誰からも相手にされなかった私のことを気に入ってくれたのは、なんとこの国の王子様だった
本作は、シリーズ 神龍人ー劉煌と蒼石観音の秘密ー 運の巻 不思議のクニの皇子 https://ncode.syosetu.com/n0834is/ の番外編です。が、シリーズをお読みいただかなくても、1話完結の短編としてもお楽しみいただける内容となっております。
なお、シリーズは残酷な描写があるためR18としておりますが、番外編は全年齢でお楽しみいただける内容にしております。
私の名前は白凛。
私の家系は代々、この世界の東側にある東域の西端:西乃国の皇帝に仕える重鎮で、父も分家ながらこの国の最高行政機関3つの省の一つである皇帝の秘書として立法を預かる秘書省の中の3人の副長官の1人に、史上最年少で任命されたエリート中のエリートって言われている。
だから今から5年前、私が生まれた瞬間、私の両親は、私が大きくなったら少なくとも
同じく皇帝に代々仕える重鎮か、
あわよくば皇族の
ご子息の良き妻にさせるという、無謀という名の野望を抱き、はるか遠く西域の酢派琉鍛という地でトレンドともっぱらの噂の、スパルタ流躾けで、私を良家の令嬢として立派に育て上げる決心をした。
ところが、私は早くも生後1週間で両親の期待を裏切ってしまった。
何をどうしても、あまりに泣き止まない私に困り果てた両親は、もうスパルタ流をすっかり放り出して、私に女の子達がみーんな大好きな人形を与えてみたが、私はそれを見た瞬間、もっと大泣きしてその人形をゆりかごからバンと放り投げ、ゆりかごの中で真っ赤になって激憤した。
そんな中、私の様子を見に伯父一家がタイミング悪く訪ねてきてしまった。
私の両親はさらに困り果てて、母は私をゆりかごから出して抱っこしたが、私は母がなだめようとすればするほど、両手両足をバタバタさせてそれに抵抗していた。
そこに伯父一家の従兄姉達がやってきて、母に私を見せて欲しいとせがんだ。
従姉はまだ10歳なのにも関わらず、一人前に化粧を施し、はたから見ると首が折れるのではないかと心配になるくらい山盛りに金銀七色の簪を髪の毛が見えないくらいつけてやってきた。伯父の家の子供の中では最年長だからか、後ろに3人の弟達を引き連れて部屋に入ってきた彼女は、つんとおすまししながら、「叔母様、赤ちゃんはきっと高いところで抱っこされているのが恐いのよ。綺麗なおべべを着せてもらえばご機嫌が直ると思うわ。」と言って、母に向かって赤ん坊にはそぐわない、朱に金刺繍の入った豪華な着物を差し出した。
母は、本家を立てて、姪に礼を言ってから私にその着物を見せた。
ところが、私はその着物を見た瞬間、さらに烈火のごとく泣き始めてしまい、全く意図せず物心ついている従姉の顔を潰してしまった。
そんな火のように泣いている私を無視して、3才になったばかりの一番下の従兄が、母の関心を引こうと、ご褒美に貰った木剣を私の母に自慢げにみせた。
従兄の高さに合わせてかがんだ母の胸の中で暴れていた私は、従兄の木剣を見るなりピタッと泣き止んで、その木剣に手を伸ばした。
本能的に自分の木剣を取られると思った従兄は、すぐに木剣を彼の後ろにパッと隠した。
すると私はすぐにまた火のように大泣きし、全身を使って木剣が手元に無いことの不快さを表現した。
とにかく生まれてからこの1週間、全く泣き止む気配を見せなかった私が、初めて一瞬でも泣き止んだことに、もうすっかり精神的に参っていた母は、すぐに下女に木剣を買い求めに行かせた。
そしてマイ木剣を与えられた私は、ようやく機嫌を取り直してスヤスヤと眠った。
以降、私の枕元には次々とおもちゃの鎧兜武具等男の子用のおもちゃが揃って行った。
それでも私の両親は、私が良家の令嬢として”まっとう”に育つと信じて疑わなかった。
それは、私があと1週間で3才になるという日だった。
