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あなたの戦闘力は53万です〜田舎の山奥でひっそり暮らしていた武闘家の少年は、魔王軍を相手に無双するそうです〜

作者: 十日兎月



「なんと! それはまことであるか!」



 謁見の間……俗に王座の間とも言われる場所での事だった。

 豪奢に設えた王座に、これまた絢爛豪華な装いの王が、半分身を乗り出しながら眼前にかしずく魔導師に訊ねた。

 対する魔導師は、その年若い見た目とは裏腹に、厳粛な声音で返答する。

「はい。間違いありません。ここから遠方の……国境の境にある山にて、とてつもなく強い力を感知しました。観測機で確認した限り、おそらくは魔王に匹敵する力があるのではないかと」

「信じられぬ……それほどの者が我が国に健在していたとは……」

「多数の魔導師の協力の元、観測機の精度を試行錯誤しながら改良いたしましたので、より遠方にいる強者を感知できるようになったおかげかと」

「うむ。我が国のため……いや、この世界の平和のためによくぞ尽力してくれた。そなたの功績はいずれ国中に知れ渡る事であろう」

「もったいなきお言葉。しかしこれも、王や仲間の魔導師はもちろん、観測機の改良に手を貸してくださった皆様の力あってこそ」

「そうか。して、その者に使者は」

「まだ手配しておりません。なにぶん遠方の……しかも山深い場所にいるようなので、できれば道中で迷わぬよう、小型の観測機を操作できる魔導師が適任ではないかと」

「ふむ。しかしそうなると、相当体力のある魔導師でないと山奥までは辿り着けないのではないか?」

「仰る通りでございます。そのため、転移装置で行けるギリギリのラインを狙って向かう予定であります」

「転移装置……だがあれは、かなりの熟練者でないと扱えぬものでは?」

「はい。なので──」

 そこまで言って、魔導師はおもむろに立ち上がったあと、胸の前で敬礼しながら声高にこう続けた。



「そのお役目、このルルアめにお任せください!」



 ☆ ☆ ☆



 昔、じぃちゃんがよく言っていた。「山は自然の恵み、太陽は天の恵み、そして人は心の恵み」だと。

 そしてこうも言っていた。「困っている人や助けを求めている人を見かけたら迷わず助けなさい。それはお前の心の恵みになる」と。

 そんなわけで、爺ちゃんの言いつけを守って、いかにも山中で遭難していたっぽい人を迷いなく助けたわけなんだけど──



「ぜはぁ! ぜはぁ! ぜぇぜぇぜぇ……っ!」



 遭難した人、めちゃくちゃ息切れしてた。

 というか、今にも呼吸が止まりそうだった。

「おーい、大丈夫かー? よかったら背負ってやろうかー?」

「い、いえ、見ず知らずの男性にそこまでしてもらうわけにもいかないので……ぜひゅーぜひゅー!」

 と、相変わらず息も絶え絶えに答える遭難者、もとい白髪の女の子。

 見た目はオレと大して変わらない年齢(たぶん15歳くらい?)な感じだけど、こんな山奥に女子ひとりで来るなんて、ずいぶんと無茶するなあ。しかも明らかに山に不慣れな感じだし。

「なあ、あんた。こんな山奥に何しに来たんだ? 変なローブ被ってるし、裾も無駄に長くて歩きづらそうだし、それ以前に軽装だし、色々と山に入るには無謀過ぎる格好だと思うぞ」

「こ、こんなはずじゃなかったんです……。予定では目的地近くの山中まで飛ぶつもりだったのですが、目標が外れてこんな辺鄙な所に……!」

 言っている意味はわからんけど、どうやら遭難しかけていたのは間違いないらしい。

「まあ、こんなところにいつまでもいるわけにもいかないし、とりあえずオレのいる小屋まで案内するつもりでいるけど、あんたもそれでいいか?」

「そ、そうですね。本当はすぐにでも会いたい人がいるのですが、なぜかここではハカレターもおかしくなって使えませんし、ひとまずあなたに付いて行く方向で……」

「吐かれた? 気分でも悪いのか?」

「いやそういう意味じゃなく……うっ。苦し過ぎて本当に気持ち悪くなってきました……」

「しょうがねぇなあ。ほら、やっぱり背負ってやるから、遠慮なくオレにおぶされ」

「うぅ……面目ありません」

「いいっていいって。情けは人の為ならずってな。困った時はお互い様だ」

 なんて爺ちゃんが昔よく言っていた言葉をそのまま口にしつつ、よろよろとおぶさってきた白髪の子を難なく背負う。

 うお、思っていたよりめちゃくちゃ軽いな。正直同い年くらいの女の子と接するのは初めてなので基準はわからんけど、もっと重いもんかと思ってた。まるで木の葉でも背負っているかのような気分だ。

「んじゃ、さっそく行くとするか。もうじき昼飯時だから、ここからかっ飛ばして行くぞー」

「え? いやでも、私を背負ったままでこの傾斜の険しい山を登るのは大変じゃあ……ってぎゃあああああああああああああああ!?」




「し、死ぬかと思った……」

 あれから、十五分ちょっとくらいで無事オレんチに辿り着いたあと。

 白髪の女の子は何故か真っ青な顔色で床に両手を付いていた。

「大袈裟だなあ。あれくらい普通だろ?」

「全然普通じゃないですからっ! さながら全力で走る馬にでも乗っているかのごとく猛スピードで山中を進んでいったんですよ!? いつ滑落するかとか木々に衝突するかとは色々命の危険を感じる瞬間があり過ぎて、肝が冷えたどころじゃありませんでした!!」

「えー? でもちゃんとあんたを支えながら駆けていったから落ちる心配なんて全然なかったはずだぞ? それに木だってちゃんとよけてたし」

「そうでしたけど! そういう問題でもなくて!」

「まあまあ。ひとまず水でも飲んで落ち着け」

 言って、水の入った竹筒を渡す。

「あ、これはご丁寧にどうも……」

 受け取ると、白髪の女の子はよっぽど喉が乾いていたのか、そのまま一気に飲み干してしまった。

「はあ〜。生き返る〜。あ、これ、ありがとうございました」

「おー。しかし、いい飲みっぷりだったなな」

 空になった竹筒を受け取って流し場に置いたあと、オレも女の子の前に腰を下ろした。

「は〜、ほんと助かりました。一応山に登るための飲み物とか小道具とかもカバンに入れて準備していたのですが、途中で落としてしまい……」

「あー。だから会った時、何も持ってなかったのか。やたら軽装だし見慣れない格好してたから、最初はヤバい奴かと思ってちょっと警戒してしまったぞ」

「うぅ……本当はこんなはずじゃなかったんです。予定では目標地点の近くまで転移して、そこから日が暮れるまでに目的の人物を探すはずだったのに……」

 ここまで話を聞くに、どうやらそそかっしいというか、かなりおっちょこちょいな子のようだ。

「じゃあ良かったな。日が暮れる前にオレに見つかって。でなかったから、あのまま遭難してくたばってたか、下手したらその辺にいた獣に襲われてたぞ」

 オレがそう言うと、白髪の女の子は「ひえっ」と小さく悲鳴を上げてさらに顔を青褪めた。そこまで考えていなかったらしい。

「ほ、ほんとに命拾いしました……。いざとなれば帰る方法もあるにはあったのですが、あんな平地でもないところでは魔導印まどういんもまともに描けたかどうか……」

「なんかさっきから聞き慣れない言葉ばかり出てくるけど、結局あんた、どこから来たんだ? 少なくとも山の麓にある村から来た奴じゃないだろ? どう見ても山に慣れてないっぽいし」

「あ、はい。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」

 言って、いったん竹筒を床に置いたあと、白髪の女の子は居住まいを正してこう続けた。



「私の名前はルルア……ここから山を越えた遠方にある王都から来た、ニンジの国の魔導師です」



「ニンジの国……魔導師……」

 その言葉に、オレは思わず首を捻った。

「うーん。悪いけど、どれも聞いた事ねぇなあ」

「聞いた事ないって、一応この山もニンジの国の領内なんですが……まして魔導師を知らないなんて、よほど人と隔離した生活を送りでもしない限りはそんな事ありえないはずなんですけれど……」

「実際、人里には全然下りないしなあ。三ヶ月に一度くらいに山で取れた山菜とか獣肉を物々交換しに行く程度だし」

「なるほど。あまり人と接する機会がない生活を送っているんですね。それもこんな山奥ともなると、世間に疎くなるのも無理はありませんか……」

「ああ。だからルーラの言っている事はちょっとオレにはわかりづらいな」

「ルーラじゃなくてルルアです……」

「おっと、悪い悪い。名前を覚えるのは昔から苦手だからうっかり間違えちまった」

「いえいえ。ところで、あなたのお名前は?」

 あー。そういやオレもまだ自分の名前を言ってなかったっけ。



「オレはソラ。小さい頃からずっと爺ちゃんと一緒にこの山で修行している武闘家だ」



「武闘家……」

 そうオレの言葉を繰り返したあと、ルルアは今になって気付いたとばかりに「あっ」と小さく声をこぼした。

「だから、そんな道着のような格好を……」

「これか? クマの毛皮から作ったもんだけど、よく出来てるだろ? 意外と丈夫で物持ちもいいんだ、これが」

 なにせ、小っちゃい頃に着ていた道着を雑巾にして今も使ってるけど、まだまだ現役だしな。

 今着ているやつもだんだんキツくなってきたからそろそろ新しくした方がいいかもしれんが、少なくとも今の道着を雑巾にする予定は当分先になるような気がする。

「今の話を聞いて腑に落ちました。私を抱えて山の中をぐいぐい進めたのも、幼い頃からこの険しい山で修行していたおかげだったんですね。どうりで、私以上に軽装だっだったわけです」

「ここはオレにとって庭みたいなもんだしなー。麓の連中みたいに山用の装備は必要ねぇんだ」

「確かに、いかにも鍛えている感じと言いますか、どこにもいる黒髪の少年といった顔とは裏腹に筋肉がすごいと言いますか……。その辺にいる兵士や冒険者よりもなんだか強そうです」

「強いかどうかはわからんが、クマやイノシシくらいだったら簡単に倒せるぞー」

「いやそれ、十分に強い方だと思うんですが……」

 そこまで言って、ルルアは唐突に首を傾げた。

「……あれ? 観測機が感知した強大な力の持ち主って、ひょっとしてソラさん? いえでも、そのわりには魔王と倒せるような雰囲気には見えないと言いますか……」

 またなんかルルアがよくわからない事をぶつぶつ呟き始めた。

 ルルアはよくわからない事を言うのが好きなやつなのかもなー。

「あ、そういえばソラさん。さっきお爺さんがいると言っていましたよね? そのお爺さんはとてもお強いんですか?」

「おう、強いぞー。なんせオレの師匠だからなー」

「ほんとですか!? じゃあその人かもしれません!」

「? 何がだ?」

「実は私、ここにいる強大な力の持ち主を訪ねてきたんです。とある任務を果たすために」

「任務? それで爺ちゃんの力を借りに来たのか?」

 はい、と真剣な顔で頷きルルア。

「そっかー。でもわざわざこんな山奥まで来てもらって悪いけど、それは無理だ」

「な、なぜですか? もしや、とても気難しい方だったり……?」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 どう説明したもんかと頬を掻きつつ頭を悩ます。ぶっちゃけ、今のルルアに本当の事を言っていいかどうかわからなかったからだ。

 なんか知らないけれど、爺ちゃんに期待してここまで来たみたいだし。

 でもやっぱりここは正直に話し方がいいか。隠したところでどうにもならないしな。

「ごめん。ちょっと言いづらいんだけどさー」

 と前置きしつつ、オレは言葉を紡いだ。



「実は爺ちゃん、二年前に死んじゃってるんだわ」



「……………………………………………………、ほわ!?」

 少しの沈黙のあと、ルルアが素っ頓狂な声を上げて驚愕した。

「え、え、え? な、亡くなられていたんですか? 二年も前に?」

「おう」

 そう頷くと、よほどショックだったのか、ルルアがガクッと項垂れた。

「そ、そんな……。じゃあ、私は一体なんのためにここまで……」

「なんか悪いなー。大事な用があったみたいなのに」

「い、いえ……。亡くなられていたのは非常に残念ではありますが、仕方のない事ではありますから。ちなみに、お爺さん以外にお強い方ってこの山にいたりします?」

「いや。ここには昔からオレと爺ちゃんしか住んでないなー」

 正確に言うと元々オレは生まれて間もない頃にこの山に捨てられて、そこをたまたま通りがかった爺ちゃんに拾われて、それから二人で一緒に暮らすようになったんだけど、別にそこまで詳しく話す必要はなさそうかな。ルルアもそれどころじゃないみたいだし。

「そうですか……。あれ? でもそうなると少し変ですね。さすがに改良した観測機でも亡くなられた方の戦闘力を測る事はできないはずですし……」

 またなにやら意味不明な事をぶつぶつ呟いたあと、ルルアはゆっくり顔を上げてこっちをジッと見つめてきた。

「という事は、観測機が感知した強大な力は、もしかしてソラさん……?」

 ん? オレ?

