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21 住み込みのリーゼル2


 邸宅から荷物を運んできたリーゼルが侍従部屋を整えていると、レオンが様子を見に来た。


「陛下が急に決めてしまい申し訳ありません。邸宅のほうは大丈夫ですか?」

「お気遣いに感謝します。邸宅はカイに任せたので問題ございません」


 邸宅へ戻る前にカイに伝えた際は、彼は驚いて心配した。

 けれど、リーゼルがあのような目に遭ったばかり。ずっとは一緒にいられないカイも、陛下のそばが最も安全だと判断したようだ。


「そうでしたか。カイ卿もいずれは、頼もしい執事となれそうですね」

「はい。カイには双子でお世話になってばかりで」

「そういえば陛下が、そのことでお尋ねしたいそうですよ」


(そのことって、なにかしら?)




 よくわからないままリーゼルは、レオンと一緒に陛下の執務室へと向かった。

 部屋へ入ると、ディートリヒはいつものように執務机には着いておらず、心なしかそわそわした様子で窓の外を眺めていた。


「陛下。引っ越しの準備にお時間をいただき感謝申し上げます。無事に荷物を運び終えました」

「そうか。これからは隣人同士よろしくな」

「はい。どのようなご用事でも、気軽にお呼びくださいませ」


 こくりとうなずいたディートリヒは、やはり落ち着かない様子で、執務机の前にあるソファへと腰かけた。


「リーンハルトも座ってくれ。レオン、茶を頼む」

「あのっ、私がご用意します!」


 侍従を差し置いて、補佐官にお茶の用意をさせるなんてもってのほか。リーゼルは慌てて申し出たが、レオンに両肩を掴まれ、強制的にソファへと座らせられる。


「お気になさらず、私が淹れるお茶も結構おいしいのですよ。リーンハルト卿は陛下のお相手をお願いします」

「はい……」


 どうやら陛下が尋ねたいという話は、重要な要件のようだ。

 レオンが淹れたお茶を一口飲んだディートリヒは、小さくため息をついた。


「やはり、リーンハルトが淹れたほうが美味いな」

「ひどいですね陛下。リーンハルト卿はどう思いますか?」


 レオンに促されてお茶をいただいたリーゼルは、言葉に困った。決して不味くはないけれど、若干の物足りなさを感じる。ディートリヒはそれを指摘しているのだろう。


「駄目でしたか? どうか私にご教授ください」

「そんなご教授だなんて……」

「お願いします。リーンハルト卿」


 ディートリヒと気兼ねなく言い合えるような仲であるレオンとしては、ディートリヒに駄目だしされて悔しいようだ。

 ヤギ族なのに、子犬のような表情でお願いしてくる姿が可愛い。

 いつもレオンにはお世話になっているので、アドバイスするため茶葉を見せてもらった。


「こちらの茶葉は大きめですので、もう少し蒸らし時間を増やしたほうが味わい深い仕上がりになると思います」

「なるほど。茶葉の大きさによって蒸らし時間を変える必要があるのですね」


 感心した様子のレオンは、わざわざメモまで取っている。どうやら彼にとっては、思わぬ知識だったようだ。

 役に立ったようで良かった。笑みを浮かべたリーゼルは、ふとディートリヒと目が合う。


「リーンハルトは所作も美しい。やはり、妹の影響か?」

「え……」

「レオンから聞いたが、双子の妹がいるのだろう?」


 リーゼルはその質問にどきりとした。

 考えてみれば、仕えた経験がない男性が、初めからお茶の淹れ方を心得ていたのは不自然だったかもしれない。

 所作についても男性に見えないと、遠まわしに指摘しているのでは。

 これは、リーゼルが男装しているかもしれないという、疑惑を暴く場なのでは。


「はい。陛下のおっしゃるとおり、私には双子の妹がおります……」

「見た目は似ているのか?」

「はい……。そっくりだとよく言われます……」

「性格も似ているのか?」


(アカデミーに在籍中と、性格が違うと言われたのかしら)


 今にして思えば、パウルとの接し方にも問題があった。あのような経験を過去にもしていたなら、もっと警戒すべきだったのだ。

 それを不自然に思われた可能性もある。

 しかしここで、兄に成りすましていると知られる訳にはいかない。


「妹のほうが物怖じしない性格ですが、私もアカデミー時代よりは成長したはずです」


 なんとか成長として誤魔化そうとすると、ディートリヒは笑みを浮かべる。


「俺の侍従を務められるのだからそうだろうな」


(笑われた? 疑われているわけではないのかしら)


 彼は、レオンが改めて淹れなおしたお茶を飲み、「まぁまぁだな」と合格点を出す。

 お茶のくだりもテストされているのかと思ったが、たまたまだったのだろうか。


 それならなおさら、不思議だ。

 なぜリーゼルについて、詳しく聞いてくるのか。


 その視線に気がついた様子のディートリヒは、言いにくそうにリーゼルを見つめる。


「その……。唐突だが、卿の妹に会わせてくれないか」

「わたっ……リーゼルにですか?」

「リーゼルというのか。綺麗な名前だな」


 ディートリヒは花でも愛でるかのように、表情を和らげながら呟く。まるでリーゼルと会うことを、心待ちにしているような。

 今まで見てきたディートリヒは仕事ばかりしていて、女性関係に熱心なようには見えなかったが。


「あの……。申し訳ございませんが、リーゼルは今、領地から離れておりまして……」

「そうなのか。どこにいるんだ?」

「それが……。少々、遠い場所でして……」


 リーゼルは今、彼の目の前にいる。ずっと陛下のそばにいるのがリーゼルだ。けれど、そんなことを言えるはずもない。

 リーゼルは代わりにリーンハルトを思い浮かべながら話したが、兄の居所も未だに分からずじまいだ。


 しどろもどろに答えていると、ディートリヒは思い出したかのように呟く。


「ああ。リーンハルトの代わりに、リーゼル嬢が留学へ行ったのか」

「ぇ……?」

「違うのか? 留学したいから皇宮入りを一年延ばしたいと、手紙を送ってきただろう。妹に留学を譲ったのかと思ったのだが」


 それは初耳だ。

 しかも行方不明だった兄の事情を、なぜか皇帝陛下が詳細に把握している。

 それはつまり、


(リーンは、陛下の許可を取っていたの?)


「そっそうでした。こちらでの職務が充実していたので、忘れておりました」


(ってことは私、男装する必要なかったの!?)


 リーゼルは心の中で叫んだ。


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