両親に連れられて街の反対側にある祖父母と伯父一家の住む大白府に行った私は、大人たちに子供は庭で遊ぶようにと早々に追い払われ、しぶしぶ庭に出た。その瞬間、一番下の従兄がいたずら心から私に向かってバサッと木剣を振り降ろしてきたのを、私は本能的に察知しその剣をサッとよけた。
彼の攻撃はただ空振りに終わっただけではなく、木剣は地面に叩きつけられて折れ、剣が折れたためにバランスを失った彼は、そのまま前のめりに倒れ顔から地面に落ちてしまった。
まだ6歳の彼は、その場で地面に突っ伏したまま、わあーんと大声で泣き始めた。
そして、事もあろうに私を指さし、「凛ちゃんが悪いっ!」と罵った。
その大声で大人たちは慌てて部屋から飛び出した。
彼らの目に映ったのは、地面に倒れ込んでずっと私を罵り続けている男の子と彼を介抱する大白府の子供たち、そして庭の端っこに一人で首を傾げて立っている私の姿だった。
真相は従兄が自爆しただけなのだが、ここは大白府で、しかも起こったことの一部始終を目撃していたのは大白府の子供たちだけだった。真実であっても彼らが私に有利な証言などするはずがなく、案の定、大人たちはすっかり私が悪者であると誤解してしまった。
私は必死に折れた木剣を証拠物件として正当な判定を求めたが、大白府は完全にアウェイであり、両親も分が悪いと判断したのか、私の言うことは無視して大白府に謝罪し、私を控えの間で反省させると言った。
ということで一人控えの間で正座させられていた私のところに、しばらくして、父と共に知らないおじさんと叔母が入ってきた。
父から先ほどの従兄自爆現場もとい私が従兄を攻撃した?ことに変わった現場?を案内するよう言われた私は、正座で脚が痛かったこともあり、珍しく言うことを聞いて、彼らを現場に案内した。
知らないおじさんは、大きい身体を小さくして地面を這いつくばるようにしばらく見た後、私の靴底を見せるようにと言った。普段しつこくしとやかにするよう言われ続けている私は、この時とばかりに足をキックの要領で前に大きく上げた。この無作法に横で父は苦虫を嚙み潰したかのように顔を歪めたが、私はそれを見て内心やったー!と思っていた。おじさんは、私の靴底を見た後、父の了解を得て私を抱っこすると、私の耳元で「お嬢ちゃんの言ったことが正しいっておじちゃんはわかったからね。安心しなさい。」と囁いた。
そして私をその場に降ろすと、おじさんは父にここで起こった経緯を説明した。
私はめちゃくちゃ興奮した。
そのおじさんはただものではなかった。
あの従兄の自爆テロの様子を何も見ていないはずなのに、木剣が振り下ろされ、その木剣を私がどのようによけたか、その後従兄がどのように自爆したかまで見事に言い当てたのだ。
そしておじさんはこう付け加えた。
「3歳で咄嗟にこのような動きができるとは。しかもこの年で始終沈着冷静な振舞い。これはまさしく大物の天分ですな。いやー、男の子だったらどんなに凄い将軍になったことか。」
父は始めこそ自分の娘の無実を知り、ホッと胸を撫でおろしていたが、彼の妹の婚約者がどんどん熱弁をふるうにつけ、逆に彼はどんどん青ざめていった。
”娘は名門貴族の、それも白家の令嬢なんだが。。。”
私は興奮していたがそれを自分の目だけで表現し、ジッと冷静なふりをしておじちゃんを見つめていたが、おじちゃんの間違いに気づき、思わず口を開いてしまった。
「おじちゃん、おじちゃんの言う通りだけど、凛はまだ3歳になってない。」
するとおじちゃんは破顔一笑して、「それはもっと凄いってことだ。」と言って私の頭を撫でた。
私は、珍しく素直に聞いた。
「おじちゃん、将軍って何?どうして女の子じゃなれないの?」
