12 侍従のお仕事3
パーティーから数日後。いつものように執務室で書類仕事をしていたレオンは、ディートリヒのため息を聞いて、走らせていたペンを止めた。彼のため息は午前中だけでも五度目だ。
「陛下。最近、ため息が多いですね。何か心配事でも?」
「別に。ところでシャーフ卿は?」
「リーンハルト卿でしたら、陛下の衣装室の掃除をしているはずです」
「待て。なぜだ」
急に険しい表情を浮かべるディートリヒに、レオンは首を傾げた。
「はい? 衣装室の掃除は専属侍従の仕事ですが……」
別に珍しいことでも、おかしなことでもない。しかもディートリヒは、リーンハルトが考えるコーディネートを気に入り、衣装室の鍵まで渡して管理を任せた。
それからリーンハルトは毎日、衣装室の掃除をしている。今さらなにが問題なのだ。
「そうではない。なぜお前が、卿を名前で呼んでいるんだ」
「陛下。もしかして、私のほうがリーンハルト卿と仲が良いからと妬いておられるのですか?」
にやにやと勝ち誇ったような態度のレオンに、ディートリヒは若干のいら立ちを覚える。
「お前に妬くはずないだろう。理由を聞いているだけだ」
「理由ですか? 少しでも馴染めたらと思っただけですよ。本来なら同期と仕事しているはずの彼が、陛下のわがままで孤独に侍従をしているのですから。私くらいは気軽に接してあげないと」
「まるで俺が、卿を不幸にしているように聞こえるな」
「違うのですか?」
ディートリヒとしては、強くも否定できない。確かに新人官吏は皇帝の侍従にはならないので、リーンハルトは異例の人事。
それを望んだ身として、レオンの考えに悔しさが湧いてくる。本来なら自分がもっとも、リーンハルトを気遣うべき立場なのに。
「シャーフ卿を呼んでくれ」
ちょうど衣装室の掃除を終えたばかりのリーゼルは、レオンに呼ばれて皇帝の執務室へと入った。
執務机の前には、難しい表情の陛下がいる。
「陛下。お呼びでしょうか?」
(またなにか、失敗してしまったかしら?)
衣装室にあるものを壊してはいないし、掃除もエマにアドバイスをもらい日に日に精度を上げている。
「シャーフ卿。今の仕事はどうだ? なにか不便はないか?」
けれどディートリヒの言葉に、リーゼルはその不安をすぐに捨てた。
(陛下は私を心配してくれているんだわ)
侍従の仕事は、陛下たっての希望で引き受けたもの。その仕事をうまくやれているか気にかけてくれている。
リーゼルは嬉しくて、にこりと笑みを浮かべた。
「初めは自信がありませんでしたが、皆様が親切に指導してくださいますし、レオン卿もお優しいです。今はとても楽しくお仕事させていただいております」
伯爵家のための勉強にはあまりならないが、爵位を継ぐのはリーンハルトだし、リーゼルはこの仕事が気に入った。
下手に同僚と接してボロが出るよりは、良い環境を提供してもらえたと思っている。
「……俺は?」
ぼそっと呟くディートリヒの言葉の意味がわからず、リーゼルは「はい?」と聞き返した。
「俺は優しくないから、名前呼びを許してくれないのか?」
リーゼルはぽかんとしながら考えてから、今の説明にディートリヒが入っていなかったことを思い出して慌てる。
「陛下はどなたよりもお優しいです! それに、私をどう呼ぶかは陛下がお決めになることかと……」
職場環境のことを聞かれたので、仕事仲間の話をしただけなのに。それになぜ、呼び方の話が出てくるのだろうか。
「ならば、リーンハルト……と呼んでも?」
ディートリヒは気遣うような様子で、リーゼルに許可を求めてくる。
「はい。光栄でございます陛下」
陛下から直々に名前で呼んでもらえるとは、光栄の極み。それほどの信頼を得られたことを、リーゼルは誇りに思う。
「……聞いたか、レオン。俺はお前よりも優しいらしい」
満足気に笑みを浮かべるディートリヒに対して、レオンは面倒そうな表情で降参するように両手を上げる。
「はいはい。うらやましくて泣きそうです」
「心がこもってないな」
二人の仲の良さを見るのは楽しい。恐れられている皇帝にも、このように気安く接することができる相手がいる。
獣人たちの頂点に君臨していても孤独ではないことが、リーゼルは自分のことのように嬉しい。
(それにしても、いつ本題にはいるのかしら?)
「あの……」
「どうした? リーンハルト」
「ところで、私へのご用事とは……?」
本来の目的を尋ねると、レオンは吹き出すように笑い出した。