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探偵


 ふと、会計の確認をしていると、俺が以前書いた、活動報告書が東京都からの支援金を受給するための報告書として挙げられていた。

   (「そんなに重要な書類だったのか・・・」)

 報告書の確認を行っていると、事実と異なっている表記がいくつもあった。

「確か俺が活動報告に記載したのは『シェルター利用三名』だった気がするけど・・・」

 原本を確認すると「三」と言う数字は赤線で訂正され、「六十五」に訂正されていた。

   (「まさか・・・・・・」)

 東京都の助成金の仕組みはシェルターの利用や食事の利用人数に応じて給付されている。不自然に思い、後藤さんに確認を取ろうとするも電話には出てくれない。

   (「もしや・・・逃げられた・・・?」)

 やがてインターホンが鳴り、応答すると後藤さんではなく警察だった。

「十二時三十分、五十嵐流斗さんを詐欺罪、及び補助金等適正化法違反の容疑で逮捕します」

 俺はあっけなく逮捕された。

 その後、スマホやPCは没収、事務所も家宅捜査された。俺は警察署の取り調べを受け、警察に問い詰められた。何日も風呂に入れないどころか、ご飯すらも満足に与えられない。取り調べも長時間にわたって受け、精神がおかしくなりかけていた。そんな中、俺は警察から証拠不十分により釈放された。

 事務所に戻ると、書類などがしまわれていた棚は空になり、メンバーの何人かはスターウィングを脱退した。

 スターウィングのメンバーの中には後藤さんは海外に逃亡したと言っている人もいた。信じていた人物の裏切りに、心が千々に乱れた。きっと家に引きこもっていた間に、着々と作戦を立て、実行していたのだろう。

 俺は窓の外を見つめた。街の灯りが、まるで希望のように瞬いていた。これからどう進むべきか、答えは見つからないまま、夜は更けていった。

          ☆

 ある日、スターウィングの公式SNSに見慣れない名前からメッセージが来ていた。「ゆうそらあまね」と名乗る人物からだった。

「夕空天音と申します。私は以前から貴団体の活動に不信感を抱いていました。先日発生した事故ですが、私の方でいくつか調査しているうちに不審な点が見つかりました・・・・・・」

 またか、と思い、メッセージを無視しようと削除ボタンをタップしようとした時、俺はメールの内容に目を奪われ動きを止めた。

   (「なんだこれ・・・」)

 なにやらPDFが添付されていた。最近流行りのコンピュータウイルスではないかと不審にも思ったがともかく開いてみた。

 すると、今年度のスターウィングの決算報告書に、複数箇所が赤く囲まれていた。その中には、例の活動報告書が添付されていたものも含まれていた。

 個人的な興味と、少しの好奇心に駆られ、プライベートのアカウントで「夕空天音」とコンタクトをとった。初めはどちらも半信半疑のままの会話が続いていたが、お互いが詳細な情報を持っていることがわかると次第に打ち解けていった。そして夕空天音さんと来週末、実際にカフェで会うという約束まで漕ぎ着けた。

 一週間後、約束のカフェへ向かった。メッセージを見ると

「一番窓際の席。薔薇の造花がよく見える」

 カフェの店内を見回し、それらしき人を見つけ俺が近づくと

「よろしくお願いします、それでは始めましょうか」

 と、声をかけられた。

 SNS上でのピンク髪の探偵のような服を纏ったプロフィールとは異なり、実際は四〇代ほどの男だった。

「私の顔や声の録画、録音はやめてください。それからこの会話の内容は絶対に公言しないでください。公言した場合、私の命が危険に晒されます」

 やたらと俺を脅すような口調で、しかし冷静さも欠かさない様子で夕空天音は言った。「カフェで話している以上情報流出は防げないのではないか?」とも思ったが、あえて触れる必要もなかったので触れなかった。

 夕空天音さんは話を切り出した。

「スターウィングを脱退しませんか?」

「は?それってどういう意味ですか?」

「というのも、スターウィングに入っている以上、あなたには守秘義務というものが生じます。ゆえにあなたは企業の利益に大きく影響することなどは社外に口外することができません。勿論内通者を作った上で情報収集をする方が私たちにとっては都合が良いですが、普通の人が内通者という重責で危険を伴う仕事が務まるとは到底思えません」

 俺は沈黙した。なぜ俺がスターウィングに入ったのか。それは「人を救う」ためだったのではないか。俺の感情を察したのか、夕空天音さんはこうも言って来た。

「確かに直接的に人を救う『第一線』からは離れてしまうかもしれません。しかし、あなたがスターウィングをやめ、その上に関係している組織を解体しなければ救えないいのちもあるかもしれません」

「確かに唐突すぎましたね。では、とりあえず話を進めていきましょうか」

 その言葉が、少し空気を軽くした。

「私は以前からスターウィングの上に何か組織が隠れているのではないかと疑っていました」

 夕空天音さんはメッセージに添付されていたPDFを印刷したものを机上に出した。

 昨年度の東京都の収支会計の、『若年女性支援に関する特別会計』という欄にある『二五〇万円』という数字に赤く印がつけられていた。また、三年前の同様のデータの『三十七万円』という数字にも印があった。

「以前、私はある銀行の監査を務めたことがあるのですが、このようにキリのいい数字になっている時は、裏にカネがまわっていることが多かったです。東京都の収支のこの欄だけがキリのいい数字になっている。私の銀行員としての感が働きました」 