おじちゃんはさらに目を細めて「将軍とは大きな軍隊の指揮官のことだよ。おじちゃんもそうだ。おじちゃんの軍には5万人の兵士がいる。敵にむかってその兵士達をうまく戦わせて皇帝を守り、我が国を勝利へと導くのが私の仕事だ。これは男にしかできないんだよ。女の仕事ではない。」と私に言い聞かせるようにそう言った。
私はおじちゃんの言っていることの半分も理解できなかったが、おじちゃんが凄い人だということは肌で感じており、この時から私の将軍職への憧れは始まった。
”おじちゃんは、男にしかできないって言ったけど、私はなってみたい。”
私はもっと詳しくおじちゃんから将軍の話を聞きたかったが、その夢はかなわなかった。
それは、おじちゃんが公明正大な人で、叔母の制止を押し切って大白府の子供たちを呼び出し、年少の弱者を虐めたり陥れてはいけないし、親に嘘をついてもいけないと説いたため、おじちゃんと叔母の結婚が破談になってしまったからだった。
そのため、大白府からも親からも私への風当たりは一層強くなってしまった。
両親は、私を御令嬢に変身させるためのスパルタ教育を開始し、大白府の人間は、私のことをまるで透明人間かのように無視するようになった。
母方の祖父母は、始めこそ私を気の毒がって、母方の従姉妹達と遊ばせたが、ままごとも人形遊びもまるで興味がなく、聞かれれば、夢は初の女将軍と自分に正直に話す私に、母方の親戚たちも次々と手を引き、次第に彼らも私のことはまるで知らない赤の他人のように扱うようになっていった。
それでも両親は、なんとか私の矯正を試み続け、私を同年代の貴族のご令嬢達と過ごさせたが、何をどう試みても私が”普通”の令嬢になることはなく、逆に他の貴族達から私の両親が陰で笑われるという結果に終わってしまった。
そして5歳になった今では、両親も私のことを”令嬢化矯正不可能”と判断し、私のことを完全に無視するようになっていた。
私は、あの将軍おじちゃんでさえ、物事を性別で判断してしまうこの世の中に、心の奥底から嫌気がさしていた。
そんなある日、私の両親の元へ1通の招待状が送られてきた。
それは、私より1つ年上の西乃国皇太子劉煌殿下の誕生日祝宴の招待状だった。
しかも、今年の祝宴は、いつものように大人だけではなく、その子供達も招待されていた。
当然私の両親は、皇帝からの招待を断れるはずがなく、これに酷く動揺し、1年ぶりに私を呼び出すと、貴族令嬢としての作法、立ち居振る舞い、すなわち礼の仕方やテーブルマナー等の再教育を始め、私が皇宮に行って粗相のないようにと強く念を押した。
母は今にも泣きそうな顔をして私に語りだした。
「いいこと、凛。今度は皇帝の所へ行くんだから、何かしでかしたら今迄のようにはいかないわ。凛の一言や態度一つで、一家が路頭に迷い、家を失い、食べ物にも困る日々になるんだから。それならまだしも、下手をすると一族皆殺しにだってなりかねないわ。ああ、そんなことになったらどうしましょう。だからとにかく皇宮に行ったら、私の元から離れない、何も言わない、何もしない、ただ言われた席にジッと座っているだけにして頂戴。お願いよ。」
母は、自分で話をどんどん盛り上げ、それにつれてどんどん真っ青になり、最終的には、よよよと泣き崩れた。
私は、この時、この世の中は、他の人のために自分を押し殺して生きていかなければならない所なのだと絶望した。
そして瞬く間に時は過ぎ、皇太子殿下の誕生日の日の朝、私は小白府のために自分を犠牲にする覚悟で、生まれて初めて、言われるままに着物を着せられ、髪を結われ、飾り立てられた。中身は男と良く揶揄された私だが、実は髪を結って髪飾りをしたり、耳に耳飾りをつけることは全く嫌いではない、、、どころか、かなり好きだった。
だから髪飾りをつけ、耳飾りをした自分の姿を姿見で確認した時には、少しだけテンションが上がった。
あとは知っている子たちになるべく遭わないよう、そして目立たないよう、何を言われても反応せず、そこにジッと座っていようと幼心に誓った。