「いやでも、状況から考えてソラ以外に考えられませんが、しかしとてもそんな風には……。いえ、私を担いだ状態であんなスイスイ山の中を進めるくらいなんですから、強い事には強いんでしょうけれど……」

「なんだ、ひょっとして爺ちゃんじゃなくてオレの方に用があったのか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。こういう時のためのハカレターを用意してあるので!」

「吐かれた? また気持ち悪くなっちゃったのか?」

「『吐かれた』じゃなくて『ハカレター』です! とにかく少しお待ちを!」

 言いながら、ルルアは慌てた手付きで懐からルーペのようなものを取り出した。

「それがハカレターってやつか?」

「はい。戦闘力を測るための魔導具の一種です」

「魔導具ってのはなんだ?」

「あー、そうでした。ソラさんにはそこから説明する必要がありましたね」

 そこで喉の調子を整えるようにコホンと咳払いしたあと、ルルアは再度口を開いた。

「ソラさん。この世界が戦闘力という数値で強さが決まっているという事くらいは、さすがに知ってますよね?」

「いや、全然知らん」

「そこからですか……」

 まあソラさんはほとんど世間に触れずに育ってきたようなので仕方ないかもしれませんが。

 と、ちょっと溜め息混じりに言ったあと「えーっとですね」とルルアは続けた。

「戦闘力というのは、文字通り個人の強さを表した単位ものなんですけれど、その戦闘力を魔導具という特殊な道具を使用する事によって数値化する事ができるんです。ここまではわかります?」

「おー。でもそれ、その魔導具ってやつを使わないとわからないものなのか? それができるまでは一体どうしてたんだ?」

「戦闘力を測定する魔導具が発明されたのは今から百年も前の話ではありますが、それまでは戦闘力という概念もなかったそうです。聞くところによると昔は実際に闘ってみるか、もしくは、感覚や雰囲気で相手の力量を判断していたようですね」

「それ、オレと爺ちゃんがよくやってたやつだな」

 今は簡単に猛獣相手でも勝てるようになったから全然やらなくなったけど、修行をやり始めた頃は勘で判断するしかなかったから、自分には勝てないかもと思った相手からは速攻逃げてたなー。爺ちゃんにも「逃げは負けじゃない。勝つための手段のひとつだ」って言っていたし。

「魔導具がない環境だと、普通はそうはなっちゃいますよね。今はもう魔導具で戦闘力を測るのが常識となっているので、普通の村人でも役所に届ければ戦闘力を知る事ができる世の中ではありますが」

「ん? その役所ってところにわざわざ行かないと測ってもらえないのか?」

「魔導具ですからね。私のような魔道士でないと扱う事はできません」

 で、その魔導に関する話に戻りますが、とルルア。

「魔導というのは、魔法という超常の力を人の身で扱えるようにした技術の事を指します。その魔導を形にした物が魔導具。そして魔導具の発明や取り扱いを許された職業が、我々魔導師というわけです」

「ほー。なるほどー」

 世の中には、色んな仕事があるんだなー。

「それで、今お前が持っているのが、その戦闘力を測れる魔導具って事か?」

「はい。ハカレターと言って、10年前に開発された小型の魔導具です。実はこれ、私の父が開発者なんですよ」

 えっへんと自慢げに胸を張るルルアに、オレはへえーと適当に相槌を打つ。

 何が凄いのかはよくわからんが、とにかくなんか凄い事なんだろうなっていうのだけはなんとなくわかった。

「ていうか、最初からそれを使えば山で遭難する事もなかったんじゃないか?」

「これは目の前にいる相手にしか使えないので……。姿が見えないくらい遠い場所にいる相手には使えない魔導具なんです」

「でもお前、ここには強い奴を探しに来たって言ってなかったか? さっきの話だと、ハカレターは使えないはずだよな?」

「ここへはハカレターではなく別の観測機を用いて来ただけなので……。それもハカレターみたいに数値までは測れない代物なので、こうしてハカレターを持ってここに訪れてみたというわけです」

「そっかー。なんか、なんでもできるってわけじゃないんだなあ、魔導具ってやつは」

「結局は人が作ったものですからね。欠点のない道具なんてこの世にはありませんよ」

 それはともかく、とルルアはハカレターを顔の近くまで寄せた。

「そういったわけなので、一度ソラさんの戦闘力を測らせていただいてもよろしいですか?」

「別にいいぞー。お前が求めてる強い奴かどうかはわからんけど」

「では遠慮なく」

 言って、ルルアはハカレターのレンズ部分でオレを覗いた。

 すると、一瞬唖然としたように両目を見開き。

 次に、まじまじと凝視するようにオレを見つめたあと。

 最後に、コトンとハカレターを床に落として、



「え……ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 


 と、突然大声を発して立ち上がった。

「そ、そんな、信じられません! こんな数値、今まで見た事も聞いた事も……!」

「ん? こんな数値って、どんな数値なんだ?」

「お、落ち着いて聞いてください、ソラさん」

 この場で一番動揺しているルルアに言われても説得力も何もないけど、とりあえず指示通り平常心を心がけて耳を傾けてみる。



「さ、38万──それがソラさんの戦闘力です!」



 それを聞いて、オレは──

「あ、うん」

「反応うっす! え、どうしてそんなに反応が薄いんですか!? 38万ですよ38万!」

「そうは言われても、みんながどれくらいの戦闘力なのか知らないし」

「あ、そういえばそうでした……魔導具も知らなかったわけですし、世間一般の戦闘力なんて知るはずもないですよね」

 とオレの返答を聞いて、いくらか落ち着きを取り戻したように大人しく座り直すルルア。

「お騒がせしました。えー、先ほどの話ですが、村人だと戦闘力は5。一般兵は300くらいと言われてます。冒険者だとたまに1000を超える人がいる程度です」

「ほー。それだけ聞くと、なんかオレ、めちゃくちゃ強そうに聞こえるな」

「『強そう』ではなく実際『強い』んですよ、数値の上では! それこそ魔王以上ですよ、これは!」

 またなんか知らん単語が出てきたな。

「何度も質問して悪いけど、魔王ってなに?」

「……なんかもう、ソラさんに何を訊かれても動じなくなってきました」

「すまんな。なんも知らんくて」

「ああいえ、生い立ちが生い立ちですからね。別にソラさんが謝るような事でもないので、そこは気になさらないでください」

「おー、あんがと。で、魔王ってのは?」

「魔王というのは、100年ほど前に突如現れた、世界滅亡を企む存在の事です。魔王は魔族と呼ばれる邪悪な者達を無数に従えていて、今日こんにちに至るまで私達人類とずっと争っています」

「へー。全然知らんかった。今まで魔族なんて見た事もなけりゃ聞いた事もなかったからさー」

「あー。ここはかなり山奥ですからねー。世界のあちこちで暴れている魔族も、ここまで足を運ぼうという気にならなかったんだと思います」

「つまり、ど田舎には興味ないってわけか」

 身も蓋もない言い方をすればそうなってしまいますね、と苦笑するルルア。

「ただ、魔族の最終目標は人類の根絶なので、ここもいずれどうなるか……。まだ魔王が直接動いたという話は聞かないので、今すぐ世界中が火の海になるという事はないと思いますけれど」

「ふむふむ。んで、そうなる前に、魔王に勝てそうな奴を探してたと」

「はい。まさにそれがソラさんだったわけです!」

「んー。まあ事情はなんとなくわかったけどさ」

 腕を組みつつ、もう何度目になるのかもわからない質問をルルアにぶつけてみる。

「魔王って結局どれくらいの強さなんだ? そもそも魔王の強さなんていつ調べたんだ? よくは知らんけど、めちゃくちゃ強いんだろ、魔王って。そんなやつの強さなんて調べられるもんなのか?」

「30年ほど前に魔王と接近できた凄腕の冒険者達がいたそうで、その時に戦闘力を測ったそうです。あの頃はハカレターなんてなかったので、当時は重い上に大きい観測機を使用したみたいですよ。まあそれ以上に、あの魔王から命からがら逃げ延びたという逸話の方が驚きですけれど」

 ちなみにその冒険者達は国からたくさんの報奨金を貰って、その後は悠々自適な生活を送っているそうです。

 そう付け加えたルルアに、オレは「へぇ」と相槌を打った。

 魔王がどんだけやばい奴なのかはわからんけど、世の中にはそんな気骨のある奴もいるんだな。

「それで魔王の戦闘力の数値ですが、当時で32万はあったそうです」

「32万かー。じゃあオレの方が5万以上も高いんだな」

「ええ。ですがあくまでも三十年前の話なので、今はどうなっているか……」

「そっかー。でもさ、今までの話だと魔王の居場所はとっくにわかってるんだろ? だったら国中の兵士とか冒険者とかを集めて攻めたら、案外なんとかなるんじゃないのか?」

「確かに魔王の居場所──魔王城のある所はすでに把握していますが、私達がいるこの大陸からとてつもなく離れた洋上にあるんです。しかも魔王城周辺の海には大勢の魔族達が番人をしているので、仮に船で行ったとしても、魔王と渡り合えるだけの軍勢が生き残っているかどうか……」

「だったらお前がここまで来るのに使ったやつは?」

「転移装置は地面のあるところにしか使えないので、海では無理なんです。しかも魔王城に地面はなく、床や外壁はすべて石材で出来ているので、転移を満たす条件には入らず……」

 うーん。色々と複雑な事情があるんだなあ。

「なので、改めてお願いいたします」

 言って、ルルアは深々と頭を下げた。



「どうか我が国の──いえ、世界を救うためにソラさんの力をぜひとも貸してください!」

「いいぞー」

「判断はっや!!!」



 オレの返答を聞いて、ルルアがおったまげたと言わんばかりに凄い勢いで顔を上げた。

「そんで、ノリかっる!!!! え、本当にいいんですか? こんな事を頼んでおいてなんですが、とても危険な旅になると思いますよ?」

「でも、その魔王ってやつのせいでみんな困ってるんだろ? だったら協力するよ。オレならその魔王ってやつに勝てるかもしれないんだろ?」

「それはそうなんですが、あくまでも30年も前の話ですし、それにたとえ戦闘力が当時のままだったとしても、どれだけの配下を従えているか未知数です。しかもどんな汚い手を使ってくるかもわからないので、命の保障はできませんが……」

「んー。まあなんとかなるだろ」

「ら、楽観的ですね……」

「オレだって、だてに小さい頃かりこの山でずっと修行してないしな。強さには自信がある。それに……」

 返事をしながら、オレはおもむろに腰を上げてルルアに手を差し伸べた。



「困っている人を見たら迷わず助けろって爺ちゃんに教えられたからな。だから、オレは全力でお前を助ける事にするよ」



「ソラさん……」

 ウルウルとした瞳でオレを見つめるルルア。

 その後、ルルアはオレの手を力強く握って勢いよく立ち上がった。

「ご協力、心から感謝します! これからよろしくお願いいたします」

「おー。こっちこそよろしくなー」

「さて、そうと決まったらさっそく準備しないといけませんね。ソラさん、今からニンジの国まで転移するので、今の内に荷造りなどをお願いします」

「ん? 別にこのままでもいいぞー」

「え? このままって……」

 と、なんか困惑した顔でオレの姿を上から下までジロジロと見てくるルルア。

「あのー、道着だけっていうのはさすがに……。着替えくらいは用意した方がいいのでは?」

「道着は他にもあるけど、今は洗濯中だしなー。濡れたままで持っていくわけにもいかんし、まあ、もしもこれが破れたりしたら現地調達すれば大丈夫だろ。基本、ここじゃあ自給自足が当たり前の生活だったしなー」

「現地調達って。ニンジの国は都なので、クマやイノシシといったけものは国から出ないと見つからないと思いますよ? まあいざとなれば服くらい、向こうで買えばいいだけの話ではありますが」

「でもオレ、金なんて全然持ってないぞ。さっきも言ったけど、自給自足の生活だったからさー」

「さすがにそれくらいはこちらでお支払いしますよ。無茶を言っているのはこちらなわけですし」

「マジか。それはありがてぇ」

「いえいえ。むしろこれくらいでいいのなら好きなだけ言ってください。ソラさんには魔王を倒すという大丈夫な使命があるんですから」

 そこまで言ったあと、ルルアは踵を返して、そのまま外に向かって歩き出した。

「ではさっそくニンジの国に行きましょう。暗くなる前に王への報告を済ませないといけませんから」

「おー。でもどうやってそこに行くんだ? 歩いていくのか?」

 歩いて行ったら日が暮れるどころか一か月近く掛かっちゃいますよと苦笑しつつ、ルルアは戸を抜けて外に出たあと、唐突に懐をまさぐり始めた。

「えーっと、確かこのへんに……あったあった。ニンジの国にはこの魔導具を使って行きます」

 じゃじゃーんとルルアが取り出したのは、一見すると小さなランタンのような物だった。

「それってランタンか? 麓の村へ下りた時に何度か見た事あるぞ」

「形状自体はランタンそのものですが、ただのランタンではありません。これは一瞬で空間を転移する事ができる『ヤードランタン』という名の魔導具です」

「おー。じゃあこの山にもその魔導具を使って来たってわけか」

「その通りです。他の荷物はうっかり落としてしまいましたが、これとハカレターだけは肌身離さず持ち歩いて本当によかった……。もしもこれまで無くしていたらと思うとゾッとしますよ……」