 夕空天音さんは冷静な声で話した。その目は鋭かった。

「そこで、私は一体カネの流れがどうなっているのか、スターウィングの後援団体である『平等党』にあったスターウィングの過去数年間分の財政データを徹底的に調べ上げました。また、スターウィングを脱退した何人かにも実情を伺いました。その上で、分かったことがあります」

 夕空天音さんはタブレットを取り出し、画面上に何か書き始めた。

「おそらく、スターウィングは報告書を水増しし、『平等党』へカネを送金しています」

「『平等党』の続きがどのようにカネが回っているのかについても調べました。すると銀行口座の送金欄に『ブラックローズ』とありました」

「もしかして『ブラックローズ』って世界最大とも言われる裏組織の!?」

 俺が声を張り上げると、夕空天音さんは声こそ出さなかったものの、深く、首を縦に振った。

「どうですか?興味を持っていただけましたか?」

 夕空天音さんがニヤける。俺はすぐさま頷いた。

「では事務所に寄って行きましょうか?詳細なデータがあります」

 夕空天音はそう言いながら、タクシーを呼び、俺を家まで連れていってくれた。都内一等地のマンションの地下一階に家があるそうだ。マンションのオートロックを抜け部屋の玄関にもあったセキュリティをくぐるとモワッとした生暖かい空気が俺たちを包んだ。

「ここで一度、金属検査を受けていただきます」

 ルーペのような金属探知機を身体中にかざされた。

 やがて通されると、カーテンが閉められた室内にはテレビで見たスーパーコンピュータがいくつも並んでいる光景が目に映った。夕空天音さん曰くこれらの機械で世界中の銀行、とりわけ「ブラックローズ」が裏で運営している銀行へハッキングを仕掛け、情報を盗み出しているそうだ。

 米国海軍が開発したTorというダークウェブブラウザを使い世界中の複数のサーバを経由することでプロバイダに開示請求されたとしても犯人が特定されにくいそうだ。

「すごいな・・・・・・」

 あまりの驚きに思わず声を漏らしてしまった。夕空天音さんに連れられるままに部屋の奥へと入った。

「こちらが現在調査しているブラックローズに関する情報を収集したものです」

壁一面に印刷したであろう紙や写真が貼られていた。そこにはスターウィングの代表の後藤さんや平等党の党首である斉藤一郎、富田尚人首相の写真までもが貼ってあった。それほどまでに大きな「闇」に片足を踏み入れてしまったのだと写真が語りかけているような気がし、妙な吐き気を感じた。

「見ていただきたいのがこちらです」

 夕空天音さんがサーバと繋げたモバイルモニターの画面を見せてきた。そこには『2023-12-16 FROM:斉藤一郎 TO:Martin・Black ¥2,500,000(JP)』とあった。

「時期的にも、金額的にも、一致するでしょう」

「さらに『Martin・Black』が何者かについて調べてみたところ、ロシア系ハッカーが運営しているダークウェブサイトにて以下の記述がありました」

『Скорее всего, Мартин Блэк будет отвечать за финансы в CC.』

日本語に翻訳してみると、「おそらくCCの財政担当はMartin Blackである可能性が高い」

「『CC』とは、ブラックローズが最大資本の『クラウン&クレセントフィナンシャルグループ』の略称なので、おそらく彼がブラックローズに渡ったカネはブラックローズに渡っていることを示唆するでしょう。そして送り主は『斉藤一郎』、平等党のトップです」

 俺は調査能力や行動力、それになによりデータに驚き声も出せず、ただひたすらに首を振って反応することしかできなかった。

「今回お呼びした一番の理由はこちらです」

 夕空天音さんは静かにスマホのスクリーンショットが印刷された紙を見せてきた。その紙にはLINEのトーク履歴が映されていた。

 吹き出しの中には「よくやった。それで余計な出費は邪魔だからな!」と書かれており、送り主は斉藤一郎と書かれていた。

 その下には「報酬と逃亡費用、よろしく頼みますよ」とあり、それには先日スターウィングも巻き込まれた事故の、現場写真も添付されていた。「警察の方には話を通してある、じきに釈放されるはずだ」。

俺は一瞬、その意味を理解できなかった。夕空天音さんは続けた。

「こちらは極秘に入手したLINEグループのトーク画面です。おそらく斉藤一郎が、事件を起こすよう犯人に命令した可能性があります」

「そして斉藤一郎が関係していること、被害者などから類推するに『余計な出費』はスターウィングのことと推測できます」

 俺は声を振り絞るように答えた。

「でもなんで?なんでこんな事件を起こさなきゃならなかったんだよ!」

 夕空天音さんは冷静に答えた。

「おそらく最近はスターウィングが活動を活発化させていたことで裏にまわるカネの量が少なくなっている。それに不満を持った誰かがきっと企てたのでしょう」

「それに今回の事件の被害者名、スターウィング関係者だけ『諸事情により』でテレビにも報道されていなかったでしょ?つまり、そういうことです」

 彼の言葉に、メディアすらもブラックローズによって操作されていることが明らかになった。

「それでは今日はお開きにしましょうか」

 俺が部屋を出ると夕空天音さんはエレベーターに乗った。「私はここで失礼します」そう言って去って行った彼の顔は夕日によって凛々しく照らされていた。


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