ところが、両親と共に皇宮に登った私は、すぐ両親から引き離され、子供たちだけの大きな控の間に一人通されてしまったのだ。
案の定、その控えの大広間には、以前私の両親が私を矯正するためにあてがった京安(西乃国の首都の名前)中の貴族・高級官僚の子供たちがいて、彼らがいち早く私を見つけると、皆、陰で私を指さしひそひそ話をし、チラチラみては鼻で笑った。
その控えの間は、いったいどこがこれで控えなのかと思うほど広大で、暇を持て余した私は、床の畳の数を数えたが、この一部屋だけで畳が800個(本来は畳という数量詞を使用すべきだが、なにせ5歳なので思わず個としてしまった。許してほしい。)もあった。そんな広大な部屋であったので、理論的にも百人弱の子供たちがいてもスペースだらけのはずなのに、さらに人間の習性として群れることから、子供たちは皆中央に固まっており、その部屋はまるでほとんど人がいないような錯覚さえ起こさせた。しかしそんな環境であったのにもかかわらず、そこで息苦しさを感じた私は、すぐに酸素を求め、控えの間から廊下に出た。
”この廊下に居れば、呼び出しがあっても迷子になることはなく、両親に恥をかかせることもないだろう。”
そう思った私は、控えの間に続く廊下を改めて見渡した。
先ほど連れてこられた時は、いきなり両親から引き離されるという想定外のことに、緊張して気づかなかったが、なんとこの廊下には実物大の鎧兜を纏った人形が3体ほど飾られていたのだった♡
それを見て、私のテンションは一気に最高潮にまで高まった♡
私は一体一体をしげしげと羨望のまなざしで見つめ、辺りに人がいないことを確認してからそっとそのうちの一体の脇差しを抜いてみた。
さぞかしずっしりと重いだろうと期待して抜き始めた私は、その軽さからすぐに、それが鞘に入っている部分は木製のイミテーションであるニセ剣と察すると、「なーんだ。」と言ってガッカリしながらそれを元のさやに収めた。
すると背後からクククという押し殺した笑い声が聞こえ、私は慌てて後ろを振り返った。
そこには私よりだいぶ背の高い男の子が、両手を後ろに回して私を見つめながら微笑んで立っていた。
私が、彼に彼の私への非礼を詫びさせるべきか、それとも親から口酸っぱく言われた”絶対に波風を立てないように”という教えを遵守し、何もなかったことにして、無言でここから立ち去るべきかと思案していると、彼は、「君は女の子なのに剣に興味があるのかい?」と聞いてきた。
よくよく彼を見てみると、見るからに上品で、その顔立ちはとても知的だったが、いわゆる巷で多い、性格の悪そうな天才顔とは違い、とても優しい感じがした。そして彼の内側からは、人を包み込むような大きさと優しさが、まるで枯れることを知らない湧き水のごとくコンコンとあふれ出ているように思えた。
私は、なんとなくこの人には本当のことを話しても良いような気がしながらも、頭の片隅に、よよよと泣き崩れる母の姿がよぎり、あたりさわりのないようにただうんと1回頷くことだけに留めた。
彼は私に向かって歩いてくると、私の横を通り過ぎその人形の脇差しをスッと抜いて、「これが本物だったら陛下を襲えるな。」と丸い剣先を手で触りながら静かに言った。
私は、彼の言葉にハッとして皇宮では何も言わないという誓いをすっかり忘れて、「なるほど、だから本物を入れていないのね。」と思わず感心しながら言ってしまった。
すると彼は嬉しそうに私の方を振り返って聞いた。
「君の名前は?」
私は生まれて初めて初対面の人に素直に自分の名前を答えた。
しかも、問われてもいないのに、右手の指をバッと全開して彼の前に突き出し、5歳とまで付け加えてしまった。
彼はニッコリ笑ってうんと頷いてから、「もうすぐ宴会場に呼ばれる時間だ。中に入らないと。」と言って、私のために扉を開けてくれた。