「でも、変な場所に転移してたよな?」

「た、たまたまです! まだ研究途中の魔導具なのでこれから改良していく予定なんです! 今後は寸分違わず転移できるようにしてみせますよ!」

「けど、それは改良前なんだろ? このまま使って大丈夫なのか?」

「……………………」

「……………………」

「た、たぶんきっとおそらく大丈夫ですよ! 実際ちょっとズレただけなんですから! 開発者の私が言うのもなんですけれど!」

「開発者だったのかー」

 おっちょこちょいなやつとだとは思ってはいたけれど、かなり行き当たりばったりな面もあるらしい。

「しかしまあ、しょうがないかー。オレもできるならはやく帰りたいし」

 何日も家を空けちゃうと埃かぶっちゃうし、それに保存食が傷んじゃうかもしれないしなー。

「そうでしょうそうでしょうとも! ではさっそく転移の準備に取りかかりますね!」

 何か誤魔化すように早口で言ったあと、近くにあった木の棒を手にして地面に紋様のようなものを描き出すルルア。

「? さっきから何してんだ?」

「魔導印という特殊な模様を描いています。これを描いてからでないと『ヤードランタン』が発動しないんですよ」

 言いながらも二人分は入れるくらいの大きさの模様を描いていく。

 そして最後に小さな円のようなものを描いたあと、そこにあのランタンを置いた。

「これでオッケーっと。あとは、これに私の魔力を注いで……」

 ルルアがランタンの頭に手をかざして、変な言葉を呟く。するとランタンの火が一人でに灯った。

「おー。手品みたい」

「そこは魔法みたいと言ってほしかったところなんですけれどね。魔導師としては」

 それはともかく、と苦笑いで続けたあと、ルルアは「はい」とオレに手を差し出してきた。

「私と手を繋いでください。こうしないと、一緒に転移できないので」

「わかった。そのあとは?」

「あとはこの魔導印の中に入ってもらえるだけで大丈夫です」

 了解、と言われた通りにルルアと手を繋いで紋様の中に入る。

「これで準備完了です。今すぐにでも転移できますけれど、忘れ物などはありませんか?」

「おー。こっちはいつでも大丈夫だぞー。さっそく頼むぜ、ルーラ!」

「いやあの、ここでその間違え方はやめてもらっていいです!? なんかこう、色々まずい気がするので!」

「あ、悪い。転移なんて初めての経験だからさー。テンションが上がるあまり言い間違えちまった」

「こほん。では気を取り直して……」

 言って、ランタンの頭に人差し指と中指を当てながら瞼を閉じるルルア。

 そして、気が付いた時には──




「おっ?」

 本当に一瞬の出来事だった。

 一度瞬きをしただけで、それまで目の前に広がっていた山の景色が全然見慣れない町へと一変していた。遠くの方には、城のようなものが見える。

「すげー。これが転移かー。こんなあっという間に着くものなんだな」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。長年研究された分野ですが、その理論を形にしたのが、何を隠そう隠す気もありませんが、このルルアこと私というわけです! どうですか? 驚いたでしょう?」

「おー。ところで、なんでこんな城から離れたところに転移したんだ? どうせなら城の近くに転移すればよかったのに」

「………………」

「………………」

「か、改良の余地があるという事で! 希望が見えたってやつですよ、ええ!」

「そういうドジを踏んでも全然落ち込まないところ、オレはけっこう好きだぞ」

 爺ちゃんもよく「人生なんて多かれ少なかれ間違いながら生きていくみたいなもんなんだから、せめて顔くらいは前を向いとけ」って言ってたし。こういうルルアの姿勢は素直に見習っていきたいと思う。

 まあオレも、昔から落ち込む事なんて全然ないけれどなー。

「好き……!? ゴホンゴホン! えっと、あ、ほら見てくださいソラさん! これだけの人を見るのは初めてのはずですよね!?」

 なんでか顔を赤くしながら慌てたように町中を指差したルルアに、オレは不思議に思いつつも視線を前に向ける。

 ルルアの言った通り、視界いっぱいの人が町を埋め尽くすようにひしめき合っている。麓の村の倍以上は人がいるかもしれない。

「確かにすごい人だなー。こんだけ大きな町なら、人がいっぱいいるのも当然かもしれんけども」

「城下町ですからねー。国中から来た人はもちろん、国外からもたくさんの人が訪れているんですよ」

 独り言のつもりで呟いたオレの言葉に、ルルアが律儀に応える。

「国外からも? 何しに?」

あきないだったり、国境を越えるための準備を整えたり、またはギルドに行ってパーティーを組んでくれる冒険者を探したり、人によって様々ですね。この一帯は商人が一番多いので、商売エリアとも言われいます」

「あー。そういえば色んな店があるなー」

 一つ例を挙げるなら、オレの右手側に『カカロッとう』とかいう名前の砂糖漬けにされたパンのようなものを売っているし、その逆の左手方向には『バイちゃ』とかいうやつを瓶詰めで販売していた。

「あの『バイ茶』とかいうのはなんだ? 見た目はすり潰した葉っぱにしか見えんけども」

「『ンチャホウレン草』というこの国の特産品を使った茶葉ですよ。ニンジの国の名産品ですね」

「へー。じゃあ、あの『太陽券』っていうのは?」

「劇場に入るためのチケットですね。ほら、ちょうど目の前を横切ろうとしている女性二人組がいるでしょう? ここでチケットを買って、これから劇場に向かうようですね」

 言われて、なんとなくあの二人に耳を澄ませてみると、



「今日の劇、ちょー楽しみ〜。とくに主役の二人がイケメン過ぎてヤバいよね〜」

「わかる〜。わたしはカメハメ派だわ〜♡」

「ワタシは断然マフー派♡」



 みたいな事を楽しそうに話していた。

「おー。どれも見た事も聞いた事もないものばっかだなー。賑やかっていうか、全力で走るのも一苦労しそうだ」

「絶対やめてくださいね? ソラさんのあの脚力でこの中を走ったら、怪我人続出じゃ済まない自体になりかねないので……」

 などと本気で心配している顔で言いつつ、

「ところで、ソラさんってさっきから普通に文字読めてません?」

 とルルアが不意に質問してきた。

「おー。それがどうかしたか?」

「いえ。ずっと山育ちだったそうなので、そういうのはてっきり習っていないものかと……」

「爺ちゃんに最低限の教養は持っとけって言われて、小さな頃に文字の読み書きと計算の仕方を教わったからなー。勉強は苦手だったけど、この国の文字くらいならなんとなくわかるぞ」

「とてもステキなお爺さまだったんですね。心からソラさんに愛情を注いでいるというのが、今の話でよくわかります」

「おー。爺ちゃんにはすごく感謝してるぞー。爺ちゃんがいなかったら、今のオレはいなかったからなー。爺ちゃん以上に尊敬している人はいないぞ」

「ふふ。お爺ちゃんっ子なんですね、ソラさんは。そういう事が素直に言えてしまうくらい、本当に大好きだったんですね」

「そうだな。でも爺ちゃんの事を褒めてくれたルルアも大好きになったぞ」

「ほわ!? 大好きなんてそんな、女の子に軽々しく言うものでは……!」

「軽々しく言ったつもりは全然ないぞ。ちゃんと本音だぞ?」

「〜っ!!!!」

 突然ルルアが顔を両手で覆って悶え始めた。

 さっきまでは笑顔だったのに、急に赤くなったり隠したり、忙しいやつだなー。

「なんか知らんけど、大丈夫かルルア?」

「だ、大丈夫です。わかっていますから。ラブ的な意味ではなくてライク的な意味だという事は。ええ、よくわかっていますとも」

 とはいえ、これは強力ですね……と弱々しい声で呟きを漏らしつつ、ルルアはゆっくり顔を上げた。

「……コホン。えーっと、そろそろ城に向かいましょうか。国王も私達の帰りを今か今かと待っているでしょうから」

「おー。ところで、ラブとかライクってどういう意味なんだ? なにが違うんだ?」

「さあ行きましょうすぐ行きましょう速やかに行きましょう!」

 と質問に答える事もなく足早に城へ向かって進み出したルルアに、オレははてなと首を傾げながら後を追った。



 ☆ ☆ ☆



「おお、そなたが魔王に匹敵するほどの戦闘力を持った者か……!」

 城に到着すると、あれよあれよという間に話は進んで。

 オレとルルアは今、この国の王様とかいう人とだだっ広い空間で向かい合っていた。

 ルルアが言うには謁見の間って場所らしいけど、王様が着ている服や被り物を始めとして、座ってる椅子とか絨毯とか、とにかく周りにある物すべてがめちゃくちゃキラキラしていた。

 爺ちゃんからもそれとなく聞いた事はある。これがケンランゴウカってやつか。

 山育ちのオレにはただただ眩しいだけで住みづらそうとしか思えんけど、やっぱルルアみたいなやつにしてみれば、こういうお金持ちとか身分の高い人しかできない暮らしって羨ましいもんなのかな。

 なんてキョロキョロしていると、どうしてだか隣りで跪いているルルアに「ソラさん!」と小さな声で一喝された。

「王の御前ですよ! せめて私みたいに跪いてください!」

「なんでだ?」

「なんででもです! 王の前ではこうするのが普通なんです!」

「けど、王様の隣りにいる二人とか、壁際に並んでいるやつらはずっと立ったままだぞ?」

「彼らは護衛役なのでいいんです! ああもうソラさんのお爺さーん! どうせなら礼節もちゃんと教えておいてくださいよー! いや、事前にちゃんと確認しなかった私も悪いんですけれども!」

「よいよい、そのままで」

 と。

 ルルアが今にも泣きそうになったところで、王様が笑顔で片手を緩やかに上げた。

「我らはこの少年に助けを請うている側なのだ。礼節などこの際気にはせぬ」

「王……! なんて寛大なお言葉……!」

 王様の言葉にウルウルと瞳を潤ませるルルア。なんかすごく感動したらしい。

「んー。よくわからんけど、やっぱルルアの真似をした方がいいのか? ルルアも困ってるみたいだし」

「構わぬよ。少し世間に疎そうなところがあるようだが、ルルアを気遣うあたり、善良そうな少年ではないか。なあ、ルルアよ」

「……はい。少し常識に欠ける部分は見受けられますが、善人には間違いありません」

「うむ。して、この者の名は?」

「ソラです。ここから国境くにさかいにある山奥にて一人で生活しておりました。話を聞くと、山から離れた経験は一度もないそうです」

「ほう。……して、その戦闘力は?」

 と、それまで和やかだった雰囲気の王様が、突然豹変したかのように真剣な面持ちになった。

 そんな王様に、ルルアも緊張を隠せない表情でゆっくり口を開く。

「ハカレターで計測した結果、38万と出ました」

「38万!?」

 王様が驚愕に目を見開く。周りにいる兵士っぽい人達も、王様と同調するかのように「おお……!」とどよめきが起きた。

「38万……それが本当ならば、魔王を倒せるかもしれない唯一の存在となるわけか」

「左様でございます。まだ魔王側の戦力が未知数ではありますが、ソラさんを主軸に軍を編成すれば、魔王打倒も夢ではないかと」

「ふむ。でかしたぞルルア。さすがは天才魔導師と異名されるだけの事はある。そなたの功績は後世にも伝わる事であろう」

「もったいなきお言葉、光栄の極みでございます」

 へー。ルルアってそんなにすごいやつだったのか。

 オレ的にはドジっ子って印象の方が強いけど、この国だとみんなから頼りにされているんだな。

「ではさっそく、騎士団長と今後の作戦を──」



「ルルアよ! 少し待ってほしい!」



 と。

 ルルアが口が開きかけた途端、オレの真横に控えていた二十歳過ぎくらいの金髪の男が、鎧をカチャカチャ鳴らしながら前に進み出た。

「王よ。突然のご無礼、お許しください。しかしながら、わたくしめに発言の時間をいただけないでしょうか?」

「キュロットか」

 うやうやしく胸に手をかざして敬礼する金髪の男に、王様が少し意外そうに両眉を上げる。

「寡黙なそなたがこのような場で自ら発言するとは珍しい。よい、申してみよ」

「感謝いたします。ルルア、少しいいか?」

「は、はい! キュロット様!」

 金髪の男の言葉に、ルルアが驚きつつも背筋を伸ばす。

 もっとも驚いているのはルルアだけじゃなかったみたいで、

「あの副団長が王の御前に出た上、自ら進んで発言するとは……」

「騎士団長相手にすら、自分から軽々しく声をかける事なんて滅多にしないというのに……」

 とヒソヒソ話し合っていた。

「ルルア。君がすごく優秀な魔導師だという事は僕もよく理解している。君の亡くなった父君にもよく聞かされていたからね」

「い、いえ。恐縮です……」

「だから君の能力や魔導具を疑うわけではないが、しかしながら完全に信用するわけにもいかなくてね。ましてそれが兵士でもなければ冒険者でもない少年となるばなおさらだ」

「……つまりソラさんの実力を確かめたいと、そういう事ですか?」

「そういう事になるね」

 ルルアの問いに苦笑で頷く金髪の男。

「ですが、一体どうすれば……」

「簡単な事だよ」

 言って、金髪の男がオレを指差してきた」

 


