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倍返し

海底に沈んでゆく途中、何かが俺の体に触れる感覚がした。

「網・・・・・・?」

 やがて、俺の体から水が離れていく感覚を感じ、地面の硬い感覚が背中に伝わった。顔にはタオルがかけられ、目を開けるとそこには夕空天音さんの姿があった。

 どうやら俺は救助されたらしい。夕空天音さんの説明によると、フライトレーダーでヘリコプターを追跡し、墜落の瞬間を狙って漁船の網ですくい上げたという。

「何やってるんですか?」

 夕空天音さんが俺を見るなりいってきた。

「だからいったじゃないですか!真っ向から対抗したってどうせ負けるって」

 近くの島に到着し、ホテルの一室で作戦会議が始まった。天音さんはパソコンを打ちながら、ダークウェブ上で公開したデータに北朝鮮のインターネットスパイが反応したことを告げた。

「北朝鮮のインターネットスパイとコンタクトをとってみたところ、向こうが興味を示してきました。『もっと情報を教えてほしい』と」

「北朝鮮ですか?」

 驚きを隠せない俺に、天音さんは淡々と説明を続けた。計画は大胆だった。ブラックローズのトップ就任式を狙い、航空機ごと北朝鮮領空に誘導し、拉致するというのだ。倫理的な問題はあるものの、これが最後のチャンスかもしれなかった。

「私には作戦があります」

 と天音さんは言った。

「就任式を飛行機上で行わざるを得ない状況を作り出すのです」

 夜が更けていく中、計画の詳細が練られていった。

「しかし、就任式を地上で行えなくする方法が必要になります。それは一体なんでしょうか」

「うーん、就任式に爆破予告を送る・・・とか?」

 俺が答えると

「確かにそれも方法ですが、その場合はおそらく延期するだけでしょう。『絶対的に就任式を行わなければならない理由』と『就任式を飛行機上で行う理由』とが必要になります」

 続いて夕空天音さんがいった。

「そもそもなぜ就任式をせねばならないのか、それは『結束力を高めるため』ですよね?とすれば、部下の間にトップたちの悪い噂を流し、混乱させる。すると必然的にそのような状況が生まれます」

「なるほど!つまり、部下を混乱させた状態が必要とわけだな」

 俺が答えると、

「ええ、その通りです。具体的には、今、ネットスパイの方々に部下の人たちにトップの悪い噂を流してもらっています」


「それでは、『就任式を飛行機上で行う理由』を付けるにはどうすればよいでしょうか。おそらくそのような場合には緊急性か秘匿性を要するものですよね」

「秘匿性を要するもの、例えば何があげられますか?」

「秘匿性・・・ブラックローズの資金のありかとか?」

「ビンゴです。おそらく交代するいずれかのタイミングでそのような情報の共有が行われます」

「北朝鮮のスパイによって、上層部に働きかけてもらっています」

 俺は驚きと恐ろしさのあまり顔が青ざめたが、同時に興奮で頭が熱くなっていくのを感じた。

「ブラックローズの就任式に関連する情報を入手しました」

「どうやらクリスマスイブの二十四日夜、日本からアラブの国へと移動する途中に航空機上で行われる可能性が高いです」

 夕空天音さんが続けた。

「ではその時を狙っていきましょうか」

 俺は拳を振り上げた。

「ええ。ただ、国際法上からも、通常の航空機は北朝鮮領空内への侵入を禁じられています。ですので操縦士も我々に染めさせておく必要があります」

「今のところ、操縦士にカネを積んで依頼しています、ただ、むこうがいつ裏切ってくるかもわかりません」

「もし、操縦士が裏切ったら・・・?」

「より一層、ブラックローズは我々を警戒してきます。そうすると、もう討伐は困難になってくるでしょう。そういう意味でも今回が最後の戦いです」

 夕空天音さんには、今まで見たことのないほど真剣な顔で、言葉一つ一つに重みが増していた。

「私としても絶対に失敗するわけにはいかない」

 計画の命運は操縦士にかかっている。果たして成功するのだろうか。

          ☆

 東京の高層ビル最上階、夜景が煌めく窓の外を背に、若い男と年配の女が向かい合って座っていた。高級な革張りの椅子に腰掛けた若い男が、向かいに座っている年配の女に向かって尋ねた。

