14 侍従のお仕事5
振り返るとカイが、こちらに向けて手招きしているのが見える。リーゼルは陛下に断ってから、カイのもとへと向かう。
「どうしたの? カイ」
「こちらを陛下にご試食していただきたいんだけど……大丈夫かな? 他の温室で採れた果物だよ」
トレーの上に乗せられた皿には、食べやすくカットされた果物が。それと、品種と特徴が書かれた紙が添えられている。
カイの後方には、おろおろとした雰囲気の研究者たちの姿。どうやらカイは、彼らにその役目を押し付けられたようだ。
「ご試食してくださると思うわ。一緒に行きましょう」
トレーを受け取ったリーゼルは、緊張した様子のカイを連れてディートリヒのもとへと戻った。
「陛下。ほかの温室で採れた果物だそうです。ご試食をいかがですか」
そう尋ねてみると、ディートリヒはこころよくうなずいてから、カイへと視線を向けた。
「確か叙任式で、リーンハルトに付き添っていた――」
「カ……カイ・アイヒと申します」
「果物の説明をしてくれるか?」
優しく笑みを浮かべるディートリヒの姿に、カイは心底驚いた。
リーゼルから「陛下はお優しい」と毎日のように聞いてはいたが、まさかこれほど雰囲気が柔らかくなるとは考えもしていなかった。
叙任式での陛下の行動を考えると、リーゼルを侍従として働かせるのはずっと不安だった。
けれど、これなら、安心してリーゼルを任せられる。
不安が払拭された様子で説明を始めるカイを見ながら、リーゼルもまた安心していた。
皆、陛下に対しては恐怖心が植えつけられているが、普段の陛下を見れば誤解であるとすぐに気づけるはずだ。
もっと大勢の人たちに、本当の陛下の姿を見てもらいたい。そのために、リーゼルも陰ながらお手伝いできれば幸いだ。
「この種無しぶどうは、大いに成果が出たようだな。前回は小さな種が残っていたが、今回は完全に消えていて口当たりが良い」
試食したディートリヒは感心したようにそう呟く。そして食べ足りないのか、もう一粒ぶどうをフォークで刺した。
「リーンハルトは、ぶどうは好きか?」
「はい、大好きです。けれど、領地ではこれほど大きな粒のぶどうは見たことがありません」
「ならば、寒冷地でも育つようにさらに品種改良させよう。美味いものは全国に行き渡らせたい」
「わあ」と思わず喜んだリーゼルのくちに、ディートリヒは先ほどフォークで刺したぶどうを放り込む。
(えっ。これって)
間接キスというものでは。
身体の熱が顔に集中しそうになるが、リーゼルは恥ずかしさを必死に抑えた。今は男装中だというのに、顔を赤くしたらおかしいではないか。
「気に入らなかったか?」
心配そうにディートリヒに見つめられたリーゼルは、慌てて笑顔を取り繕う。
「いっいいえ! あまりの美味しさに驚いてしまいました……」
ぶどうは、今まで食べたことがないほど大きくて甘いのに、ディートリヒの行動のせいで感動が全て吹き飛んでしまった。
せっかく新品種を試食させてもらったというのに、農地が多い領地の貴族らしからぬつまらない感想。
リーゼルは食器を下げるためにディートリヒと離れてから、ため息をついた。
「リー。動揺しすぎ」
横にならんだカイへ、リーゼルは今にも泣きそうな顔になる。
「だってぇ……」
「これで、僕が心配した意味を理解しただろう?」
「そうね……」
アイスをシェアしようとしたリーゼルを、カイが止めた意味。
リーゼルは男性になりきっているつもりでいたが、このような場面ではやはり動揺してしまう。その相手が、素敵だと思っている人ならなおさら。
このような姿を見せてしまえば、男装だと悟られてしまうかもしれない。
「都会にはさまざまな考えの者がいるんだ。同性だからと言って気を抜いてはいけないよ」
「うん……。これからは陛下のお世話にもっと集中するわ」
その頃。隣国では、リーンハルトが剣術の訓練に汗を流していた。
ここは隣国王太子の離宮。
リーンハルトは国を出てからずっとここに滞在し、王太子ラウレンティウス直属の騎士による訓練を受けていた。
「リーン。だいぶ剣捌きが良くなってきたね」
「ありがとうございます。ラース殿下のお相手を務めるにはまだまだですけどね」
訓練の様子を見に来たラウレンティウスに、リーンハルトは気さくに笑みを浮かべる。
二人は愛称で呼び合うほど仲が良い。それを知るのは、この宮殿にいる者たちだけだ。
ラウレンティウスはアカデミーの先輩で、カイ以外で唯一、心を許せる友人だった。