「ソラくんと言ったね? 君に一対一の試合を申し込みたい」



 金髪の男がそう言った直後、またしても周りにいた兵士達──というか、ルルア達に合わせて騎士って言った方がいいのか?──そいつらも一斉にどよめいた。

「副団長が試合を……!? 自ら試合を申し込む事なんて滅多にしないあの副団長が……?」

「それも一般市民とはいえ、38万も戦闘力がある相手に……?」

「副団長は我ら騎士団の中でも一番警戒心が強いお方だからな。いきなり現れた余所者に思うところがあるのだろう。とはいえ、まさかここまでするとは思わなかったが……」

 うーむ。よくわからんけど、なんかオレ、だいぶ疑われているっぽいな。

 まあ、いきなり来た余所者に魔王とかいう悪いやつを倒しに来たって言われても普通は信用できないよなー。その魔王がはちゃめちゃに強いとなれば、なおさら。

 だったら、ちゃんとみんなの前で証明しないとな。ルルアが白い目で見られないようにするためにも。

「おー。オレはいいぞー。爺ちゃん以外との試合なんて初めてだから、けっこう楽しみだ」

「ほう。なかなか強気な少年だ。確かめ甲斐があるというものだね」

「キュ、キュロット様。本当によろしいのですか? キュロット様の戦闘力は確かに騎士団の中でも随一ですが、それでも5万──ソラさんとは差があり過ぎるとのではないかと……」

「確かに戦闘力にはかなりの差があるが、戦闘力はあくまでも目安のようなものでしかないよ。実際の戦いは経験や運も左右してくる。現に、戦闘力100の者が1000の相手に勝ってしまうというのもザラにある話だからね」

 へー。そうなのかー。

 ルルアが戦闘力戦闘力ってやたら口にしていたから、この国の人は戦闘力だけで強さを決めているのかと思ってた。

「さて、そんなわけでさっそくやってみようか」

 言いながら、腰に携えていた剣を近くにいた騎士に預けて、代わりに竹槍のような物を受け取っていた。準備早いなー。

「あの、キュロット様。まさかここで試合を……?」

「もちろん。王の前になるが、ここで怖気付くようでは話にもならないからね。周りにいる騎士もだれも止めやしないだろう?」

 あー。だから準備が早かったのかー。

 たぶんこの金髪が試合を口にした時には、すでに竹槍を持って来させていたんだろうなあ。

「ところで、ソラくんは何も持っていないように見えるけれど、得物はないのかい?」

「おー。オレは武闘家だからなー。拳がオレの武器みたいなもんだ。だからQ太郎も気にする必要はないぞー」

 キュロットだけどね、と金髪の男は苦笑で訂正しつつ、

「なるほど。それならこっちは遠慮なくこの竹槍を使わせてもらうとするよ。心配しなくて先は丸めてあるから殺傷能力はない」

 くるくると慣れた手付きで竹槍を回す金髪の男もといキュロット。おー、なんかカッコいい。

 オレも触発されて柔軟体操を始めてみる。ちゃんとストレッチしておかないと、足がつるかもしれんしなー。

「事前確認しておこう。時間は無制限。どちらかが行動不能になるか、先に降参を口にした方が負けという事でいいね?」

「いいぞー」

「ではルルアくん。君には開始の合図を頼む」

「は、はい! ではお二人とも、とりあえず中央まで来て、対面になってください」

 慌てた足取りで王様から離れて中央に立ったルルアの指示通り、オレとキュロットもルルアを挟むような形で正面に対峙する。

「お二人とも、心の準備はよろしいですか?」

「いつでもいいぞー」

「右に同じだ」

「では──」

 ルルアが高々と手を上げる。

 そして数秒後、勢いよく手を振り下ろした。



「試合、始めっ!!」 



「はっ!!」

 先に動いたのは、キュロットの方だった。

 牽制をかける事なく、すぐさま突っ込んできたキュロットに、オレは動じる事なくまっすぐ見つめ──



「ふんっ!」



 と、気合を入れてキュロットを吹き飛ばした。

 キュロットは、竹槍を持ったまま「くうっ!?」と呻いたあと、そのまま地面に接触する事もなく後方にあった石壁に勢いよく衝突した。

 その後、キュロットはズルズルと背中を擦らせながら地面に腰を下ろして、ぐったりと頭を垂れた。

 唖然呆然。周りの反応を描写すると、こんな感じだった。

 それからちょっとだけ静かな時間が過ぎて。

「な、なななな、なんですか今の!?」

 ルルアが大声を出したのを皮切りに、周りにいた騎士も息を吹き返したように、

「一体なにが起きたんだ!?」

「魔導具か!?」

「いやそんなもの、一度も使う素振りは見られなかったぞ!?」

 と次々に驚愕の声を上げた。

「ソラさん! 今のはなんです!? まさか魔法!?」

「いや、違うぞー。魔法なんて一度も見た事ないし」

「じゃあ、どうやってキュロット様を壁まで吹き飛ばしたんです!?」



「どうって、ちょっと気合を入れただけだぞ?」



 オレの返事に、ルルアはポカーンと口を開けた。

「き、気合を入れただけ……?」

「うん」

「気合を入れただけで、人があんなに吹き飛ぶもんなんですか!? どういう理屈なんです!?」

「ほら、よく『気圧される』って言うだろ? あれのすごいバージョンみたいな感じだ」

「すごいバージョンって、ほとんど超常現象じゃないですか! もはや『気圧される』なんてレベルじゃないですよ!?」

 そうは言われてもなー。

 実際にこうやってできちゃってるしなー。

「な、なるほど。これは間違いないようだね……」

 と。

 ルルアの質問に答えていた間に、気絶から復活したキュロットがよろめきながら立ち上がった。

「おっ。大丈夫だったかー?」

「問題ないよ。しかし、君はとんでもないね。いくら戦闘力に30万以上も差があったとはいえ、手足どころか指も触れずに倒されるとは夢にも思わなかった。文句なしの完敗だ……」

 言って、キュロットは覚束ない足取りで王様の近くまで寄ったあと、片足を付いて傅いた。

「王よ。この者の実力はホンモノです。彼ならば騎士団のみならず、他の部隊も安心して付いていく事でしょう」

「うむ。我もしかとこの両の眼で確かめさせてもらった。キュロットよ、実にご苦労であった」

「いえ。王に心から安堵してもらえるのならば、このキュロット、いつでもこの体を張りましょう」

「キュロット様……。もしかしてわざとあんな憎まれ役のような真似を……?」

「さあ、どうかな。案外、本当に実力を確かめてみたかっただけかもしれないよ?」

 ルルアの問いかけに、フッと微笑するキュロット。

「ん? もしかしてあんた、わざとみんなの前でオレの実力を試そうとしたのか? みんなから信用してもらえるように?」

「そういうのは口にしないで、心に留めておくのが男の心意気というものだよ、ソラくん」

 おー……。なんかよくわからんけどカッコいい事を言ってる気がする。なんとなくだけど。

「さて、ソラよ。これでそなたは正真正銘の救世主と認められた。今後は我が国の軍と共にその力を存分に奮ってほしい。ちなみに衣食住に関しては何も心配はないぞ。魔王を倒すまでは全面的に我が国が援助しよう。他にも望みがあるなら可能な範囲で叶えようではないか」

「じゃあ、ちょっとだけ質問していいかー?」

 挙手するオレに、王様は「うむ」と鷹揚に頷く。

「その魔王ってやつ、ルルアから聞いた話だと魔王城ってとこにいるんだよな? 魔王城は海にあるとも聞いたけど、船でどれくらいかかるんだ?」

「ふむ。軍の編成などの期間を除けば、船で約二週間と言ったところではあるが、魔族が魔王城周辺の海に徘徊しているはずであろうから、その殲滅も考慮するならばさらに月日を要するかもしれないとだけ答えておこう」

 そっかー。もしかしたら長い間、山から離れる事になるかもしれんのかー。

 この城や町が嫌いってわけじゃないけど、やっぱ山の方が落ち着くから早めに帰りたいんだけどなー。できたら今日中に。

 んー。何かいい方法ないかなー。なんかあっという間に着く方法は……。

 と。

 その時なんとなく目に留まった城内の円柱を見て、ぱっと閃くものがあった。

「なあ王様。望みがあったら何でも叶えてもらえるんだよな?」

「うむ。可能な範囲ではあるが」



「じゃあそこにある石柱、一本もらってもいいか?」



 オレの言葉に、王様はキョトンと目を丸くした。

 王様だけじゃない。その近くで跪いていたルルアやキュロット、そして周りにいた騎士達までもがオレに変な目を向けていた。

「あの、ソラさん。突然なにを……?」

「あ、そうだルルア。一応確認だけど、魔王城の場所はとっくにわかってるんだよな?」

「え、ええ……。30年前と同じ位置に巨大な力が観測されているので、方角に関しては問題ないかと」

「そんじゃまあ、暗くなる前にちょっくら行ってくるかー」

 そんなオレの言葉に。

 ルルアは「へ?」と間抜けな声を出した。



 ☆ ☆ ☆



「ぎょえやあああああああああああああああああ!?」



 王様との謁見が終わってから、しばらくして。

 オレとルルアは今、海の上にいた。

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 死んじゃいます本当に死んじゃいますからこれええええええええええええ!!」

 ていうか。



 海の上というよりは、石柱の上に立っていた。



「無理無理無理ぃ! 怖いぃぃぃ! 足を滑らせたら海に真っ逆さまじゃないですかぁぁぁぁぁ!!」

「大丈夫大丈夫。今みたいにオレにずっとしがみ付いていたら」

「そういう問題じゃないですぅぅぅぅぅ!!」

 難しい問題だなあ。

「そもそも、もっと良い方法はなかったんですか!? 全力で投げた石柱の上に飛び乗って魔王城まで行くなんてぇ!」

「でも、こっちの方が早いぞ?」

「そうかもしれませんけれど、それにしたって無茶苦茶すぎますぅぅぅぅぅ!」

 無茶苦茶かなあ? オレ的には良い方法だと思ったんだけどなあ。

 そんなこんなあって、今の状況を改めて説明すると。

 ルルアがさっき言った通り、オレは王様に頼んで石柱を一本貰った(割った)あとに、それを魔王城目掛けてぶん投げて、それからすぐさまルルアを連れて石柱の上に飛び乗ったのだ。

 理由はついさっきも言ったけど、その方が早いと思ったから。

「だいたい、そこまで急ぐ必要性あります!? 明日、魔王軍が一斉に攻めてくるとからならまだしも、今のところそんな話は来てませんし、こんな何も準備しないまま魔王城に行かなくてもよかったじゃないですかぁ! まして私達二人だけで行くなんて無謀すぎますよ〜!」

「けどさ、それってもしかしたら死ぬ人が出るかもしれんって事だろ? 知らん人でも人が死ぬのはイヤだし、オレ一人でなんとかなるなら、そっちの方がいいかなって。もしも途中で迷ったりしたらまずいから、ルルアだけは連れてきたけどさ」

「……私を連れていく事自体はいいんですけれど。もとより、そのつもりだったので。ただ、一言相談くらいはしてほしかったですよ……魔王城の方向を聞いたらすぐだったんですもん」

