使命を帯びた転生者
「ああ、まだまだ真理を得るのに時間が足らない」
それがその科学者の遺言だった。
比類なき偉大な頭脳を持ち、人々のためとなる様々な発明や発見をしたその科学者は、自らの成したことではなく成せなかったことを、たどり着けなかった真理を思いながら息を引き取った。
そして次の瞬間、その科学者は奇妙な空間で意識を取り戻した。
なにもない真っ白な空間、見渡す限りなにもない空間であり、そして科学者の目の前には女性のような人物がいた。
その女性は自分は女神であると名乗り、そして科学者に、意識をそのままにもう一度生きてみたいかを尋ねてきた。
科学者は当然だと頷く。
「私はまだまだ真理にたどり着いていないのだ。もう一度人生を歩めるというのなら、是非はない」
その言葉に女神は頷くと、こちらの条件を飲んでくれるのなら生まれ変わらせましょうと言った。科学者はその条件とはなにかを尋ねる。
その女神が出した条件とは、今まで科学者が生きてきた世界とは別の世界があるので、その世界に科学技術を広めてほしい、というものだった。
魔法がある世界のせいなのか、科学技術が発展しなかったのだ、と言う。
「出来る限りはやってみよう。それだけで構わないのか?」
科学者が聞くと、女神はそれ以上の条件はない、と答えた。
科学者はニンマリと笑うと、それなら早く生まれ変わらせてくれと言った。
それから二十年以上の時が過ぎ、女神は科学者を生まれ変わらせた世界を見てみた。しかし、その世界は前に見たときと比べてまるで科学技術が発展していなかった。
女神はどうしたのだろうと首を傾げ、不慮の事故で死んでしまったのだろうかと考えたが、科学者が転生した人物は元気に生活していた。
そこで女神は転生者の夢に姿を現して、科学技術を広めるという話はどうなっているのかを聞いてみることにした。
再び白い空間へとやってきた科学者は女神からの質問に答える。
「どうやら私は、教師ではなかったらしい」
科学技術の基礎すら存在しない世界で、一から科学を教える能力は科学者にはなかった。
この世界に科学が根ざすのは、まだしばらく時間がかかりそうだった。
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