「水王」
夜が明け、美しい日の出が始まっている現在。時計が表している時刻は6時30分を指している。
俺は目の前の家と言うにはあまりにでかい木の扉を、まるで恨みがある位足で思いっきり叩き開けた。
「…おお、帰ってきたか裕也。御苦労だったな。」
この白髪に髭を生やした如何にも偉そうな風貌をしている男は、『六王魔導師』そして『特殊防衛部隊』の総司令隊長である「黒瀬 正志」だ。
元「特殊防衛部隊」の機動隊隊長であったが、俺達「六王魔導師」の6人が出てきたタイミングで司令部へと役職を移したという訳である。
「御苦労だったって、学生に夜のパトロールをさせるんじゃないですよ本当に。他にパトロール依頼出来る成人の特殊防衛部隊の奴らだって居たでしょ。」
「まぁ居るには居たのだが夜間パトロールを依頼した理由はパトロールをしてもらう事が本題では無く、終了後ここに寄ってもらうのが本題だ。」
「なんでそんなに遠回りの方法なんだよ。直接司令室に来るようにって連絡をしてくればいいものを。」
「そんな事を言ったとして、君は指定の時間にここに来ると思うか?」
「…」
なんの返答もできない。
実際のところ、めんどくさいという理由で後で来る。または後日来るという方法を取るだろうという事は自分でも分かっている。
この司令はそこまでお見通しと言わんばかりに俺の顔色を伺い、質問に返事をせず黙っていると呆れたようなため息をついた。
「君は仕事に関しては真っ当にこなし、実績も上げている。それに評判に関しても一般市民からの支持も厚く、比較的凶悪な違反者は君を警戒対象として動きずらくなっている。」
「凶悪な違反者…ね。実際最近は初級、高くとも中級の半グレみたいな奴らしか見ないな。」
「ああ、君にはその抑制力がある。だからこそ君とはしっかりと情報を共有しておきたいのだよ。」
何となく司令が言う理由は納得ができた。
『六王魔導師』の6人の魔道士の中で、1番表立った任務を行っている俺に現場での違反者達の特徴を共有して欲しいという事だろう。
状況を全て理解し、作戦を含めそれら全てが計画的に実行させると言うのが司令のやり方であり、これは実に合理的であると言える。
「情報の共有なら若奈の能力を使ってしたら良いじゃないか。」
「ま〜たそうやって、面倒くさがって私の能力を使って楽しようとしない!」
俺は司令室のど真ん中に置いてある大きめのソファに腰掛け、リラックスしながら司令と話している。
するとソファの後ろから俺の顔を覗き込むようにして、綺麗な茶色の髪と瞳、それに整った顔が目の前に現れた。
「どうしたんだ若奈、こんなとこにやってくるなんて珍しいな。」
「こうやって来ないと行けなくなった原因のひとつは裕くんなんだけどね。凄い他人事だけど。」
彼女の名前は「平崎 若奈」。
俺と同じ学院の1年生でありながら現役最年少で特殊防衛部隊へと入隊し、彼女の能力である「空間操作」とその判断力を見込まれ、現在では特殊防衛部隊の作戦司令部兼六王魔導師の副司令(司令が優秀すぎて現在はマスコット化)である。
「なんで俺のせいなんだよ。別に若奈に迷惑かけるような事もしてないし、何より今日は学院があるはずだから今は学院に居るはずだろ?」
「司令から「裕也に連絡をしたところで全く内容を聞き入れない為、今日司令室に来て欲しい。」って言われたから来たんだよ!それに学院は今日臨時休校だって連絡来てたでしょ!」
若奈の説教を聞いて俺はポケットに入れておいた携帯端末を取り出すと、光った画面には大量の連絡が書き込まれており、その中に「学院の臨時休校について」という連絡もあった。
実際のところ、任務や休憩などをしていると自然と携帯端末で連絡を確認するという事を忘れがちになってしまう。
「まぁ、そんなに怒るなよ。ほら、若奈がこの間食べたいって言っていた駅前のストロベリーケーキを買ってきたからさ。」
「え、買ってきてくれたの?ボソッと携帯で見ながら言っただけなのに?…ありがとう裕くん!」
若奈はほっぺを少し膨らませて両手を腰に当て、まるでぷんぷんという効果音が聞こえてきそうな怒り方をしている。
そんな若奈の目の前に白い箱を持った右手を突き出すと、何を買ってきたのかを理解したらしく分かりやすく笑顔になって箱を受け取り俺の隣にポスンと座った。
「…平崎くん。そんな簡単につられて大丈夫なのか?流石にその感であると騙されないか心配ではあるのだが…。」
司令はケーキで簡単につられた若奈に、少し困惑の表情を浮かべると共に心配そうな視線を送っていた。
実際仕事柄的に考えても、ここまでチョロいと悪意を持っている奴らに騙される可能性もある為、司令がそうなるのも無理はないだろう。
そんな心配そうな表情の司令を見て、俺は手に持っていた珈琲のカップを前の机に置いた。
「安心してくれ司令。若奈が危険そうなら俺が絶対に助ける。というか危険が迫りそうになったら俺が止めに入るから安心してくれ。」
「そうですよ司令!私には裕くんという絶対的安心のガードが付いているので大丈夫です!!」
俺と若奈が当たり前のような表情でそう言うと、司令は呆れたようなため息をつきながら、しかし優しい目線で俺たちの方をじっと見つめていた。