交錯する工作
ある日夕空天音さんと話をしていると、夕空天音さんに非通知の電話がかかってきた。そしてその通話は突然切れた。通話の内容について聞くとどうやら俺らに会いたい人がいるようだった。
翌日、俺たちは指定された場所に向かう。周囲を警戒しながら辺りを見回すとベンチに座った老人が目に入った。
「君が夕空天音か」
「私は元警視庁の刑事として、長年ブラックローズについてを追ってきた」
彼は自らを高橋と名乗り、ブラックローズの情報を持っていると明かした。高橋は紙切れを渡してきた。そこには一つの名前が書かれていた。
「この人物を、何としても守らなければならない」
俺は紙に書かれた名前を見て息を呑んだ。それは、かつてスターウィングで共に働いていた仲間の名前だった。
「後藤さん・・・・・・」
俺のため息を遮るように高橋は話を続けた。
「彼女は、プロジェクトの不正を内部告発しようとしていたんだ。だが、それを阻止しようとする者たちがいる」
「そして彼女は今、ここに誘拐されている」
住所も教えてくれた。高橋は立ち上がり、去り際にこう言った。
「気をつけろ。君の周りにも敵がいるかもしれない」
その言葉が胸に刺さる。誰を信じればいいのか。どうすれば真実にたどり着けるのか。まるで暗闇に繋がる入り口に立たされているような気分だった。
「わかりました」
俺らは深くお辞儀をした。
しかし、時間は限られている。敵の動きは予想以上に早い。俺たちは急いで行動に移らなければならない。夕空天音さんと街を歩きながら次の一手を考える。この戦いはまだ始まったばかりだ。そして、真の敵の正体はまだ見えていない。
闇の中で渦巻く「ブラックローズ」。その全貌を暴くための戦いが今、始まろうとしていた。
高橋から情報を得て数日、俺たちはずっと例の生暖かい部屋に篭った。俺は後藤さんを救出する作戦を立て、夕空天音さんは情報収集を行う。
「東京港内の監視カメラで、かすかに人の動きを検知しました。もしかしたらこれが後藤さんかもしれません」
夕空天音さんがハッキングした監視カメラには何か動くものが映っていた。
「よし、いくぞ!」
俺はジャケットを着て、部屋を飛び出した。外は真冬のように寒かったが、俺らの心は真夏のように熱かった。
「・・・おそらくこの辺りかと」
夕空天音さんが合図をした。俺は車から降り、すぐに人影を探した。
(「もしかしたら俺らの姿もまた、誰かに見られているかもしれない」)
そんな恐怖と闘いながら過ごした時間は体感よりも長く感じられた。
ふと、微かな声が耳に入った。音を頼りにその方向へ向かっていく。
「後藤さん、大丈夫ですか?」
俺が叫ぶと彼女は驚いた表情を浮かべた。
「なんで・・・ここがわかったの?」
俺は状況を説明し、すぐにその場から離れた。同時に夕空天音さんへ連絡をした。
「大丈夫でしたか・・・」
夕空天音さんが心配する。
「スターウィングの事務所から家路へ着く途中、何者かに顔を覆われ、そのまま車に載せられました。気づいたらあの場にいて数日間も放置されたままでした」
以前の後藤さんとは見る影もないくらい、痩せこけていた。
車内で俺は後藤さんにあのことを聞く。
「そういえばスターウィングの助成金の額が赤ペンで修正されていたのですけれど」
夕空天音さんは一瞬俺の目を見てから、再びハンドルを握り前を向き直す。
「あれは・・・スターウィングの支援をしている斉藤一郎党首の指示でした」
そうだったのか。やはり後藤さんも騙されてただけなんだな。
「とりあえず、食べ物買いますか!」
コンビニで食べ物を買い込み、部屋につくなり後藤さんは神妙な面持ちで言った。
「実は・・・私、重要な証拠を持ってるの」