「あー。それはすまん。そこまで考えてなかった」

 さっさと魔王を倒して、とっとと帰る事しか考えてなかった。

 ニンジの国に着いてから思い出したんだけど、うっかり戸を開けっぱなしにしたままここまで来ちゃったんだよなあ。

 かなりの山奥だから盗人が来る心配はないと思うけど、サルとかクマとかが入ってくる可能性はあるからなー。家の中を荒らされたりしたらすごく困る。

「それ以前に、ですよ? もしも魔王城まで飛んで行く途中に高い山があったりしたらどうするつもりだったんですか? 絶対そこで行き詰まりになってましたよね?」

「その時はいったん石柱から降りて、それから山を登って適当な大木を倒したあとに、またその上に乗って行くつもりだったぞ」

「どのみち無茶な事に付き合わされていたってわけですね……」

 命がいくつあっても足りません、と深い溜め息と共に愚痴をこぼすルルア。

「そこまで心配せんでも、ルルアはちゃんとオレが守るから大丈夫だぞー。ケガひとつさせるつもりはないから安心しとけ」

「そ、それはどうも……」

「ん? なんかお前、ちょっとだけ顔が赤くなってないか? どうかしたか?」

「こ、こっち見なくていいですから! どうもしてません!」

 ところで! と相変わらず怒ったような口調でルルアが続ける。

「ソラさん、さっきからどうやって喋っているんですか? 私はソラさんの背の後ろにいるので、多少は平気ですけれど、普通は風圧で口も動かせないはずですよ? まして、こんな猛スピードで海の上を飛んでいるのに」

「んー。気合かなあ。気合があればなんでもできるしな」

「すごいな気合……」

 なんて話しながら海の上を飛んで、かれこれ3、40分くらいは経ったかな。

 まだだいぶ離れているけど、肉眼で豆粒サイズくらいの城のようなものが見えてきた。

「おー。あれが魔王城かー。けっこうでかそうだな」

 今はまだ豆粒程度だけど、めちゃくちゃ離れた位置から見てもあのサイズという事は、もしかしたらルルアの国で見た城よりもでかいかもしれん。

「ん? ていうかあれ、なんか浮いてないか?」

「ええ。洋上にあるとは言いましたが、海の上に浮かんでいるわけではなく、海の上の空に浮いた状態で城があるんです」

「へー。で、あれってどうやって浮かしてんだ?」

「おそらく魔法の類いではないかと。魔族は魔法を使える者もいますから」

「すげぇな魔法」

 気合よりもなんでもできるかもしれん。

「あれ? でも船で来たやつらはどうやってあそこに行くつもりだったんだ? 船からジャンプでもするつもりだったのか?」

「まさか。ソラさんならできちゃいそうですけれど、普通の人間はジャンプなんてしても全然魔王城には届きませんよ」

「じゃあ、どうやって?」

「魔王城の真下に転移用の陣があるんです。それさえ起動できれば私達でも魔王城に潜入する事自体は可能です」

 その起動がまた難しかったりするんですがと苦笑しつつ、ルルアは説明を続ける。

「しかし私が懸念しているのはそこではありません。重要なのは私達が『海王圏かいおうけん』のエリア内に入ってしまったという点です」

「なんだそれ?」

「『海王圏』……魔王城周辺の海を指すと同時に、魔王城における絶対防衛ラインの事でもあります。ここら一帯には特殊な結界のようなものが張られていて、侵入者が来るとすぐに魔王城にまで伝わる仕様になっているんです」

「でも、そのわりにはだれも来ないぞ?」

「おそらく、船ではなくこうして空を飛んでいるおかげかと。魔族には空を飛べる者は存在しないので。ただ……」

 その先は聞けなかった。



 突然海の中から、青い瞳の巨大なイカが現れたからだ。 



 距離自体はまだあるのですぐにどうこうってわけでもないけど、それでもめちゃくちゃデカいのだけはわかる。

 麓の村で一度だけ見た事あるけど、その時のイカよりも何十倍もデカいな。うちの家よりも一回り以上は大きいかもしれん。

「おー。なんだあれ?」

「あ、あれはブルーショウグン!」

 と、接近しつつある巨大なイカに慄いた表情で言うルルア。

「ブルーショウグン? あのイカの事か?」

「はい! 魔王城周辺の海を守っている魔族の内のひとりで、この海を支配している厄介な敵です! 『海王圏』という名も、あれを恐ろしさを忘れないために付けられたほどなんです! ブルーショウグンのせいで、これまでどれだけの船を沈められた事か……っ」

「ほー。でもなんでオレ達に気付いたんだろうな。空にいたら結界ってやつの力は働かないはずだろ?」

「ブルーショウグンは異様に気配を感じ取るのが上手いんです。今までもどうにか魔族達の猛攻を振り切りつつ、密かに魔王城へ潜入しようとした事もあったのですが、ことごとくブルーショウグンに防がられてしまい……」

 なるほど。気配を読める相手ってわけか。

「けど、そこまで心配する必要もなくないか? だってこっちは空にいるわけだし。たぶんあいつが脚を伸ばしても届かんと思うぞ?」

「ブルーショウグンの脚は通常のイカよりも何倍も長いんです! もしかしたら、こちらまで届くかもしれません! そうなったら吸盤に引っ付かれて逃げ道が無くなっちゃいますよ!」

「マジかー。それは困るな」

 川では何度も泳いだ事はあるけど、海は一度もないしなー。というか海を見たのもこれが初めてだし。

 まあ、それでもなんとかできる自信はあるけど、オルルアはさすがにヤバいかもしれないな。もしも海まで引きずり込まれでもしたら、オレが助けるまでに息が続くかどうかもわからんし。

 という事は、あれだな。センテヒッショウしかないなー。

 などと考えている内に、ほんとにイカがオレ達に向けて勢いよく数本の脚を伸ばしてきた。水飛沫を上げながら。

「き、来ましたよソラさんっ!」

「おー。任せとけ」

 なんて応えつつ、オレは足元の石柱を少しだけ手掴みで砕いて。



 それを石つぶてみたいな感じで、巨大イカ目掛けてぶん投げた。



 すると、巨大イカは石柱の破片が直撃すると共にけものみたいな絶叫を上げながら、そのまま海の中に沈んでいってしまった。

「おー。海が黒くなってるー。イカの血って黒いんだなあ」

「いえ、たぶんあれはイカ墨……じゃなくて! なんですかあれ!? あっさりブルーショウグンを倒しちゃったんですけれど!?」

「おー。さすがに空から腕は届かんから、適当なやつでも投げて攻撃すれば何とかなるかなって思ってな。で、石柱くらいしか周りになかったから、それをちょっと砕いて投げ付けてみたらどうかなって。名付けてアラレ攻撃だ」

「割とそのまんまのネーミングですね……」

 それ以前にハチャメチャ過ぎます、となんでか呆れた口調でルルアに言われてしまった。なんかダメだったのかな?

 とかなんとか言っている間にも、魔王城に近付きつつあった。

 おー。こうして近くから見るとやっぱりでかいな。割と高めに石柱を投げたつもりだったのに、それでも魔王城の中央くらいの一度にしか行けそうにない。あとは自力で上るしかないかー。

「……あのー、ソラさん」

 と。

 オレが魔王城を見上げていると、背中にいるルルアが恐る恐るといった感じで声を掛けてきた。

「私、今さらながら重大な事実に気付いてしまったんですが……」

「ん? なんだ?」

「私達、このまま行くと魔王城の外壁に思いっきり衝突してしまうと思うんですけれど、このあとはどうされるおつもりなんでしょうか?」

「………………」

「………………」

「あ」

「いや『あ』ってなんですか『あ』って! まさかのノープラン!?」

「あーまあ、なんとかなるだろ。いけるいける」

「どちらかというと『逝ける逝ける』の間違いなのでは!? いやああああ! こんな所で死にたくなんてないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「ルルアは心配症だなあ」

 まあでも、オレはともかくルルアにケガをさせるわけにはいかんし、ここはオレがクッションになって少しでも衝撃を柔らげてやらないとな。




 なんやかんやあって。

 オレとルルアは今、魔王城の中にいた。

「こ、今度こそ本当に死ぬかと思った……」

 と、オレの横で地べたに手を付きながら、ルルアが震えた声で呟く。

 まるで全力で走ったあとのような、そんな息も絶え絶えな感じで。

「覚悟はしていたつもりでしたが、石柱ぐ外壁にぶつかった瞬間、走馬灯が見えそうになりましたよ……」

「でも、どこもケガはしなかったろ? 無事に済んでよかったな」

「無事って言えるんですかね……? いや、確かにソラさんがとっさに身を挺して庇ってくれたおかげでケガひとつありませんでしたけれど、そのせいで埃まみれだわ寿命は縮んだわで、相対的に見たら無事とも言えないような……」

「あー、それはすまんかった。女の子は汚れるのを嫌がるって、爺ちゃんも言ってたような気がするし、もうちょっと気を遣うべきだったかも」

「……いえ。よくよく考えたら敵地に来ているわけですし、汚れなんて今さら気にしている場合じゃないですよね。こちらこそ些末な事でつまらない愚痴を言ってしまってすみませんでした」

 言って、パンパンと肩や裾に付いた埃を手で払いながら、ルルアはゆっくり立ち上がった。

「あ、訊くまでもないかもしれませんが、ソラさんの方は大丈夫でしたか? 思いっきり背中から壁に当たっていましたが」

「おー。これくらいなら全然平気だぞ」

 こんなの、爺ちゃんと稽古していた時に比べたら蚊に刺されたようなもんだ。

「それは何よりです。さて、ここからどうしましょうか……」

 なんて話していると、どこからともなく地鳴らしのような足音が聞こえてきた。

 その足元はあっという間にでかい音へと変わり、気が付いた時には人間じゃない二足歩行の変な生き物がオレ達の前に押し寄せてきた。

「おー。なんかいっぱい来たけど、なんだあれ?」

「魔族ですよ魔族! 騒ぎを聞いて駆け付けてきたんですよ!!」

「あー。めちゃくちゃ壁ぶっ壊しちゃったもんなー。やっぱ弁償かな?」

「そんな心配している場合ですかっ!」 



「ほう。衝撃音を聞いて来てみれば、まさかの人間だったとはな」



 と。

 一番先頭にいた牛みたいなやつが、着ている鎧をカチャカチャ鳴らしながら前に出てきた。

「しかも壁を突き破ってくるとは。人間が来るのはもう何十年前になるかわからないくらいだが、さすがにこんな派手な登場は予想だにしなかったぞ。なあ、コガネよ」

「きひひ。とはいえ所詮は人間──魔王軍特攻隊長であるホッカイ様の手にかかれば、やつらなど羽虫を潰すかのごとく容易く葬れましょう」

 今度はローブを着た骸骨が牛の魔族に並んで言葉を返した。骨にしか見えんけど、あいつも魔族って事か。

「あ、あれは『暴虐のホッカイ』に、『謀略のコガネ』……!」

「ん? 知ってるのか?」

「はい! どちらも厄介な敵です! ホッカイは一個小隊を一人で壊滅状態に陥りさせたほどの相手で、コガネはその残忍極まりない策略で多くの被害が出ています! 油断は禁物ですよソラさん!」

「おやおや。どうやらこちらに詳しい人間がいるようですねぇ、ホッカイ様」

「ふん。関係ないわ。どれだけこちらの事を知られていようと、俺様の手に掛かれば無意味も同義」

「仰る通りで。しかし彼奴きゃつらは仮にもこの魔王城に侵入できたほどの実力者……用心するに越した事はありますまい」

 言いながら、骸骨の魔族が懐からルーペのような物を取り出した。

 ていうか、あれって──

「あれはハカレター!? なんで魔族が!?」

「やっぱりそうか。いつ魔族にあげたんだ!?」

「あげるものですか! おそらく戦場かどこかで盗まれたんだと思います! しかし、たとえ盗まれたとしても邪悪な魔力には反応しない仕様になっているはずなのに、どうして……!」

「きひひひひ! そんなもの、我らが使えるように改良すればいいだけの事! 我が研究班にかかれば造作もなかったわ!」

「そんな……!」

 骸骨の魔族の言葉に、ルルアは愕然とした面もで後ずさった。

 そういえばハカレターって、ルルアの父ちゃんが開発した魔導具なんだっけ? どれだけすごいのかはわからんけども、父ちゃんが苦労して作ったものをいともあっさり改良されたら、そりゃあショックもでかいよな。父ちゃんの事、すごく尊敬しているような感じだったし。

「どれ、まずはそこの女子おなごから測ってみるか……戦闘力たったの300? ゴミじゃな」

 嘲笑混じりに言う骸骨の魔族に、ルルアは「くっ」と悔しそうに表情を歪めた。

 戦闘力をバカにされた事よりも、実際にああやって魔族にハカレターを使われている事の方が悔しいんだろうな、きっと。

「さて、次は隣りの男じゃな。まあどうせ、こいつのカスみたいな戦闘力に違いない……ん!?」

「どうしたコガネ。急に妙な声を出して」

「そ、それがホッカイ様、こやつの戦闘力が正確に測れないです……。1000から5000、8000、9000と先ほどから数値の上昇が止まらな──戦闘力10万を超えた!? こやつめ、一体どれだけの戦闘力を……ひょえ!?」

 と。



 一体何が起きたのか、オレの戦闘力を測り終えるまでにハカレターが突然煙を出したあと、爆発音と共にバラバラになってしまった。



「なあルルア。あいつのハカレター、なんか壊れてしまったみたいだぞ。不良品だったのか?」

「いえ、そんなはずは……おそらく改良が元でハカレターに何かしらの負荷がかかって、高過ぎるソラさんの戦闘力を正確に測れなかったのではないかと」

「なんだ。じゃあ、あいつらが余計な事をしたせいって事か」

 ジゴウジトクってやつだな。

 なんてルルアと会話していると、骸骨の魔族が「役立たずめ!」と八つ当たりするようにハカレターの余った部品を床に叩き付けて、

「人間ごときが……! 魔族であるワシをバカにしおって……!」

「バカになんてしてないぞ。本当の事を言っただけだぞ」

「ソラさんそれ、フォローになってないかと……」

「おのれぇ! この上、まだこのワシをコケにしおるかぁ!」

「落ち着けコガネ」

 と。

 いきり立つ骸骨の魔族に、横にいた牛の魔族が腕を伸ばして制した。

「やつが油断ならない相手という事がわかっただけでも僥倖だ。要は全力で叩けばいいだけの事!」

 そう力強く言って、牛の魔族がいきなり両腕をクロスさせた。

 あの殺気からすると、何かの構えか?

