19 リーゼルと新人官吏たち4
帰りの馬車に乗り込むと、カイが改めてリーゼルに謝罪してきた。
「リー。ごめんな。もっと詳しく説明しておくべきだった……」
「カイはリーンの名誉を守ってくれたのだもの」
リーンハルトと同じ経験をした今だからこそ、理解できる。こんな経験を、気軽に誰かには話したくないし、ましてやリーンハルトは同性に襲われたのだ。家族にすら言いたくない気持ちはよくわかる。
「リーンは他の人からも同じ目に遭っていたの……?」
「実は俺も詳しい状況は知らないんだ。リーンが話したがらなかったから。ただアカデミーでは皆が、リーンに好かれようと必死だったよ……」
「そうなの……」
叙任式の控え室で感じた、あの異様な雰囲気。今ならそれが、リーンハルトに対する度を越した好意だったと理解できる。
ただ、仕事をする中で接してきた元クラスメイトたちの全てが、パウルほど異常だっとは思えない。
控え室でのカイの言葉が効いたのか、それなりに節度ある接し方だった。
パウルだけが学生時代を引きずり、異常な行動に出ていたように思える。
「カイ。私、パウル卿に言うわ。迷惑だからこれ以上は関わらないでって。リーンの代わりに、はっきりと嫌いだって言ってやるわ」
これからも皇宮で働き続けるには、パウルにはっきりと拒否する必要がある。また同じ目に遭いたくないし、陛下にも迷惑をかけてしまった。これはもう、リーンハルトとパウルの二人だけの問題ではない。
決意するリーゼルの横で、カイは困ったようにため息をついた。
「リーは頼もしいやら、危なっかしいやら……。危険だから、その場には俺も同行するからね」
リーゼルはたまに、カイが兄のように思えることがある。両極端な双子を優しく見守り導いてくれる優しい兄。
かといって、リーンハルトにカイを見習ってほしいとは思わない。リーンハルトにも良い部分があり、兄として尊敬しているから。
そして繊細な兄の補佐をするのが、リーゼルの役目だと思っている。だからこそ神様は、自分たちを双子としてこの世に送り出してくれたのだと。
今回はその双子を最大限に生かせるチャンスだ。兄に代わり必ずパウルと決別してみせる。
そう意気込みながら翌朝を迎えたリーゼルだったが、ディートリヒから告げられた言葉に呆然とした。
「あの者は官吏を解任し、一年間の刑務所行き。その後は永久的に、首都およびシャーフ家の領地への立ち入りを禁止した。これで二度と、顔を合わせる心配はないだろう」
首都へ入れないということは、社交界や貴族議会から締め出されたも同じ。
パウルの父親は家門を守るために、否が応でも後継者の変更を考えざるを得ない。
パウルは完全に、貴族としての人生を捨てることになる。
「そんなに重い処分を……?」
まさか陛下が自らここまでの処分を下すとは、リーゼルは夢にも思っていなかった。暴行罪で逮捕されたとしても、このような重い判決にはならなかったはずだ。
「人の尊厳を踏みにじるような行為を、野放しにはできない。これで見せしめになったはずだ」
ディートリヒは、今回のような事件が再び起こることがないよう、配慮してくれたようだ。
リーゼルは自らパウルと対峙するつもりだったが、これなら他にも同じ目に遭う人が減らせるはず。
陛下はリーゼルだけではなく、皇宮で働く全員の安全を考えてくれたのだ。
(これで少しは、リーンも生きやすくなるのかしら)
「陛下。心より感謝を申し上げます」
「――それでだが、リーンハルトの職場環境も変えようと思っている」
ほっと一安心したリーゼルだったが、その言葉で再び不安になる。
(陛下の侍従から下ろされるのかしら……)
リーゼルは被害者とはいえ、問題を起こしてしまったことには変わりない。陛下の侍従がこのような頼りない者では、陛下の安全が守られないではないか。
仕事も楽しくなってきたところだったのに。リーゼルはがっかりしながら新たな配属先が言い渡されるのを待ったが――
「これからは、住み込みで仕えてくれないだろうか」
「ぇ……」
思わぬ提案に、きょとんとしながら陛下を見つめた。
皇帝専属の侍従は、リーゼルを除いて全員が住み込みで仕えている。交代制で昼も夜も、いつでも対応できるようにしなければいけないからだ。
リーゼルは期間限定なので通いで仕えていたが。まさか問題を起こしたのに、正規の侍従と同じ待遇になるとは思いもしていなかった。
そんな驚きの目で陛下を見ていたせいか、ディートリヒは僅かにたじろいだ。
「いや……。リーンハルトさえよければなのだが……。嫌なら今までどおりにし、護衛を付けようと思っているが。卿の魅力にかかれば護衛自体も安全ではないかもしれない……」
つまり、リーゼルの安全を考えた結果、住み込みが最善だとなったようだ。
(陛下は私のために、いろいろと考えてくださったんだわ)
追い出されるかもしれないと心配したリーゼルは、自分を恥じた。陛下はそのように簡単に人を捨てる人ではなかった。
今までの印象どおりに、誠実な方だ。
「ぜひ、住み込みでお仕えさせてください」
心が温かくなるのを感じながら受け入れると、ディートリヒも安心したように微笑む。
「そうか。よろしく頼む」