私も彼に向かってニッコリ笑うと素直に「はい。」と言って控えの間の中に入った。そしてすぐ後ろを振り返って「お兄ちゃん、、、」と呼びかけたが、もうそこには彼の姿は無く、中の控えの間も一生懸命探したがどこにも彼はいなかった。私は狐につままれたような気分になりながらも、迎えにやってきた両親と共に、しぶしぶ宴会場へと向かった。
宴会場では席次が決まっており、私は両親の間に座って、これから数時間この席でジッと耐えなければならないのだと悟った。
覚悟を決めた私は、ただひたすら下を向いて、眠らないよう気を配っていたが、周囲はお構いなしにピーチクパーチク他愛のないことを話していた。しばらくして会場にいた宦官の一人が、皇帝陛下、皇后陛下並びに皇太子殿下の入場を告げると、ざわざわしていた宴会場は一気に水をうったような静けさとなった。
大人たちは全員、真剣になって上座の方に身体を向け跪き首を垂れひれ伏したので、子供たちもどんどん大人たちに従った。私は、母のよよよシーンをまた思い出すと、仕方なく両親の間で同じようにひれ伏した。
大広間の老若男女がひれ伏している中、皇帝一家が入場すると、下々のものは、すぐに「皇帝陛下万歳!皇帝陛下の御代よ永遠に!」と3回唱えてから更に低い姿勢となってひれ伏した。
皇帝陛下は大広間の我々にむかって「楽にするように。」と言うと、大人たちは「ありがとうございます、陛下。」と言ってから皆席についた。子供たちも大人たちを真似て全員席につくと、やおら皇帝陛下のスピーチが始まった。私はとにかく下を向いてジッと黙ってそれに耐えていた。
その後数々の祝辞が述べられ、会場に入って小1時間経ったところでようやく「さあみなさんいただきましょう」と皇帝が言った。その鶴の一声で大広間の雰囲気は、一気に緩くなり、みんなが出された料理に箸を伸ばした瞬間、誰かが遠くで「白凛、こっちにおいでよ。一緒に食べよう!」と叫んだ。
私は、その誘いに驚いて顔をあげると、私の両親はもっと驚いていて腰を抜かしていた。
”あの声はさっきのお兄ちゃんだ。今迄どこに行っていたんだろう?”
私はそう思うと、声のした方に顔を向けた。
すると、ここよりはるか上座の、しかも壇上に立ってこちらに向かって手を振っているお兄ちゃんの姿が見えた。
私は好感度抜群だったお兄ちゃんの誘いに乗りたかったが、何しろここは普通の家ではない。
私の一挙手一投足一発言で、両親が、家が、一族が、路頭に迷うのだ。
私の頭の中でまた先日母がよよと泣いて懇願した姿が横切った。
私は想定外のことに、どうしたらよいかと左右にいる両親の顔を交互に見たが、両親はとにかく完全に肝をつぶしており、頼りにならなかった。そして同じ円卓を囲んでいる大白府の面々の顔を代わる代わる見た。
しかし、大白府の面々はもっと頼りにならなかった。
何しろ貴族界隈で私は悪名高く、私の名前を知らない者はいなかったので、私の円卓のみならず、宴会場全てが騒然となっている中、お兄ちゃんに言われた宦官が私を呼びにやってきた。
「白凛お嬢様、皇太子殿下がお呼びでございます。さあ、どうぞご一緒に。」と言うと、私の椅子を引き、私の手を取るべく手を差し出した。
私はここでようやく、さっきのお兄ちゃんがこの国の王子様で、次期皇帝となる本日の主役皇太子殿下であることに気づいた。
私は、もう一度左右の両親を見ると、両親は泡を吹きながら、「い、い、、、行きなさい。」とオクターブ高い声で私を促した。
宴会場の人々が愕然としている中、私は宦官に連れられて中央を進み、そのまま檀上のお兄ちゃんの横に立たされた。
私は、習った通りの丁寧なお辞儀をして「皇太子殿下。。。」とまでは言ったが、ここで普通の貴族間で言っている”ごきげんよう”と挨拶してよいものか悩んでしまった。それで思わず隣にいた私をエスコートしてくれた宦官に、「すいません。皇太子殿下にはどう挨拶したらよいのですか?」とオブラートにも包まずズバッと聞いてしまった。