「就任式はいつになるんですか?」

 その声には、わずかな焦りが混じっていた。若い男は落ち着いた様子で答えた。

「ああ、今月の二十四日です。クリスマスイブの日を予定しています」

「わかりました」

 女は頷いた。

「どうですか?順調そうですか?」

 女が男の方を向き返した。

「いいえ、まったく問題はありません」

 男は微笑んだ。

「ただ、その際には約束通り、一切の資金を譲渡していただけますよね?」

「ええ。その予定ですよ」

 女は即答した。二人の間に一瞬の沈黙が流れた。

「そういえば、我々を暗殺しようとした日本人がいたそうですね」

 男がそう言うと、女は軽蔑するように鼻で笑った。

「ああ、あの件ですか。どうせ成功するはずがなかろう。もう大丈夫ですよ」

「さすがですね」

 若い男は感心したように言った。

「トップはやることが違います」

 二人の笑い声が、静かな部屋に響いた。年配の女は真剣な表情に戻り、若い男の肩に手を置いた。

「マーティン、これからのブラックローズはお前にかかっているんだ。頼みますよ!」

「もちろんです。責任は十分に自覚しています」

 マーティンは頷いた。しかし、女の眉間にはまだ不安の色が残っていた。

「ところでな、最近、部下たちの脱退が増えているという噂を地獄耳で聞いたのですが、どうなっていますか?」

 マーティンは少し躊躇した後、答えた。

「現在調査中です。どうやら、例の噂を流した者がいるようで・・・」

「上層部が金を大量に着服しているという?」

 女の声が低くなった。

「証拠は完全に消したはずですが」

「はい、しかし・・・」

 マーティンは慎重に言葉を選んだ。

「『クラウン&クレセントフィナンシャルグループ』のサーバに情報が残っていたようです。そこから流出したみたいです」

 女の顔が曇った。マーティンは続けた。

「さらに、部下たちの口座から資金が引き出され、それを上層部の仕業に見せかけているようです」

「それは厄介だな」

 女は顔をしかめた。マーティンは前のめりになった。

「私から提案があります。これら一連の出来事を、現トップの責任にしてはどうでしょうか。そして、私が新トップになったことをアピールする。新体制になったと聞けば、部下たちも戻ってくるのではないでしょうか」

 女は考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。

「なるほど、悪くない考えですね」

 マーティンは自信に満ちた表情で続けた。

「既に秘書に飛行機の手配をさせています。大海原の上で就任式を行えば、新たな権力と地位を示すことができるでしょう」

「そうか」

 女の顔が明るくなった。

「あなたは期待の新星だ!これなら安心して任せられそうです」

 マーティンは謙遜しつつも、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「まだ『トップ(仮)』ですけどね」

 二人の高らかな笑い声が、夜景の煌めきと共に部屋中に響き渡った。

          ☆

 夜明け前の静寂を破り、エンジン音が轟いた。巨大な旅客機が滑走路を駆け抜け、晴れ渡った朝焼けの空へと飛び立っていく。

 俺や夕空天音が乗る後続機内には緊張感が漂っていた。

「ブラックローズの就任式が始まったみたいです」

 夕空天音の声が鳴り響く。前方を走行中の飛行機に仕掛けた盗聴器を耳にかけると、

「本日はわざわざご足労いただきありがとうございます。世界でもあまり例を見ない飛行機上での就任式。ケネディ大統領暗殺の時以来でしょうか」

「この就任式は衛星を通して全世界のブラックローズ関係事務所に配信されています」

「では今回の主役を早速お呼びしましょう。ミスターマーティン・ブラックです」

 観客の拍手に包まれてマーティン・ブラックが登場した。観客の中には富田尚人首相を含めた多くの政治家がいた。

「新トップのマーティン・ブラックです。先代に恥じぬよう、トップという役目をまっとうしていきたいと思います」

「最近は以前とは違い、我々の活動を裏切るものや攻撃するものが相次いでいます。そんな時こそ我々は団結する必要があります。ブラックローズに加盟したもののみが報われる社会、それこそが私たちの目的です」