彼女は夕空天音さんのパソコンから自分のクラウドストレージにアクセスし、膨大なデータを見せてくれた。そこにはブラックローズの具体的なマネーロンダリングについての記録が残されていた。
「もしかして、これって『クラウン&クレセントフィナンシャルグループ』の口座?」
夕空天音さんが聞いた。後藤さんは静かに頷いた。
「これを公開すれば彼らの正体が暴かれる」
俺は声を漏らすと
「いいや、私もSNSやテレビ局、週刊誌に情報提供したがことごとく無視された。おそらくそれらにも手が回っているのでしょう・・・」
彼女は深いため息と共に語った。
その瞬間、セキュリティが強固だったはずの玄関のドアが砕け散った。と同時に何人かの武装した男たちが侵入してきた。
「まずい・・・私はデータを凍結させるのであなたたちはすぐに逃げて!」
夕空天音さんがそう叫び、部屋の奥にある扉を開けた。
「そこは地下鉄の線路と繋がっています。地下鉄のトンネルの左右にはメンテナンス用通路があるのでそこから脱出してください!!私は追って行きます」
俺は一瞬迷ったが、ここで全員が捕まってしまっては元も子もない。扉を開け、暗闇の中に溶けるように進んでいった。
「ふぅ・・・なんとか逃げられたな」
俺は震える後藤さんの手を掴んだ。
「でも・・・これから、これからどうすればいいの・・・?」
俺は深く息をついた。その時夕空天音さんからメッセージがあった。
「サーバ内のデータは凍結しました。データは別のクラウドにも保存しているので大丈夫です。今から迎えにいくので居場所を教えてください」
胸を撫で下ろした。しかし、敵の力は予想以上に大きい。このままでは俺たちの命が危ない。夕空天音さんが迎えに来るなり都心から離れた一軒家へと向かった。
そこは夕空天音さんが緊急時のためにと用意していた隠れ家だった。
扉を開けると、埃っぽい空気が漂う狭い部屋が現れた。古びたテーブルの上には古そうなパソコンが置かれている。
「ここなら、しばらくは安全でしょう」
夕空天音さんが言った。
「これを・・・見てください」
夕空天音さんがパソコンの画面を見せた。
「とあるハッカーにブラックローズのサーバから盗み出してもらいました」
そのフォルダには『日本での事故一覧概要』と書いてある。
そしてその中には先日起きたトラックによる事故についての報告書もあった。そして俺はなにより「古橋星来」と書かれたファイルに目が惹きつけられた。俺は迷わずそのファイルをクリックし、それを開くと長文で内容の概要が記されていた。
『・・・反世界平和教会活動をしていた「古橋星来」を八丁目駅一番ホームにて午後八時頃突き落としたことにより即死。日本当局は自殺として処理・・・』
俺は書いてある内容が信じられなかった。
まさか・・・あれが他殺だったのか?
「どうしたんですか?」
夕空天音さんと後藤さんが心配そうに俺の顔を伺うが、俺は目もくれずに続きを読む。
「・・・活動において、これ以上はブラックローズに対して大きな損害を与えると判断したため、このように処理するよう判断しました。その対価として、富田尚人の選挙票支援を望みます・・・」
俺の手が震えた。目の前の文字が踊ってみえる。
「古橋星来・・・・・・」
俺は呟いた。
「あの事故は・・・自殺じゃなかったんだ」
夕空天音さんと後藤さんは、俺の様子を心配そうに見つめていた。
「どういうことですか?」
夕空天音さんが静かに尋ねた。
俺は深呼吸をして、画面に映る恐ろしい真実を二人に説明した。古橋星来の「自殺」が実は暗殺だったこと、そしてその背後にブラックローズがいたことを。
「まさか・・・首相までもが関わっていたとは・・・」
「これは大変なことになりますね」
夕空天音さんは冷静を装っていたが、その声には緊張が滲んでいた。俺は拳を握りしめた。許せんなあ・・・許せんなあ!