メディアリテラシー
その時、夕空天音さんのパソコンから警告音が鳴り響いた。
「まずい」
彼は素早くキーボードを叩き始めた。
「どうやら、古い端末だったために我々のIPアドレスが特定されたようです。プロバイダがハッキングされれば、じきに私たちの住所も特定されます」
「どうすれば・・・」
後藤さんの声が震えていた。俺は決意を固めた。
「逃げるしかない。でも、この真実を世に出さなければ」
夕空天音さんは頷いた。
「分かりました。データをバックアップして、すぐに移動しましょう」
急いでデータをコピーし、最小限の荷物だけを持って我々は再び暗闇の中へと飛び出した。街灯の明かりが点滅する夜の街を車は走った。
「どこへ行けば・・・」
後藤さんが息を切らせながら言った。
その時、俺の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
「マスコミだ」
俺は言った。
「直接、テレビ局に乗り込もう」
夕空天音さんは驚いた表情を見せたが、すぐに難色を示した。
「いや、直接テレビ局に行ったところとで取り合ってくれる可能性は低いです」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
俺は夕空天音さんに声を荒げる。
「電波放送に関しては東京スカイツリーの放送システムに侵入すれば電波ジャックできます。システムファイル自体は海外と同じと仮定すれば比較的短時間で作れますので、あとは電波塔に実行ファイルを入れたUSBメモリを刺すだけです」
しばらく沈黙が続いた後、後藤さんが声を上げた。
「それしか・・・ないですね」
「夕空天音さん、私が運転をかわります。あなたは後ろで作業をしていてください」
その場にいた誰よりも力強い声だった。
☆
「あそこだ」
俺が指差した先には裏口があった。
「ちょっとまっててくださいね、ハッキングデバイスです。少し時間はかかりますが・・・」
数分後、ドアが開いた。
「管制室はどこだ?」
俺は周囲を見回した。
「おそらく最上階ではないですか?」
後藤さんが答えた。しかしエレベーターは使えない。俺たちは一段ずつ階段を登り始めた。突然、俺たちの耳に警報音が入った。
「何だっ!!」
「私はここで警報を止めるので、皆さんは先に進んでください!あなたたちに託します!!」
震える声で夕空天音さんが答えた。
俺はその後も階段を駆け抜ける。途中で警備室のドアが開けっ放しになっていたために警備員に追いかけられそうになったりもした。
ようやく管制室らしき場所に辿り着いたとき、警備員の足跡が近づいてきた。
(「あとはこれを刺すだけだ」)
俺は死にもの狂いで機械を探す。
(「ここだ・・・!」)
画面を見ると、『Now Uploading・・・』の文字が現れる。
(「%のゲージか、警備員がくるのか、どっちが先だ・・・・・・」)
俺は拳で地面を叩きながらだんだんと緑色に満たされていくゲージを恨めしく思う。
『100% Completed!』
その文字と同時に警備員が侵入した。
「何をしているんだ!!」
俺たちは警備員に捕まった。しかし、しばらくすると俺たちは解放され、警備員は何やら無線で話していた。無線の漏れた声が耳に入る。
『全体へ連絡します・・・先ほどの二人はメンテナンスのために・・・』
(「この声は・・・・・・夕空天音さん!?」)
その声を聞いた瞬間、俺と後藤さんはおそらく同じことを思っただろう。
「無線までハッキングする夕空天音さん、一体何者なんだ・・・」
警備員に見送られるように施設を出て、車内でSNSを見るとやはり私たちの放送した「真実」が話題になっていた。しかしそのことについてのコメントが投稿されては消されていき、いたちごっこになっていた。
「やはり、SNS企業にも手が回っていましたね・・・」
しかし、あるインターネット配信企業だけは違った。その時たまたま視聴者参加型番組を実施しており、たまたま私たちの放送したことについてが取り上げられていたのだ。
「これだ・・・・・・!!」
後藤さんはすぐにスタジオとコンタクトをとり、そちらへ向かった。
☆
「すみません、遅れました・・・!」
スタッフたちは驚いた様子だったが、我々の必死の形相を見て何かを察したようだった。その瞬間、ドアが激しく叩かれる音がした。
「開けろ!警察だ!」
我々は互いの顔を見合わせた。時間がない。スタッフの一人が決断を下した。
「分かりました。放送します」
彼は素早く準備を始めた。
「皆さん、カメラの前に立ってください」
後藤さんは震える足でカメラの前に立った。赤いランプが点灯し、放送が始まった。
「これから重大なニュースをお伝えします」
スタッフの声が響く。後藤さんは深呼吸をし、カメラに向かって話し始めた。
「国民の皆さん、聞いてください。今、この国で恐ろしい陰謀が進行しています・・・」
真実を語り始めた瞬間、ドアが破られ、警官たちが押し入ってきた。しかし、もう遅かった。真実は既に全国に流れ始めていたのだ。警官たちが部屋に押し入ってきた瞬間、スタジオ内は混乱に陥った。
「放送を止めろ!」
警官の一人が叫んだ。しかし、スタッフは毅然とした態度で対応した。
「これは報道の自由に基づく放送です。止める権利はありません」
警官たちは躊躇した。その隙に後藤さんは必死で真実を語り続けた。
「ブラックローズという組織が、政府の・・・」
突如、スタジオの電源が切れた。しかし、俺はすぐさま携帯電話を取り出しライブ配信を始める。
「こちらで引き続き真実をお伝えします」
警察官らが俺たちを取り囲む中、後藤さんが話し始めた。
「私は元スターウィングの代表、後藤です。私は証言します。この組織の存在を・・・」
その時、予想外にも新たな人物が部屋に入ってきた。
「もういい加減にしろ!」
振り返ると、そこには富田尚人首相が立っていた。彼の顔は怒りで歪んでいる。
「なぜ首相がここに?」
ライブ配信の画面にはそのようなコメントで溢れた。それからというものの、その配信はすぐに削除され、一切のメディアはそのことについて触れようとさえしなかった。