正義と偽善
俺たちは重大な決断をした。「組織のボスを倒す他ない」と。
それからというものの、俺たちは着々と準備していった。ブラックローズのトップが誰なのかを明らかにするために。まず俺は、平等党の党首である斉藤一郎について徹底的に調べ上げた。彼の日々の動きを追い、行動パターンを徹底分析した結果、毎月決まった日に銀座の高級料亭に通っていることがわかった。
(「そこしかない・・・・・・」)
俺は心の中で呟いた。
俺たちはその機会を逃すまいと斎藤の乗った車にGPSを取り付け、さらなる情報収集に乗り出した。作戦は綿密に練られ、実行の日を待つばかりとなった。
とある日の夜。俺たちは銀座にある料亭の前に車を停めた。暗闇の中、望遠カメラのファインダーを目に獲物を待ち構える。
「あ、あれじゃないですか?」
後藤さんが指をさした方向には黒塗りのアルファードから降りる人影が見えた。暗くてあまり見えなかったが、確かにあれは斉藤一郎の顔だった。俺はシャッターボタンを長押しする。
「事前にすべての部屋に盗聴器を設置してあります。ですので会話内容については問題ありません」
夕空天音さんの声が車内に響く。彼の忍び込む技術の高さに背筋の凍る思いがした。
後藤さんが車にGPSを取り付けに向かう。
「気をつけて」
声をかけると、彼女は無言で頷いた。
盗聴器の受信機からノイズ混じりに声が聞こえてきた。その内容は俺たちの予想を遥かに超えるものだった。
「この間は大変な騒ぎが起きたようでして・・・」
「ええ、突然にテレビを乗っ取りだしたので流石に焦りましたよ」
「そういえば集金の方はどうですか?」
「予定通り、用意できましたよ」
「平和教会の方が八千に、うちからは五千です」
「それではボスにお渡しします。お疲れ様でした」
「いえいえとんでもない」
「次の総会は日本で行われるみたいですよ」
「確か会場は都内のブラックローズの本部で・・・」
「ブラックローズのボスとマーティンも来るそうです」
「飛行機の到着は十七日と言っていたかな」
その声は日本の首相である富田尚人と、平等党のトップである斉藤一郎の声だった。
俺は妙案を思いついたように振り向いた。
「飛行機が到着する空港で『ボス』を捕まえればいいのでは?」
しかしそんな思いとは裏腹にその場にいる俺以外の全員が突拍子のなさに言葉を失った。しかしすぐに夕空天音さんがなるほど、と唸った。
夕空天音さんが会話を続けた。
「ただ、捕まえたところとで日本の警察はどうせすぐ釈放します。どうしようと考えているのですか?」
「その時は最悪の場合、墜落させることも厭わない」
俺の言葉に、車内が凍りついた。
「・・・・・・」
無言が続く。
やがて、後藤さんが静かに問いかける。
「あなたは結局何がしたいの?人を助けたいんじゃないの?」
「ああそうだ。しかし実際ボスによって多くの人が間接的に殺されているし、これからもそのような人が増える可能性が高い」
夕空天音さんが口を開けた。
「確かに五十嵐さんの言っていることはごもっともかも知れません。ただ、ボスを殺すことは根本解決になりません。またブラックローズは復活してしまいます・・・早まりすぎですよ!」
「警察も使えない今の状況で、ボスを倒せないとなると、また集団は大きくなる、それでもいいのか!」
車内には静寂な空気が漂った。
「・・・ひとまず、一旦ボスについて調べ上げましょう」
その夕空天音さんの声を皮切りに、俺たちの乗った車は走り出した。
ボスについて調べていくうちに、どうやらブラックローズというグループが犯罪に加担し、そのボスが収益を徴収していることがわかった。
主に東南アジアなどの貧困層が多いところでアルバイトとして投資詐欺の電話などを行わせる。他方「世界平和教会」という宗教団体で高額献金をさせたり高額なものを買わせ、多くの資金を調達している。また、平等党の票数を水増したりする代わりの対価としてカネを要求していることなどの全体像がわかった。
そして、スターウィングの東京都への支援金を水増しして多く請求し、その差額を平等党の資金集めの足しにする。
「全部・・・繋がっていたのか・・・」
改めてこの組織の恐ろしさを知り、そして同時にこのグループのボスへの怒りも込み上がってきた。
そして、夕空天音さんから、ボスが日本に来日する予定の時間とプライベートジェットの機体を教えてもらった。
夕空天音さんと後藤さんは、これ以上はタッチしないと言ってきた。
「私たちは今までのすべての情報をこちらに残しておきます。その上で、どう行動するのかは五十嵐さん、あなた次第です」
「暗殺を計画、実行してもいいですし、あるいはこの情報を持ったまま組織に本格的に潜入しても良いでしょう。ただ、あなたの今決めた決断は今後のあなたの未来に大きく影響してきます。自分の決めた道が「正解だった」と思えるよう、十分に検討してください」
彼らは言い残して去って行った。いよいよ、俺は一人になった。
(「何だ結局は彼らも根性なしか」)
「きっと星来もこんな気持ちだったんだろうな」
なんて思いながら夜空を浮かべる。夜空には花火が打ち上がっていた。厚い雲が空を覆い尽くしていた。
(「あれから八年がたったのか・・・・・・」)
その夜、俺は決断をした。「暗殺を実行しよう」と。
俺は米国に飛び、ボスが乗る予定のプライベートジェットが置かれている飛行場を見学しに行った。そして倉庫へ侵入し、事前に用意した起爆装置をつけた。爆発時間は「三日後」。ちょうど太平洋上で爆発する予定だ。
そして俺は日本へ帰った。しかし航空会社からの予約では足がつくと思い、プライベートジェットを予約した。この決断がすべての間違いだった。
そして日本へ戻っている時、俺の乗ったヘリコプターが墜落した。
ヘリコプター内に衝撃が走った。操縦士の「何が起きている!」という声とともに、窓ガラスの外を見ると、「航空自衛隊」の文字が。
「なんてこった!」そう誰かが呟き、俺の乗ったヘリコプターは海へと沈んでいった。
海底に沈みゆく中、俺の脳裏に走馬灯のように過去の記憶が駆け巡った。星来の笑顔、仲間たちとの日々、そして自分が下した決断の数々。一瞬の人生が人生を狂わせることを俺は身をもって知った。正義のつもりが復讐にかわりー救いたかったいのちが新たな犠牲を生む。
まるで薔薇の花びらが散っていくように、俺の体は海底へと沈んでいっていった。