それを聞いたお兄ちゃんこと皇太子殿下は笑いながら私の手をとり、「白凛、そんなこと気にしないで、早くお座り。ごはんが冷めちゃうよ。」と言って私を隣に座らせ、宦官を手で退かせた。
私が皇太子殿下といる場所は、皇帝・皇后両陛下より1段下だったが、他の人より数段上であり、宦官が下がると、私たちはそこに2人っきりとなってしまった。
せっかく事前準備をしていたのに、そんな突貫レベルでは太刀打ちできない状況に陥り、困惑してしまった私は、珍しくどうしてよいかわからなくなり、箸も取れずにただ俯いていた。
そんな私に皇太子殿下は、「私は君とお友達になりたいと思っているけど、君はどう?」と聞きながら、私の皿に肉を盛ってくれた。
”友達・・・・・・”
生まれてこの方、私と友達になりたいと言ってくれる人等一人もいなかった。
それが、生まれて初めて私と友達になりたいと言ったのは、事もあろうに、壇上の人もとい雲の上のお方、この国の王子様で、、、それもただの皇子ではなく皇位継承第一位の皇太子、、、つまり次の皇帝になるお方、、、天子様なのだ。
しかし、私の身体は私の脳とは完全に統合しておらず、困惑している脳とは裏腹に、顔は思いっきりの笑顔で、ご機嫌にうんと頷いてしまっていた。
「じゃあ、友達になってくれるんだね。」
「うん。」
「じゃあ、君のことは、そうだなぁ、、、お凛ちゃんって呼んでもいい?」
そんな親し気で、且つご丁寧に”お”までつけてくださる呼び方を誰にもしてもらったことがなかった私は、上機嫌で二つ返事で快諾し、つい相手が皇太子殿下であることを忘れて、「じゃあ、お兄ちゃんのことは何て呼んだらいいの?」と大胆にも聞いてしまった。
そんな無礼をまったく意に介さないどころか皇太子殿下はとっても嬉しそうに「そうだな、私の名前は劉煌だから、、、」と言っている最中に、宦官がやってきて「太子殿下、皇帝陛下がお呼びでございます。」と言った。
それを聞いた皇太子殿下はすぐにキリリとした顔に戻ると、私に向かって「ちょっと席を外します。私のことは待ってなくていいから、どんどんお食べなさい。」と言って立ち上がった。私はここに一人で待たなければならない不安から、お兄ちゃんと一緒に立ち上がってお兄ちゃんが行くのを見送った。実はそれは正しいマナーだったようで、別の宦官が私にちかづき、「お嬢様、太子殿下が戻られるまで座ってお待ちになってくださいませ。」と言った。
私はその宦官の言葉から、また太子のお兄ちゃんが戻ってきたら立って出迎えるのだと察すると、席に座り、初めて前に並ぶ色とりどりのご馳走を見た。そしてその中に不二山のように山盛りに盛られている馬蹄糕が目に入るや否や、自分が今どこにいるのかもすっかり忘れて、その頂上にスッと手を伸ばし、1キレ掴むとすぐにそれを口に入れた。
”mmmmmmm♪mmmmmmmm♪mmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmm♬”
”おいちぃ~~~♡♡♡♡♡♡♡”
”さすが、皇宮。こんなにおいちぃ馬蹄糕、は・じ・め・て♡”
私は、そこで一人ひたすら馬蹄糕を食べ続けていた。
そして私が8切れ目のそれに手を伸ばさんとしていたまさにその時に、太子お兄ちゃんが戻ってくるのが見え、私は慌てて手をひっこめ、席から立ち、太子兄ちゃんにお辞儀をした。
「太子兄ちゃん、お帰りなさい。」
私は、廊下で出会ったお兄ちゃんと皇太子殿下が同一人物で、周囲の人間は彼を太子殿下と呼んでいることから自分の頭の中で勝手にそれらを結び付けて便宜上彼を太子兄ちゃんと自分の中では勝手にネーミングしていたが、まさかこのタイミングでそれが口からポロっと出てしまうとはっ!