「存分に喰らうがいい。我が最大にして最強の攻撃魔法を!!」

 直後。

 牛の魔族が大きく口を開けて──



「ナッ!!!!!!!」



 突如として吐き出された、目も眩むくらいのでかい光線。

 その光線は、勢いよくオレとルルアの元へと飛んできて──



 オレはその光の直線を、平手で叩いて魔族達のところまで跳ね返した。



「バカな!? 俺様の『ナッ波』をあんな軽々と跳ね返すなど、ありえな──」

 それ以上、言葉は続かなかった。

 その前に光線の直撃を受けて、牛の魔族や骸骨の魔族どころか、後ろに控えていた魔族も巻き込んで吹き飛んでしまったのだ。

「「「「ぎゃあああああああああ!!??」」」」

「おー。なんか大変な事になってるなー」

「そんな他人事みたいに……。いや、別に敵なんでどうでもいいですけれど……」

 目の前でたくさん倒れている魔族を見ながら、溜め息混じりに言うルルア。

 最大とか最強とか言うから、もっと苦労するかと思ってたけど、案外簡単だったなー。

 まあ、向こうは全滅しちゃったみたいだけど。

 すごい爆発音と煙だったし、強力な攻撃だったのは間違いなかったみたいだ。ルルアに喰らっていたら、きっとただじゃ済まなかったなー。

「で、ルルア。魔王ってのはどこにいるんだ?」

「もう眼中無しですか……。えっと、たぶん最上階かと。どこかに階段があると思うので、そこから上るしかないですね」

「階段かー。でも上っている間に敵がわんさか攻めてくるんじゃないか?」

「そりゃ向こうも必死でしょうし、そこは仕方ありませんよ。まあ守ってもらう立場でしかない私が言うのも気が引けますが……」

「そこは別にいいんだけど、あんまり多いのも面倒だしなー」

 とか言っている間にも、さっきの大きな爆発音を聞き付けたのか、前から後ろから続々と現れてきた。



「な!? 一体これは何事!?」

「ホッカイ様やコガネ様が倒れてる!? まさかあの人間達にやられたのか……!?」

「ホッカイ様とコガネ様を倒すなんて、かなりの強者だぞ! 絶対気を抜くな!」

「なに、我ら『擬乳ぎにゅう特戦隊』の手にかかれば、やつらなど一捻りも同然!」



 うん。やっぱ面倒くさいな。

「ルルア、ちょっと抱き付くぞ」

「きゃ! ソ、ソラさん? 一体何を……?」

「最短ルートで行く。しっかり掴まっておけ」

「待って待って待って!? この展開、なんだか覚えがあるというか、すごく嫌な予感が──」

 と、ルルアが言い終わる前に。



 オレはルルアを抱き寄せたまま、真上に向かって全力でジャンプして、天井を突き破った。



「ぎゃあああああああ!? ぎゃあああああああ!? ぎゃあああああああああ!?」

 天井を次々に突き破るたびに、涙の混じった声で絶叫するルルア。ルルアは叫んでばっかだなあ。

 とかなんとかやっている内に最上階に到着したみたいで、最後の天井を突き破った時には、頭の上に青空が広がっていた。

「おー。最上階に着いたみたいだなー」

「うふ……うふふ……金色の雲が見えます〜。あの緑色の星は一体なんでしょう〜?」

 小脇に抱えたままのルルアが、白目になりながらよくわからない事を口走っていた。夢でも見てるのか?

「起きろルルア」

 デコピンすると、ルルアは大袈裟に仰け反って「あいたー!」と額を押さえながら声を上げた。

「あれ? ここは……?」

「最上階だぞ」

「あ、そうだ。ソラさんが突然天井を突き破りながら真上に飛んで……っていきなり何するんですか!? どんだけ私の寿命を縮めれば気が済むんですかああああああ!」

「けど、そのおかげですぐ最上階に着けたぞ。敵とたくさん戦わずに済んだし」

「それはそうなんですけれど! そうなんですけれどおおおおおおお〜!」

「それより、ほら、なんか目の前にでかい扉があるけど、ここに魔王ってやつがいるんじゃないか?」

「あ、ほんとですね……」

 すぐそばにある大扉を見上げながら、どこか呆然とした表情で呟くルルア。

「まさか本当にここまで来れちゃうなんて……」

「ん? 信じられないのか?」

「そりゃそうですよ。だって30年以上も前に一度だけ冒険者が潜入できただけで、それ以来だれも到達できた事がないんですから。それなのにこうして二人だけで来れるなんて、今でも夢を見ているかのような気分です」

「夢じゃないぞ。現実だぞ」

「そうですね」

 ふふ、とルルアが可笑しそうに顔を綻ばせた。

 ずっと緊張したり怖がっている表情ばかりだったから、笑えるくらい余裕が出てきたみたいでちょっと嬉しい。

「でも、本当の夢は魔王を倒す事ですから。ここからが本番です」

「おー。それは気を引き締めないとなー」

「ソラさんが言うと、なんか逆に気が抜けそうですけれどね」

 そう苦笑したあと、ルルアはオレの手から離れて、改めて大扉と向き直った。

「では、さっそく行きましょうかソラさん」

「おー」




 そんなあれこれで、大扉を開いて(というよりオレの力でぶち破って)みると、とてつもなく大きい空間が──それこそニンジの国の王様と会った時の部屋よりも何倍も感じるくらいの空間が目の前に広がっていた。

 辺りを見回してみると、どこにも窓のようなものはなく、そのせいもあってか、天井がやたら暗くてどこまであるのかわからない。中は薄暗い通路がずっと奥まで広がっていて、その両端に石灯籠がずらっと並んで続いていた。

「おー。この灯籠、オレが近付いただけで勝手に火が付いたぞ。どうなってんだこりゃ?」

「魔法でしょうね。それも侵入者を知らせるための」

「じゃあ、魔王もこっちに気付いてるって事か?」

「そう考えていいと思います」

 もっとも大扉を破った時点で嫌でも気付いているでしょうけれどね、と付け加えつつ、ルルアは奥へと進む。

「しかしこの通路、どこまで続いているんでしょう。一応灯籠はありますけれど、ずっと先の方は真っ暗なままなので見えづらい──」



「この道がどこまで続いているかって?」

「それはもちろん、あなた達の死での道までに決まっているじゃない」



 と。

 暗闇の方から、唐突に二人組の男がオレ達の前に現れた。

 一人は細マッチョの優男で、もう一人はなぜか顔を真っ白に塗っている華奢な男だった。

 そんな二人に共通しているのは、両方とも見た目は人間っぽいけど頭に角が生えていて、そして肌にピッタリ貼り付いているような布にあちこち穴を開けた服を恥ずかしげもなく晒していた。

「ボクの名はポタージュ。ジャガ様の側近さ」

「アタシの名はビシソワーズ。同じくジャガ様の側近よ」

 変な格好の二人組が体をくねらせながらそれぞれ名乗りを上げる。側近って事は、かなり偉いって事か?

「ルルア、あいつらの事は知ってるか?」

「いえ、初めて見ます……。おそらく普段は魔王のそばから離れないようにしているのでしょう」

「魔王って、さっき言ってたジャギってやつか?」

 ジャガですよ、とルルアは突っ込みつつ、

「たぶんそうでしょうね。私も魔王の名前は初めて聞きましたが……」

「それはそうだろうね。人間風情が知っていいお名前じゃないのだから」

「そしてそのお名前は、あなた達の胸に秘められたまま、だれにも知られずに終わる事になるわ。死という形でね」

 顔を強張らせるルルアに、変な二人組が変なポーズを取りながら言葉を返す。忙しいやつらだ。

「用心してくださいソラさん。あのポタージュという魔族は15万、ビシソワーズという魔族は14万とソラさんの戦闘力よりも下回っていますが、魔王の側近という事はかなりの実力者のはずです。情報も全然ないため、どんな手を使うのかも予想が付きません」

「おー、わかった。ていうか、一体いつの間に戦闘力なんて測ってたんだ?」

「あの二人がクネクネとおかしなポーズを取っていた間に」

「抜け目ないなー」

「それはともかく、二人の怪しい動きには注意してください。二人組で出てきたという事は、何かしらの連携で来る可能性が高いです!」

「なかなかいい読みをするお嬢さんだね」

「でもそれがわかったところで、アタシ達の攻撃を防ぐのは不可能よ!」

 と、ルルアが警告した瞬間、顔の白い魔族が手から糸のようなものを出現させて、それを通路中のあちこちに張り巡らせ始めた。

「アタシのマシリいとは鋼より硬く、クモの糸

のようにしなやか……アタシ達魔族はともかく、人間がちょっとでも触れようものなら、血が噴き出る事になるわよ」

「そして──」

 その糸にひょいひょいと軽々と乗っかりながら、細マッチョの魔族がオレ達を見下ろしながら言葉を続ける。

「ボクのこの両手にはミドリ酸という強力な毒が付いている。触れただけで皮膚がドロドロに溶ける強力な毒だ。果たして君達に──」

「アタシ達の華麗かつ俊敏な攻撃を躱せるかしら!」

 顔の白い魔族が指をいじるたびに張りめぐらされた糸が波のように動き、細マッチョの音がバッタみたいに糸の中を飛び回る。

 おー。確かに早いな。今まで会ってきた魔族の中で一番早いかもしれん。魔族なんてちょっとしか会った事ないけど。

「あはははは! どうやら目で追うのがやっとのようだね!」

「喰らいなさい! アタシ達の最強連携技を──!!」

 締めに入ろうとしたのか、顔の白い魔族が糸を操って、細マッチョの魔族をオレのところまで勢いよく飛ばしてきた。

 そうして、猛然と両手を構えながら迫ってきた細マッチョに対し──



 オレは普通に顔面を殴って、ついでに顔の白い魔族のいるところまでブッ飛ばしてやった。



「がぁ!?」「しらぁ!?」

 と、変な悲鳴を上げながら床を転がる二人組。殴り飛ばしたやつはもちろん、それに巻き込まれる形で衝突された白い魔族もほとんど受け身が取れなかったようで、二人してすぐには起き上がれそうにない様子だった。

 その後、ちょっと間を空けてから──

「くうっ……。まさかボク達の技が全然効かないどころか、拳ひとつでボク達にこれだけのダメージを与えるなんて……」

「それもこんな人間ごときに……屈辱だわ……」

 と、よろめきながらゆっくり立ち上がった。

「ビシソワーズ、ここはもうあれを使うしかない。最後の手段だけど、このまま生き恥を晒すくらいなら、ここで……!」

「ポタージュ、アタシも同意見よ。悔しいけれど、もうあいつらと戦える状態じゃないし、このまま無様にやられるくらいなら道連れにしてやるわ……!」

 そう言うと、細マッチョと顔の白い魔族は脈絡なく手を繋ぎ始めた。

「あいつら、なんかまた変な事をやるみたいだぞ」

「ええ。しかも何やら不穏な事を言ってますね……ソラさん、ひとまず十分に警戒して──」



「「もう遅い!!」」



 と。

 ルルアが注意を促す前に、細マッチョの魔族と顔の白い魔族が同時にこっちへ猛ダッシュしてきた。

「喰らえ!」

「アタシ達の秘奥義!」

てん!!」「さん!」

 なんて。

 いちいち技名みたいなものを叫びながら肉薄してくる二人組に対し──



 オレは、即座に魔族の二人を天井目がけて蹴り飛ばしてやった。



「ちゃ!?」「おぅず!?」

 と。

 おかしな悲鳴を上げながら、天井をぶち破って空高く舞い上がっていく二人組。

 それからまもなく、一瞬閃光が走ったと思ったら、その後に突然起きた爆発と共に、魔族二人はそのまま跡形もなく消え去ってしまった。

「おー。綺麗な花火だなあ」

「いや言っている場合ですか!」

「あ、そうだな。いくら敵って言っても相手も今日まで必死に生きてきたやつだもんな。せめて空の上で安らかに眠ってくれるように祈ってやらないと……」

「いやいやそういう問題でもなくて! もっと驚きましょうよ! 私達、危うく自爆に巻き込まれるところだったんですよ!? まあソラにしてみれば、この程度の危険なんてどうって事ないんでしょうけれど!」



