25 ディートリヒの誕生日1
初めは反対したディートリヒだったが、リーンハルトがどうしても役に立ちたいと粘るので、仕方なくその作戦で行くことにした。
あの夢を見てしまったあとの、この展開。
ディートリヒとしては罪悪感がひしひしと湧いてくる。しかし同時に、期待も膨らんでいる。
このような気持ちを抱いてはいけないとわかってはいる。けれどもしもリーンハルトが女性になったら、自分が望んでいる番そのものになるのではなか。
男が好きなわけではなく、リーンハルトの雰囲気に惹かれている。同じ雰囲気を持つ女性なら、そちらに惹かれるはずだ。
だからこれは、リーゼル嬢に会うまでの意識確認みたいなもの。
そのためにリーンハルトには、完璧な女装をしてもらわなければいけない。
「レオン。リーンハルトのドレスやアクセサリーは最高級品を用意するように……いや、お前に任せるのは不安だ。俺が直接選びたいから、カタログを用意してくれ」
リーンハルトの前では、頑なに拒否していたというのに。前のめりすぎないか。
レオンは冷ややかな笑みを浮かべた。
ディートリヒの誕生日当日。
リーゼルは久しぶりに女性らしい姿で、身支度を整えていた。
「リーゼルお嬢様。とても素敵です!」
「エマが綺麗に着飾らせてくれたおかげよ。ありがとう」
「とんでもございません! 陛下が贈ってくださったドレスが、お嬢様によくお似合いだからですよ!」
ディートリヒから送られてきたドレスは、領地では見たことがないほど美しい。
生地も柔らかくて肌触りがよく、レースはずっと見ていても飽きないほど繊細な模様。そしてなによりも驚いたのが、装飾として縫い付けられている宝石。
宝石って、縫い付けるものだったんだ。
宝石はアクセサリーにする以外の使用方法を知らなかった田舎領地民のリーゼルと使用人たちは、送られてきたドレスを囲んでひたすら感心したものだ。
(こんなに豪華なドレスと靴、アクセサリーまでいただいてしまったわ……)
ドレスはポピーの花のように愛らしい雰囲気の黄色で、アクセサリーはリーゼルの瞳の色に合わせたのか、赤いルビーが使われている。
黄色はなにを意味しているのか?
ディートリヒの瞳の色を思い出したリーゼルは、思わず顔が熱を持つ。
そこへ部屋の扉をノックする音がする。リーゼルはびくりとしながら返事をするとカイが部屋へと入ってきた。
「リーンハルト坊ちゃま。陛下がお見えになりました」
頭を下げながらそう述べたカイは、頭を上げてから驚いたようにリーゼルを見つめる。それから即座に部屋の扉を閉めてから、微笑んだ。
「お美しいです。リーゼルお嬢様。使用人たちも喜ぶでしょう」
わざわざ「リーゼル」と呼ぶために、扉を閉めたようだ。そこまでして褒めてくれたのがおかしくもあり、嬉しい。
リーゼル自身も久しぶりにドレスを着られたせいか、心なしかうきうきしている。
「ふふ。ありがとうカイ」
カイにエスコートされながら応接室へと向かったリーゼルは、そのうきうき気分が、徐々に落ち着かない気持ちへと変化していく。
エマとカイは褒めてくれたが、女装だと思っているディートリヒはどう思うだろうか。
似合わないなどと言われたら、ショックが大きすぎて立ち直れそうにない。
(それでも今日は、陛下のお役に立たなきゃ)
緊張しながら応接室へと入ると、ディートリヒは勢いよくソファから立ち上がり、リーゼルを凝視した。
「おまたせいたしました。陛下」
その視線にびくびくしつつも、ディートリヒの姿を見たリーゼルは思わず息を呑んだ。
今日のディートリヒの衣装は、リーゼルが選んだものではない。パーティー用に新調すると聞いていたものだ。
黒を基調としているものの、リーゼルのドレスとデザインを合わせているようだ。差し色として赤と黄色が入れられている。
彼に良く似合っていて、いつもよりもさらに素敵にみえる。
そして思っていたよりもしっかりと、パートナーだ。
「リーンハルト……。こう言っては気分を害してしまうかもしれないが……。綺麗だ」
ディートリヒはあふれ出る感情を必死に抑えながら、そう述べた。本当は「綺麗」の一言で終わらせられないほど愛らしいが、それを口にしてしまえば嫌われてしまいそうで怖い。
「……ありがとうございます。陛下もとても素敵です」
しかしリーンハルトは、「綺麗」の一言に非常に喜んでいる様子で、頬をピンクに染めながら可憐に微笑んでいる。
もっと褒めれば一層、喜んでくれるだろうか。さらに可愛い姿を見られるかもしれない。
そんな思いで頭がいっぱいになるディートリヒだったが、ふと現実に戻る。
今日は、リーゼル嬢と会う前の意識確認のはず。リーンハルトに対して妹を重ねすぎるべきではない。
「ああ。ありがとう……。それでは行こうか」