどのお茶とも異なる味わいだ。
「美味しいです。陛下はいかがですか?」
「リーゼル嬢が気に入ったなら皇宮にも常備させよう。リーゼル嬢が淹れてくれたらさらに味が良くなりそうだ」
「でしたら王太子殿下のメイドさんから、淹れ方を習わなければいけませんね」
「わざわざ習わずとも、リーゼル嬢なら美味しく淹れてくれるはずだ」
お茶に関しては絶対的な信頼を得ている様子。そこまで期待されているならはやり、美味しいハイビスカスティーを淹れられるように練習しなければ。
「ハイビスカスの花はご存知ですか?」
ラウレンティウスは優雅な仕草でお茶を飲んでから、リーゼルへとにこりとを微笑んだ。
「名前は存じておりますが、実物は拝見したことがなくて」
「それならちょうど良かった。腕をこちらへ出してくれますか?」
「こうですか?」
不思議に思いながらもラウレンティウスへと腕を伸ばすと、彼はポケットから何やら取り出して、リーゼルの腕へと取り付けた。
「はい、できました」と彼の手が離れると、リーゼルの目には金色のブレスレットが映る。
そのブレスレットのチェーンには、赤やピンクの花のチャームが取り付けられている。花びらの先がフリルのように波打っている可愛い花だ。
「こちらが、ハイビスカスの花ですか?」
「可愛い花でしょう? 少しでもわが国を知ってもらえたらと思い、供の者と一緒に選びました。良ければ、リーゼル嬢に受け取っていただきたいです」
(供の者って、きっとリーンのことよね?)
これはリーンハルトとラウレンティウスからのお土産のようだ。
「嬉しいです。ありがとうございます殿下」
家族に何も言わず出て行った兄とは、心が離れてしまったように感じていたが。お土産を用意する辺りは、今までどおりの優しい兄だ。
少しほっとしながらブレスレットを見つめていると、ディートリヒがリーゼルの手を掴んだ。
「リーゼル嬢は花が好きなのか。宮殿の温室に本物のハイビスカスがあるから今度、二人きりで見に行こう」
「はい。お供します」
「…………」
(あ……。今は侍従ではないから、言い方が変だったかしら……)
考えごとをしている時に話しかけられたものだから、ついいつものように反応してしまった。
微妙な空気が漂ったところで、カイが小さく咳払いする。
そのおかげでリーゼルは、本来の目的を思い出した。
「あの……。お花の話が出たついでに、お花を摘みに行って参りますね」
カイを伴って建物へと入ると、メイドが「こちらでございます」と案内する。
とある部屋へと入ると、不安そうな表情のリーンハルトがソファから立ち上がった。
「リー! カイ!」
やっと兄と再会できた。リーゼルは涙腺が緩みそうになるのをこらえながら、リーンハルトのそばまで行き、兄を抱きしめた。
「リーン心配していたのよ。会えて良かった……」
「僕もリーのことがずっと心配で……。殿下にお願いして連れてきてもらったんだ」
お互いにお互いを心配していたようだ。
兄が家族を想う気持ちは今でも変わっていない。改めて確認できたが、それならなぜ、何も言わずに出て行き、皆に心配をかけたのか。
「どうして何も言わずに出て行ったの!」
「どうして置手紙を無視して、男装しているんだよ!」
同時にそう述べた二人は、ぽかんとしながらお互いに見つめ合う。
「え……?」
「え……?」