「──ほう。あの二人を倒したか」



 それは、突拍子もなくオレの耳に届いた。

 声をかけられるまで全然気配に気付けなかった事に驚きつつ、オレは未だ薄闇に包まれたままの通路の奥を見た。

 そしてそれは、忽然と正体を現した。

「ポタージュもビシソワーズも、このが認めるほど手練れであったのだが……なるほど。人間にしてはなかなか腕の立つ者が現れたようだ」

 見た目の印象は、とにかく黒くてデカいの一言に尽きる感じだった。

 デカい椅子に座っているから正確な高さはわからないけど、それでもオレの身長よりも十倍は大きい。

 全身は黒いマントに包まれていて、顔は両耳の辺りに太くて長い角が生えたドクロみたいな形になっていた。

「おー。これが魔王かー。初めて会ったけど、確かにこいつは強そうだなあ」

 まだ手合わせすらしていないけど、こいつが放っている気の力だけで直感的にわかる。

 こいつは今まで戦ってきた魔族の中でも、ダントツに強いと。

「うーん。こいつとの相手はちーっとばかし骨が折れそうだなあ。危そうだから、ルルアは一応奥に下がっておいたいいぞー。……って、ルルア?」

 なんでか返事がなかったので、隣りを振り向いてみると、ルルアが怯えた顔で尻餅を付いていた。

「こ、これが魔王……っ」

 引き攣った顔でルルアが呟く。

 眼を剥きながら、ガクガクと震える体を必死に抱きしめて。

 ありゃりゃ。すっかり魔王の威容に呑まれちゃってるな。

 まあ無理もないかー。雰囲気からして、これまでのやつとは段違いに凄みがあるもんな。オレもこんなに肌がピリピリする感覚は久々だし。

「ほほー。そこの間抜けそうな人間と違い、そこの娘はジャガ様の恐ろしさをちゃんと認識できているようですねぇ」

 と、さっきまで椅子の陰にでも隠れていたのか、魔王の横からひょっこりと紫色のローブを着た背の低いトカゲみたいなやつが出てきた。

 うん。ほんと低い。ルルアより低い。横にいる魔王と比べると豆粒サイズに見えてくる。

「ひょっほっほっ。ひとりは魔王様の恐ろしさもわからない愚鈍に、もうひとりは腰を抜かしたままの腑抜けですか。これは勝ったも同然ですねぇ」

「おー。まだ戦ってもいないのにずいぶんと威勢がいいなあ、あのトカゲ」

「だ、だれがトカゲですか! 魔王様の右腕にして参謀役であるこのサラダに対して!」

「あ、ちゃんと名前があったのか。てっきり魔王のペットかと思ったぞ」

「ペ、ペット!? お、おのれ……人間風情がワタシを愚弄するとは……!」

「落ち着け、サラダよ」

 と。

 魔王が鷹揚に頬杖を突きながら、憤慨するトカゲを静かに諌める。

「あやつのペースに呑まれるな。そしてあやつを侮るな。貴様にはわからぬだろうが、あの男、相当な実力を持っておるぞ。ポタージュやビシソワーズを相手に本気すら出しておらぬくらいにな」

「まだ本気を出していない……? あのいかにも鈍臭そうな顔をした男が、ですか……?」

 トカゲが慄いた表情でオレに目を向ける。今の魔王の一言で、評価を改めたようだ。

 なかなかやるな魔王。オレの動きをちょっと見ただけで本気だったかどうかまで見破るなんて、やっぱ一筋縄ではいかなさそうだ。

「おいルルア。大丈夫か?」

 とりあえず、まだ腰を抜かしたまま呆然としているルルアに声をかける。

 いざという時はすぐにでも逃げてもらわないといけないからな。座ったままではオレもやりづらくなってしまう。

「立てないなら、ひとまず扉の向こうまでオレが運んでやろうか?」

「い、いえ! 大丈夫です立てます! ご心配をかけて申しわけありません!」

 ハッとした顔で慌てて立ち上がるルルアを確認したあと、オレは改めて構えを取る。

「ソ、ソラさんが初めて構えを取った……。やはりそれほどの相手ですか、魔王は」

「おー。構えもなしに自然体のまま戦えそうな相手じゃないなー。ところで、魔王の戦闘力って今はどうなってんだ?」

 あえてトカゲの方は無視する。あいつからは強者が放つ特有の気配を感じられなかったからだ。

「しょ、少々お待ちを! 今すぐ確認しますので!」

 と、もたつきながらハカレターを取り出すルルア。

 そんなルルアを横目で見ながら、ハカレター越しに魔王を覗いているルルアの反応を待つ。

 そして──

「こ、これは……!」

「おっ、どうだった?」



「戦闘力36万……! 20年前よりも4万近く上がっていますが、勝てますよ! これなら勝てます! 今のソラさんの戦闘力なら!」



「おー。って事は2万差かー」

 数字だけで言うなら、どうにか勝てそうではあるなー。

 まあQ太郎(あれ? キュロットだっけ?)が言うには戦闘力なんてあくまでも目安だって話だし、油断はしない方がいいな。

 もっとも、油断させてくれるような相手でもなさそうだけど。

「ほう、36万か。以前より多少は上がったか」

「そのようでございますね。少し前に人間から奪ったハカレターを改造して魔王様の戦闘力を測らせた事がありますが、その時は途中で壊れてしまいましたからねー。単なる故障かと思いましたが、ひょっとすると我々のハカレターでは、魔王様の高過ぎる戦闘力を正常に測れなかっただけかもしれませんねぇ」

「なるほど。では次からは正確に測れるようにしろと研究班に伝達しておけ。ハカレターと言ったか、あれはなかなか便利な代物だからな」

「ははっ。承りました」

 おお? なんかあいつら、全然平気そうだなー。戦闘力じゃ負けてるって聞いたばかりなのに。

 そう不思議に思ったのはオレだけじゃなかったみたいで、

「不気味ですね……2万も差があるというのに、まるで動揺する素振りが見られません。もしや余裕でいられるような何かを隠している……?」

 とルルアが訝しんでいた。

「ひょほほほ。なかなか良い読みをしていますねぇ、人間の小娘にしては」

「ど、どういう意味です……?」

 怪訝がるルルアに、トカゲの魔族は「そのままの意味ですよ」とニヤニヤ笑いながら言葉を返す。

「36万なんて数字は、魔王様の力の一端にしか過ぎません。どうやらそこの男も相当な高い戦闘力を持っているようですが、所詮は人間。羽虫のごとき矮小な生き物では、魔王様のような偉大な方には到底敵うはずもありません。きょほほほほ!」

「な、なにを偉そうに! 魔王はともかく、あなたなんて私以下の戦闘力200じゃないですか! よくそんな戦闘力で自慢げにいられますね!」

 トカゲの言い方にカチンと来たのか、それまで引け腰だったルルアがビシッと指を差して声高に告げる。

「どうせ強がりか、ハッタリのどちらかに決まっています! 戦闘力を急上昇させる事なんて、絶対ありえないのですから!

「ハッタリ、か。貴様にはサラダがそう見えるのか。ククク……」

 ルルアの言葉に、魔王が嘲るように口角を吊り上げる。

「な、なにがそんなに可笑しいというんですか。私は事実を指摘しただけにすぎませんよ」

「確かに、戦闘力ではそっちが勝っているようだ。今のところは、な」

 魔王の含みのある言い方に「今のところは?」とルルアは不審そうに繰り返す。

「貴様達は何も知らぬのだ。余やサラダの事を何ひとつとしてな。それを今からわからせてやろう」

「ひょほほほほ! 我らの真の力、存分に見せつけてやりましょうぞ、魔王様!」

「? 一体何を──」

 と、ルルアが質問し終える前に。

 脈絡なく魔王とトカゲが人差し指を合わせた。

 そして──



「「合体!!」」



 魔王とトカゲが人差し指を合わせた瞬間、辺りをパッと包むくらいの眩しい閃光が走った。

 思わず目を瞑って、次に瞼を開けた瞬間。



 目の前にドラゴンが──昔、爺ちゃんから聞いた事がある巨大なトカゲの化け物がそこにいた。



「ガハハハハハハ! これが余の真の姿、その名もポテサラ!!」

 眼前のドラゴンが高笑いしながらオレ達を悠々と見下ろす。前よりも体格も大きくなったみたいで、なんだか圧迫感もある。

 しかも顔は角の生えたドクロのままで、もしも小さい事にあんなものを見ていたら絶対泣きじゃくっていただろうなあってくらいに、おどろおどろしい姿に変貌していた。

「ポ、ポテサラ……」

 と、隣りのルルアが愕然とした表情で呟く。

 ガクガクと両足を震わせながら。

「まさか、こんな切り札を隠していたなんて……。あのサラダとかいう魔族は、単なる従者じゃなかったって事……?」

「そういう事だ。サラダは余の片割れであり、従者然としていたのは周囲を欺くためにすぎぬ。いずれ貴様達のような強者が現れた場合、確実に逃さず始末するためにな」

「……そうやって、今まで魔王を倒しに来た人を抹殺していたんですね。うっかり逃がして魔王よりも力を付ける前に」

「ご名答。とはいえ、この姿を見せたのを人間に見せたのはこれでまだ3度目だがな」

 へー。じゃあ今まで2回くらいは今の姿になった事があるのか。

 昔は魔王並みに強いやつが二人もいたんだなあ。

「さて、小娘よ。改めて余の戦闘力を測ってみるがいい。そして絶望するといい、余とそこの男との差をその目でしかと見てな」

「………………っ」

 体を震わせつつも、躊躇いがちにルルアはハカレターを手に持ち直し、魔王の戦闘力を測る。

 すると、唐突にルルアの動きがピタッと止まった。

 それからちょっとして、カタンというハカレターが落ちる音が静かに響いたあと、



「よ、42万──……」



 ルルアが囁くような声で呟く。

 ルルア自身、信じられないと言った顔相で。

「そんな……そんな事って……」

「ほう……42万だったか。まあまあといったところか」

 魔王が笑いを噛み殺したような声音で言う。犬みたいに尻尾をフリフリしているので、けっこう嬉しかったらしい。

「おー。42万かー」

 確かに、前の時よりも強くなった気がする。少なくともパンチひとつで倒せるような相手じゃないな、これは。

「って事はオレよりも4万は高いのか。合体ってすごいんだな、ポテマヨ」

「ポテサラだ」

 なんて名前を訂正しつつ、魔王が少し不快そうに目を眇める。

「しかし、余のこの姿を見てもまだその余裕でいられるとは大したタマだ。よほど神経が図太いのか、現実を直視できていないのか」

 いずれにせよ、と魔王が大きく首を引かせた。何かの予備動作みたいに。

「一度、余の力をその体で味あわせねばわからぬようだ。いいだろう、ならば喰らうがよい。余の最大攻撃魔法を!」

 魔王がワニのような大口を開けて、スゥーと息を深く吸い込んだ。

 そして──



「フュージョン──!!!!」



 技名みたいなのと共に、魔王の口から発された巨大な赤い光線がオレに猛然と迫る。

 これは逃げられそうにないなと思ったその時には、すでに目と鼻の距離まで来ていた。とっさに腕を組んで防御の体勢を取る。

 直後、イノシシの突進よりも何十倍も強い衝撃がオレを襲い、そのまま後方の壁紙まで一気に吹っ飛ばされてしまった。

「ソ、ソラさあああああん!?」

「クハハハ! どうだ、我が『フュージョン破』の威力は。いや、もはや答える事もできぬか。あるいは今ので死んだか」

「そ、そんな……。ソ、ソラさん! 返事をしてください! ソラさん……っ!」

 ルルアがこっちに走り寄りながら悲痛そうに叫ぶ声が聞こえる。

 そんなルルアの泣きそうな声を聞きながら、オレは──



「おー。今のは痛かった。痛かったぞー」



 瓦礫の粉塵が舞う中、オレは体に付いた砂埃を払いながら、壁の窪みから「よいしょ」と腰を上げた。

「ソ、ソラさん! 無事だったんですね……!」

「おー。今のはさすがにけっこう効いたけどなー。ってルルア、ひょっとして泣いているのか?」

「ななな、泣いてなんかいません! これは単に冷や汗が目の下を流れただけです!」

 言って、その冷や汗とやらを指で拭うルルア。オレには泣いているように見えたんだけどなー。

「バカな……。あれを耐え抜いただと……?」

 と、ルルアを話すオレを見て、魔王が驚いたような声音で身を引かせた。

「しかもまだ会話できるだけの余力があろうとは。だがしかし、ダメージそのものは残っているはず。ならば貴様が朽ちるまで何度も『フュージョン破』を連発すればよいだけの事」