 長々と祝辞を述べるマーティン・ブラック。それを横目に操縦士は無線で通信していた。

「こちら41209。現在より北朝鮮領空への侵入を試みます」

 機長が無線機に向かって声を上げた。管制塔からの返事が即座に返ってきた。

「こちら管制。侵入了解です。北朝鮮当局にその旨を通達済みですので管制の指示したタイミングで機体から脱出してください」

 機長は副操縦士と目を合わせ、頷き合った。

「こちら41209。了解、脱出に備えて遠隔操縦に切り替えておきます」

 緊張が高まる中、別の声が無線に割り込んできた。

「こちらユウソラ。北朝鮮機からの攻撃を開始します、今から10秒後に脱出してください」

 機長は素早く動いた。

「こちら41209。了解、怪しまれないようにマネキンを操縦席に置いておきます」

 彼らは慌ただしく人形を席に固定した。

「こちらユウソラ。操縦士安全確保のため、後続機は下降を開始します」

 管制塔が再び応答した。

「こちら管制。了解、当該機の緊急脱出装置は遠隔操作によって管理されています」

 心臓が高鳴る中、パイロットたちは脱出の準備を整えた。

「こちらユウソラ。操縦士二名、機体から脱出完了です」

「管制了解。領空侵入による治安維持を目的とする当該国の、当該航空機の攻撃を許可する」

「北朝鮮管制了解。これより一分後に北朝鮮機による攻撃を開始」

 最後の交信が入った。

「ユウソラ了解。当機は安全確保のため日本に緊急着陸を行います」

 一方、機内では全く異なる光景が広がっていた。マーティン・ブラックが祝辞を述べる中、突如として機体に激しい衝撃が走った。

「なんだ!」

 マーティンの声が響く。グラスが砕け散り、乗客たちの悲鳴が響き渡る。突如、機内の照明が消え、暗闇が支配した。

「操縦士は、何やってるんだ!」

 マーティンが怒鳴る。

「なんか、人形が操縦しています・・・」

 誰かが恐怖に震える声で答えた。

「ふざけるな!頭大丈夫か?」

 混乱の中、無線からの声が響いた。

「当該機41209は北朝鮮領空内に侵入しています。国内の治安維持のため当局より攻撃を行います」

 パニックが広がる。

「おい!操縦できるやつは誰かいるか!?」

 しかし、北朝鮮からの攻撃は容赦なく続く。

「だれか緊急脱出口を開けろ!」

 誰かが叫ぶ。

「緊急脱出口が開きません・・・!ロックがかかっています!」

 絶望的な声が返ってくる。やがて主翼が折れ、機体が激しく揺れ始めた。警報音が鳴り響き、乗客たちの悲鳴が機内に満ちる中、は墜落への道を辿っていった。

 俺たちは日本国内の飛行場に緊急着陸し、そのままの足で空港近くのホテルへと向かった。テレビをつけるとNHKは速報で早速放送していた。

「本日午後8時頃、首相を乗せた政府専用機が北朝鮮領空内で墜落したとの情報が入りました。首相は中東歴訪の途中でしたが、何らかの理由で航路を大きく外れたとみられます。現在、政府は事実関係の確認を急いでいます」

 民放各局も同様の内容を報じ、専門家を招いての緊急特番が組まれた。航空事故の可能性や北朝鮮の関与など、様々な憶測が飛び交った。

 一方、ロイター通信が配信した記事では「国際犯罪組織『ブラックローズ』幹部、北朝鮮領空内で暗殺か」と速報で取り上げていた。

 記事は匿名の情報筋の証言を引用し、「墜落した航空機には『ブラックローズ』の新リーダー就任式に向かう幹部らが搭乗していた。北朝鮮当局は事前に計画を察知し、領空侵犯を口実に攻撃を加えたとみられる」と伝えている。おそらく国内のメディアには統制がはいっているのだろう。

 しかし、国民が「真実」を見つけるのはもはや時間の問題だろう。

「うまくいきましたね」夕空天音さんが小さく微笑んだ。

 夜が明け、新たな朝が東京に訪れようとしていた。五十嵐と夕空天音は、ホテルの窓から昇る朝日を静かに見つめていた。

 夕空天音さんはテレビの画面に目を向けた。そこでは、首相の乗った飛行機が天候悪化による事故としてニュースが報道されていた。

「あの時本当に天候悪かったか?」

 俺がつぶやくと、

「いえ、晴天の中でした」

 夕空天音が鼻で笑った。五十嵐は深く息を吐いた。長い戦いを終えた安堵感が、彼の体を包み込んでいった。 



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