私は、あああああああ!とうとうやっちまった!!!!!!!と激しく動揺した。
私の小さな頭の中で、白一族郎党が白い囚人服を着せられて斬首人の前に首を差し出している姿が駆け巡った。
頭を上げられず下げたままの私に、思いがけない言葉がかけられた。
「お凛ちゃん、凄くいい呼び名を考えてくれたんだね。それ、最高だ!」
私はまさかそんな無礼な呼び名を彼が許すと思わず、ましてや最高とまで気に入ってくれるとは思ってもいなかったので、お辞儀の恰好のまま顔だけ上げて、へっ?となってしまった。
太子兄ちゃんは宦官に合図して、その宦官に私を席につかせると、卓上の皿を見渡して「なんだ、全然食べてないじゃないか。」と残念そうに言った。
すると私よりも先に私を席につかせた宦官が、「太子殿下、馬蹄糕は山盛りに盛り付けておりましたが、それを平地にしたのはこちらのお嬢様でございます。」と余計なことを言った。
私は俯きながらその宦官をギロッと睨んだが、彼は全く素知らぬふりをしていた。
しかし、ここでも意外なことに太子兄ちゃんは、迷わず馬蹄糕の皿を私の前に持ってきて、「お凛ちゃん、馬蹄糕がそんなに好きなら全部お食べ。なんなら追加で持ってこさせようか?」と聞いてくれた。
私は顔を上げると、顔でチクリ宦官に”ふんだ。どうでい!参ったか。まだ何か?”と伝えた。するとチクリ宦官は、ものすごく嫌そうな顔をして数歩引き下がった。
私は勝ち誇った顔をして馬蹄糕をつまむとそれをまた口に入れた。
太子兄ちゃんは、肉を頬張りながら、「お凛ちゃんは、さっき廊下で何をしようとしていたの?」と聞いてきた。
私は、馬蹄糕を噛みしめながら太子兄ちゃんに包み隠さず今迄の経緯を話した。
「だから、他の子たちと一緒にいるのがイヤだったから廊下に出てたの。そしたら廊下に武具や武器があって、、、本物を見るの、初めてだったからとっても嬉しかったの。だって凛は大きくなったら将軍になりたいから。」
この話に太子兄ちゃんも驚いたけど、一番驚いたのはあのチクリ宦官(以降チクリーに省略)だった。私は首をひねってチクリーを睨んだが、彼はその場で必死に笑いを抑えていた。
太子兄ちゃんは、テーブルマナーの通りに箸を箸置きに戻すと、真剣な顔をして私にこう聞いた。
「お凛ちゃん、お凛ちゃんは、将軍がどういう職業なのか知っているの?」
私は、大白府であの1回だけ会ったおじちゃんをチャネリングすると、将軍の務めを皇太子殿下に向かって滔々と語った。
最後に私は「その将軍は、私が女だから(将軍には)なれないって言ったけど、男だったら凄い将軍になれただろうって言ったの。あれから2年経ったけど、未だにわからないの。なぜ凛が男だったらなれるのに、女だからなれないのかって。」と言って、首を傾げた。
太子兄ちゃんは、今迄出会った人とは全く違って、全く否定することなく始終真剣に私の話を聞いてくれていたので、私としてはそれだけでもとても満足度が高かったのに、それどころか興味を示し、私に武術の経験はあるかと聞いてきた。
私は自分の理想とはかけ離れた現実を思い出し、本当に悲しくなって俯いてただ首を横に振った。
「では、私がお凛ちゃんに稽古をつけてあげよう。」
太子兄ちゃんのこの神発言に私は自分の耳が聞き間違いをしたのではないかと、耳を疑った。
しかし、チクリーをチラッと見ると、必死に太子兄ちゃんに向かって×サインを送っていたので、私は、空耳ではないことに気づけ、すぐに太子兄ちゃんに向かって自分史上最高の笑顔で、うんと大きく頷いた。
太子兄ちゃんは続けた。
「私は午前は博士達を指導しなければならないが、午後なら行事が無い限り毎日空いているから、君に武術を教えられるよ。」
もう私には、太子兄ちゃんが神に見えた。
やっぱり天子様なんだと心の奥底からそう思った。
こうして私は、この国の王子様と、お凛ちゃん、太子兄ちゃんと呼び合う友達になり、毎日午後太子兄ちゃんと会ってずっと憧れていた武術を教えてもらえるようになったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
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