「ま、まずいですよソラさん! いくら一発目を耐え切れたとはいえ、魔王の言うように今の魔法を何度も受けたら、いくらソラさんと言えどタダじゃすみません! ここはいったん退散した方が──」

「そうだなあ。今のままじゃあ、勝てないかもなあ」

 言いながら、オレは上着を脱ぐ。



「だからここからは、本気を出す」



「えっ? それってどういう意味です……? というかどうして急に上着を──」

 と、それ以上ルルアの問いは続く事はなかった。



 その前に投げたオレの上着が、床にズドンとめり込むのを目の当たりにして絶句したからだ。

 そうして唖然としているルルアの前で、次々にリストバンドや靴を脱いでいく。

 そのたびに大きな音を立てながら床に沈む衣類を見て、ルルアは言葉を失ったように口をあんぐりと開けていた。

「ふぅ。こんな身軽になったのは久々だなあ。体が軽い軽い」

「ソ、ソラさん……? あんな重い物を身に付けながら生活していたんですか? 今までずっと?」

「おー。そうだぞー」

「いやでも、あれだけ重いものをいくつも身に付けていたら、ここみたいな頑丈なところはともかく、ソラさんが住んでいたような木造小屋では床が抜けてしまうはずでは……?」

「そこは気合いでなんとかしてるから大丈夫だぞー」

「もはやなんでもありですね、気合い……」

「気の持ちようとも言うしな」

「そういう意味じゃないと思いますよ、それ……」

「ふん。突然何をするのかと思えば……」

 と。

 ルルアとの会話を遮るように、魔王が不機嫌そうに鼻息を鳴らした。

「それなりの重量はあるようだが、衣類を脱いだだけで余よりも強くなれるとでも? くだらぬな。くだらなすぎて失笑すら漏れぬわ」

「じゃあルルア、試しにハカレターでオレを測ってみてくれ。たぶん変わってるはずだと思うぞー」

「あ、はい! わかりました!」

 オレの言葉に我に返ったルルアが、慌てた足取りでハカレターを落とした場所まで戻る。

 そうしてハカレターを手にしたあと、おそるおそると言った感じでオレを測ろうとして──

「────────」

 ルルアの動きが、ハカレターでオレを覗いてしばらくしたのちに、ピタッと静止した。

「? どうした小娘。なぜ戦闘力を口にせぬのだ」

「え、ウソ。そんな、こんなのって……」

「ええい、早く口にしろ! やつの戦闘力は一体いくつだ!」

「ソ、ソラさんの戦闘力は──」

 魔王に急かされ、ルルアが狼狽えながら戦闘力を注げる。

 プルプルと震えた手でハカレターを持ちながら。





「あなたの戦闘力は、53万です……!!」





「ごじゅうさ……!?」

 魔王が双眸を剥く。

 今にも「そんなバカな」と言いたそうな面持ちで。

「そんなバカな……。たかだか重い衣服を脱いだだけで、戦闘力が10万以上も跳ね上がるなど……!」

 あ。ほんとに言った。

「いや、あの……魔王に同調するわけじゃないですけれど、本当にどうして衣服を脱いだだけでこんな戦闘力が……?」

「それはたぶん、小さい頃から修行の一環で重い服を着せられたせいじゃないかなー」

「ち、小さい頃からですか?」

「おー。むしろ昔の方がキツかったぞ。昔は重い服だけじゃなくて、山亀やまがめっていう山で生息しているめちゃくちゃ重い亀を背負わされた状態であちこち走り回されたくらいだしなー」

「そ、それはずいぶんとハードですね……」

「み、認めぬぞ……余は認めぬ。そんなふざけた戦闘力など……!」

 と。

 魔王が声を震わせながら尻尾を床に叩き付けた。まるで駄々っ子みたいに。

「そのハカレターは壊れているのだ! でなければ53万なんて数字が出るはずもない!」

「い、いえ。私もそう思ってハカレターを確認してみましたが、どこも故障していません。私も信じられませんが、ハカレターが出した数字は紛れもないソラさんの今の戦闘力です」

「黙れ黙れ!」

 魔王が尻尾を荒々しく振り回す。さっきまで座っていたデカくて豪快な椅子まで破壊しながら。

「ならば、再度証明してやろう! 余の『フュージョン破』でな!!」

 瞬間。

 大口を開けて発射された光線が、またしてもオレ目がけて直進してきた。

 そのまっすぐ向かってくる光線を、オレは──



 ペシっと、真横に振り払った。



 直後、轟音と共に壁が粉々に壊れ、ポッカリ開いた大穴から潮風のカラカラした空気が入り込んできた。

 見ると、ルルアも魔王も揃って目を点にしながら硬直していた。

 知ってる。こういうのってボウゼンジシツって言うんだよな。

 なんて思っていると、魔王が口をパクパクしながら声を発して、

「は、は、は、は、跳ね返した? 余の『フュージョン破』を……? ど、どうやって……!?」

「どうって、普通にはたいただけだぞ。こう、飛んでいるハエを叩くみたいに」

「いや、ソラさん。仮にも魔王の最大攻撃魔法をハエ叩きに例えるのはどうかと……」

 ほんとにそれで跳ね返しちゃうソラさんも大概ですけれど、と苦笑するルルア。

 おー。なんか知らんが笑えるくらいには元気が出てきたみたいだな。よかったよかった。

 一方の魔王はというと、なんだか可哀想なくらいに動揺しまくっていた。具体的に言うと、両耳や尻尾をピクピクと小刻みに震わせて。

「おー。大丈夫かポテたま。なんか顔色が悪く見えるぞ。全身の緑色が黄緑に変わるくらいに」

「ポテマヨだ!!! あ、間違えちゃった。ポテサラだ!!!!!」

「ま、魔王が自分の名前を言い間違えてる……」

 ついにルルアにまで突っ込まれていた。

 さっきまですごく偉そうにしていたのに、すっかり魔王っぽくなくなっちまったなあ。なんでかな?

「そ、そうだ……! そこの少年よ、余の部下にならぬか? さすれば世界の半分をお前に譲ろう!」

「世界とか興味ないから別にいらないぞ」

「ならば何を欲する! お前の望むものならばすべて叶えてやろう……!」

「んー。じゃあとりあえず──」

 腕をぐるぐる回しながら魔王に近付く。

 そしてオレは言った。



「お前をここでぶっ飛ばす事かな。それがルルアと王様との約束だから」



「ま、待て待て待て待て! まだ話し合いの余地はある! 我々はわかりあえるはずだ!」

「騙されたらいけませんよソラさん! 魔族が我々人間を生かすはずがありません! 人間なんて虫ケラ以下としか思っていないんですから!」

「らしいぞ魔王。まあこれまで会ってきた魔族も同じような事を言ってたし、オレもお前の言葉は信じられそうにないなー。お前も人間をゴミみたいに扱ってる感じだったし」

「そ、それは、しかし……!」

「今度は良いやつに生まれ変われよ。オレも、もっともっと腕を上げて待ってるからな」

 言いながら、オレは魔王目がけて跳躍した。

 そして、右腕を大きく振り上げて──



「またな、魔王」

「ぶうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?!!」



 勢いよく突き出した拳が魔王の顔面に直撃し、その巨体が投げ出されるように後ろの壁まで轟然と飛んでいく。

 やがてそのまま壁をぶち抜いた魔王は、気付いた時には水平線の彼方まで消え去っていた。



 ☆ ☆ ☆



 あれから1ヵ月あまりが過ぎた。

 魔王が倒されたという一報がニンジの国まで届いたあと、瞬く間に世界中に広まった。

 世界中はこの吉報を聞いてどこのお祭り騒ぎ。一時は魔王を倒したのは誰なのかと騒ぐ連中もいたらしいけれど、その点はニンジの国が徹底的に情報を遮断して正体を隠し通した。

 というのも、魔王を倒した張本人が、世間に顔を晒す事を嫌がったせいだ。

 なんて事になっているらしい。ルルアの話では。

 というのも、別にオレは黙っていてくれと言った覚えはないし、何なら魔王を倒したあとにさっさと自分の家に帰ろうとしたくらいだ。

 その時ルルアに盛大なパーティーを国中総出で行うと思うから一度ニンジの国まで誘われたけど、オレは断った。

 なぜなら、家の様子が心配だったのもあるけど、魔王との一件でまだまだオレも修行が足りないと痛感したからだ。

 ほんとは重りを解かずに勝ちたかったんだけど、まさかあんな強いやつがいたなんてなあ。

 でも爺ちゃんに比べたら全然弱かったし、あんなやつに本気を出しているようじゃ、爺ちゃんに笑われてしまう。



 だってオレは、爺ちゃんに勝てた事がなかったのだから。

 それも、本気を出した状態でも。



 だからと言うか、さっさと山に戻って修行をしたかったのだ。

 いつか爺ちゃんに勝てるくらい強くなるために。

 まあその爺ちゃんは、もうこの世にはいないわけなんだけども。

 それはそれとして、ニンジの国がオレの正体を隠したがったのは、世界中で取り合いになる事を危惧しての事だったと、2週間前にこの山に来たルルアが言っていた。

 オレみたいな強過ぎるやつは、場合によっては戦争の種にもなりうるとかなんとか。

 詳しい事はよくわからんけども、あっちはあっちで気苦労が絶えなさそうだ。

 で、そのルルアはというと、魔王を倒してくれたお礼にと、色々な食べ物とか山生活に便利そうな道具を置いていったあと、またニンジの国に戻っていった。

 なんでも、また魔導具の研究に没頭するんだって、嬉しそうに語っていた。

 きっと今頃、ニンジの国で好きな研究をしながら働いているのだと思う。

 一方オレはというと、相変わらず山で狩猟や山菜を取りながら修行に励んでいた。

 以前よりも、もっと重しを付けた服を着て。

 またいつ魔王みたいな強いやつと戦う事になるかわからないからな。だから今の内にもっともっと強くならないと。

「けど、しばらくルルアと会う事はないだろうなあ」

 ルルアは魔導師の中でも開発部門とかいうところにいて、責任のある立場にいるとか言ってたし。

 しかもオレと一緒に魔王を倒した功績もあって、前より重要な立ち位置になったとかも話していたような気がする。

 ルルアとの旅……と言っていいかどうかわからないくらい一緒に行動していた期間は短かったけど、それでもルルアといた時間はそれなりに楽しかったし、会えないとなると、ちと寂しい気もする。

「まあでも、逆に言えばそれだけ世界が平和だって事だし、むしろ喜ばないとな、うん」

 なんて独り言を呟きながら、山菜を取りに山の中を巡っていた時だった。



 突然目の前の地面に見た事がある模様が浮かび出して、白い煙と共に女の子が忽然と現れた。



「ゲホゲホ! あれ、ここどこ!? そんな、今度こそソラさんの家に座標を合わせたはずなのに……!」

「おー。ルルアじゃないか。急にどうした、こんなところで」

 また何か失敗してここに転移しちゃったんだろうなあって思ってけど、あえてそれは口に出さず、代わりに質問してみると、

「ソ、ソラさん!? ちょうどよかった! た、大変な事が起きちゃったんですよ!」

 あわあわしながら言葉を発するルルアに、「大変な事ってなんだ?」と訊ねる。

「そ、それが、魔王ポテサラを倒してしまったのがきっかけで、大魔王ポテチという魔族が長い眠りから復活してしまって、しかもその大魔王が世界に戦線布告してきたんです! それからはもう、世界中が大混乱になっちゃいまして……」

「そりゃ大変だな。で、その大魔王ってのは魔王よりも強いのか?」

「はい。ハカレターで計測してみたところ、53万もあったという報告が上がっています……!」

「おー。オレと同じくらいかー」

「ええ。なので大魔王を倒せるとしたら、ソラさん以外にいないんです。またこんな事をあなたに頼むのは気が引けるのですが……」

 言って、ルルアは深々と頭を下げた。



「お願いします! 大魔王を倒すのに、ソラさんの力をもう一度貸してください!!」

「いいぞー!」

「決断はっや!!!!」



 驚いたようにルルアが顔を上げた。

 そんな前に最初に会ったと同じやり取りに、どちらからともなく「ぷっ」と噴き出す。

「さすがはソラさん。期待通りの反応です」

「おー。困っている人がいたら一も二もなく助けろってのが爺ちゃんの教えだからなー。オレでよければ協力ですぞー」

「ありがとうございます! 頼りにしてます!」

「おー。任せとけ」

 ヤードランタンを取り出すルルアに、オレは胸を張って答える。

「ちゃちゃっと倒して、ちゃちゃっと帰るぞ」

「あ、またすぐ帰るつもりなんですね……。まあ倒してもらえるなら別に構わないですけれど」

「おー。じゃあさっそく行くかー」

「ええ、行きましょう。大魔王を倒しに!」



 新しい冒険が、今また始まろうとしていた──。




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