現実
流斗は夏休みを終え、いよいよ中間テストへ向けて勉強に励んでいた。
「今年はとかくあついな!」
ピロン♪LINEの着信音が鳴った。目を落とすと、星来からの連絡だった。
またどっか行こうって話かなー?今度は水族館にでも行きたいな。なんて呑気に考えていると、
「たす・・・けて・・・」
「ええ!?」
俺は驚きのあまりスマホを滑らせてしまった。と同時に、かなり恐怖も感じていた。
いったい何があったのか。共有された位置情報をもとに辿ってみると、川の鉄橋の下に辿り着いた。
薄気味悪く感じながらも、星来を探していると、やがて返事が聞こえてきた。耳を頼りに場所を探ってみるとそこに星来はいた。しかし足はひどくアザがつけられ、手首は鎖で拘束されていた。いつもの明るい表情は消え、どこか壊れているような表情だった。
星来は俺をみるなり大きな声で叫んで泣き出した。
「うわぁぁぁんん!!」
すぐさま俺も星来に抱きついた。
俺は何が起こったのか全く理解できなかった。ただ、これまでの星来とは違ってひどく苦しみ悲しんでいること、助けを必要としていることだけは感じた。
ここは危ないからと、家に移動するなり星来はベッドに横になった。ひどく疲れていたようだった。
いったい、何があったのか、ことの顛末を聞いてみると、どうやらある宗教の信者らによって集団リンチを受けていたようだった。そしてなによりもつらかったことは、彼らの中に自分の母親がいたことだった。
「実は私、宗教二世で・・・」
「・・・そうだったのか・・・・・・大変だったな」
言葉が出なかった。
「うん・・・」
彼女はひどく震え、まるで捨てられた子犬のように嗚咽混じりに話した。
「うちの場合、母が世界平和教会っていう新興宗教を信仰してて、教会の壺とか本とかを大量に買って・・・。今まで大学の学費を稼ぐために家庭教師をやってたんだ・・・」
「くっ・・・」
俺は唇を噛み締める。涙が頬をつたう。
「お母さんが私の口座からお金をひき出して教会に寄付したことを問い詰めてたら口論になって、自分が家から出て行こうとした時、玄関に知らない男の人たちがいて・・・」
「今までずっと、すごく怖かったよね。気づいてあげられなくてごめん」
俺は星来を抱きしめた。ずっと、すこしでも安心してほしいために。
(あんなに楽しそうに笑っていたのも、本当は辛かったんだ・・・)
星来の強さと優しさが今更ながらに胸に沁みてくる。後悔と悔しさが押し寄せてくる。でも、これ以上に強いものがあった。
(もう、これ以上、星来を独りにしない・・・)
俺は胸に固く誓った。
「実は私、同じような宗教二世の人を救うためのNPO法人に参加してるの」
俺は息を呑む。そういえば、彼女は大学で法律について勉強しているってような言ってた気がする。そういう意図があったのか。
「でも、警察にいくら相談したって無駄。全く取り合ってくれない。それに週刊誌に取材を受けたときも、上からの圧力で記事が停止になったって聞いたし」
星来は真剣そうに、しかし、どこか不安そうな瞳でこちらを見つめた。
「さらに、最近になってメンバーの人たちが『解散しないと痛い目に遭う』って脅されてるっていう人もいるし・・・」
「・・・大丈夫。星来のことは何があっても俺が守る」
星来の目に涙が浮かぶ。
「そういってくれてありがとう・・・うれしい・・・・・・」
これからの道のりは険しいかもしれない。でも二人ならきっと、乗り越えてゆける。そう言うと、星来はまた泣き出した。
☆
それからというものの、俺はまた勉強をしなくなった。というよりも、星来の母が信仰している宗教「世界平和教会」のことで頭がいっぱいになった。テキストを開くかわりにサイトを開く毎日。だが、ニュースサイトはおろか、SNSを含めた、どのサイトを見ても「世界平和教会」について詳しく書かれているものは一切見当たらない。
ここまで情報がないということはあるのだろうか。
「もしかすると検閲されてるのかも」
そのくらい大きな規模なのだとすれば、警察が取り合ってくれないことも、上の圧力によって特集記事が飛んだことも、容易に説明がつく。そして、星来はとてつもなく大きな組織に楯突くことになるが、それは即ち、負けを意味する。
「そうだ、まずは星来の安全を・・・!」
「星来、宗教二世などの女性を一時的に保護してくれる民間団体があるみたい。俺がそこと話をしてみるよ」
送信ボタンを押下する。しかし、その返信に俺は凍りついた。
「嘘。今まで言ってたこと全部嘘だった。騙しててごめんね。それから、これからはもう会えない」
「え・・・?・・・まさか・・・!?」
俺は震える手で必死に打ち込む。
「星来、大丈夫か?!」
静寂に包まれた部屋の中、ひとり強大な組織に立ち向かおうとしていた灯火が、今まさに消えようとしていた。
そして、流斗にとって一番大切な人もまた、強大な権力に搾取されようとしていた。